クラーラ・レインティア⑥
十六歳になってすぐのことだった。
秋も深まり冬との境目の季節、血祭りの日のことだ。
血祭りは、血の神ニルカヴァラの祭事である。
決して、誰かを血だらけにして雄叫びをあげる蛮族の儀式ではない。
祭の日は、ニルカヴァラのために家畜の血を祭壇に供え、血の神を憚って肉類の摂取を控えるというものだ。
ただ、昨今の血祭りの日にはもう一つの意味がある。
血の神ニルカヴァラと愛の女神マリアヘラに倣い、男女が愛を囁くイベントとして楽しまれているのだ。
元々は、とある肉屋の経営的戦略だったという。
それが若い男女に受けたことで、血祭りの日に肉を飾りつけた木の下に立った女性は、肉を持った男性からのキスを拒めないという俗習が出来上がった。
更に、聖なる血祭りの日に宿った子は豊潤の神オリフィルヴァの加護を受けて一生食うに困らないと言われ、いつしか男女の情事が公然と行われる日として受容されてしまっていた。
そんな血祭りの日のことだ。
クラーラの一番最初の交際相手――今ではもう名前も思い出したくないその男は、街のあちこちにある肉飾りの木の下にクラーラを無理やり連れ込み、唇にキスしようとしてきた。
突然のことに動転したが、クラーラは必死に男の手から逃れた。
肉飾りの木のことは知っていた。
だが、まだ婚約にも至っていない男から、まさか本当に同意も得ずにそんなことをされるとは思っていなかったのだ。
ショックを受け、青い顔で帰宅したクラーラを両親はとても心配したが、急に気分が悪くなったと誤魔化した。
せっかく両親が選んでくれた男性に、無体をはたらかれたとは言えなかったのだ。
「そんなに嫌がられるとは思っていなかった」
翌日、謝罪にやって来た男はクラーラに頭を下げた。
クラーラだって男にはそれなりに好意を持っていたし、これから更に付き合って、婚約、結婚を経てからであれば何も問題なかった。
少し拗ねながらそう伝えると、男は妙に困惑した顔で帰っていった。
その数日後である。
男から、クラーラとの交際を断る旨の手紙が届いたのは。
理由は「決定的な価値観の違い」とのことだ。
婚約もしていない女の唇を無理やり奪おうとするような価値観など、こちらから願い下げだった。
二番目の男は――こいつも今更名前など思い出したくもない。
あの当時は、誠実で紳士的な男性だと思っていた。
躊躇いがちにクラーラの頬を撫でる優しい手も、微笑み返したときに眩しそうに細める目も気に入っていた。
男の胸に抱かれ、吐息がかかるほど近くで見つめ合うと、何故かいつも目を閉じてしまう癖も微笑ましく思っていた。
だから、クラーラを撫でる優しい手が頬から顎へ移り強引に上を向かされ、男の唇がクラーラの唇に触れそうになったときはひどく焦ったものだ。
――お前もか!
ぐっと険しい顔になったクラーラは、思い切り男を突き飛ばした。
男は、驚きの中に悲しみを湛えてクラーラを見つめていた。
一度目の失敗でクラーラも学んでいた。
男とはそういう我慢ができないのだ、と。
しかしだからといって、こんな大切なことを婚約もしていない状態で強いるのは到底許せることではない。
「なら、いつならクラーラは許してくれるの?」
眉尻を下げて情けない顔をした男の問いに、クラーラは答えた。
何を当然のことを聞くのかと憤りながら。
「そんなの、お互い第二成人を迎えてからに決まってるじゃない。例え今すぐ結婚したとしても、第一成人のうちは私たちまだ親の庇護下にいるのよ?」
「そんな……。君はいつもこれだけ煽っておいて、まだ二年も待たせるのかい? キスだけでこれならその先は――いや、いい。少し僕にも考える時間をくれ」
二番目の男が別れを切り出したのは、その数日後だ。
結局こいつも自分を大事には思ってくれなかった。
そう思うと、クラーラは悔しくて仕方なかった。
三番目の男は、これも名前(略)
多少軽薄な印象の男だったが、クラーラに対してはとても優しかった。
デートのときにそっと絡められる手は温かかったし、抱きしめられる腕は力強かった。
別れ際に寂しそうに瞬く瞳も、愛おしそうに髪を梳いてくる指も、次の約束をしながら何度も首や耳元にくっつけられる額も好きだった。
お返しに、男の頬や首に自分の鼻先や唇を圧しつけるのも好きだった。
至近距離で目を合わせ、鼻と鼻をぶつけて「またね」と言うと、いつも不思議な顔をしてなぜか苦笑いするところも気に入っていた。
でも、結果は同じだ。
この男もある日突然クラーラの唇に強引にキスを(略)
四番目の男は(略)




