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フィナ・エバーリア④



 フィナの手紙は無事にグランへ届いたようで、彼からはすぐに返事が来た。

 改めてお礼がしたいと綴ったフィナへ、グランは『お礼は不要だけど、フィナさんとお会いできるなら嬉しいな』と返事を寄越す。

 美しい筆跡で書かれたその言葉は、フィナを舞い上がらせるのに十分だった。


「ど、ど、ど、どうしましょう。グラン様にお会いするのだから、ドレスを新調しなくては。それに合わせて装飾品と靴も揃えたら、ああ、困ったわ。すぐにはお会いできない。どうしましょう」


 舞い上がり、慌てふためいて部屋中をぐるぐると歩き回るフィナの様子に、ジェナは微笑ましくも鬱陶しいものを見るような目を向けた。

 もう一時間以上こんな状態なのだ。

 さすがにうざい。


「いい加減落ち着きなって。あくまでも、こっそり家を出て街に会いに行くんでしょ。だったら、ドレスも靴も宝石もいらないでしょうが」


「あ、あ、あ、それもそうね。質素な格好で行けばいいのよね。で、で、でもどうしましょう。質素とはいえ貴族のグラン様に呆れられないような装いでないと。シフォン? ベルベット? 綸子? どれがいいかしら?」


「だから、普通に麻か綿のワンピースでいいって。なんで絹一択なんだよ」


「絹は矢も防げるくらい丈夫だからって、お父様が。私、絹以外の洋服なんて持ってないわ!」


「あー、あの超絶娘バカくそ親父か。しょうがないなぁ、あたしが街で適当に買ってきておくよ。さすがにデートに矢は降ってこないだろうから、絹以外にするけどいいね?」


「……!! デート!」


 フィナが驚きの声をあげた。

 言われるまで、グランと会うことがデートだと気付いていなかったのだ。

 自分で口に出したことで、恥ずかしさが込み上げてきた。

 そうだ。これは記念すべき初デートだ。

 物語ではどうだったかと、思い出す。


 恋物語の二人が会うのは、いつも人目を忍んだ場所だった。

 郊外の森だったり、夜の住宅街だったり、礼拝のない時間の教会だったり。

 そして、初めての逢瀬は、二人が出逢ったあの丘だった。

 再会した二人は、見つめ合うだけでお互いの想いを知り、そっと寄り添う。


 その情景を頭に描き、フィナはうっとりと目を伏せた。


「私も、グラン様と出逢った街の広場で再会して、見つめ合って、寄り添いたいわ」


「ああ、そうか。物語だとそうなるか。じゃあ、待ち合わせは街の広場ってことでいいね」


 はたと我に返ったフィナは、眉をハの字にした。

 困ったことを思い出したのだ。


「そうだわ。親切な街の人が、あの広場はいつもたくさんの人で賑わっていると教えてくれたの。あの日は何故か誰もいなかったけど、今度も誰もいないなんて保証はないわ」


「うーん、それは多分、なんとかなると思うよ。見つめ合うのも、まあギリギリなんとか大丈夫だろうね。ただ――」


「本当!? 嬉しい! なら、早速グラン様に待ち合わせの場所と日時をお知らせしなくちゃ」


 フィナはくるくると踊り出しそうな軽い足取りで文机に向かった。

 抽斗から、ふわりと花の香りが舞う便箋を取り出して、グランに手紙をしたためる。

 フィナはもう完全にグランとの初デートに舞い上がっていた。

 そのため、憐みの表情を浮かべたジェナの、最後の言葉を聞き逃してしまったのだ。


「――ただ、寄り添うのは命がけだろうなぁ。……相手が」




*****




 結果的に、初デートは大成功だった。

 何故かグランは蒼白になって細かく震えていたため、見つめ合ってから寄り添うまでにだいぶ時間はかかったが。


 それからも、フィナとグランは何度も逢瀬を重ねた。

 恋物語をなぞるように同じような場所で会い、同じように過ごし、二人が物語の新しい主人公になったようだった。


 フィナの恋は順調だった。

 ただ、順調であればあるだけ、フィナの心に暗い影が落ちるようになる。

 『貴族と平民』は、一生をかけた恋に生きた男女の悲恋だからだ。

 物語通りに現実が進み、物語のラストに近付いていくにつれ、フィナの恋も終わりに近付く。

 悲しい結末を迎えるために。


 しかし、その結末を大きく変えたのは、グランの一言だった。

 これによりフィナの物語が新しく紡がれ始めることになる。


「フィナ……ぼくたち、……かっ…………か、かか駆け落ちっ! しよう!」


 一瞬、何を言われているかわからずフィナはきょとんとした。

 言葉の意味がじわじわと沁み込んでくると、まん丸な瞳が大きく見開かれる。

 驚きと、困惑と、期待が混ざり、何と言っていいかわからない。

 口元に手を当てて何も言わないフィナを見て、グランは少しだけ安堵したように細い息を吐いた。


「やっぱりそんなことダメだよね。ダメに決まってるよ。よし、やめようやめやめ。今言ったことは何でもないから気にしないで気にしちゃダメだよ絶対に気にしなくていいからね。ね、ねっ!」


 グランが早口で捲し立てる。

 唐突な提案だったが、撤回されるととんでもなく惜しいような気がしてきた。

 物語から逸脱することに不安はあったが、これはフィナにとって恋を最後まで成就させるチャンスでもある。

 フィナはそっとグランの手を取ると、自らの頬へ導いた。


「とても素敵なお申し出で、少し驚きました。だけど、そこまで私を望んでくださるなんて、本当に嬉しい。グラン様、是非とも駆け落ちしましょう」


 フィナは、愛しい男の少しだけ冷たくなった手に頬を摺り寄せた。

 その様子を見たグランは、絶望的な表情で空を仰いでいた。



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