フィナ・エバーリア⑥ ~グラン・ホロウフッド~
『お、無事にスマホは異世界に転送できたかなぁー。もしもーし、聞こえますかぁー? 聞こえてたら返事してくださぁーい!』
「………………」
『おやぁ? あ、あっ、そうだった。マニュアルはー……と、えー、ごほん。僕はこの箱に宿った精霊のイプスといいます。あなたのお名前と、人生について聞かせてもらえませんかー? お話聞かせていただければ、AIがマッチングしたあなたに最適なお礼をさせていただきますよー』
「………………」
『あれぇ? おかしいなぁー、ちゃんと精霊って言ったのになぁ? うーん、FAQは……と。なになに、相手からの“へんじがない”場合、“ただのしかばね”である確率が高い、と……なるほど……』
「おいっ! 勝手に人を屍にしないでくれ!!」
『あっ、なーんだ。ちゃんと聞こえてるんじゃないですかぁー、焦ったなぁもう。早く返事してくださいよぉ』
「あのな! こっちはそれどころじゃないんだよ! 返事なんかしてる暇は――うおっと!! もう追いついてきたぁぁぁぁぁぁ!!」
『あらー、お取込み中でしたかー。失礼しましたぁ。それじゃ、また後程よろしくお願いしますねぇー』
*****
グラン・ホロウフッド、十七歳。ホロウフッド子爵家の一人息子である。
子爵家は遡れば建国の頃から続く由緒正しい家だが、十五年前の飢饉から未だ立ち直ることができず、緩やかに傾いていた。
父である子爵は、先祖代々の領地を維持する才覚には溢れていたが、傾いた領地を立て直す才覚は欠片もなかった。
あちこちから借金をしているにも関わらず、昔から続く生活を変えることができず、更に借金を膨れ上がらせている両親にも原因はある。
そんな両親を見てのんびりと構え、借金と聞いても危機感を覚えずにいる使用人たちも同罪だ。
ホロウフッド家で唯一莫大な借金の額の見えているグランは、第二成人の年齢を間近に控えて焦っていた。
理由は当然、借金だらけの実家を継ぎたくないからである。
この国では、法により二回成人の儀が行われる。
一回目は十三歳。二回目の十八歳までの五年間は、大人への移行期間として猶予が与えられる。
第一成人になると大人と同じ権利を有するため、結婚も独立も、あらゆる契約を本人の裁量で行うことができるようになるのだ。
ただし、もしもそれで誰かが不利益を被ったり、本人が失敗をした場合、保護者や監督者が代わりに全ての責任を負わなければならない。
親を不幸にしたくなければ、大人としての振る舞いを身に着けて一人前になれ。
親は、子が問題なく一人前になれるよう責任を持って育てろ。
そういうことらしい。
しかし実際には、面倒ごとを嫌った大人が最終決定を行い、第一成人の独断で権利の行使をすることは殆どないようだ。
猶予期間を過ぎて第二成人を迎えると、今度は如何なる事情があれ保護者の庇護下から抜けることが義務づけられている。
十八歳までに一人で自立する道筋を見つけられないようなら、まだ責任を持てる第一成人の間に、親が就職先や結婚相手を見つけてやることが多い。
ただし、そういった責任を持たない親の元に生まれた子は不幸だ。
なんのあてもなく、身一つで家を追い出されるだけなのだから。
ところがグランは、どちらかといえば身一つでもいいから家を追い出されたいと考えていた。
平民と違い、貴族の第二成人に自由は一つもない。
特に、グランのように他の兄弟がいない貴族子息は、余程のことがない限り第一成人の間に親から強制的に後継者契約を結ばされる。
第二子以降も、家のために他家と婚姻で縁を繋いだり、実家よりも身分が上の家に仕えたりと、本人の意思という表向きの理由を以て、親の意向のままに契約をすることが殆どだった。
それが嫌ならば、猶予期間の間に身を立てる術を手にして、且つ家に利益を齎す方法を提示しなければならない。
後継者候補であれば、後継者問題も自らで片付ける必要がある。
だが、グランには身を立てる術も、自分以外の後継者候補のあてもない。
いっそあんな貴族とは名ばかりの貧乏子爵家など、取り潰しになればいいと思う。
そうすれば、ホロウフッド子爵家は消えるが、ホロウフッド家の借金も消える。
消えるというか、踏み倒すつもりなのだが。
ただ、もしそうなったとしてもグランには一人で生きていくための職も家もないので、結局は路頭に迷うことになるだけだ。
グランも、職をみつける努力をしていなかったわけではない。
しかしながら、専門職の学校に入るにしろ、紹介もない職人や商人に弟子入りするにしろ、結構な大金がいる。
自分で商売を始めるような資金もない。
兵士や傭兵になったところで、士官に伝手もないのでは元貴族などすぐに前線に送られて使い潰されるだけだろう。
結局はカネかコネ、どちらかがなければ平民の世界で生きていくことは難しい。
そしてグランにはそのどちらもなかった。
であれば、行き着く先は決まっている。
その日暮しで危険な割に実入りの少ない冒険者になるか、町外れのスラムにご厄介になるか。
どちらも嫌だった。
「全部貧乏が悪いんだ」
ぶちぶちと悪態をつきながら、グランは街を歩いていた。
夕食の材料になる野鳥か野草を手に入れるために街の外に出ようとしたのだが、どういうわけか今日は街から出せないと門番に言われてしまったのだ。
言い辛そうに口籠る兵士からやっと聞き出したところによると、突然街で大掛かりなイベントが起こることになり、警備の関係上街の門は開けられないという。
どうせ野鳥や野草など手に入れたところで、子爵家の人間は誰もそんなもの食べたりしない。
一人分の食い扶持を減らすために、グランがいつも勝手にやっていることだ。
それだって、借金の額を考えれば微々たるものだ。
真剣に今夜の食事をどうするか考えるグランの横を、街の人々が右往左往しながら通り過ぎて行く。
青い顔を引き攣らせた人々を眺め、グランは目を眇めていた。
「一体なんの騒ぎなんだろう。どうも大変なことが起きているみたいだけど……中央広場か?」
グランはなんとなく街の中央にある広場へと足を向けた。
あそこなら、もしかしたら食べられる雑草の一本くらい生えているかもしれない。
大した期待もしないで向かった先ではあったが、グランはそこで運命の出逢いをすることになる。
「まさか、こんな場所でウサギに出逢えるなんて!」




