クラーラ・レインティア①
クラーラ・レインティアの朝は早い。
まだ鳥も起きぬような夜明け前から起き出して、身支度を始める。
支度が終わり、空が明け始める頃になるとクラーラはいそいそと家を出た。
早朝の静かな居住区を抜け、いつもの道順で大通りの商業区へ。
まだどこの店も開いていないが、焼き立てのパンや甘いスープの香りは通りに漂い始めている。
それらを胸いっぱいに吸い込んで、香ばしい匂いを堪能しつつクラーラは歩き続けた。
時折、開店準備中の花屋の娘や、軽食屋の少年と挨拶を交わすことも、毎日変わらない。
通い慣れた道を歩いて向かうのは、街の中心にある教会だ。
緩やかな坂の上から深い緑色をした屋根が見えてくると、目的地から朝の鐘が鳴り響くのが聞こえてきた。
教会の鐘が鳴るのは、朝、正午、夕方の3回。
人々は教会の鐘の音を聞き、それを目安に日々の生活を営んでいる。
教会の聖堂は、朝の鐘が鳴り終わるのに合わせて扉が開くようになっている。
クラーラは、聖堂の扉が開く時間ぴったりに教会へと辿り着いた。
今朝もいつも通り。なに一つ変わらない彼女の日常。
「おはようクラーラ。今日も早いわね」
「おはようございますシスター。朝イチのお祈りは私の日課ですから」
開かれたばかりの聖堂には、まだ誰もいない。
聖堂を開ける役目のシスターと挨拶を交わすと、いつも通りに祭壇の前まで進む。
クラーラは、祭壇の奥で慈愛の微笑みを湛えている女神像の前に膝をついた。
熱心に祈り始めたクラーラの姿を認めると、シスターは目を細めて微笑を浮かべる。
彼女は、開けたばかりの聖堂の扉をぴったり閉めると、静かに立ち去った。
いつものように聖堂に一人きりになったクラーラは、真剣に祈りの言葉を紡いでいく。
「愛の女神マリアヘラ様、憐れな私にささやかな愛をお授けください」
クラーラの口から溢れる祈りの言葉も、いつもと同じものだ。
毎日毎日、クラーラは熱心に祈り続ける。
もう何年も、彼女は愛の女神に祈りを捧げることを欠かさない。
クラーラの望む、ささやかな愛を得るために。
「マリアヘラ様っ!! どうして私はいつまでも結婚できないのでしょうか!? 憐れな私に、ささやかでいいので愛の相手をお与えくださいっ!!」
腹の底から力の籠もった祈りの言葉。
震えるほど固く握られた両手。
ギラギラとした光を放たんばかりの鋭い眼光。
眉間に深いしわを寄せた鬼気迫る表情。
クラーラは本日も通常営業のようだ。
彼女の熱心な祈りについては、町の人間なら誰でも知っている。
教会には日々「悪夢を見る」「子供が泣く」「呪われそう」「朝は外を出歩けない」といった声が届き、ついにはクラーラの祈りの時間は聖堂の扉を閉めることにしたほど。
そんなふうに、毎日クラーラがあまりに熱心に祈っていたからだろうか。
不意に、マリアヘラ像の目元から顎まで、天窓からの朝日が一筋すうっと差し込んだ。
まるで女神が涙を流したかのように。
そして。
「えっ、なに!?」
何の前触れもなく、眩い光がクラーラに降り注いだ。
驚いて顔を上げると、女神の胸元から黒く薄い板が輝きながらにゅうっと飛び出し、ゆっくりゆっくりと落ちてくる。
煌々とした不思議な板は、祭壇の上にことりと落ちると産声をあげた。




