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フィナ・エバーリア⑤



 グランとの待ち合わせは、駅馬車の停車場にした。

 できるだけ人目を避けるため、午後の利用客が少ない時間帯に出発する。

 行先については、はっきり決めていない。


「あー、あははは、もうどこでもいいやぁ。強いて言うなら、寒いところよりも暖かいところの方がいいかなぁ……」


 と、遠い目をしたグランが言ったため、取り敢えず南を目指すことにしている。


 この街から出たことがないフィナは、この大冒険にとても興奮していた。

 馬車の乗り心地はどうだろうか。

 南の地方には、どんなものがあるのだろう。

 これから行く先で、グランとどんな生活を送るのか。


 駆け落ちすることを決めてから、フィナはふわふわと夢見心地で帰宅した。

 正直、自分がどうやって帰ってきたのかあまり記憶にない。

 自分の部屋に戻り、とさりと椅子にかけた瞬間、今までのことが全て現実なのだと実感を伴ってフィナに降りかかる。


「ああ、どうしましょう……」


 出発は三日後だ。あまり時間がない。

 準備するとしても、何を用意すればいいのか迷ってしまう。


「駆け落ちの作法はよく知らないけれど、多分荷物はできるだけ少ない方がいいわね」


 クローゼットの中を探すと、子供の頃に父親がプレゼントしてくれた旅行鞄が見つかった。

 旅行になど行く予定もなかったが、小さな錠がついた革製のボストンバックが一目で気に入ってしまい、強請ったものだった。

 とうとうこの鞄を使う場面がやってきたことに、フィナは嬉しくなる。


 あれこれ詰めてみたいものはあるが、今回は旅行ではなく駆け落ちである。

 フィナは、迷いに迷った挙句、とうとう鞄に詰めるべきものを決めた。


「やっぱりお金かしらね。お金はどれだけあっても困らないもの。足りないものがあっても、お金さえあればなんとかなるし」


 頬に手を当て思案していたフィナは、そう呟くと顔を上げた。

 この家でお金のある場所といえば決まっている。

 父親の書斎にある金庫の中だ。

 フィナは真っ直ぐイルブランドの書斎に赴くと、そこにいた父親に声をかける。


「お父様、ごきげんよう」


「おお、フィナ! どうしたんだい? フィナが父さまに会いに来てくれるなんて嬉しいけど、今は仕事中だからあまり相手をできないんだ。ごめんよ、フィナ」


「構いませんよ。少しお聞きしたいことがあっただけですから」


「うんうん、なんだい? フィナの聞くことなら、何でも答えてあげるね」


「では、そこの金庫の番号を教えていただけますか?」


「なんだそんなことか。お安い御用だよ!」


 嬉々として娘に金庫の番号を教える主人に、その場にいた使用人たちがぎょっとする。

 そんなことに気付いていないフィナは、堂々とイルブランドの前で金庫を開け、中にあるものを堂々と自分の旅行鞄に入るだけ詰め込んでいった。

 その間、使用人たちは固まってしまい息をすることも忘れていた。

 しかし、イルブランドはそんな娘の様子をにこにことしながら眺めていたので、使用人たちも「ああ、いつもの娘バカだ」とすぐに平静を取り戻した。


 重くなった鞄を持ち上げ、フィナはイルブランドの書斎を出る。

 これで準備万端だ。

 期待に胸を膨らませ、フィナは駆け落ちという甘美な響きに酔いしれるのだった。




*****




『金庫の番号を聞いて、目の前で鞄に入れた……。なんというか、やっぱり僕の知ってる駆け落ちとはだいぶ違う気がしますね』


「でも、鞄の中をグラン様に見せたらやっぱり駆け落ちはやめようと仰られて。私、振られてしまいました。一体なにがいけなかったんでしょうか? 精霊さんはわかりますか?」


『わかるというか、わかりたくないというか、もう全部だというか。そういうところじゃないですかねぇー、多分』


 白目を剥いたような声で、ぼそぼそと精霊は呟いた。

 フィナは、黄金色のトパーズのような美しい目を何度も瞬いて、意味がわからないというようにこくりと小さく首を傾げるばかりだった。



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