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(プライマン・クインフォルス) ロジェ・シルドガード③



 結果として言えば、招待状を送った誰かの思惑は見事に当たっていた。

 興味を持ったのが王太子殿下ではなく、従兄弟で公爵家の跡取り息子だということだけが外れていたが。


 プリマはロジェを気に入ったと言い、そのまま邸に連れ帰った。

 気を失っていたロジェが気付いたのは、翌日の夕方だ。


 既に公爵家と実家の連絡はつけられていて、この日からロジェはプリマの遊び相手兼、魔法の練習相手になっていた。

 全てはロジェの知らぬ間に。


 それから八年。

 第二成人を迎えてプリマが正式な次期公爵となり、遊び相手から主従と名前が変わっても関係性は変わらない。 


 それにしても本当に、あのときどうしてこの男を嫋やかな令嬢などと勘違いしたのだろうか。

 見れば見るほど、ただの男でしかない。


 ちょっとサラサラの髪と、ちょっと白い透き通った肌と、ちょっと長い睫毛と、ちょっと艶やかな唇と、ちょっと細くて長い指と、ちょっとほっそりした腰と、ちょっとしなやかな四肢と、ちょっと洗練された動作と、ちょっと春の陽だまりのような笑顔の。

 ただの男でしかないのに。


 しかも、あまり言いたくないが、ロジェの主はなかなかに性格が悪い。

 表では無害な猫をかぶって気品ある貴公子を演じているのに、裏では平気で毒を吐き、敵と見做した者には容赦ない。

 それに同性愛者を公言して、ロジェを愛人だと言って憚らない。

 控えめに言って、良いところが見当たらない。

 見た目以外に。


「なにを怒ってるんだ愛しい人(ロジェ)。払っても払ってもどこからか湧いて出てくる蝿のように、鬱陶しく纏わり付く香水お化けたちの前で、二人きりの夜の秘密をバラしたことか?」


「ふざけるな。良家のご令嬢方を蝿だのお化けだの言うのも、夜の秘密だとかいうホラを吹いたのも、どっちにも怒ってる」


 機嫌が最高潮に悪い時のロジェの低い声を聞いて、プリマは満足そうにからからと笑う。


「だって、ロジェが僕を放って忌々しい女どもを鼻の下伸ばして見ていたからだ。どうせあの蛆虫どもの狙いは僕で、お前はただの当て馬だ。いい加減学習しろよ」


「そんなもんわかってる! だけどもしかしたら一人くらい、プリマじゃなくて俺を見てくれる令嬢がいるかもしれないだろう!?」


 有りもしない幻想の令嬢の話を聞いて、今度こそプリマは腹を抱えて笑い出した。

 そんな下品な態度でさえ、プリマにかかると美しい所作に見えるから呆れてしまう。


「あっはっは! だめだよ、愛しい人。それに、昨夜ロジェが僕のベッドで可愛らしいおへそを見せてくれたのは本当のことだろう? 二人で裸で眠ったじゃないか」


「人聞きの悪いことを言うな! あれは魔法の練習に付き合ったからだろう! まさか魔法で眠らされるなんて思わなかったんだ! それに、プリマが寝るときに裸なのはいつものことで、そもそも下はしっかり穿いているだろ。そして俺はちゃんと服を着ていた。寝てる間にちょっと腹を出しただけで、どうしてそこまで猥雑な言い方にできるんだ!?」


「僕の愛人が余所見をしていたんだ。周りを牽制するのは当然だろう?」


 悪びれもせずにプリマが笑う。

 ロジェは口いっぱいの苦いものをなんとか飲み下して、恨めしげにプリマを睨めつけた。


 臆面もなくロジェを愛人呼ばわりするプリマだが、そんなことはお構いなしに彼の美貌と次期公爵の価値に擦り寄る者は多い。


 それでも、同性愛者のプリマに近付こうという勇気ある男は少ないし、プリマ自身がロジェ以外の男を近寄らせないようにしているので、今まで男とトラブルになったことはない。


 ただし女性は別だ。

 彼女たちは、淑女の皮を被った単なる猛禽類である。


 豆粒くらいの距離からでもプリマに照準を合わせ、電光石火の早業で近付き、日頃から研ぎ澄ました嘴と爪でプリマを捕食しようと虎視眈々と狙っている。

 しかし彼女たちの研鑽の結晶である化粧も香水もドレスも宝飾品も、プリマに言わせれば粉、水、布、石でしかないので、かなり分が悪い狩りではあるのだが。


 そしてその煽りを一身に受けているのがロジェなのだ。

 見た目だけは美しく洗練された令嬢たちに、足を引っかけられ、ワインをぶっかけられ、ヒールで踏まれ、指輪のついた手で平手され、人気のない場所で大勢に囲まれて、全く美しくもなく洗練もされていない罵詈雑言を浴びせられることなど日常茶飯事。


 男相手だからから、田舎伯爵家の次男だからか、ぱっとしない容姿だからか、彼女たちはロジェに容赦ない。


「市井で流行っている恋愛小説の主人公みたいな体験ができて良かったな」


 とプリマに言われたときは、本気で自分の主を殴ろうかと思った。

 中指を少しだけ出っ張らせたグーで。


 そういった恋愛小説の主人公は、間違いなく可憐で淑やかな女性だ。

 絶対にロジェのような男ではない。

 いくら髭も脛毛も薄く、筋肉の付きにくいぺらぺらの体だとしても、ロジェは男なのだ。恋愛小説の主人公にはなれない。


 だというのに、プリマはまるで恋愛小説のように、いつもいつもロジェの危機を察知し、颯爽と救いに来る。

 こんな王子様のような登場をされれば、ときめいて落ちない女はいないだろう。


 そう、女ならば。


 そしてそれが、恋愛小説風に言うところの“悪役令嬢(当て馬)”たちの癇に障り、更にロジェの風当たりを強くしているのもまた事実であった。


 しかし、とロジェは思う。

 人前では殊更ロジェに愛を囁き過剰な身体接触を図ってくるプリマだが、二人だけのときは揶うばかりで一向に愛人らしい雰囲気になったことなどない。


 それどころか、プリマはロジェに対してもある一定以上の距離を保っている節がある。

 特にそれが顕著になってきたのは、ロジェの背が急に伸びてぐっと男らしい体つきになってきた頃からだ。


 例え、髭も脛毛も薄くて、筋肉の付きにくいぺらぺらの体でも、それなりに男らしい体つきをしている……つもりだ。

 喉仏も(あまり目立たないが)あるし、筋張った体を(女性に比べれば)しているし、力だって(子供の頃よりは)ある。

 ロジェだって、一応それなりに男ではあるのだ。


 プリマの本心はわからない。

 ただそれは、プリマに対して特別な感情を持っていないロジェにしてみれば、正直助かるとしか言いようがなかった。


 もしもプリマが本気でロジェを囲うつもりなら、とっくにどうにかされているだろう。


 ロジェに触れる前に一瞬だけ躊躇うように身体を強張らせるのも、必要以上に近付かないよう距離を取るのも、他の誰にも見せない優しい笑顔で見つめてくるのも、危機を察して助けてくれるのも。

 恐らくロジェにはわからない、何らかの理由があるのだ。


 決して、プリマがロジェに本気だから易々と手が出せない、などというバカバカしい話ではないはず。


 きっと、そうに違いない。




*****




『ふうん、面白い関係性ね。あなたたちの愛に名前をつけるとしたら、何というのかしら』


「愛!?」


 ぎょっとして、ロジェは目を剥いた。

 目の前にある白金の小さな箱が淡く霊力の光を明滅させる様は、まるで精霊が笑っているようだ。


『あら、愛にも色々あるでしょ? 家族愛や師弟愛のようにね。そうね、あなたたちの場合は、友愛かしら』


 あからさまにほっと息を吐いたロジェの前で、精霊は淡い光を揺らしている。


『ふふふ……そう、わかったわ。さてと、あなたへの“お礼”はたった今決まったわよ。明日を楽しみにしていて。それじゃ、あなたの処刑までの間、もう少しだけ話を聞かせてちょうだい。あなたたちの友愛の結末が、今から楽しみだわ』


 誰もいない処刑広場の夜闇の中。

 囁くような淡い光と楽しそうにする声だけが、死を待つロジェの前にあった。



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