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フィナ・エバーリア⑫ ~グラン・ホロウフッド~



 眠れぬ夜を過ごしたグランは、迷った末に精霊の言う通りにすることにした。

 どのみちこのままではグランは死ぬ。

 一縷の望みに賭けて、グランはフィナに駆け落ちの計画を持ちかけた。

 あまりに分の悪い賭けで、ベットするのは自分の命。

 これで幸せになれなければ割に合わない。


「フィナ……ぼくたち、……かっ…………か、かか駆け落ちっ! しよう!」


 勇気を振り絞って、台本にない科白をグランが言う。

 瞬間、グランの項と背中の皮が裂けた。

 フィナから見えない部分に、ひりつく痛みと血の垂れる感触がある。

 何が起こったのかなど、詳しく知りたくもない。

 なんとか自分の命が助かったことだけわかれば十分だった。


 グランは死神と心中する未来を、死神と駆け落ちする未来に替えることに成功した。

 ただしその代償は大きい。

 その夜、グランの自室には音も気配もさせない猛獣がいた。


「まさか勝手に台本を書き換えられるとは思わなかったよ。一瞬あんたのこと殺してやろうかと考えてね。その前にイルブランドがあんたを攻撃したから、あたしも冷静になれたよ」


 獰猛な猛獣は、刃物のような薄く鋭い笑みを向けてくる。


「最近フィナがね、沈んでいることが多いんだ。物語のように悲しい結末を迎えて、あんたとの恋の終わりを予感してるからね。だったらいっそ、ここで大きく結末を変えてしまうのも悪くない。あんた、フィナのためにそこまで考えてたのかい?」


「…………」


 グランは何も言わない。

 首を縦にも横にも振ることもない。

 精霊の言う通りなら、黙秘を貫かなければその瞬間にグランの首は二度と振ることができなくなるだろう。

 首と胴の離別を回避するために、グランはこの先どんなに恐ろしくても何も言わない覚悟を決めた。


「ふうん。あんた、覚悟を決めた男の目になってるね。駆け落ちなんて言ったら、その瞬間に死ぬかもしれないってことくらいわかってただろう?」


「…………」


「男らしく言い訳もなしかい。なるほど、あたしはあんたのことを過小評価してたようだ。いいだろう、こんだけ殺気を込めても退かないってことは、本気なんだね」


「…………」


「わかったよ。ここからはあんたの即興に乗って、物語を大団円に書き換える。ふん、ちゃんと最後までイルブランドの魔の手からは守ってやるからね、グラン・ホロウフッド卿」


「…………」


 ウサギの消えた部屋に、グランは一人佇んでいる。

 生温かったズボンの染みが冷たくなるまで、彼は恐怖と緊張で動くことができなかった。




*****




 新たな物語に向けての最初の一ページで、グランは既に意識を失いそうになっていた。


 駆け落ちの約束をした日、待ち合わせ場所に行くと既にフィナが待っていた。

 少し離れて、イルブランドも待っていた。

 姿は見えないが、ウサギも待っていることだろう。

 グランの物語が悲劇になるか喜劇になるか。

 それは、フィナの物語次第である。


 フィナは、いつもにも増して美しかった。

 清楚な淡いブルーのワンピースにサファイアの髪がよく映える。

 嬉しそうに微笑む目元に、トパーズがきらりと光っていた。


 グランは、思わず眩しさに目を細めた。

 眩しいのは、フィナの美しさだけではない。

 なにかもっと、こう、フィナの足元から不穏な感じの眩しさが目に刺さっている気がしたのだ。


 薄目のまま、そうっとフィナの足元を見て、グランは白目を剥いた。

 そこにあったのは、革製の旅行鞄だった。

 小さな錠が付いているが、中身が溢れそうなほど詰め込まれていて鞄の口が豪快に開いているために施錠はされていない。

 施錠されていれば、少なくとも中身を見ずに済んだのに。


 グランの視線に気付いたフィナは、とても嬉しそうに鞄の中を見せてきた。

 大量の金塊が詰め込まれた、鞄の中を。

 どこの世界に、金塊だけを鞄に詰めて駆け落ちする人間がいるのだ。

 グランの心は完全に折れた。

 死神の鎌の先が見えたような気がする。


 だが、グランは鞄の中に希望の欠片も見付けていた。

 分厚い金の板の隙間に、見覚えのある薄い用途不明の板が見えたのだ。

 今は暗く沈黙しているが、あれが光を放ち饒舌になれば、グランが生き残る確率は大幅に上がるはずだ。

 折れた心をもう一度立て直して、グランは勇気を振り絞る。


「やっぱりやめよう。こんなことは良くないよ。フィナのお、おと、お父さん……ヒッ! イルブランドさんも、悲しむよ。だから今日はお互い帰って、それから今後のことを考えよう」


 お父さんと言った刹那、物陰から向けられた純度の高い殺気に気圧されかけたが、なんとか駆け落ちを中止することができた。

 ここからが正念場だ。

 グランは崩れて倒れそうになる膝を励まして、その場を後にした。



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