文学少女と桃色引きこもりドラゴン⑥
予定より遅れて申し訳ございません!
降り立ったのは入り江だった。
何度周囲を観察しても不思議な光景である。
ここは深海。しかも球大陸の地下深くに位置する筈の場所なのに、まるで真夏のビーチサイドの様に燦々と日光に照らされている。
白い砂浜に、南国感たっぷりな椰子の木。
寄せては返す波の音が耳に優しく、時折足に当たる水の飛沫がひんやりと心地良い。
「どうなってんだこりゃ」
周囲を確認しながら、俺は思わず独りごちる。
もう頭の中はハテナマークだらけだ。
そろそろ説明して貰わないと、知恵熱でぶっ倒れそうなんだけど。
「球大陸とは、その名の示す通り球体なんですよ」
答えてくれたのは、ガトル王子の奥さんであるガーシャさんだ。
『大龍』の姿のテセアラさんの背中から降りて、思い思いに空や周囲を見回している俺らに優しい笑みを浮かべて語りかけてきた。
その姿が直視しづらい黒紐ビキニでなけりゃあ何の問題もないんだが、あんまり異性の容姿に頓着の無い翔平ですら目を逸らしてしまうほどの大胆すぎるその姿は、とてもじゃないが宜しくない。
「巨大な円形の土の塊が海に浮かんでいるのが球大陸の本来の姿なのです。だから地面に向かってまっすぐ掘り進んでいけば、必ず海に出てしまいます。もっとも、あの硬い外殻を地表から掘るには余程の設備と資金と時間を要するのですが、我らダイランは海龍様方が作ってくれた『道』がございますので、こうして案内さえして頂ければこの島に辿り着く事が出来るのです」
「海龍王様の力で周囲の海水を押し広げ、我らが捧げた魔導具『日光柱が陽光と酸素を供給してるのです。ここは今やダンジョンと化した深海領域。龍様の導きが無ければそう易々と他種族も進入できませんから、隠れ住むには最適の場所ですな」
「そっか、ここまで徹底されてると絶対見つからないもんな」
ガトル王子が夫婦ならではの息のあった補足説明を入れてくれて、俺も多少は納得できた。
前に鼠の賢者が教えてくれた通り、本来の『龍種』とは隠れ住む種族だ。
例えば牙岩。
かつてアオイが母と共に暮らしていたあの地上100メートルはあろう巨大な逆三角形の一枚岩。
内部にダンジョンを内包しており、最上部への進入が難しいとはいえいくつかの侵入方法は存在していた。
単純にダンジョンを踏破して入口をくまなく探すか、ヘリや飛行機を駆使してしまえば容易く最上部のアオイ達の『巣』へと辿り着けてしまうだろう。
金銭面やダンジョンを踏破する手腕こそ問われるものの、現実的な手段ではある。
だけどここ。
この深海ではそうはいかない。
テセアラさんの背中に乗って、この深度まで降りてきた時間は10分以上。
しかも自由落下じみた浮遊感を覚えるほどの速さで、だ。
知識が無いから定かじゃ無いが、少なくとも深海2000メートル以上は潜っているはず。
そんな場所、並大抵の装備や人員じゃ到達できる筈がない。
水圧や深度ももちろんだが、海洋生物や水棲モンスターだって周囲にたくさん居るのだ。
ここまで来るのに命が幾つあっても足りない。
「薫平くん。あれ見て」
三隈が指を指したのは、不思議な力で押し広げられている海水のドーム。その境界だ。
「どした?」
『日光柱』の光が眩しかったから、手で日差しを作ってその部分を凝視した。
「お、おっきなクジラみたいなモンスターが、一瞬で細切れになったの」
「へ?」
その言葉にまた注意深くその部分を見る。
だがそこにあるのは、何かの細かいゴミみたいな粒々と、すぐに霧散してしまった赤い霧の様な水の流れだ。
「な、何もないぞ?」
「う、うん。すぐに消えちゃった……」
呆気に取られて口をあんぐりと開ける三隈が、ドーム型の天井を見上げたまま固まっている。
「この島の周囲の海流は大型のモンスターですら粉々に切り刻む激流にございます。私達以外のいかなる者も寄せ付けません。ここは世界で一番安全な龍種の隠れ里ですよ」
先ほどまでの『大龍』の姿から元に戻ったテセアラさんがいつの間にか俺たちの背後に居て説明してくれた。
「島の中央に洞窟を利用した私達の住居がございまして、カロリア様はそちらで皆様の御到着をお待ちしております。ご案内致しますね?」
「は、はい」
ニッコリ笑って掌で場所を指し示すテセアラさんに、俺はアホみたいに惚けてそう返答した。
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「いらっしゃーーい! 待ってたわ! ずっと待ってたの!」
出迎えてくれたのは、あの水晶から映し出されていた女性だった。
露出度の高い薄い桃色のドレスを身につけた、緑色のゆるふわロングヘアー。
珊瑚の様な形状のティアラを額に、まるで子供の様に屈託のない笑顔で俺らを見て喜んでいる。
「はじめましてはそこのおチビちゃん達と、人間の子達よね? あ、新しい『僕』の子とその従者もかしら。この島にこんなに客人が来てくれるなんて何百年振りかしら! 張り切っちゃうわ! 張り切っちゃうのよ!?」
ふんすふんすと鼻息を荒く、その女性は俺らのテンションを置き去りにして飛び跳ねている。
案内された場所は、島の中央に位置する場所にポッカリと開いた大きな洞窟の最奥部。
透明な水晶や珊瑚に似た岩が、優しい光を仄かに照らす煌びやかな場所だ。
その内部は洞窟の中の筈なのにまるで宮殿の様に誂えられていて、荘厳な雰囲気を醸し出していた。
床は真っ白な大理石の様なタイルで敷き詰められていて、天井には豪華なシャンデリアがいくつもぶら下がっている。
まさしく、『王の間』と呼ぶに相応しすぎる部屋だ。
その場違いっぷりに圧倒されて俺らはさっきから気圧されっぱなし。
アトルやガトル王子なんかはさすが王族。
いくら見た目が素っ頓狂な水着姿とはいえ、場にぴったりとマッチしている。
「カロリアリゼル様! みっともないのにおやめくださいまし! 王の威厳が皆無にございます!」
「良いのよ良いのよぉ。龍王なんて言っても、言うほど大したことしてないんだからぁ」
あれは玉座、何だろうか。
広々とした部屋の中心に鎮座する大きな貝殻の様な椅子に、両足を揃えて女の子座りしている海龍王───カロリアリゼルさんへとテセアラさんが駆け寄っていく。
「海龍の長である貴女様がその様な態度を取られては、海龍族全てが軽んじられてしまいます! ここにはダイラン王家の者も見られているんですよ!?」
「やぁん。戻ってきて早々テセアラがうるさぁい。ほらほら、皆様がびっくりしてるじゃない? こっちおいでおいで」
テセアラさんの説教を軽く聞き流して、カロリアリゼルさんは俺らに向かって手招きをした。
どう動いて良いか分からずにお互いの顔を見合って固まってしまった俺らから、先に前に出たのは、ガトル王子とその奥さんのガーシャさんだ。
「お久しゅうございます。カロリア様。ダイラン王グアドールが長子、ガトル・ケツァ・アグル・ダイランにございます」
「その妻、ガーシャ・ダイランです。カロリア様の変わらぬ御健勝と美貌、大変嬉しく思いますわ」
貝殻の玉座から少し離れた場所で片膝をついて頭を垂れる二人の姿を見て、今まで惚けていたアトルが我に帰り、その場で同じ様に跪いた。
それに続いてカヨーネとウタイは、まるで土下座の様に平伏する。
「お、お初にお目にかかります! グアドールが十二番目の子! 今代の『海龍の僕』に任命されましたアトル・ケツァ・コアトー・ダイランにございます!」
「そ、その従者にして第一妃候補の、カヨーネ・インテイラにございます!」
「同じくアトル殿下の第二妃候補! ウタイ・インテイラです!」
えっと、なんか物々しい自己紹介が続いてるんだけど、俺らも同じ様に跪いた方が良いのかな。
いやでもなぁ。
別にユールの時はこんな畏った挨拶なんかしてなかったしなぁ。むしろ初対面なのに吹っ飛ばされて転がされたまであるしなぁ。
「あらあらこれはこれはご丁寧に。グアドールの子らも元気そうでなによりで──────え? 十二番目? あの子、そんなに子供作ったの?」
カロリアさんがその口の端をヒクヒクと痙攣らせた。
「今更何驚いてるんですかカロリア様……」
その様子を見ていたテセアラさんが、額に手を当てて深くため息を吐いた。
「ダイラン王は四人の妃の間に十一人の王子と二人の姫を設けておりますと、このテセアラは産まれる度にご報告しましたが?」
「じゅ、十三人も子供が居るの!? そ、そうだったかしら!? 私の中のグアドールちゃんってば、小さい頃の可愛らしい姿の印象が強いから、なんか全然イメージ湧かなくてびっくりよぉ!? いや、あのね? ガトルちゃんとか、その一個下のトリトルちゃんとか、あと長女のミアーネイトちゃんはほら、新年の挨拶の時に来てくれるから知っているのだけれどね!?」
「ははは、カロリア様にかかっては陛下もまだまだ子供扱いですな」
慌てふためくカロリアリゼルさんに向かって、ブーメランパンツ姿のガトル王子が快活に笑った。
アトルはと言えば、なんとも言えないぎこちない笑顔を顔面に貼り付けたまま固まっている。
「ま、まぁ良いわ! よく来てくれましたアトルちゃん! カヨーネちゃんとウタイちゃんも! みんなそんな畏まらなくて良いから、ほらほら立って立って! そんなかたっ苦しい態度、カロリアちゃんとっても困っちゃうから!」
「え、えと、あの」
立つ様に促されて困惑したアトルが、珍しい表情でガトル王子をチラチラと見る。
「ではお言葉に甘えて。ほらアトル、お前も立ちなさい」
ガトル王子が先んじて立ち上がり、アトルに手を差し出した。
「よ、宜しいのですか兄上」
「ああ仰ってくださっているのだ。そのお言葉に遠慮する方が失礼にあたると言うものだろう」
「な、なるほど」
そう言われてアトルが恐る恐る立ち上がる。
「さて! では後ろで遠慮がちにこっちを見ているカワイコちゃんたち! よく来てくれました! カロリアちゃん感激!」
うおっ。今まで空気を読んで黙っていた俺らに向けて、カロリアリゼルさんがビシッと指を指した。
「まぁまぁ! 本当に大きくなったわねぇアオイノウンちゃん! ルージュリヒテーちゃん! 綺麗になってまぁまぁまぁ!」
「え、えっと。ごめんなさいカロリア様。私全然覚えてなくて」
広い大広間をゆっくりと進みながら、アオイがカロリアリゼルさんに苦笑いしながら応える。
その腕に抱かれたジャジャは親指を咥えながら、初めて会う人を興味深そうに凝視していた。
「覚えてないのも無理はないわぁ! だって最後に会ったのってアオイノウンちゃんが孵化したての頃よ? 思い出すわぁ。あのお転婆で誰にも手がつけられなかったユーリエルちゃんがいつの間にか子供を産んでて、その子を抱えてこの島に来た時の私の驚きと言ったらもう!」
「ち、小さい頃に母さんに連れられて海龍さんを訪ねた事は聞いてるんですけど」
「かっわいかったのよぉ? こうね。小さいおててで私の指をぎゅっしてくれてね? くすぐってあげたら嬉しそうに笑ってくれてねぇ。でもそんなあの子ももう母親になってるのねぇ。龍種はあまり時の流れに頓着しない種族だけれど、若い子の成長を見る時だけは違うわよねぇ」
な、なんだか言っている事が近所のオバさん見たいな感じがするなぁこの人。
「ルージュリヒテーちゃんは覚えてるわよねぇ?」
「ん。えっと、ごめんなさい。二代様とは会ったことあるけれど、八代様とは覚えていない。私もここで会った?」
ナナを抱いたルージュが不思議そうに首を傾げる。
「あら、エルシュお婆様ったら、まだ存命でいらっしゃったの?」
「ん。200年ぐらい前に、地龍の森に来てた。母もびっくりしてた。確かアオイも一緒にいた筈。覚えてる?」
「そ、そうでしたっけ?」
ルージュに聞かれたアオイが苦笑いを浮かべて返事を返した。
「二代様ねぇ。あの方は海龍族でも特別な方だから。今は何をされているのかしら……。ああ、違う違う。今は目の前の子たちのことね? ルージュちゃんはもう立っちも出来てお話もできていたから、覚えていると思っていたんだけれど、まだ小さかったものね。覚えていなくても不思議じゃないわぁ。そうそう、確か『聖域』での最後の謁見のときに会ったのよ?」
「『聖域』? ごめんなさいカロリアさん。私、何も覚えてないみたい」
「そう? まぁ、世界衝突が起きてからこっち、私たち龍種も色々とバタついていたものねぇ。貴女のお母さん───ルビーネインちゃんも大忙しだったみたいだし、今はもう辿り着けなくなった『聖域』のことを知らなくても不思議じゃないかもねぇ」
腕を組んで目を伏せ、何やら考え込むカロリアリゼルさん。
俺や翔平や三隈は会話について行けず、いまだ何一つ発せられないままだ。
んー。なんだろう。
その『聖域』って言葉、最近聞いた様な気がする。
頭の片隅に薄ぼんやりとしたモヤの様なモノがかかっていて、上手く思い出せない。
何か、とても大事な事だったと思うんだけど。
「今はそれは置いといてぇー! カロリアちゃんに新しい空龍の双子ちゃんと、アオイノウンちゃんの旦那様をご紹介してださるかしら!?」
キラキラと輝くカロリアリゼルさんの瞳が、俺を鋭くロックオンした。
な、なんでこの人、こんな楽しそうなんだ?
次回の更新は一週間後を予定しております。遅れても必ず更新致しますので、どうか大目に見てやってください。





