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フィナ・エバーリア⑬ ~グラン・ホロウフッド~



 家に帰るまでが演技です。

 そう自分に言い聞かせながらなんとか帰宅したグランは、ここまで五体満足でいられたことを神に感謝した。

 精霊に感謝をする気があまり起きないのは仕方ない。

 そんなグランの心情を嘲笑うかのように、彼の人生最大の危機は訪れた。


 魔王(イルブランド)猛獣(ウサギ)が揃って自宅の応接室にいたのである。

 大嵐と大地震がいっぺんに襲ってきたって、ここまで怖ろしくはない。

 更に更に、同室していた両親がこの上もなく機嫌のよさそうな顔をしていたことに、グランの嫌な予感は止まらなかった。


「グラン様。我が家の愚女が大層お世話になっているようで、一度ご挨拶をせねばと思っていました。御前に参るのが遅くなり大変申し訳ございません」


 イルブランドがにこやかに笑う。

 殺すと思う前にいつでも殺してやると語る目が不穏に微笑んで、グランを凍りつかせた。

 グランの耳にイルブランドの言葉は「このクソ野郎。家の大事な可愛い娘にちょっかいかけやがって、いっぺんと言わず死ぬまで殺してやるよ。じわじわと死ぬのを遅くさせるような殺し方をしてやるから覚悟しろよこの××(ピー)カス野郎!」と翻訳された。

 概ね合っている。


 その後ろで控えているウサギまでもが「また勝手に台本にないことしやがって。あんたのミンチを肉団子にしてあんたの胃が破裂するまで食わせてやるよ」と言いたげな物騒な視線を刺してくる。


 それにしても、この空間で和やかに笑っていられる両親は正気だろうか。

 魔王と猛獣の圧に気付かないとは、よほど鈍いのかよほど大物なのか。


「喜べグラン。なんとエバーリアさんが、愛娘のフィナさんとお前の結婚を打診してくださったのだ。聞けば、お前たちは以前から人目を忍んで睦み合う仲だというではないか」


「まったく。いい歳になっても毎日街の外の森に遊びに行ってばかりだったのに。いつの間にエバーリアのお嬢さんの心を射止めたのかしら。うちの愚息こそ、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでしたわ」


 両親の話を聞いて、一瞬グランの意識が空の彼方へ飛び去った。

 未だ立ってこの場にいられることが奇跡でしかない。


「いえいえ。このような良縁に恵まれて、我が家も喜んでおります。つきましては、例の件も含めてご子息とお話しさせて頂きたいと思いますので……」


「あら、そうですわね。わたくしどもは、これで失礼致しますわ」


「グラン、しっかりエバーリアさんのお話を聞くんだぞ。失礼のないようにな」


 ぽんとグランの肩を叩いた父の手は、気の毒なくらい震えて爪が白くなっていた。

 母は、忙しなくきょろきょろと視線を動かし続けている。

 なんのことはない。

 両親は鈍くも大物でもなかった。

 ただ息子を売っただけだったのだ。


「さぁてと……」


 両親の消えた応接室は、ただの処刑部屋と化した。


「おい、そのクソの詰まった頭でよーく考えて答えろよ。少しでも間違ったらお前の首を指一本分ずつ切り取ってやる。勿論、切ったら死ぬような場所は避けてやるからな」


 全く有り難くない申し出だ。

 身体のあらゆるところから体液が漏れ出しそうになるのを必死に押し留める。

 グランは、死んでも死なないための黙秘を貫く覚悟を決めた。


「てめぇ、何が目的だ。金か? だったら借金を返しても、貴族が一生派手に遊んで暮らせるくらいの金を用意してやろうか?」


「…………」


「フィナの体か? 知ってるだろうがあれは生娘だ。それよりも、最高に具合のいいとびきりの美人をてめぇの奴隷にくれてやるぞ?」


「…………」


「エバーリアの後ろ盾か。グラン・ホロウフッドに手を出したらエバーリア一家が黙ってないと、王家から闇組織に至るまで喧伝してやってもいいぞ?」


「…………」


「……ふん、だったら命か」


 無意識に頷くところだった自分を止めたことを誉めてやりたい。

 いつの間にか、首の下に切れ味のよさそうなナイフがあった。

 もしも頷いていたら、容赦なくグランの喉笛にぶすりと刺さっていただろう。


「ちっ。ジェナの言う通りか。くそっ。賭けは俺の負けだ。約束通り、フィナはてめぇに預けてやる。だがな、少しでもフィナを悲しませてみろ。俺が殺すと思う前に、死んで詫びたいと泣きわめくぐれえにあらゆるモンがてめぇから削ぎ落とされるだろうよ。おいてめぇ、絶対にフィナを幸せにすると誓えるだろうな」


「…………」


「くくくくくっ。俺を前にしていい度胸だ。命が惜しくて簡単に頷くようなら、殺してやるつもりだったがな。おい、ジェナ。後はお前に任せる」


「了解よ、旦那様。さて、グラン・ホロウフッド卿。これも全部あんたの台本通りだったのかい? だとしたら卿は、あの暗黒街の領主を黙らせたとんでもない男だねぇ」


 正確には、精霊の台本である。

 グランはただ台本の通りに動いた役者に過ぎない。

 いや、きっと誰も彼もが精霊の台本の上で踊らされた役者だったのだろう。

 観客ではないこの世の人間たちには、全てを知ることなどできない。


 ただ、この物語の結末が悲劇ではなくなったことに、グランは心から安堵の溜め息を吐いた。



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