海の龍が眠る島③
大変遅れて申し訳ございません。
機器トラブルとデータトラブル、それにあわせてちょっとした病気の発症とネガティブシーズンへの突入が重なってどうにも活動できませんでした。
くわしい言い訳は今後活動報告へと。
色々とメッセージを頂いていたのに、お返事できて本当にすみません。
とりあえず、リハビリです
「お待たせ致しました。王都別宅にご到着いたしましてございます」
姿勢正しい初老の運転手さんが、リムジンのドアをゆっくり開いて礼をした。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ、礼には及びませんとも。お足元にご注意くださいませ」
流暢な日本語で返事を返し、運転手さんは白い顎髭を上品に揺らして微笑む。
うーむ、ダンディズム。
「アオイ、着いたぞアオイ」
「ほ、ほぇ」
座席越しに身を乗り出してアオイの足を揺さぶると、寝起きだからか変な声をあげて目を覚ました。
よっぽど疲れてんだなお前。
「あうぅ……も、もう着いたんですか?」
眠そうに瞼を擦りながら、アオイは慌ててゴソゴソと身支度を始めた。
「はい、ナナ。だっこだよ」
「うー」
アオイの隣、シートのど真ん中に設置していたチャイルドシートのベルトを外し、ルージュがナナへと両手を差し出すと、ナナは待ってましたと言わんばかりに両手をパーにしてルージュへと向ける。
前のめりに『はやく。はやくだっこして」とせがむその背中で、小さな翼がパタパタと嬉しそうに揺れている。
車の中、退屈だったからなぁ。インテイラの街からこの王都まで、ざっと三時間弱の道のりだ。
異国の景色が珍しいと興奮していた俺らですら、後半は飽きが来てぐったりだったもんな。
窮屈なチャイルドシートの中に居た分、ナナはもっと退屈だったのかも知れない。
「兄ちゃん、荷物は僕が持つからジャジャお願い」
そう言いながら翔平は財布や哺乳瓶なんかが詰まったショルダーバッグを肩に掛ける。
「おう任せた。ジャジャ、着いたぞー」
弟様のお言葉に甘え、俺は後部座席に身を乗り出して、すっぽり丸まって気持ち良さそうに眠っているジャジャを優しく揺らす。
急に持ち上げるとびっくりして、結局泣いてしまうだろうから、かわいそうだけど一度起こすしかない。
「んー……んにぇええ」
おうおう、やっぱりまだ眠たかったか。
「んやぁああ、んにぃいい」
「分かった分かった。まだ寝てていいから。ほーら」
いやいやと首を振って覚醒を嫌がるジャジャを優しく抱えて、気をつけながら車を出る。
ほら、抱っこしててやるから。まだ眠っておきなさい。
「んぐぅうう……すぴー」
この甘えんぼめ。
ジャジャは俺の首元に顔を埋めた途端、すぐに眠りに就いた。
眠っている時のジャジャとナナの体温、結構熱いんだよな。
ダイランは俺達の住んでいる町より気温が高い気候だから、これでも薄着させていたつもりなんだが、もう少し涼しい格好をさせても良かったかもしれない。
「あっつー」
ジャジャの体温を胸に感じながら、空を見上げる。
球大陸は大陸全土を球状の壁に覆われた、世界でも類を見ない独特な土地だ。
その壁の至る所に大小様々な穴が空いていて、そこから日光などを取り入れている。
南半球特有の暑さと、閉鎖的な空間に篭る湿度と相まって、熱帯地域でも無いのに亜熱帯みたいな湿気と熱気が球大陸の特徴だ。
「あ、あれ。私のポーチ、どこですかぁ?」
「ああもう、しっかりしろってアオイ。ほら、ポーチ脇に落ちてんぞ。部屋に案内して貰ったらもう少し寝てていいからさ」
「ご、ごめんなさい」
目を擦りながらヨロヨロと車から出てくるアオイの腕を引っ張る。
最近寝起きが悪いなぁ。
目に見えない疲れが溜まってるんだろうか。
少し心配だ。
「大きなお荷物は私共でお部屋までお運び致しますから、どうぞお先に」
「あ、すみませんイリスさん」
メイド長のイリスさんに頭を下げる。
優しげな表情で笑みを浮かべるこの年配のメイドさんは、年を召していてもとても綺麗な人だった。
昔はかなりの美少女だったんだろう。
運転手さん、いい嫁さん貰ったなぁ。
「ああイリス様! 私がお運びしますから!」
車のトランクを開けようとしていたイリスさんを見て、カヨーネが慌てて駆け寄って来た。
「結構です。引退した身とは言え私はまだまだ動けますよ。そんなことより貴女はアトル様のお荷物をお運びなさい」
なにやら慌てた様子のカヨーネを制して、イリスさんは車のトランクを開けた。
積んでいた俺達のキャリーバックや旅行鞄を片手で一つづつ取り出すと、静かに地面に並べていく。
「そんな、無理をなさらないでくださいまし! ほらウタちゃん起きて! お仕事しないと!」
未だ座席で寝ていたウタイへと駆け寄り、激しくその体をシェイクするカヨーネ。
「あ、あばばばば。カ、カヨさん、起きてるっ起きてるってばぁ。そんな揺らさないでぇ」
「嘘つけ。爆睡してただろお前」
乙女にあるまじき顔をしてイビキかいてた癖に。
「ウタちゃん! 早くお仕事して!」
「わ、分かったよう」
なんでカヨーネの奴、あんな慌ててるんだ?
そういやインテイラのアトルの屋敷に居る時も、イリスさんの前ではかなり緊張していた様に見えた。
「なぁ、アトル。もしかしてカヨーネって、イリスさんの事苦手なのか?」
偉そうに先頭をずんずん進むアトルを追って、俺達も歩き出す。
車では未だにカヨーネとイリスさんがなにやらやんわり揉み合っているが、あれはどっちかと言うとカヨーネが困っている様に見える。
「……イリス婆は、己の教育係兼乳母でな。といっても乳を飲んでいた訳ではないが、母を早くに亡くした己がインテイラに移った頃からずっと見てくれていたんだ」
「へぇ、つまりお前の母親代わりか」
「ああ、だから己もイリス婆には正直頭が上がらん。カヨーネにとっては上司であり叔母であり、そして義母の様な存在になるかも知れんからな。色々複雑なんだろう」
それはまた……なんともまぁめんどくさい関係だこと。
「ウタイ、カヨーネ! アトル様を放っておく侍女がおりますか!」
「す、すみませんイリス様!」
「うわわわ、王子ぃ! 待ってくれてもいいじゃんか!」
イリスさんの檄を受けて、カヨーネとウタイがワタワタと駆け寄って来た。
「知るか。前から言ってるだろうに。イリス婆の好きにさせてやれって」
「ですが、イリス様は既に現役から退かれた方です。若輩者で至らない私達とはいえ、引退された方の手を煩わせる訳には……」
車を止めた場所から屋敷へと続く綺麗な道を歩きながら、カヨーネはその褐色の顔を曇らせて愚痴を吐いた。
「それにさぁ。ちょっと煩いんだよねぇイリス叔母様ってば。私達だって一生懸命やってるのにさ。ねぇカヨさん?」
「ウタちゃんはもう少し怒られた方がいいと思うの」
「なんでさ!?」
当たり前だ大馬鹿者め。
アトルの屋敷で世話になってからの数日、お前がヘマをしなかった日は一日だって無いじゃないか。
やれ皿を割っただの、やれ家具を壊しただの、やれ掃除し忘れただの。
客人である俺達の前だからか、他のメイドさん達は表立ってウタイを叱りつけたりはしてなかったが、みんな口元とこめかみをヒクヒクさせて怖い顔してたんだぞ?
「……お前は一応己の許嫁だし、インテイラ家の傍系の者だ。外から奉公に来ている女中どもは何も言えんのだろう。イリス婆やカヨーネくらいしかお前を叱りつける奴が居らん」
「が、がーん」
アトルの言葉にショックを受けたのか、ウタイは大げさに肩を落としてうな垂れた。
小柄な体に似つかわしく無いその大きなたわわが、ぶるんと揺れる。
「ま、まあなんだ? お前がお前なりに一生懸命頑張ってるのは見ててわかるよ」
「ほ、ほんと?」
居た堪れなくなった俺が少しばかりのフォローを入れると、ウタイはうっすらと涙を浮かべた瞳で見上げて来た。
「風待、あまり甘やかすな」
「そうです。ウタちゃんは調子に乗ると際限がないんですから」
「し、しどい……」
が、がんばれウタイ。
なんだか俺、お前に親近感が湧いて来たぞ。
「なんか、兄ちゃんみたいだね」
翔平が口元に手を当てて、ニヤニヤしながら俺を見て言った。
「思ってても口に出さないの」
知ってんだから。自覚してますから!
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「待っていたぞぉおおおおお!」
「ぐあぁああああっ!」
突然アトルが吹っ飛んだ。
俺の目の前を偉そうに歩いていたそのシルエットが、くの字の折れ曲がって視界の端から瞬時に消えたのだ。
「元気にしてたか!? ああ、可愛い可愛い我が弟よ! 久しいのう久しいのう。兄はお前に会いたくて会いたくてもう! もう!」
「お、大兄上ぇええ!?」
猛チャージでアトルに覆いかぶさったのは細マッチョなイケメンだった。
だがその端正な顔をだらしなく破顔させ、俺達の目を一切気にする事なく、ずりずりとアトルへ濃厚な頬ずりをかましている。
「な、なんだなんだ?」
「び、びっくりしました」
「ぼ、僕も」
「ナナ、大丈夫大丈夫。怖くないよ」
「ふぇえ」
突然の事態に全く付いていけてない俺達は目を白黒させて、アトルと細マッチョイケメンとのイチャイチャを見ている。
「お前は本当、連絡一つ寄越さないな! 日本でいじめられてやしないかと、兄達は心配していたんだぞ!? 次男なんぞ自分も日本に行くと我儘を言ってな! セトルやテトルはマメに報告を入れてくれるんだが、お前ときたらこの愛い奴愛い奴!」
「お、おおおおおっ、大兄上! お待ちください! い、痛い痛い! おおあにうえぇっ!」
金髪イケメン細マッチョが、男のほっぺに濃厚なキッスを連続して見舞うこの光景。
ひでぇ絵面だ。
説教とも可愛がりとも取れるそのコミュニケーションに、ドン引きである。
「ああ、でもお前のそういう危なっかしさがなぁ! もう余は可愛くて可愛くて! やっぱり歳の離れた兄弟とは良い物だなぁ! 親父殿は未だご盛んだから、もう一人か二人兄弟ができるのもあながち悪い事では無いかもしれんなぁ! 長女も妹が欲しいと言っていたし! 腹違いとは言え、十三人も兄弟がいて女が二人だけってのも寂しいんだろうなぁ! なぁアトルお前もそう思うだろう!?」
「お、大兄上……くっくるしゅうございまっ、おえっ」
ベアハッグよろしく、背骨をミシミシ言わせながら反り返るアトルが苦しそうに手を伸ばした。
「ガ、ガトル殿下! 落ち着いてくださいまし! ガトル第一王子殿下!」
カヨーネがオロオロと困りながら呼びかける。
「おお! カヨーネにウタイ! お前らも元気だったか!?」
「うわぁ! こっち来たぁぐえっ」
「きゃあっ! 殿下! 後戯れをっ!」
細マッチョイケメンはあっという間にアトルへの抱擁を解くと、カヨーネとウタイをまとめて抱いて持ち上げる。目にも留まらぬ早業だった。
「綺麗になったなぁ! なんだウタイお前のその胸は! アトルに育てて貰ったのか!? けしからん! けしからんが見事だ! がっはっはっは!」
おおう。なんて堂々としたセクハラ。
「ガ、ガトル様離してぇ」
「く、苦しいですわ」
「なぁに遠慮するな! アトルの嫁であるお前らは俺にとっても義妹も同然! 家族のスキンシップになんの遠慮があろうか!」
スキンシップっていうか、これただのセクハラですよね?
国と立場が違えば大問題ですよ?
「に、兄ちゃん。これ、なに?」
「知らねーよ」
分かるわけないだろ我が弟よ。
玄関の前で置いてけぼりな俺達には、この変なテンションの細マッチョについて誰にも説明して貰ってないからな。
アトルの兄貴だっていうのは、話してる内容からなんとなく察してるんだけどさ。
「ガトル様! それぐらいにしてくださいまし!」
突然の大声が玄関に響き渡る。
声のした方に目をやると、バカみたいにデカイ階段の上から綺麗な女性が降りてきた。
身体のラインがくっきり浮き出る細くて布地の薄い真っ赤なドレス。他のこの国の女性と同じ褐色の肌とのコントラストがなんだかとっても艶かしい。
背中の大きいコウモリ羽と艶のある黒髪のショートボブを揺らし、細い腰を上品にくねらせながら、大きく盛り上がったそのお胸に高価そうなシルクのストールとなんだかカラフルな布を巻いたその美人さんは、子供みたいに頬を膨らませてガトルと呼んだ細マッチョを睨みつけている。
「おお、ガーシャ! アトルだぞアトル! カヨーネとウタイも一緒だ! お前も会うのは久しぶりだろう!?」
「ガトル様、お気持ちはわかりますけれど、この子たちが怖がっております! それにガーシャを置き去りにするなんて酷うございますわ! ガーシャだって! ガーシャだって!」
ツカツカとピンヒールの踵を鳴らし、ガーシャと呼ばれたその女性は足早に階段を降り、そして––––––––––––。
「ああっ! おひさしぶりねカヨちゃん! ウタちゃん! んまー美人さんになって! もう可愛い可愛い可愛い! ねぇねぇ! 来てもらいたいドレスとか、お洋服とか沢山あるのよ!? ガー姉がデザインしたものなんだけれど、貴女達をイメージした物がたっくさん! ミアーちゃんやステラちゃんとも、貴女達がどうしてるのかって何度もお話してたの!」
勢いよくタックルをかました。
「ぐぇええええ!」
「ガ、ガーシャ義姉様っ!」
細マッチョに抱かれたまま、美人さんに猛烈な体当たりを食らわされたカヨーネとウタイが悲鳴を上げた。
まるでパンとパンに挟まれたレタスとベーコンのようだ。
何サンドになるんだろうなこれ。
「ぐっ、ぐうう」
「お、おい大丈夫かアトル」
床に尻をついて背中を摩るアトルに手を差し伸べた。
「あ、ああすまん」
てっきり振り払われるかと思ったが、アトルは予想外に素直に俺の手を取って起き上がり、服についたホコリを払った。
「んで、この状況。なに?」
落ち着いたように見えるので、説明を求めてみる。
いい加減俺達を置いてけぼりにするの、止めて貰いたいんだよね。
知らない国で知らない人たちに囲まれて、しかも状況がさっぱり理解できないとか心細いどころの話じゃないんだよなぁ。
「……一番上の兄上と、その奥様だ」
「あれが」
もう一度、なんだか分からないプレスをされているカヨーネとウタイを見る。
むさっ苦しい筋肉と、羨まけしからんボディのお姉様に挟まれた二人の心境は如何なものなんだろうか。
ああ、ウタイの奴。よく見たら白目剥いてら。





