クラーラ・レインティア④
挑戦的なニルカヴァラの言を受け、マリアヘラは御座を立つ。
徐に、ニルカヴァラの座す錆色の御座へと向かって足を出した。
静かに歩を進めるマリアヘラが、ニルカヴァラの御座の前まで来る。
座したままのニルカヴァラの肩に手を置き、マリアヘラは耳元へと唇を寄せた。
『そなたの苦しみは我の苦しみ。我の喜びはそなたの喜び。愛と血によって、新たなる世界を生み出そうぞ』
マリアヘラは、そっとニルカヴァラの唇に口付けた。
熱く激しい風が天上から地上へと吹きつける。
閉じられたマリアヘラの目元から、一粒の涙が流れ落ちた。
涙は地上に落ち、光を放つ。
赤黒く生臭い大地が、光と共に浄化されていく。
いつの間にか、地上は豊かな緑が溢れていた。
爽やかな風が吹き抜け、木々がさわめく。
『古い血は全て消した。新しい血を求めるならば、そなたから我に愛を示せ』
『血が手に入るなら、愛を示すことなど容易い』
ニルカヴァラは、マリアヘラの唇へ口付けた。
少しずつ二神の鼓動が早くなる。
燃えるように熱を帯びた血が、心臓を叩いて身体中を暴れまわる。
破裂する寸前まで膨張した心臓が、耐えきれなくなって光り輝きだした。
目も眩むほどの光が、ニルカヴァラとマリアヘラの胸に集まっていく。
一点に集束した光は、マリアヘラの胸元からぷかりと浮き上がった。
温かく柔らかに輝きながら、光は地上に降り立った。
光が弾け、世界を覆い尽くすと、後には一人の少年神が残される。
『あの子は豊潤の神オリフィルヴァ。我とそなたの愛の証。我らが愛し子は、地上に再び穏やかな平和をもたらすであろう』
『新たな血か。確かに愛から生み出された血ではあるが、私を満足させるほどではないぞ』
地上のオリフィルヴァは、父神ニルカヴァラと母神マリアヘラの声を聞いていた。
自分の役割を知ったオリフィルヴァは、自らの手を切り、流れ出る地を大地に滲み渡らせる。
オリフィルヴァの血を吸った大地からは、数多の命が生まれた。
人も、獣も、鳥も、虫も、魚も。
目に見えないほど小さな生き物も、神に届くような大きな生き物も。
様々な命で、地上は覆い尽くされた。
『わたしの血で、新たな血を持つ者たちが生まれました。これらを少しずつ、血の父神ニルカヴァラに捧げましょう』
オリフィルヴァから捧げられた供物により、ニルカヴァラの血による猛りは鎮まった。
マリアヘラは、手の中の小さな白金の版に手を置くようニルカヴァラを促す。
『地上の生き物たちは、愛によって増える。増えた中から少しの血を取り分け、そなたに与えよう。そなたは愛ある血を受け取り、代わりに我らと共にこの世界を平穏に導くのだ』
『是非もない。愛と血で新しく生まれたこの世界が永久に続くよう、私も力を尽くそう』
版に、新しく役割を与えられた血の神の名が記された。
ニルカヴァラの名を載せた版を、マリアヘラはしっかりと胸に抱く。
この世界は愛と血によって豊潤に満たされ、永久の平穏が続いていく。
人々が神に感謝し、大地を潤す血を捧げることを忘れなければ。
――創世記 第二章;世界の破壊と新たなる創世 より――
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『なんというか、どこの世界も神話ってツッコミどころ満載ですよねぇー。これはこれで興味深くはありますけど』
『別にいいんじゃない。この世界の人だって別に信じてるわけないでしょ、こんな荒唐無稽な話』
『まあ。信じてたらそれはそれで興味深いですけど』
『てゆーか怖いわよ。人殺しの旦那と脳内お花畑の妻に虐待されてる子供の話でしょ。そんなの信じてたら確実にオカシイから』
『うーわー、その神様フリしてるザイナが、そんなこと言っちゃいますかぁー……』




