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(プライマン・クインフォルス) ロジェ・シルドガード②



 あの日のことを、ロジェは今でもはっきり覚えている。

 ロジェの人生が狂ったのは、あのとき選択を間違えたからだ。


 この国の王宮の敷地には、春夏秋冬の名を冠した四つの特別な場所がある。

 春の庭園、夏の居住区、秋の地下牢獄、冬の礼拝堂。

 これらの場所は、王族と王家から特別に許可された者しか立ち入ることは許されていない。


 その特別な場所の一つ、王太子宮の庭園(プリマヴェーラ)にロジェは招かれていた。

 招かれたのはロジェだけではない。

 王太子の名で、伯爵家以上の爵位の子息令嬢たち三十人ほどがここに集められた。


 表向きは王太子と歳の近い十歳前後の子供たちを集めての茶会という体裁だったが、どう考えても将来の王太子の側近と婚約者を選定する場でしかない。

 親と離され子供たちだけで過ごすことで、本人の資質を見定めようという趣旨が丸わかりだった。


 よく親に言い含められていたのか、あからさまに王太子殿下に媚を売る子供。

 趣旨を理解せずに、興味本位で王太子殿下に近付く子供。

 まるっきり王太子殿下に興味がないのか、他の子たちと遊ぶ子供。

 様々な子供たちの中で、ロジェは庭園の隅に一人でいる子供だった。


 ロジェは、自分が正しく単なる保険であることを理解していた。

 どうせ選ばれることはない。

 選ばれるのは、侯爵家以上の上流貴族の子や、王宮で役職に就いている高位伯爵家の子たちだろう。

 間違っても田舎に領地を持つ伯爵家次男の自分ではない。


 それが証拠に、二つ年上で次期伯爵候補の兄には茶会の招待状は届かなかった。


 だが、もしかしたら、王太子殿下が興味を持つかもしれない。

 それだけの理由がロジェにはあった。

 だから、気を利かせた大人が保険としてロジェに招待状を送ったのだろう。


 王太子宮での開催とはいえ、子供だけの茶会だ。

 どうにかして招待を断るという選択肢もあった。

 しかしこの機会を逃せば、ロジェが王宮に上がることなど一生ない。


 噂に聞く王太子宮の庭園(プリマヴェーラ)や、都会の上流貴族の子供たちを見てみたい。

 それだけの理由で、ロジェは父に頼み招待状に参加の返信をした。


 こっそりと周囲を見回しながら、庭園の隅で大人しく時間が過ぎるのを待つ。

 ロジェは、庭園に集まる子供たちを静かに観察していた。


 遠くから見ていると、どうやら子供たちは大きく二つのグループに分かれているようだ。

 一つは言わずもがな、王太子殿下に集る子供たち。

 もう一つは、嫋やかに微笑む令嬢に集る子供たち。


 王太子殿下に勝るとも劣らない数の子供たちを引き連れた令嬢は、驚くほど美しかった。

 瑞々しい桃の上に、極上の銀砂糖を丁寧にまぶしたような甘いピンクシルバーの髪と、神秘的な聖石を思わせる瑠璃色の瞳。

 指の先まで洗練された振る舞いに、見る者の心を掴んで離さない天使のごとき柔らかな微笑み。


 よく見れば、周囲を囲んでいるのは令嬢ばかりで、男がいない。

 多感な年頃の貴族令息たちは、あの令嬢の美しさは近寄りがたいのだろうか。


 そんなことをぼんやり考えながら眺めていると、ぱちりと令嬢と目が合った。

 真っ直ぐに見つめられ、微笑みかけられれば、ロジェの動悸が早くなる。


 一目惚れという単語が目の前に落ちてきて、はっと息を呑んだ。

 自覚した途端に恥ずかしくなり、そっと視線を令嬢から外す。


 あの美しい令嬢と自分では釣り合わない。

 ぼんやりした緑の髪と、これまたぼんやりした灰色の瞳の自分が隣に立ったところを想像して、ロジェは彼女に近寄れないでいる令息たちの気持ちを理解してしまった。


 だが、令嬢はロジェの心情などお構いなしに庭園の隅に向かってやって来た。


「お前、ロジェ・シルドガードだな。すごい魔法が使えると聞いているぞ」


 顔を上げると、すぐ目の前に令嬢の美しい顔があった。

 どぎまぎしながら令嬢をぼうっと見つめていると、彼女の顔がほんの微かに歪んだ。


「聞こえているのか、ロジェ・シルドガード。どうやらお前は王太子(あいつ)には興味がないようだな。ならば僕の遊び相手にならないか?」


 王太子殿下の周りに集っていた令息たちから、不穏な空気が漂った。


 しかしロジェはそのことに気づかない。

 令嬢の口から飛び出した言葉の意味がわからず、ロジェは呆けてしまっていたので。


 彼女はいま「僕」と言ったのだろうか。

 というよりも、この令嬢らしからぬ言葉遣いはどうだろう。

 それに、彼女の着ているドレスは……ドレス…………ドレス???


 ぼんやりしているロジェを見て、令嬢は何かに気付いたように微笑んだ。

 天使の微笑みだというのに、瞳の奥が笑っていない気がする。


「僕はプライマン・クインフォルス。今日の主役の従兄弟だ。お前には特別に、僕のことを春の妖精(プリマ)と呼ぶことを許そう。()()()()()()()だが、この庭園と同じ名だ。気に入っている」


 その瞬間、取り巻きの令嬢たちがざわついた。

 不躾な視線があちこちからロジェに突き刺さる。


 しかしロジェはそんなことは一つも気にならなかった。

 ロジェは立ったまま気絶していたのだから。

 初恋が秒で終わった瞬間である。



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