海の龍が眠る島②
翌日、俺達はアトルに許可を貰って車で王都にやってきた。
王家専用のリムジンに乗って、なんだか気分はお金持ち。
運転席には貫禄のある初老の運転手さんが座っている。
翼の無いタイプの魔族さんで、顎髭を蓄えた大柄の怖そうな見た目に反して、茶目っ気のある人だ。
出発前にジャジャとナナを見て、『孫の小さい頃を思い出しますのー。ほーれべろべろー』とおどけていた。
人懐っこいジャジャはともかく、人見知りしまくるナナまで爆笑してたから、多分この人良い人だ。
お澄まし顔で助手席に座っているのは年配のメイドさんであるイリスさん。
綺麗なおばあちゃんって感じの人だ。
カヨーネとウタイの親戚にあたる人で、インテイラ家の中でも発言権を持ったベテラン女中さんだとか。
なんでも運転手さんの奥様だそうで、アトルの面倒を赤ん坊の頃から見てる人でもあるらしい。
この人の前では、アトルも下手に喋ろうとしない。
どうやらかなり怖いらしい。
後部座席の一列目と二列目は、お互いが向かい合うように配置されているお金持ち仕様だ。
テレビとか映画とかでは目にするんだが、実際にあるんだな。
一列目には窓側にはアトルとウタイ、カヨーネはアトルの側に座っている。
進行方向とは逆を向いているその座席の真ん中、カヨーネとウタイの間にはテーブルが置いてあり、天板を外せば中に飲み物が冷やせる冷蔵庫が設置されていた。
対面二列目には俺とジャジャと翔平。
ジャジャはもちろんチャイルドシートに寝かされていて、出発後すぐに夢の中に旅立っていった。
一列目と二列目の間の広いスペースには飲み物をはめ込むポケットがついた長テーブルがあり、俺達のドリンクやジャジャの哺乳瓶が挿さっている。
俺達の後ろ、三列目にはアオイとナナとルージュ座っている。
疲れていたのか、アオイもいつの間にか眠っていた。
昨日の双子達の夜泣きもハードだったから、眠れる時に眠ってもらいたいもんだ。
良い夢みろよ?
「高層ビルが多いな」
俺はリムジンの窓から外を眺めてぼそりと呟く。
安全運転のスピードで流れて行く景色は、魔法が発達したファンタジーな場所だと認識していた俺の魔族国家のイメージとは正反対。
近代化されたビル群や、整地された車道や綺麗な街並み。
若干お国柄が出ている部分もあるけれど、日本の都市とそう変わらない風景だった。
「ここは王都の中でも商業施設やオフィスが集中している区画だからな。それでも日本ほどでは無いさ」
向かい合って座っているアトルがつまらなさそうに答える。
屋敷を出た頃はそうでも無かったのに、王都に近づくにつれてわかりやすく機嫌を悪くしやがって。
カヨーネが隣で苦笑しているぞ?
あとその隣で爆睡している童顔チビ巨乳とかいう属性てんこ盛りなメイド、ウタイはそれでいいのか?
口の端から大量の涎なんか垂らして、女の子が見せちゃいけない寝顔を晒してるんだが。
起きてたら起きてたでうるさい奴だが、寝ててもそれなりにうるさいとか、ある意味凄い。
「お前、なんでそんなに不機嫌なわけ?」
「王都はもともと好きな場所では無いのだ。いろいろと小煩い奴も多いし、兄上達に顔を合わせなければならないからな」
俺と目線を合わさず、窓の外を頰杖ついて眺めるアトル。
背中で畳んでいるその白い翼が力なくうなだれている。
ここに来るのがよっぽど嫌だったんだなコイツ。
「兄ちゃん兄ちゃん、見てあれ凄い!」
異国の街並みに心踊らせっぱなしな翔平が、目をキラキラさせて窓の外を指差した。
「おおっ、なんだあの蛇の銅像。キンキラキンじゃないか」
道路沿いの大きな広場の中心に、十メートルぐらいの巨大な金色の蛇がとぐろを巻いて鎮座していた。
これでもかというぐらいに金色に自己主張しているその像の周りでは、老若男女が膝をついて祈りを捧げている。
「ん。ほらナナ。蛇さんだよ」
「う?」
窓際のルージュが指を指すと、中央座席のチャイルドシートに寝かされているナナが不思議そうに首を傾げた。
さっき起きたばっかりだからか、まだ少し寝ぼけているらしい。
いつもの眠そうな目を更に半開きにしている。
寝てる時も手放さなかった猫さんのぬいぐるみが、腕の中でくたびれている。
新しいぬいぐるみ、買ってやろうかなぁ。
「あれは蛇ではございませんよ。海龍様の銅像です」
「海龍?」
あれは龍ってより、ブサイクな蛇だぞ?
ああでも言われて見たら、頭の横に飾りのような物と、額に一本の長い角の意匠が見て取れる。
尻尾の先もとんがってなくて、魚の尾ひれのような形だ。
「アレはこの国の建国の際に、干ばつで苦しむ民に水の加護を授けたとされる初代海龍王様の像だ」
「アレが龍王……」
三匹居ると言われている、龍種の王達。
俺が知っているのは、アオイの母親である空龍王ユーリエル・ドラゴライン。
恐ろしいまでの力を持った、空の覇者だ。
「ルージュ、知り合いか?」
「ん。流石に初代海龍王はもう亡くなっている。今の海龍王は八代目。確か名前は、カロリアさん」
「馬鹿め。この国の前身であるダイラン・アミスティナ王国が起ち上がったのは数千年も前の話だ。いくら龍様といえど、そこまで長生きはされないだろうが」
そりゃそうか。
現役空龍王ですら二千歳とか言ってたもんな。
「そうでもない。海龍族は龍種の中でも飛び抜けて寿命が長い種族。だから二代目海龍王とは会ったことある。龍王をやめてから暇つぶしに世界中を旅してるとかで、地龍の里に訪ねてきた事があった。アオイもその時一緒に居たけれど、お優しい方だったよ」
「マジか」
「ん。ご年齢は一万を超えてから数えてないって言ってたから、この国の建国に携わったのは少なくとも初代様や二代目様では無いと思う」
ああ、そっか。
計算合わなくなっちゃうもんな。
「……アトル様、国教に関わる衝撃的なお話が今さらりと告げられてしまいましたが」
「わかっている。今は何も言うな。俺も内心少し焦っている」
ん?
カヨーネとアトルがなんか苦虫を噛み潰したような表情をしている。
なんでだろう。
「それで、今日はどこに泊まるんだ? 朝方三隈から貰ったメールだと、会えるのは明日だぜ?」
ウチのメンツは翔平以外、揃いも揃って機械や最新ガジェットに疎い。
アトルの屋敷のWi-Fiに繋げればメールが使える事に気づけて良かったぜ。
あぶなく三隈と連絡が取れなくなるとこだった。
日本を経由して親父から連絡を入れるとかいうめんどくさいしてらんないもんな。
「インテイラの屋敷よりは手狭だが、王都には王族が別宅として使っている屋敷がある。今夜はそこに泊まろう」
「ほえー。さすが王族。金持ってるな」
別宅があるとか、一度は言ってみたいもんだ。
「……一応努力はしてみるが、龍様方やお前らに少し覚悟してもらわねばならぬかもしれん」
「へ?」
覚悟?
なんの話だ?
屋敷が多少ボロくても俺ら全然気にしないぞ?
そりゃあ、赤ん坊がいるから多少は清潔な方が好ましいが、王族の屋敷なんだからそんなことないだろうし。
「父上や兄上達に、お前らを連れてきてる事がバレた」
「ん? いや、そもそも内緒だったのか?」
お前の屋敷に堂々と泊まっていたから、てっきり皆んな知ってるもんだと。
「さっきの海龍様の銅像を見ただろう? この国では龍様という存在はかなり重要でな。種族が違うとは言え、同じ龍種族の方を国に出迎えるとなるとそれなりの用意をしなければならないんだ」
「風待様のご事情を鑑みて、ギリギリまで内密に動いていたのですが、先日の転移魔法陣のジャック事件は流石に隠せなかったんです。なので近日中に、王城から正式なお誘いが来ると予想されます」
眉間に指を押し当ててなんだか微妙な顔をしているアトルの言葉に続いて、カヨーネが申し訳なさそうに告げた。
「王城って、いやそんな大げさな」
「そうでもない。お前はもう麻痺しているだろうから分からんだろうが、本来は龍の方々となんか滅多に会える物では無いのだ。特にこの国では国の成り立ちに大きく関わっているからな。国民には伝えていないが、海龍様と王家が五十年ごとに接見するときなんぞ、王家に連なる全ての者が身を清めたり政務を取りやめたりとてんやわんやだ。本来の龍とはそれほど強大な存在なんだ」
アトルの言葉を聞いて、後部座席を振り返った。
ナナの頬を撫でながら外の景色を見るルージュと、幸せそうな寝顔のアオイ。
毎日顔を突き合わせているからさっぱりだが、コイツらもその龍なんだよな。
ううむ。
慣れっていうのは怖いな。
「王様に会うとか、どうすりゃいいんだよ」
困った。
そんな偉い人になんか会った事ないから、作法とか分かんないし、来て行く服も持ってない。
「兄ちゃん、絶対に失礼な事言わないでよ?」
翔平、兄ちゃんもそこんとこ心配なんだ。
「心配するな。父上は外遊中でダイランを離れているから、会うのは一番上の兄上になるだろう。他の兄上達も来るかもしれないが、基本的に皆気さくな方ばかりだ」
そう、言われてもなぁ。
「んにゃ、くんぺいさん……こっちもおいしいですよ……」
むにゃむにゃとアオイが寝言を漏らした。
どんなシチュエーションの夢を見ているんだろうか。
ああ、ちょっと不安になってきたなぁ。





