聖域と蛇眼③
1月2日に間に合いませんでした! すみません!
翻弄される体。
揺さぶられる脳。
激しく動く視界と、明滅する意識。
悔しさと悲しさ。
そして疑問が胸の中でぐるぐると渦を巻く。
精神的にも肉体的にも翻弄される俺は、もう自分が今どうなってるのか分からないでいる。
教えてくれ母さん。
なんであんな姿で、あんな場所に居るんだ。
なんで俺と一緒に来てくれなかったんだ。
教えてくれアルバ。
お前は一体何を知っていて、何を隠しているんだ。
なんで俺に何も伝えてくれなかったんだ。
教えてくれ親父。
母さんが姿を変えて生きている事を、知っていたのか?
知っていて、俺達に黙っていたのか?
誰も俺に本当の事を教えてくれない。
俺と翔平には、何も知らされてないんだ。
もう、何もかもが分からない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
気がつけば、荒野に居た。
土煙の舞う夜の荒野で意識を失っていた。
「……何なんだよマジで」
一人、愚痴を零す。
どう噛み砕いて理解していいのか分からない。
今俺が居るこの荒野がどこなのか。
俺がさっきまで居た場所がどこなのか。
俺が会ったあの白い少女が、本当に母さんだったのか。
しばらく立ち上がる気力も湧かず、ゴロゴロと小石の転がる地面の感触を味わう。
本当に理解の及ばない事態になった時、人の思考ってフリーズするんだな。
一体何から考え始めれば良いのかも馬鹿な俺には見当がつかない。
ゆっくりと起き上がってあぐらをかき、空を見る。
雲一つ無く、眩い満月が浮かぶ空。
ハッキリと見える小さな星々の下に俺は居る。
「目を覚ましたようだね」
声がした。
女性の声だ。
本来なら驚いて身構えるであろう突然の声に、今の俺は反応すらできなかった。
周囲を見渡すと、一個だけ大きな岩がある。
俺の身長と同じぐらいの大きさのその岩の上に、ソレは居た。
「ふーん、なんだ只の人間じゃないか。わざわざ目覚めるまで待ったってのに、面白い事は無さそうだね。とりあえず聞いておくけれど、お前一体何者だい?」
やけに偉そうな声が、岩の上にあるそのシルエットから発せられる。
しばらくそのシルエットを眺める。
月明かりの逆光でぼんやりとしていたその形が、目が慣れる事でその姿を徐々に明確にした。
「……蛇?」
蛇だった。
額に真っ赤な宝石をあしらったチャームを付けた、黒い蛇。
その目が俺をまっすぐに捉えて離さない。
真っ赤な瞳がユラユラと揺れて、まるで吸い込まれていくような感覚を覚える。
「ん? ちょっと待てよ? お前のその内側……どういう事になってんだい? なんでソレで生きていられーーーーーーああ、見覚えのある術式だねソレ。そうかい、アイツの関係するナニカか。こりゃ面白くなってきたね」
何を言ってるんだこの蛇は。
ていうかなんで蛇が喋ってるんだ?
勘弁してくれよ。
ただでさえ容量の少ない俺の脳みそはもう一杯一杯なんだよ。
もう訳のわからない事はたくさんだ。
ジャジャとナナに会いたい。
でもとりあえず、返事を返す。
「……なぁ、ここはどこだ?」
あぐらをかいたまま蛇に問う。
大事な事を一個づつ。
馬鹿なら馬鹿なりに、慌てずに行こう。
「ここかい? ここはダイラン王墓って言うクソ昔の遺跡の近くさ」
ダイラン王墓……。
ああ、俺達の本来の目的地だった場所か。
良かった。全く知らない土地って訳じゃなさそうだ。
ダイランの人に会って、アトル王子に連絡さえ取れればなんとかなりそうだ。
「俺、突然ここに飛ばされたんだ。ああ、忘れてた。風待薫平って言うんだけど、そっちの名前聞かせて貰っても良いかな」
うん。自己紹介は大切だ。
名前が呼べるか呼べないかで関係も大分変わるからな。
「名前……名前ねぇ。昔は『一番最後の者』って呼ばれていたね。ソレから何度か変わってるけれど、最近は専ら『母上』ってのが多いかな?」
「ん? いや良く分からないんだけど。ソレは名前じゃ無くね?」
「もともと名前なんてどうでも良かったんだよ。ああ、でもやっぱり名前は有った方が良いね。んー」
蛇が動き出す。
ニョロニョロ、クネクネと岩を器用に降りて俺の元まで来た。
一度立ち止まり、また動き出す。
今度は俺の周りをゆっくりと回る。視線は俺の顔、そして胸を交互に見ていた。
なんか、嫌な視線だった。
まるで舐め回すように、探るように。
興味深そうに見ているその姿はやっぱり只の蛇だ。
大きい訳じゃなく、アオダイショウとかハブとか言われる奴のソレだ。
「それ、アイツの魔法だろ?」
「え?」
蛇がその首で俺の胸を指した。
クイっと一回動いたその動きに少しだけ恐怖を覚える。
喋ってるし、会話できてるから襲われるような事は無いと思うんだが、やっぱりその見た目が怖い。
「それって、どれのこと?」
魔法具なんて持ってないぞ?
「その心臓に何重にも施された封印の魔法だよ。薄い上にかなり頑丈に作られた封印式だ。秘匿の術式まで丁寧に編み込んであるね。よくそれで生きていられるもんだ。そんな魔法が今の魔族に扱える訳無いさね。って事はまず間違いなくあの生意気な鼠の仕業だ」
「心臓? 鼠って……アルバ・ジェルマンの事か?」
何を言ってるのかは相変わらず分からないが、鼠って単語には覚えがある。
だって俺の知ってる限り、魔法の使えそうな鼠ってアイツしか居ない。
神出鬼没にして態度のデカい、今俺を一番苦しめてるであろうあの鼠の賢者。
龍の医者こと、アルバ・ジェルマンだ。
「へぇ……今じゃそんな名前をなんて名乗ってるのかいアイツ。夜明けより来たる、泥より柔らかい男ねぇ。良い皮肉じゃ無いかアイツらしいね。決めたよアタシの名前」
そう言って蛇は胸、と言ってもどこまでが胸だか分からないんだが、その部分らしき所を張った。
「クレイ。今日から私は泥だ。クレイ・エンデ。アイツに倣らうってのもまた面白いね」
クレイ。クレイ・エンデ。
クレイって英語か? 確か粘土とか、泥とかって意味だよな。
エンデってなんだろう。これも英語ならエンド、つまり終わりって意味だよな。
「さて、ちょっとじっくり見させて貰うよ? わざわざここまで引っ張って来たんだ。これで何も無い訳無いよねぇ」
引っ張って?
「引っ張ってって、どう言う意味だ?」
「ん? そりゃあ、ふふっ」
俺の声にクレイは自慢げに少し笑った。
さも、分からないの俺の方がおかしいとでも言うように。
「お前、王墓にある転移魔法陣を使おうとしてたろ? 前からちょっと興味があって探っていた陣だったんでね。作動を察知した瞬間になんだか見たことの無い反応があったもんだから、少しばかり干渉してみたんだよ。この規模の魔法陣なら幾らでも穴を見つけられるのさ。アタシ達からしてみたらね」
「は?」
ちょ、ちょっと待って。何言ってんのお前。
俺の疑問の声に反応したクレイが、にたりと笑った。
とてつもなく嫌らしいその笑みを見ただけで、俺の背中に悪寒が走る。
「すぐにアタシの居る寝ぐらに飛んでくるはずだったのに、お前途中で別の場所に行ったろ? あれは何処に行ってたんだい? まさかお前ごときがアタシの術式を打ち消す術なんて持ってる訳無いだろう? 正直に言いな。今ならまだ痛い目を見なくて済むよ」
ヤバイ。
俺の中の何かが全力でこいつから離れろと言っている。
アオイの母親であるユールに初めて会った時にも似たようなモノを感じたが、これは全然違う。
あの時は、ユールの持つ圧倒的な力に怯えていた。その人の力の及ばないほど強大な力に為す術を見出せなかった。
今は違う。
ただただ純粋に、怖い。
目の前に居る小さな蛇が、禍々しさのみで形成された忌避すべき者であると本能が理解した。
恐ろしいなんてもんじゃ無い。
喉の奥が瞬時に乾き、汗が全身から吹き出てくる。
小刻みに震え始めたその足は、立つ事を放棄した。
逃げ出したい。
逃げ出したいのに、ここから一ミリでも動けば恐ろしい事が起きる。
そんな予感が全身に伝わり、俺はクレイを見つめたままピクリとも動けないで居る。
「ん? なんだ怯えてるのかい? 可愛いねぇ。大丈夫。取って食ったりはしないさね。多分だけど」
笑っている。
楽しそうに笑っている。
何がそんな面白いんだ。
やめてくれ。笑わないでくれ。
笑顔ってのは、もっと綺麗なものの筈だ。
ジャジャもナナも、アオイだってルージュだって三隈だって、笑ったら凄い可愛いんだ。
その笑みは、そういった綺麗な笑顔に対する冒涜だ。
やめてくれ! 笑うな!
「そこまでだよ。愚かな蛇」
聞き慣れた声がした。
金縛り状態だった体に力が戻る。
慌ててその姿を探した。
見つけた。
クレイが最初に居た岩の上で、月の明かりをバックにして堂々と立っている。
「その精神汚染の魔術をやめてくれないかい? この子が怯えてしまう」
ついさっき前はその声や姿を思い浮かべると苛ついていたのに、今の俺はとっても現金だ。
体よりも大きな杖。
すっぽりと顔まで隠せそうなその三角帽子。
ちょっとだけ汚れたローブ。
それを見るだけで安堵してしまう。
「んふふ。うふふふふふっ! あはははははははははっ! これはこれは! 随分と久しぶりじゃないかい! なあ! 哀れな鼠よ!」
アルバ・ジェルマンがそこに居た。





