原始の風①
地面に頭を押さえて蹲り、ただただ怯えているしかない。
考えるのはジャジャとナナとアオイの事。
帰りを待っている。
きっと心配している。
急に俺が居なくなって、泣いているかもしれない。
ごめんよ。
絶対に帰るから。
「もういい加減にしてくれ!」
どうしていいか分からずに叫ぶ。
でも俺の声は腹の底に響くような爆音にかき消された。
未だ荒野のあちこちで閃光と爆発と爆風が次々と巻き起こる。
鼠の賢者アルバと、黒い蛇のクレイが俺の常識を逸脱した姉弟喧嘩を繰り広げている。
いや、もう喧嘩なんて生易しいもんじゃない。
殺し合いだ。
当たれば相手が木っ端微塵に吹き飛ぶような威力で、おそらく魔法を打ち合っている。
なんでこうなったんだ。
今日の朝まで生まれて初めての外国旅行に期待半分、不安半分でそわそわしていただけなのに。
何が起きて、俺はこんな危険地帯に迷い込んだ。
考えろ。
生き延びる為に。
ジャジャとナナにもう一度会う為に、何をしたら良いのかを考えろ。
事の発端は、あの謎の場所だ。
乳白色の空に深い緑の森。それらの中心のあったあのボロボロの石舞台。
出会ったのは真っ白な女の子。
自分の身長より長い白い髪の、なぜか俺や翔平や親父の事を知って居たあの少女。
あれは、母さんだ。
7年前に病気で死んだはずの、俺達の母さんだ。
姿は違えど、間違いなく母さんだった。
そうだ。
母さんは生きろと言った。
諦めるなと。
頑張って、皆んなで生きていけと。
……そうだよ。
アルバに聞かなきゃいけない事があるんだ。
俺や翔平、もしかしたらアオイにだって何かを隠しているアイツに、全て説明して貰わないと。
なのになんでアイツ。
今俺のこと放ったらかしてんだ?
違うだろ。
順番、間違えてんだろ。
ああ、イライラしてきた。
これ、俺キレていい場面だよな?
なんの説明もなくこんな厄介事に巻き込まれて、普通の人間同士の喧嘩だったらキレても誰にも文句言われないよな?
そうだ。
あのげっ歯類。
いい加減我慢も限界だぜ。
クレイもそうだ。
なんか知らんがアイツが原因で俺はここにいるんだろ?
んじゃ、キレていいだろ。
こちとら楽しみだった旅行をぶち壊され、さらには家族から引き離されてんだぞ?
翔平は初めての外国旅行にドキドキしすぎてあんまり眠れてない。
アオイはジャジャとナナの支度に張り切りすぎて、遅くまで荷物の確認をしていた。
ルージュはいつもの無表情こそ変わらないけれど、行った事の無い土地に興味津々だったの知ってるんだ。
親父だって行きたいのを我慢して、家に残ってくれている。
アズイやウエラだって。いや、アイツらは庭園の世話が楽しすぎてあんまり家から出たくなさそうにしてたな。
でもジャジャとナナと遊べなくて寂しそうだった。
そう、ジャジャとナナ。
俺の大事な双子の娘。
可愛い可愛い、今が可愛い盛りの、俺の娘。
あ、これきた。
きたきたきた。
あったまきた。
双子達の初めての海外旅行だ。
きっといろんなリアクションを取ってくれるはず。
こんな場所で、こんな殺伐としたこと。
やってらんねぇ。
「うぉおおおぉぉぉぉ……」
自らの心の底から、真っ赤な何かが昇ってくる。
「ぉぉぉおおおあああああああああああ……」
それはグツグツと煮えたぎる、尋常じゃ無いほど熱いモノ。
「あぁあぁぁああああああああああああああっ!」
込み上げるのは、ここ最近感じる事の無かったなんだか懐かしくも感じる感情。
両手に力を入れ、体を起こす。
「あぁあああああああああああああああああああああっっ!!!!!」
腹の底からせり上がる形を持たない激しい衝動を、咆哮と共に吐き出した。
立ち上がり、天を見上げる。
爆発と爆風で雲が立ち消え、銀色に輝く月の明かりが煌々と輝いている。
これは、俺がいちばん荒んでいた中学時代に幾度となく抱いた感情。
混じりっけの無い、純粋な怒り。
ユールの時は、アオイの母親だからって事でどこか本気で怒れなかった。
怪鳥ルテンの時は、一緒に逃げる子供たちを守るために必死だった。
アトル王子の時は、王子だけじゃなくて俺にも苛ついていたから、怒りというよりは呆れが大いに混じっていた。
でも今は違う。
心の底から。
アイツらムカつく。
「ふっざけんなあああああああああああああああっ!」
叫べば叫ぶほど、吐き出せば吐き出すほどに思考がクリアになっていく。
危険だ。
これは経験上とっても危険な状態だ。
俺が色々とやりすぎてしまう、その前兆。
胸が熱い。
まるで太陽を抱え込んでいるかのような猛烈な熱量を感じる。
でも不思議と、それが心地良い。
マグマが血管を通って心臓から全身に送り込まれているような、そんな錯覚を抱いた。
その熱量は首を伝い、目へと。
瞼から眼球、そしてその奥が、ドクンドクンと脈を打って熱を発し続けている。
続いてこめかみが熱い。
耳の裏のちょっと上、側頭部らへんから皮膚を突き抜けて、何かが飛び出そうとしている。
痛みは無い。
むしろ突き抜けて欲しいぐらいだ。
「……お?」
気づけば、俺の周りに無数の蝶が飛んでいる。
小さな羽をパタパタと揺らして、どこか嬉しそうに、楽しそうに舞っている緑の蝶。
最近見慣れた、『命の精霊』だ。
ジャジャとナナの不思議な能力の源。
俺から送り込まれて、ジャジャ達から発せられるもの。
その蝶達が視界いっぱいに飛んでいて、綺麗だ。
黒い夜を背景に、銀色の満月が荒野を照らし、緑の蝶が無数の輪を作って踊っている。
アルバとクレイが放つ魔法の光に比べたら、断然こっちの方が見ていて面白い。
『なにしてあそぶ?』
「え?」
不意に、声が聞こえてきた。
小さな小さな子供の声だ。
『いっぱいあそぶ?』
『くんぺいと、またあそぶ?』
『ちっさいころみたいに、たくさんあそぶ?』
『うれしいな』
『うれしいね』
『くんぺいが、またぼくたちとあそんでくれる』
『だいすきなくんぺいが、ぼくたちとあそんでくれる』
懐かしさに、胸が引き裂かれそうになった。
小さな声が、幼い声が、嬉しそうに俺の名前を呼ぶ。
知っている。
思い出せないけれど、俺はこの声を知っている。
遠い昔、まだ小さい頃。
あの頃の俺は、いつもこいつらと一緒だった。
いつだって、側にいてくれた。
口元が自然とニヤケてくる。
「ああ、遊ぼうぜ」
自然と口から出た言葉に一番驚いてるのは、他ならぬ俺だった。
勝手に口が動く。
勝手に手が動く。
勝手に足が。
頭が。
尻尾が!
翼が!
本当に最高の気分の俺が! 感情の赴くまま何も考えずに動く!
「また、一緒に!」
両手を広げて、翼を広げた。
あれ? いつのまに、翼なんて生えたんだろう。
それにこの尻尾も。
まあどうでもいいか。
今はこいつらと、目一杯遊ぼう。
まずは、あのバチバチ煩い鼠と蛇で遊ぼう。
『あそぼ』
『みんな、くんぺいとあそぼ』
『ぼくたちのだいすきなくんぺいと、またいっしょにあそぼ』
緑の蝶達が一斉に羽ばたいた。
キラキラとした光の粒を撒き散らしながら、俺の周りにどんどんと集まってくる。
うん。
そうだ。
これは俺のだ。
俺の手足の延長にある、俺の思うままに動かせるもの。
俺とこいつらの、大切なもの。
『たのしいね』
『うれしいね』
『うたう?』
『うたおう』
『くんぺいのうた』
『ぼくらのうた』
そうだ。
歌わないと。
楽しい時は、いつだってあの歌を。
「風待薫平は」
口ずさむのは俺とこいつらの約束の歌。
『かぜをまつ』
『かぜのかおりをかぎとって』
『いつだって』
『どこだって』
『そのつばさのおもむくままに』
『そのこころのおもむくままに』
『とびたいときに』
ああそうだ。
俺は、こんなにも。
「ビュンと飛ぶ」
自由だった。





