フィナ・エバーリア②
初めて一人で見て回る外の世界は、フィナにとって魔法のようだった。
今までは護衛と護衛のほんの僅かな隙間からしか覗くことができなかった街は、フィナの知らないたくさんのもので溢れている。
まだなんの形にもなっていない色とりどりの布や糸、鮮やかでみずみずしい果実を絞ったジュース、不思議な形の瓶に入った菓子、食べ物なのか飾りなのかわからない木の実、ハンドルを回すと鳴る音楽。
それらが全て、道端に飾られているのだ。
本物の魔法よりもよほど魔法らしい街の中を見て歩き、フィナは興奮していた。
街の人はみんな親切で、歩いているだけで次々とたくさんの品物をフィナにくれる。
持ちきれないほど持たされても問題ない。なにせ、それを持ってついてきてくれる親切な人たちまでいるのだから。
街には、少し歩くごとに椅子が置かれている。
エバーリアの家にあったような、ふかふかで滑らかな肌触りのクッションが据えられたものだ。
磨かれて艷やかな木製の椅子は、背もたれも肘掛けもフィナのために誂えたように体に馴染む。
椅子に座って、親切な人たちから貰った飲み物や菓子を楽しみ、暫くしたらまた街を歩く。
おかげで、フィナはあまり疲れることもなく街を見て歩くことができていた。
「街ってなんて楽しいのかしら。みなさん親切だし、これなら家で履いていた靴でも問題なかったかしら。それに、あまりお金もいらなかったかもしれないわね」
フィナの独り言を、街の人たちは頬を引き攣らせながらにこにこと笑って聞いている。
街の人たちが楽しそうなので、フィナもにこにこと笑い返した。
やがて、街の中心にある広場に出た。
柔らかい草の絨毯に、小ぢんまりとした可愛らしい花が咲き乱れる広場は、街の中に現れた小さな平原のようだ。
中程には、川を模したかのような水路もあり、玩具のような橋まで架けられている。
親切な街の人によると、いつもは家族連れや恋人たちで賑わっているらしいが、今日はなぜか人っ子一人いない。
だが、それはフィナにとってとても都合のいいことだった。
「なんて素敵なのかしら!」
広場に足を踏み入れたフィナは、感動して声をあげていた。
なにせ、使用人から何度も聞いたあの恋物語で、恋人たちが初めて出逢った丘のイメージにぴったりだったからだ。
あの恋物語でも、二人以外に丘には誰もいなかった。
だからこそ、恋人たちは出逢うことができたのだ。
この丘で、二人は出逢い、親交を深め、愛を語らい、そして――。
うっとりと目を潤ませ、恋物語の世界に浸るフィナは、気付いていなかった。
自分の背後に危機が忍び寄っていたことに。
フィナがふと後ろを振り返ったのは、偶然だった。
なんとなく気になった。なにか気配がしたような気がした。
ただそれだけだった。
目前に迫りくる“それ”に目を瞠り、フィナは大きく息を呑んだ。
どこから現れたのか、一直線にこちらに向かってくる黒い影がある。
影は疾風のごとく広場を駆け抜け、もうあと少しでフィナのいる場所に届いてしまいそうだ。
これは接触を避けられない。
フィナは、体を固くさせた。
迫りくる暴れウサギとの衝突を覚悟して。
*****
『ええと、腑に落ちないというか、ツッコミ……いえ、お伺いしたいことはたくさんあるんですけれど。その、暴れウサギ……ですか? あの、耳が長くてしっぽが丸くてふわふわの毛の、愛らしいウサギさんですか?』
「そうですね。その、耳が長くてしっぽが丸くてふわふわの毛の、愛らしいウサギさんです」
『えー、ウサギって暴れるんですか? そちらの世界のウサギって、どんだけアグレッシブなんですか?』
「まあ、私もあまりウサギが暴れるというのは聞いたことがありませんけれど。ただ、あれが危険な暴れウサギだと判断したのには、理由があるんです」
『あっ、そうなんですか。いやー、びっくりしましたよぉー。突然暴れウサギとか言い出すから、なんともい〜感じの電波かと思って焦りましたよー。で、それはどんな理由なんです?』
「それは、あの……恋物語では、暴れ馬に襲われそうになった女性が、助けられた男性と恋に落ちるところからお話が始まるんですもの。ですから、私を襲ったウサギも暴れウサギだったに間違いありませんわ!」
『………………。えー……どうしよう。僕もうフィナさんをサンプルにする自信ないんだけど……。でも職務放棄は怒られちゃうしなぁー。ここまで計画の範囲だから、しょうがないかぁ。うーん、ま……なんとかなる、かなぁー?』




