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戦う理由⑤

大変お待たせして申し訳御座いません。毎日投稿、再開します。

 

「ほら、ミルクティーでいいんだろ?」

「あ、ありがとうございます」


 体育館脇に設置された自動販売機から、二つのジュース缶を取り出して、一つをカヨーネに手渡した。

 受け取ったカヨーネは申し訳なさそうにそれを受け取る。

 財布を教室に忘れて金が無いカヨーネへの俺の奢りである。

 なんせ興奮しすぎたり泣きすぎたりで、声がカッスカスだったからな。


「これ飲み終わったら、教室戻るか」


 俺の分のコーヒーのプルタブを開けて、カヨーネに問いかける。


「分かりました。ご心配、ご迷惑をかけて申し訳ございません。お金、教室でお返ししますね?」

「いいよ別に。情報料だと思えば安い安い」

「そ、そんな訳には」


 しつこいなぁ。いらねってんだから素直に貰っておけばいいのに。

 真面目なんだから。


「んで、戻ったら王子どうすんの?」


 飛び出して来た上に、放ったらかしだもんな。

 ウタイとカヨーネ、どっちかが必ず王子の側に居ないとダメみたいだし。

 今はどうしてるんだろうか。


「こ、この程度の喧嘩でしたら、昔から良くあるんです。殿下もそんなに気にしていないと思いますから、普通だと思います」

「それはそれでなぁ」


 もやっとする。

 仮にも女の子を泣かしているんだから、少しは反省と謝罪ぐらいはすべきではなかろうか。カヨーネに非があるようには見えなかったし。

 まぁ、無理か。

 あの王子の卑屈さはなんだか筋金入りだ。

 開き直ってふんぞり返るぐらいが関の山だろう。


「あいつもさぁ、日本に来て一年も経つんだろ? 少しは立ち直ってても良さそうなんだけどさ」


 この高校で一年間生活してて、ずっとああやって不貞腐れてるってある意味凄いと思う。

 ちょっと内向的すぎないか?


「……わたくしが、原因なんです」


 カヨーネはジュース缶を両手で握り、顔を俯かせる。


「お前が?」

「はい。私と、インテイラ家が」


 真っ赤に腫らした目を一度擦り、カヨーネは俺を見る。


「先ほど殿下が仰っていたように、私は最初から殿下の元に嫁ぐ訳ではありませんでした」

「えっと、それは」


 王子が言っていた兄貴の所だろうか。東京に居るとか言う。

 何番目の兄貴なのかは正直覚えていない。て言うかこいつらの話に出て来る兄弟の数が多すぎて、名前が覚えきれないのだ。

 この俺が、顔を合わせた事も無い人の名前なんて覚えられる訳ない。えっへん。


「第七王子殿下、テトル・ケツァ・コアトー・ダイラン様。アトル殿下にとっては母君を同じくする実の兄上様です」

「へ、へぇ」


 正直言って、説明されたからなんだって話だ。

 これから先、会うとも思わないしな。


「……幼少の頃から、アトル殿下と私の婚姻は殆ど決定事項だったんです。だけど先の王位継承権の件で、インテイラ家本家の家長である私とウタイの祖父は、王家との繋がりを求めるあまりにそれを一度破棄し、テトル殿下と私の婚姻を無理やり推し進めてしまいました」

「無理やり?」


 他所の国の話とはいえ、そんな強引な事があっていいのだろうか。

 まぁ、それは俺が悩んでも仕方がない話だな。


「私の両親と、殆どの家族は反対だったんです。テトル王子殿下は確かに人柄にも優れ、学生の身でありながら政治的手腕も期待されて居る方ですが、私たちインテイラ家一同はアトル殿下の努力を長年見守っていましたから。そんな殿下を見限るなんて、余りにも酷い話じゃないですか。私だってテトル殿下とはある程度親しくしておりましたが、婚姻なんて考えた事もありません」


 ……いや、アトル王子との結婚は考えた事あるんだ?

 んー。こいつ分かってんのかな。

 自分から俺に、アトル王子への好意を暴露してるような物なんだけど。


「テトル殿下にはすでに三人もの婚約者がいらっしゃいますし、あのお方も私をそのような間柄と捉えておりません。なのでテトル殿下から祖父に断りを申し出てくれたんですが……祖父が諦めてくれなかったんです」

「断られてんのに?」


 なんて往生際が悪いんだ。

 身内どころか相手からも断られてるのに、上手く行く筈ないじゃん。


「一度決めたらなかなか折れてくれない所が、祖父の悪い所なんです。だからと言うか、最悪な事に祖父はアトル殿下に直接、婚約の破棄を求めてしまいました……私たち家族に内密にして王子に、噓を吐いてまで」


 瞬間、カヨーネの眉間に大きな皺ができた。

 憎々しそうに持っているミルクティーのアルミ缶を両手で強く握り、パキパキと音を立ててジュース缶はひしゃげていく。

 それを見ながら、俺は覚えのある悪寒を感じて後ずさる。

 アオイや三隈が時々発する、女子特有の感情の爆発。カヨーネもまた同じようなオーラと圧迫感を発していて、正直とても怖い。

 最近、俺の周りの女子が怖すぎないか?


「お、おちつ––––––」

「私の方から殿下との婚約を破棄したいなんて言うわけがないじゃないですか! 更に言えば! 婚約破棄直後に相手の実の兄上との婚姻を結ぶ程、私は頭が緩くて尻の軽い女じゃありません! 私とテトル殿下との接点は学舎での先輩後輩で、それにアトル様(・・・)の兄上という事しか無いんですよ!? そうでなくても、年に数回会話を交わす程度しか顔を合わせませんし、言葉と言っても季節毎の挨拶や家臣としての礼儀の範疇を超えていません! 何を持って、私の方からテトル殿下に婚約を持ちかける理由があるんですか! お爺様の下手な噓を信じたアトル様もアトル様です! こんなに長い間、それこそおしめをしている頃から一緒にいるのに! 私の事なんて全部分かりきってる筈です! 小さな頃は一緒にお風呂に入った事もございますし、おねしょをなされて大泣きしていたのを抱きしめて慰めていたのは私なんですよ!? おままごとからお医者さんごっこまで一通り恥ずかしい遊びを済ませている私たちに隠す事なんか何一つないと言うのに、一体アトル様は何を考え––––––」

「ストップ! ストップだカヨーネ! お前、絶対後から後悔する事言ってるからな!? 勢いに任せて大変な事言ってるぞお前!?」


 これアレだから!

 思い出す度に寝る前に枕に顔を埋めてジタバタするヤツだから! 王子が!

 取り返しがつかなくなる前に戻ってこい!


「……す、すみません。取り乱しました」

「あ、ああ。もう今更って感じだけどさ。聞かなかった事にするから」


 俺の大声で我に返ったカヨーネの褐色の肌が、一目でわかる程に熱を帯びていく。

 すっかりコンパクトになったアルミ缶を持ち直して、カヨーネはもじもじと己を恥じる。

 背中の黒い羽は照れ隠しなのかなんなのかバッタンバッタンと大きく動いていて、自販機前のスペースに埃が舞い始めた。

 なんて迷惑な誤魔化し方なんだ。花粉の時期にこんな事したら周りからクレームつくぞ。


「えっと、要するになんだ? 王子はお前から婚約破棄されたと思ってんのか?」


 それであんな子供みたいな拗ね方してんの?

 なんだアイツ。ダッセェな。

 それとこいつ、二人の時は『アトル様』って呼んでんのな。いや、これは黙っておこう。薮の蛇を突く事になるかもしれん。つまりやぶ蛇。


「……お気持ちは、分からなくもないんです。色々とショッキングだったでしょうから、自暴自棄になっていらっしゃったんでしょう。殿下にとっての親しい同年代の者は、私とウタイぐらいしかおりませんでしたから、裏切られた様に感じてしまったのだと」


 伏せた瞳を濁らせて、カヨーネは声を震わせる。

 王子の事になると本当に歯止めが効かなくなるんだな。

 俺みたいな知り合って間もない相手にまで、本当の感情を曝け出していいのかよ。


「最初は、私も優しく否定してたんです。でも殿下は一切聞く耳を持ってくれなくて、なんだかそれが無性に悲しくて、段々と語気も強くなっていって、今ではあんな罵倒を浴びせたり、思ってもいない事を言ってしまったり」


 ああ、なんだ。

 カヨーネの王子への態度や言葉の毒は、そう言う理由だったのか。


「それでもちょっと言い過ぎなんじゃないか?」


 ゴミムシやら、無能やら。

 人が人なら殴られてもおかしくないぞ。


「……全部投げ出して、諦めてしまった殿下が、怒ってくれるんです」

「はい?」


 ちょっと何言ってるかわかんないんだけど?


「祖国にいる頃はあんなに無気力だった殿下が、私の言葉に反応してくれるんです。たとえそれが私への怒りや不満でも、殿下に少しだけ元気が戻ってきてくれるから」


 ええ……。

 つまりなんだ?

 怒らせればちょっと言い返してきてくれるから、それが嬉しくて罵倒を浴びせていた、と?


「お、お前」


 それは、歪みすぎてねぇか?

 お前はそれで良いとしても、あの王子はその言葉で機嫌悪くしちゃって、どんどん拗ねていくだけじゃないか?

 いや、多分カヨーネもそれに気づいている。


「ちょっとそれは」


 なんだかカヨーネが怖くなった俺は、ゆっくりと距離を取った。

 何が怖いって、カヨーネはその負のスパイラルを知ってて()められてない事だ。

 ()められない。()みすぎているから。


「だ、大丈夫かお前ら……」


 王子の心の闇も結構な深さかも知れないが、カヨーネの病み具合もまた深刻な状態だ。

 愛しすぎている。

 愛が深くて、重すぎる。なんだこれ。


「だ、だから! 教室の一件は私にも非はあるんです! 普通に戻りましょう! 普通に!」


 俺がドン引きしてることに気づいたのか、カヨーネは慌てて頭を上げて明るく振る舞った。


「お、お前がそう言うなら」


 くるりと後ろを向いて、体育館と校舎をつなぐ渡り廊下へと向かうカヨーネ。

 俺も続いて後を追う。


「……なぁんか、気に入らねぇなぁ」


 ぼそりと呟いた俺の言葉は、吹き抜ける風の音に掻き消された。


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