(プライマン・クインフォルス) ロジェ・シルドガード④
「違う。そこはタン・タン・タタン・タタタン・タンのリズムだって何度も言ってるだろ」
「だからこうでしょ。タン・タン・タ・タン・タタタタ……あれ?」
どうしてプリマはこんな初歩的なステップを間違えられるのか。
寧ろわざとなのではないかと、思わず疑ってしまう。
けれどプリマの表情は真剣そのもので、決してふざけているわけではないのだろう。
どう見てもふざけているようにしか見えないが。
「ちが……ぶふっ! そうじゃない……って、くくくくっ!」
「むぅ。だったらロジェがお手本見せてよ!」
真剣な者を前に笑うつもりはないのだが、あの珍妙な踊りを見て笑わない人がいたら連れて来てもらいたいものだ。
誰だって、絶世の美貌を持つ青年が蛸のように手足をくねくねとさせてのた打ち回っていたら、そっと目を逸らして肩を震わせる以外のことができなくなるだろう。
一つひとつの動作は洗練されているのに、全体で見れば蛸ダンス。
意味が分からない。
ロジェなどもう何年もこの蛸踊りを見ているのに、未だに笑いが止まらない。
それどころか、歳を経てプリマの美しさに磨きがかかるごとに動きが珍妙になっていく気がしてならないのだ。
「いいぜ。よく見てろよ」
ぐっと腹に力を入れて笑いを消すと、ロジェは器用に手足を動かしてステップを踏んだ。
指を曲げれば、森の香りの爽やかな風が吹く。
腰を捻れば、霧になった水が虹を描く。
膝を折れば、幻想のような七色の炎が浮かぶ。
首を倒せば、季節外れの花が咲く。
口を尖らせて不満を露わにしていたプリマは、ロジェの美しい魔法を見て瑠璃色の瞳を輝かせた。
ロジェはまだ第二成人を迎えたばかりだが、この国一番の魔法使いだと言っても過言ではない。
魔法を使える者はそれなりにいるが、ここまで自在に扱えるのはロジェくらいだ。
普通は火をつけるとか、水を出すとか、その程度のことしかできない。
違いといえば、威力の強弱や持続力が異なるくらい。
ロジェのような芸当ができる魔法使いは王国魔法史を紐解いてもそうそう多くはない。
「ほわぁ、やっぱりいいね。ロジェを連れて来て本当に良かったよ、愛しい人」
「あのなぁ」
ぴたりと動きを止めると、ロジェの周りの美しい光景が消えた。
プリマは視線を明後日に動かして、肩を竦めてみせる。
「その愛しい人、って言うのいい加減やめろよ。そんなこと微塵も思ってねえだろ」
プリマとの付き合いも、もう八年になる。
最初こそ何の冗談か、まさか本気なのだろうかと真剣に悩んだこともあるが、今ではこれが性格の捻じ曲がったプリマの悪癖なのだと理解するようになった。
もしも令嬢たちからの冷たい視線と手痛い暴力という実害さえなければ、ロジェも聞き流して放っておいたかもしれない程度の、些細なことだ。
「はぁーあ。練習しよーっと」
ぺろっと舌を出したプリマは、成人男性とは思えない愛嬌がある。
なのに、動けば例の蛸ダンス。
しかも合間合間に、鼻の穴からぴゅうと水が飛び出したり、尻からぼうっと火を噴いたりするのだ。
ロジェに再び、腹筋が崩壊する時間がやってきた。
『魔法は、誰でも使えるが、誰でも使えるわけではない』
これは有名な魔法書の冒頭の一文だ。
魔法とは、この世界とは違うどこかに存在する精霊界に住む精霊の力を借りて行使する。
精霊界にいる火水風土の四属性の精霊と波長を合わせ、この世界で魔法を使えるようにお願いするのだ。
このお願いの方法は、人それぞれ違う。
一般的には魔法陣を描いたり、詠唱をしたり、印を組んだりすることが多い。
中には、踊ったり、歌ったり、道具を使う方法をとる者もいる。
要は、魔法使いとは自分に合った精霊へのお願い方法を上手く見つけられた者のことを指す。
ロジェは、このお願いが抜群に上手かった。
そして言わずもがな、プリマは抜群に下手なのだ。
プリマのお願い方法は、リズムに合わせてステップを踏むことだ。
だが、彼は壊滅的にリズム感がない。
音楽の神が、自分の加護を間違えて美に全振りしてしまったのではないかと思うほどに才能がない。
魔法以前の問題で、プリマは魔法が上手く扱えないのだ。
そこで、プリマと同じお願い方法をとるとされているロジェが、ときどきこうして魔法の練習相手になっている。
極々まれなことではあるが、プリマが本当に上手くステップを踏むことがある。
ロジェの知る限りでは、たった三回だけ。
ただし、プリマが発現させた魔法は、たった三回と言い切ることができないものだった。
一度目は初歩的な水の魔法だった。
だが、そのときロジェの行使していた魔法は強制的にプリマに奪われた。
それはロジェに力を貸していた精霊たちが、より上手にお願いしてきたプリマの方へ力を貸したということに他ならない。
二度目は、雲を呼び寄せ雨を降らせる魔法だった。
水魔法の一種といえばそうかもしれないが、天候を操る魔法などロジェにすら不可能だ。
あれは恐らく、火水風土の精霊よりも上位の精霊である、空の精霊の力を借りた魔法だろう。
そんなもの文献でしか見たことがない。
そして三度目が、つい先日の眠りの魔法だ。
プリマの魔法にかかり、ロジェは一瞬で眠らされてしまった。
正確に言えば、ロジェはプリマに魔力を奪われ、魔力不足による意識消失が起きたのだ。
これこそ文献ですら見たこともない。
プリマは潜在的に、ロジェよりも魔法の才能があるのだろう。
彼が本来の力を発揮できれば、天才と言われるロジェなど歯牙にもかけないほどの卓越した魔法使いになれる素質を持っている。
しかし現実は、蛸ダンスだ。
ロジェの見ている前で、強風に煽られたプリマの美貌が潰れた豚のような珍妙な顔に変わった。
「ああああああもう! 僕もロジェみたいに上手く踊れるようになりたい!」
動きを止めて、元の美貌に戻ったプリマが悔しげにロジェを見上げていた。
罪悪感でつきりと胸が痛む。
ロジェの本当のお願い方法は“ステップを踏むこと”ではない。
“関節を鳴らすこと”だ。
指や首の関節をぱきりと鳴らせば、精霊たちは喜んで力を貸してくれる。
ただ当然ながら連続して使用することはできない。
一度鳴った関節は、時間を開けなければ再び鳴らないからだ。
それでも、両手の指だけで十回は魔法を使うことができる。
今まで魔法が使えずに困ったことはない。
それよりも切実な問題は、魔法を使う姿がカッコ悪いことだ。
関節をパキパキ鳴らすだなんて、優雅じゃない。
貴族令息としても、あまり他人に見せたい姿ではなかった。
だからロジェはステップを踏むことだと偽って、踊りながら関節を鳴らすという器用な方法で魔法を行使していた。
それを考えても、ロジェはプリマに敵わない。
もしもプリマが美しく優雅にステップを踏めるようになったら、もう自分に価値はない。
少なくとも、見目麗しい次期公爵のプリマにとっては。
「プリマの魔法もそれなりに味があっていいと思うぞ。ま、たまーに上手くいくこともあるから、とにかく練習あるのみだな」
「うう、わかったよ。愛しい人」
「だーかーらー!」
こんな日が少しでも長く続きますように。
珍妙な蛸ダンスを見ながら、ロジェは仄暗い満足感が湧き上がるのを感じていた。




