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フィナ・エバーリア⑭ ~グラン・ホロウフッド~



 そうして、捕らわれのお姫さまは、王子さまと結婚して幸せに暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし。


 古今東西、恋物語の締めくくりは結婚で終わるのが常だ。

 この物語の本当の終わりが見えて、グランは久し振りに心からの晴れやかな笑顔を見せた。


「あの日、大量の金塊を前にしてもぼくがフィナの手を取らなかったことで、イルブランドさんの心が少し動いたそうです。そこに付け込んだとウサギ……いえ、ジェナさんは言っていましたが」


 苦笑いを浮かべたグランが、誰にともなくそう言った。

 新郎の控室には、グラン以外の何者の姿もない。

 これまでの苦労を思い出して、独り言を呟いているのだろう。


「ジェナさんとイルブランドさんは賭けをしていたそうですよ。ぼくが少しでも欲を出したら、その場で処刑だったと。危ないところでしたよ」


 小声になったグランが、ぶるりと肩を震わせた。


「不思議なんですけど、どうもぼくはイルブランドさんに気に入られたみたいです。フィナは一人前の大人として嫁にやるのだから、もう実家との繋がりは一切絶つと。契約書まで用意して、完全にぼくにフィナを託してくれるみたいです。そうそう、あのときフィナが持っていた金塊は、結婚持参金だそうですよ。おかげで借金もキレイに返せて、余った資金で新たな事業も始められました」


 非営利活動団体“貴族と平民(ラガッツァソーニョ)”は、様々な事情で職も家もなく第二成人を迎えた人を援助するために設立された団体である。

 特に、家の事情で結ばれることが難しい男女を、貴族平民分け隔てなく援助し、結婚にまで導く活動が注目を浴びている。


「ぼくがここまで来られたのは、全部あなたのおかげです。ぼくに幸せを運んでくれてありがとう。あのときは恨んだこともあったけど、今は本当に感謝しています」


 ――ありがとう、精霊さん。


 そうグランが口にする前に、背後から「ふふっ」と吐息のような笑い声が聞こえた。

 ぎくりとして振り向けば、深い海の底のようなドレスを纏ったジェナがいる。

 初めて着飾ったジェナを目にして、グランは唖然と口を開いた。

 こうしていると、まるでフィナが成熟した大人になったようではないか。


「お礼を言われるほどのことじゃないさ。こっちはこっちで、可愛い()()()のためにやったことだからね。ただちょっと、旦那と教育方針が違ったってだけさ」


 なんということだろう。

 何に対してなのかグランも既にわからなくなっていたが、なんてことだと頭を抱えたくなるのを寸でのところで耐え切った。


「え、あ、えっと、その、あれ、確かフィナはエバーリアとの関係を絶ったのでは……。あれ、その、イルブランドさんは結婚式にも来ないって、聞いて……? ジェナさんは、その、えっと、あれ?」


 やっとの思いでそれだけ言うと、ジェナはからからと豪快に笑う。


「あははははっ! あたしはとっくにイルブランドと離縁してるのさ。だからエバーリアとは関係なく、個人的にフィナの護衛をしてるだけだよ。だから、このままあたしもあんたの家に厄介になるよ。言っただろ。こっちの言うことを聞く限り、イルブランドからは絶対に守ってやるってさ!」


 つまり、それ以外からは守ってくれないということだ。

 フィナは死神からただの貴族の妻になるが、彼女にしか懐かない獰猛な猛獣を同伴して嫁いでくるらしい。

 眩暈がした。


 と、そこへガチャリと扉の開く音がする。

 開いた扉からは、純白の衣装に身を包んだ世界で一番美しい花嫁がグランに走り寄って来た。


「グラン様! 待ちきれなくて来てしまいました。ああ、純白の衣装を纏ったグラン様、素敵です……」


 ふわりとグランの足が地面から離れた。

 ぎょっとする間に、グランはフィナに横抱きにされていた。

 完全に立場が逆だ。


「グラン様、私は嬉しいです。どうか、末永く幸せになりましょうね」


 動揺しつつもフィナの腕から抜け出そうとするが、どういうわけか可憐な少女の細腕はがっちりグランを捕まえてびくともしない。


 グランは、もう少し早く気付くべきだったのだ。

 駆け落ちの日、大きな鞄いっぱいに詰まった金塊を、フィナが()()()持ってきたということに。

 フィナは箱入りで世間を知らないが、エバーリアの家の中まで知らないわけではない。

 彼女も、立派なエバーリア一家の一員なのだ。


「ふふふ。そんなことは有り得ないと知っているけれど、もしも私を裏切ったら、そのときは覚悟してらしてね。死ぬほど追い詰めるから! 死にたいと思っても死なないくらいに追い詰めるわ! 死んでも追い詰めるわ! 死んで生まれ変わっても追い詰めるわ! うふふ、楽しみねぇ」


 無邪気にはしゃぐフィナの言葉に、グランは冷汗が止まらなくなる。

 しかし、それはまだ序の口だったのだ。


「グラン様はいずれお家を継ぐのでしょう? 私も手伝うわ。だから安心して、グラン様はずっとお家の中で私と一緒に暮らしましょう。大丈夫よ、街になんか出なくたって十分幸せになれるから」


 間違いなく、フィナはイルブランドの血を引いている。

 慌てたグランが口を開くより早く、フィナはいつもより一段低く冷たい声を出した。


「家出の先輩として忠告しますわ。本人はどれだけうまくやったつもりでも、行動は全て家に筒抜けなんですよ」


 フィナの隣で、ジェナもうっすらと美しい微笑みをグランに向けている。

 そして、最後の一言がグランに止めを刺した。


「実は私、精霊さんにお会いしたの。精霊さんが幸せを運ぶって、本当だったのね。精霊さんは、これから先どんなことがあっても、グラン様は私のお願いを快く聞いてくださるというお礼をしてくださったのよ。信じていないわけじゃないけれど、本当かしら?」


 窺うように、至近距離から目を見つめられた。

 グランはそんなことはないと首を横に振ろうとして、はたと気付く。

 

『あとは、誰に何を言われても黙秘を貫いてくださいね。否定も肯定もしてはいけませんよ。あ、ただ、ちょっとでも間違えたらグランさん死にますから』


 精霊はグランとの別れの前にそう言っていた。

 ただし、黙秘を貫く()()については一言も言っていなかったのではなかったか。


 グランは、この先二度と肯定も否定もすることができず、何か聞かれても黙秘を貫くしかない自分の未来を想像した。

 驚くほど容易く想像できる。

 きっとその想像は、概ね現実と大差ないだろう。


 あれは、幸せを運ぶ精霊ではなかった。

 悪魔なんて生易しいものでもない。

 邪神だ。そうに違いない。


 美しい花嫁にお姫様抱っこされながら、グランはこの先の長い人生にかかる暗黒の緞帳が静かに下りていくのを感じていた。

 耳鳴りという名の、閉幕ベルが鳴る。






 こうして、捕らわれのお姫さまは、結婚しても捕らわれたまま幸せに暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし。



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