戦う理由④
道々で生徒に話を聞きながら、カヨーネの後を追う。
一年のフロアではカツアゲと間違われたりと散々だった。あそこまで怯える事無いじゃ無いか。
「こっち、か」
どうやらカヨーネは体育館の方へと向かったらしい。
もうすぐHRも始まるから、部活生の朝練も引き上げ始めているらしい。
校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下で部活生とすれ違って、一度立ち止まった。
「体育館には、行かないよなぁ」
体育館にはまだ多くの部活生が残っている筈だ。
カヨーネは一目につく様に行動する奴とは思えない。
なら本校舎と体育館との間にある、中庭はどうだろう。
あそこはこの時間は誰も使って無い筈。昼飯時ならたくさんの生徒で賑わうが、朝にあそこを使う用事がある奴はいないだろう。
渡り廊下の途中の道を曲がり、中庭へと足を向ける。
校舎に向かう何人かの女生徒とすれ違う。
カヨーネを見なかったか話を聞いてみようと思案していると、目的の人物の姿を見つけた。
中庭の真ん中の大きな木を囲む様に設置されている6つのベンチ。
その一つにカヨーネが座っている。
色とりどりの花が咲き誇る花壇をバックに、どこか寂しげに。
「……あちゃあ」
どうしようか。
いざ来てみたものの、なんて声をかければいいのか分からない。
気の利いた言葉なんか俺から出てくる訳無いし、むしろ思わず変な事を口走って地雷を踏み抜きかねん。
足を止めてしばらく眺めていたら、学校全体のスピーカーから予鈴が鳴り響いた。
それを聞いても、カヨーネはどうやら動こうとしない。
仕方ない。
ここまで来たら俺もサボるか。
「カヨーネ」
とりあえず声を掛けてみる。
いつまでも尻込みしててもしょうがない。
俯いて何かを考え込んでいたカヨーネは、ゆっくりと顔を上げて俺を見る。
その緩慢な動きは、彼女が落ち込んでいるからだろうか。
「……風待様。どうかなさいましたか?」
「どうしたも何も」
笑みになっていない薄い笑いを浮かべながら、カヨーネは俺の顔を見る。
目の周りは少し腫れぼったく、そして瞳が充血している。
さっきのアトル王子の言葉の中に、彼女をここまで追い詰める何かがあったのだろう。
「ウタイに頼まれたんだよ。自分は離れられないから、お前を追ってくれって。心配してたぞ」
「ウタちゃんったら、心配性なんです。私は大丈夫ですよ。全部––––––」
もう一度その綺麗な顔に陰を落とし、カヨーネは俯く。
「––––––私の身から出た錆ですから」
震えた声でそう呟いた。
「……あー、差し支えなかったら、教えてくれないか」
「え?」
もう一度俺の顔を見て、カヨーネは呆ける。
「なんだ。まぁ、あの王子の事、知っておきたいしな。あー、決闘する訳だし? 敵の情報は少しでも欲しいじゃん? なんかお前らは俺の事情を調べてるっぽいし、ほら、不公平だ」
どうだろう。この言い訳。
苦しいか?
「……風待様」
「ん?」
キョトンとした顔で、カヨーネは俺を見続けている。
「とっても、嘘が下手なんですね」
「……な、何のことかな?」
バレてる。
やっぱり苦しかった様だ。
「ふふっ、うふふっ」
口元に手を当てて、カヨーネは上品に笑う。
その胸元の盛り上がりや背の高さも含めて、同年代とは思えないほど大人っぽい。
「な、何だよ」
「いえ、不器用な方だなぁ、と思いまして。殿下にそっくりです」
あの卑屈王子と一緒ってのは、嫌だなぁ。
「……殿下も、昔はお優しかったんです。嘘が下手で、でも見栄っ張りで、とても努力家で、ひたむきで、泣いてる人を放っておけない。そんな人でした」
「へぇ」
今のアイツからは、少し想像できない。
口をへの字に曲げて、ふてくされた様にそっぽを向く偉そうな奴。
それが今の俺のアトル王子の印象だ。
「私たちは、とても小さな頃から一緒なんです。まだ物心つく前。私の母が殿下の乳母でしたから。ほとんど兄妹みたいなものでした」
「幼馴染って奴か」
「はい、殿下のお母様。第二王妃ローレ様は、殿下を出産された後にお身体を崩され、そのままお亡くなりになられました」
……へぇ。
まぁ、そういった所は似ているかもしれないな。
「殿下の羽、私達と違うと思いません?」
「羽? そういや、真っ白だったな」
コウモリみたいなその羽。
カヨーネやウタイの羽は黒っぽいのに、アトル王子は純白と言っていいほどの白さだ。
そういう種族なんだと思ってたんだが。
「ダイラン王家には、数十年に一度あの様な色の羽を持って生まれてくる方がいらっしゃるんです。とても強い魔力を持っている証拠。歴代の白羽を持つ王族の方は、それはもう偉大な功績を残されております」
「じゃあ、あいつも物凄い魔力を持ってるって事か?」
じゃあ何で自分の事をあんなに卑下するんだアイツ。
「……はい。強すぎてご本人である殿下ですら制御仕切れないほどの魔力を。おそらく、我が国の歴史上もっとも強いお力を。それが––––––」
目を閉じ、空を見上げるカヨーネ。
座ったまま足を揃え、膝の上に置いた拳を強く握り閉める。
悔しそうに、本当に悔しそうに唇をキュっと引き締めた。
「––––––殿下を今でも苦しめております」
震えた声で、掠れた声でカヨーネは漏らす。
目尻には新しい涙が溜まり、今でも零れ落ちそうなほどだ。
「……よ、よくわかんないけどさ。それの何が問題なんだ?」
俺はカヨーネと体一つ分の距離を空けてベンチに腰を落とした。
「……大人でも御しきれない力を幼少の時分からその身に宿していた殿下は、悪く言えばいつ爆発するか分からない爆弾の様なものでした。その身から漏れる魔力が、殿下自身を傷つけてしまう事もある程です。お父上である国王陛下は、止むを得ずに生まれたばかりの殿下にある処置を施しました」
「赤ん坊の頃に?」
「はい」
更に険しくなったカヨーネの顔から、その処置が只事ではない事を悟った。
「球大陸には、魔力を霧散させる鉱物が存在します。アジンアンカ石と言う、鉄鉱石に似た希少鉱石です」
「アジンアンカ……」
あれ?
その名前、最近聞いた様な。
あ、アルバ・ジェルマンが言っていた、ジャジャとナナに必要な鉱石。
確かそんな名前だった気がする。
「殿下は生後2ヶ月目で、アジンアンカを染料として構築された刺青を全身に施されました。身を滅ぼす程の魔力を霧散させる、唯一の方法として」
「……せ、生後2ヶ月って。それ大丈夫なのか?」
「大丈夫な訳! 無いじゃないですか!」
俺の目の前で初めて、カヨーネが感情的に吠えた。
もうはっきりとその目から涙を流しながら、固く握った拳を震わせながら。
「……すみません。ちょっと取り乱しました」
「い、いや。俺もちょっと気軽に聞きすぎた。許してくれ」
アジンアンカ石を染料にした刺青、か。
まさかと思うが、アルバもそれをジャジャ達に施すつもりなのか?
いやいや、ダメだろ。
絶対ダメだろそれは。
「その、王子は、刺青を施した事でどんな困った事になったんだ?」
聞いとかなきゃ。
失礼かもしれないけれど、これだけは俺は知っていなきゃいけない気がする。
「……小さな頃は肌が過敏になりすぎて、少しの埃でも全身を真っ赤にしていつも泣いていました。皮膚病や合併症も同時に発症してしまい、『こちら』の医療技術と魔法を合わせる事で一命をとりとめましたが、もしかしたらって時も何度かあった程です。なので王都の環境だと殿下のお身体に障ると、一歳になる前にインテイラ家が守護する湖にて静養する事になりました。あそこは海龍様の鱗が沈んでいて、治癒効果のある湖ですから」
海龍の鱗……。
そんな効果があるのか。
アオイやルージュの龍の姿でも、何か変わった効果があるのだろうか。
いや、今はそれよりも、王子の事だ。
「数年にわたり湖の水で体を清めたおかげで、幼少院の高学年になる頃にはどうにか人並みの体になる事ができました。ただし今でも一月に一度は湖の水で一日ほど体を清めています」
「一月に一度ってどうや––––––ああ、転移魔法があったな。そういや」
行きは魔法で行って、帰りは王族の専用飛行機で帰ってくればいいのか。
そういや何日かまとめて休んでたなこいつら。
「深刻なのは、魔力です」
「魔力?」
「はい。殿下の本来の魔力は膨大過ぎて、刺青により強力な魔法紋を彫り入れるしか手段がありませんでした。しかしこれは微細な調整のできるほど気の利いた代物ではございません。結果として、殿下は『全て』の魔力を体外に放出してしまっているのです」
全ての魔力。
魔法の使えない俺達にはあんまりピンと来ない話だ。
「白い翼を持って生まれてきた王家の者は、代々様々な功績を世に残しております。国民は、未だに殿下に期待をしているのです。その身の事情を知りながら」
「でも、王子には魔法が使えないんだろ? それじゃあ……」
国民の期待には、応えられないじゃないか。
「……殿下は頑張っていたんです。ずっと、ずっと。魔法が使えなくても、他の道で期待に応えられる術がある筈と、それだけを信じて頑張っていました」
カヨーネは俺を見て優しく微笑む。
まるでその時の王子を見るような目で、懐かしむ様な目で。
「––––––だけど残酷なことに、殿下は他の分野において凡才でした。勉学も、社交も、内政や生産業や軍事に於いて殿下を軽く凌駕する才能を、他の王子方はお持ちなんです。決して殿下が人より劣っているわけではないのです。だって……」
目を強く瞑り、カヨーネは一回深呼吸をする。
震える吐息が喉を通り、カヨーネの口から漏れ出した。
「––––––『アトル様』はあんなに頑張ってらしたんですもの」
それは、捻り出した様な弱々しい声だ。
涙を堪え、嗚咽を抑え、それでも肺からせり上がってくる空気に負けた、悲しい声だ。
「頑張っていたのです。アトル様は、本当に頑張っていらっしゃったのです。数回しか会ったことのない父上に褒められようと、国民の期待に応えた素晴らしい王子になろうと、毎日毎日寝る暇すら惜しまれていたのです! 肌の痛みを堪えて! 勝手に失望していく周囲の影口にも耐えて! 必死に頑張っていたのです! なのに! なのに!」
もう、はっきりとわかるほどに。
カヨーネは顔をグシャグシャに曲げて取り乱している。
その涙は次々に溢れ、握った拳に大きな水溜りを残している。
俺はといえば、かける声が見当たらずに呆然とするだけだ。
何を言えば、彼女の涙を止められるのかが分からない。
「『海龍の僕』に選ばれた事はアトル様にとっての初めての成果でした! 体を鍛え! 一心不乱に戦術を学び! 鍛錬に鍛錬を重ねて、漸く手に入れたたった一つの誇りだったのです!」
「海龍の僕って……」
俺と決闘する理由になった件か。
ああ、それだけを誇りとするならば、なんとなく話が見えてきた。
あいつにとってのなけなしのプライドが、俺との決闘を求めている。
せめてそれだけは手放したくないと、そう思ったのだろう。
「……すいません。また、取り乱してしまいました」
「あ、ああ。大丈夫だから」
両手で瞼をグシグシと掻き、涙を払うカヨーネ。
それを見ながら、俺は考える。
本当に、あの王子の事が好きなんだなぁと。
「……殿下は喜ばれておりました。選定の儀を終えるとまっすぐにインテイラ家に飛び込んできて、私に満面の笑みを見せながら『やっとだぞ』って、誇らしげに」
「……今のアイツからは、想像出来ないなぁ」
教室の後ろで偉そうに腕を組んでいるアトル王子を思い出す。
口をへの字に曲げて、つまらなさそうに座るその姿は、今のカヨーネの話と一致しない。
「––––––事件は、国王陛下の統治40周年の祭りで起きたのです。父上である国王陛下と、数年ぶりの再会の場でした」
「事件?」
息を整えたカヨーネは、再び視線を足元に落とした。
浅く深呼吸をして、ゆっくりと顔を上げる。
「国王陛下は殿下の『海龍の僕』就任と同時に、王位継承権を最下位に下げるとおっしゃったんです」
そう告げる目には、やっぱり悲しみの色しか浮かんでいなかった。





