文学少女と桃色引きこもりドラゴン⑦
「アナタが! アオイノウンちゃんの旦那様ね!?」
「はっ、はい」
海龍王──────カロリアリゼルさんは満面の笑みで俺に肉薄すると、無理やり両手を取ってその豊満すぎる胸へと埋めた。
「会いたかったわぁ! 会いたかったの! ユールちゃんは憎々しげにアナタのことを語っていたけれど! あの子ってばほら、自分の子供の事に関しては大袈裟なところがあるじゃない!? やっぱり実際に会って見ないことには何も分からないかなぁって思っていたの! 我らが龍種にとって初めての! 異種族との! 交配! いえ、実際には種の繁栄に交尾を必要としない私達にとって交配っていうのは何かおかしいのだけれどほらそこの可愛らしい可愛らしい、玉のようなおチビちゃん達! あら〜、本当に可愛いわぁ! カロリアちゃんでーす! ほらほらぁ〜!」
「だぁ!」
「う?」
俺の両手がその魅惑の肉塊にずぶずぶと沈んでいく感触を堪能──────もとい感じるより先に、カロリアさんの話と視線が俺とジャジャとナナとを行ったり来たり。
ふわっふわな緑色の髪の毛が、まるで宙に浮いているかのように踊っている。
アオイに抱かれたジャジャは名前を呼ばれて元気に両手を上げ、ルージュに抱かれたナナはその視線と勢いに不思議そうに小首をこてんと傾げた。
「はーい! こんにちは〜! あらあら、ご挨拶できちゃうのね〜!? 偉いわぁ! 可愛いわぁ! そしてアナタ! ふむふむ、特になんの変哲の無い人間の様に見えるけれど、やっぱり普通の人間とはどこか違うところがあるのかしらぁ? そうでなきゃ、空龍との間に子供なんてできないわよねぇ? アルバ・ジェルマン曰く、アオイノウンちゃんが産んだ卵がその血によって孵化したとは聞いているけれど、それって空龍だけなのかしら? 他の空龍族の娘達でも同じなの? それとも地龍族や海龍族の卵でも同じ様に孵化するのかしら。アオイノウンちゃん側の強い思慕の念も何かしら関係あると思うし、うーん! 興味深いわぁ! はっ! そうそう! これは試してみる価値はあるわね! ねぇテセアラ? 今産卵期を迎えそうな海龍の──────いえ、私の産卵期って次はいつだったかし──────」
は、はぁっ!?
俺は慌ててカロリアさんの手を振り解き、大きく後ろに飛び跳ねる。
背中に悪寒じみた怖気が走ったのは、決して気のせいじゃない。
「か、カロリアさん!?」
「カロリアおば様!?」
俺とアオイが同時に素っ頓狂な声色でその名前を呼んだ。
ちょっと待ってこの人、勢いでとんでもない事やろうとしてるんだけど!?
「八代様、お、落ち着いて欲しい。そんな理由で子供を増やそうだなんて、あまりにも子供が可哀想。やめるべき。ぜひやめるべき」
珍しく、ルージュがオロオロと狼狽えた。
アオイを横目でチラチラと、時折俺を見ては眉間に皺を寄せ、最後にナナとその腕の中のジャジャを見た。
「龍王様! なんてはしたない事を! 貴女様は我らが長なのですから! 好奇心と探究心だけと勢いだけで行動せず、よく考えて発言する様にと普段から申し上げているじゃないですか!!」
「や、やーん。冗談よぉ。そんな本気で怒らなくても良いじゃなぁい?」
顔を真っ赤にしたテセアラさんが、カロリアさんに向かってズンズンと迫る。
その圧力にタジタジのカロリアさんは顔を背け、冷や汗を流しながらにじにじと後ずさった。
「いえ今のは誰かが止めねば、あわよくば薫平様に海龍の娘をあてがうおつもりでしたよね!? 御身が産卵期であればそのまま卵を孕むおつもりでしたよね!?」
何それ怖い。
やめて! アオイと三隈の二人だけでも俺の精神は日々日々疲弊しているのに、これ以上責任を負わないといけない女の子が増えたら、俺もうどうして良いか分かんない!
「じょ、冗談に決まっているじゃなぁい? そんなひどい事、この海龍族を統べる大海の女王、カロリアリゼル・ドラグリーナともあろう私が、まさか、ねぇ?」
いや、ねぇって言われても。
さっきの興奮した早口と迫真の表情を見ちゃったら、全く信じられないんだけど。
「それよりほら! ジャジャちゃんとナナちゃんだったかしら!? カロリアちゃんに抱っこさせてちょうだい!! 私達種族にとってコロコロぷにっぷにの龍の赤ん坊なんて、それこそアオイノウンちゃん以来なんだから! ギブミーベイビー!」
目まぐるしく表情を七変化させながら、カロリアさんはアオイに近寄りナナに向けて両手を差し出した。
「ほらほら、お名前教えて〜?」
「あ、はっ、はい。ほらナナ? カロリアおば様に初めましてして?」
「んゆ?」
キョトン、とまた首を傾げてナナはアオイとカロリアさんを交互に見やる。
「……あいっ」
めっ、めずらしっ!
あのナナが! 恥ずかしがり屋で人見知りが激しく、アオイ大好きっ子のナナが!
嫌がりもぐずりもせずにカロリアさんへとその小さな腕を伸ばし返しただとっ!?
「はぁああああっ! か、可愛いっ! ナナちゃんね!? ありがとねー!? 抱っこさせてねぇー!?」
だらしなく破顔したカロリアさんは嬉々としてナナの脇に手を差し込んで抱き上げる。
大きく開いたドレスの胸元に大事そうにナナを迎え入れると、すりすりと髪に頬擦りをした。
「あぁ良い匂い〜。赤ちゃんってなんでこんな良い匂いするのかしらぁ〜。懐かしいわぁ。アリスも昔はこのぐらい可愛げがあったなぁ〜」
くんかくんか。すぅすぅはぁはぁ。
カロリアさんは鼻腔いっぱいにナナの頭部の匂いを吸引し、陶酔じみた声と吐息を吐き出した。
分かる。気持ちも言っている事もめっちゃ分かる。
ジャジャもナナも、どこからこんな良い匂い出してるんだってぐらい柔らかくて甘い匂いがする。
具体的にどういう匂いだって言われるとすごく返答に困るんだが、とにかくもう凄い良い匂いだ。
本気で一日中嗅いでいられるあの匂いは、人(主に俺)をダメにするある意味危険なモノなのかも知れない。。
アオイとかルージュも、お風呂上がりとかオムツを変えた後とかにそのぷにぷにのお腹に顔を埋めてうっとりしているぐらいだ。
俺や親父がおんなじ事をすると、髭の感触が嫌な様でジャジャもナナも嫌がるから、実はとっても羨ましい。
おかしいなぁ。親父はともかく、俺は毎朝ちゃんと剃っているんだけどなぁ。
ここ最近髭が伸びるのが早くなっている気がするんだよなぁ。
「だぁ! んやぁ!」
「ん。ジャジャも、八代様のところ。行く?」
カロリアさんの胸にグニグニと手を入れて遊んでいるナナを見て羨ましくなったのだろうか。
ジャジャがルージュの腕の中でジタバタと暴れ始めた。
「あらあらまぁまぁ! 良いわよ良いわよ! ほらおいでなさいジャジャちゃん!」
カロリアさんが片腕をジャジャ用に開けてスタンバると、ルージュはゆっくりと優しくジャジャの体から腕を離した。
背中の小さな翼をピンと張り、ふわりと宙に浮き上がったジャジャは手足を器用に動かすと、少しだけ上下に揺れながらカロリアさんの胸へと飛んでいく。
「う。だ。あだ」
時折危なっかしく乱高下したりもするが、最近のジャジャは前よりスムーズに飛行できる様になっている。
何が凄いって、浮いたままうっかり昼寝してもしばらくは落ちてこない事だ。
まぁ、見てる俺らは気が気じゃないから、完全に寝息を立てたら静かに回収して布団に寝かせているんだけどな。
つまりそれぐらい、ジャジャ──────双子達にとって飛行する事はごく自然な事になりつつあると言う事だ。
「すごい! すごいすごいすごいわぁ! もうこんなにお上手に飛べちゃうのぉ!? いくら空龍の子だからって、まさかこんなに早く飛べるなんて信じられないわぁ! やぁんやぁん可愛い! ユーリエルちゃん、こんな可愛い孫が居て本当にズルい!」
クネクネと身体を揺らして、カロリアさんはジャジャを優しく迎え入れた。
あ、やっぱり?
アルバ・ジェルマンからもお墨付きを頂いてはいたが、やはり双子達は空龍の中でもかなり成熟するのが早い様だ。
やはり天才か。
「龍王の中で一番若くて、そして元気だったユーリエルちゃんが一番最初に孫を抱くなんてねぇ〜。あらぁ〜ジャジャちゃんの髪はサラサラねぇ? 良い感触だわぁ。そしてやっぱり良い匂い〜」
「母から薫平さんやジャジャとナナのこと、聞いていたんですか?」
アオイが珍しく人見知り、いやこの場合は龍見知りか?
ほぼ初対面みたいなカロリアさん相手に物怖じせず近寄っていく。
何だかこの人、全然他人って感じがしないもんな。
思わずおば様って呼んじゃったぐらいには親近感を感じているらしい。
「ええ、なにせあの子ったら。この海中の島をわざわざ中継点にしてまで孫と娘自慢をしに来るのよ? 空の修復作業で世界中あっちこっち飛び回っているって言うのに。あんな惚気みたいな事言われたら、そりゃカロリアちゃんだって羨ましくなっちゃうと思わない? ルビーちゃんのところにも同じくらい通っているみたいねぇ」
「私の、母のところ?」
ルージュがパチクリと瞬きをする。
えっと、確かルビーさんって言うのはルージュの母親である地龍王。
ルビーネインさん、だったかな?
度々名前は耳にするんだが、いまだにどういう人なのかは分からない。
あのユール──────空龍王ユーリエル・ドラゴラインと同じ龍王なのだから、そりゃあとんでもなく強大な龍なんだろうって事だけは理解している。
確か、地龍は龍種の中でも特に戦闘能力に秀でているらしいから、もしかしたら俺のお粗末な想像力なんかじゃ比べ物にならないぐらい強かったりするんだろうか。
ユールのせいで『龍王』に若干のトラウマを抱えているから、実はあんまり会いたくなかったり。
「ええ。滅多に動かない地龍と絶対に動けない海龍に比べて、空龍族の王は自由で羨ましいわぁ。まぁ、その代わり私やルビーちゃんとは比較にならないぐらい忙しくて大変なのだけれど。さすがにストレスが溜まってるらしいから、私と会う時はすっごい勢いで自慢してくるのよ? 双子可愛い、双子凄い、娘が誇らしいってね?」
「母さん……元気にしているんだ。良かった」
カロリアさんの話を聞いてアオイが少し寂しそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。
……うん。そういや、ほとんど会話らしい会話をせずに別れたんだっけ。
あの時の俺は初めて『龍化』したせいで気絶に近い昏倒状態だったから、結局ユールとは和解どころか顔すら合わせる事ができなかった。
あとでアルバに説明されたユールの様子から、少なくとも思い詰める事なく飛び立っていた事ぐらいしか分からない。
アオイや双子達と暮らしている以上、いつかあの人ともちゃんと話し合って、多少なりとも認めて貰いたいんだが、いつになる事やら。
「あら、会っていけば良いじゃない。今ここに居るんだし」
カロリアさんがあっけらかんと、大変な事を言った。
「──────え?」
「──────は?」
アオイと俺はほぼ同時に、呆気に取られる。
え?
居るの?
ここに?
あの、ユール……さんが?
嘘でしょ? 嘘だって言って?
俺、まだあの人に会う覚悟なんて無いぞ!
アオイには悪いけど、正直言って会いたくない!
「今は私の娘──────ああ、そういえば紹介してなかったわね。貴女達と同じ次代の龍王、アリスレイアと書庫でお話しているの。ああ、そういえば貴女達にわざわざここまで来てもらった理由を教えてなかったわねぇ?」
ジャジャとナナを両腕に抱いて、カロリアさんはだらしなく緩んだ顔を一気に整える。
翠色の綺麗なゆるふわヘアーを弛ませ、一寸前とは違う凛々しくも鋭い眼光で俺やアオイ、そしてルージュを見る。
続いてダイランの王族の面々の顔を見て、最後に場に馴染めずにいた翔平と三隈に微笑みかけて、カロリアさんはゆっくりと口を開いた。
「どうか、貴方たちに──────私の娘、アリスレイアの命を救ってもらいたいの」
その後ろで、テセアラさんが今にも泣きそうなほど悲痛な表情を浮かべていた。





