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79 ニューセリアの湯気

翌朝。


ニューセリアの共同浴場予定地には、多くの住民が集まっていた。


昨日のうちに耐火粘土が届いたことは、あっという間に広まっていたらしい。


「今日から釜を作るんだって?」


「本当にお湯が沸くのかね」


「風呂なんて久しぶりだ」


「私は初めてかもしれないよ」


人々の声は、期待と少しの不安が混じっていた。


リノとマルは最前列にいる。


「ノアさん!今日お風呂入れる?」


「まだだよ」


「えー!」


「今日は釜を作る日」


「釜って何?」


「お湯を沸かす心臓みたいなものかな」


「心臓!」


マルが目を輝かせる。


「じゃあ大事だ!」


「うん。すごく大事」



作業は粘土を練るところから始まった。


「まず水だ」


ゴルドが短く言う。


「水は入れすぎるな」


ガンズが補足する。


「柔らかすぎれば崩れる。固すぎれば割れる」


住民たちは大量の耐火粘土を広げ、水を少しずつ加えていく。


足で踏む。


手でこねる。


折り返す。


また踏む。


「パン作りみたいね」


ケイトが呟いた。


「似てるな」


ゴルドが答える。


「だが食うなよ」


「食べないわよ」


周囲から笑いが起きた。


僕は《土壌解析》を使う。


「《土壌解析》」


ーーーーーーーーーー

対象:耐火粘土

水分量:やや不足

粘性:良

耐熱性:高

加工適性:良

ーーーーーーーーーー


「水はもう少し足した方が良さそうです」


僕が言うと、ゴルドがこちらを見た。


「見えるのか」


「はい」


「便利だな」


またそれだけだった。

だが、今度は少しだけ口元が笑っていた。



粘土がちょうど良い状態になると、次は形作りだった。


「これはレンガにする」


ガンズが木枠を並べる。


「こっちは目地用」


ゴルドが粘土を別に分ける。


「目地?」


僕が尋ねる。


「レンガ同士の隙間を埋める土だ」


「そこから火が逃げると効率が落ちる」


「逆に詰めすぎると熱で割れる」


「難しいですね」


「だから職人がいる」


ゴルドは淡々と言った。



木枠に粘土を詰めていく。


リノとマルも手伝っている。


「私、できた!」


「僕の方がきれい!」


「どっちもいい出来だよ」


二人は嬉しそうだった。


周囲の大人たちも、いつの間にか真剣な顔で作業していた。


ただの手伝いではない。

自分たちの街の設備を、自分たちで作っているのだ。


その意識が、少しずつ現場に広がっているように見えた。



レンガを乾かす間に、ガンズとゴルドは釜の土台へ移った。


共同浴場の浴槽は、グラナイトを使った大きな石造りになる予定だ。


その下へ、火の通り道を作る。


「風呂釜って、浴槽を直接火で温めるんですか?」


僕が尋ねる。


「直接ではない」


ガンズが地面に図を描く。


「ここが炉」


「ここで薪を燃やす」


「そこから熱と煙が、この煙道を通る」


「煙道……」


「火の道だ」


ゴルドが言った。


「浴槽の下を通して、石を温める」


「石が熱を持つ」


「水が温まる」


なるほど。


井戸から汲み上げた水は、いったん石造の貯水槽へ入り、そこから浴槽へ流す。


浴槽の下には煙道。


火と煙は浴槽の底を温めた後、煙突へ抜ける。


そして使い終わった水は、排水路を通って沈殿池へ入り、さらに浄化池へ流れる。


井戸。

貯水槽。

浴槽。

沈殿池。

浄化池。

川。


ようやく、全ての流れが一本につながった。



「風呂を作るんじゃない」


ガンズが言った。


「火の通り道を作るんだ」


「火の通り道……」


「火は生き物だ」


ゴルドが続ける。


「暴れさせれば壊れる」


「弱すぎれば湯は沸かん」


ガンズが頷く。


「だから導いてやる」


「空気を入れ、煙を抜き、熱を残す」


僕は二人の言葉を聞きながら、思わず感心していた。


これは魔法ではない。

けれど、ほとんど魔法のようだった。


火を理解し、土を理解し、石を理解する。


そして、それらを組み合わせて湯を生む。


(ドワーフってすごいな……)



作業は順調に進んだ。


炉を作る。

煙道を組む。

耐火レンガを積む。

粘土で隙間を埋める。

煙突の位置を決める。


ガンズとゴルドは、ほとんど会話をしない。

だが、不思議と手が合っている。


ガンズが石を置けば、ゴルドが粘土を詰める。

ゴルドが煙道を調整すれば、ガンズが支えの石を入れる。


兄弟だからか。

職人だからか。

たぶん、その両方なのだろう。


「相変わらず雑だな、兄貴」


「相変わらず細かいな、お前は」


「兄貴が雑だからだ」


「お前が細かすぎるんだ」


そんな言い合いをしながらも、作業は止まらない。


むしろ速くなる。


(仲良いのか悪いのか分からないな……)


でも、見ていて楽しかった。



昼を過ぎる頃には、釜の姿が見えてきた。


巨大な炉。

浴槽の底を這う煙道。

空へ伸びる煙突。


まだ完成ではない。


だが、そこには確かに形があった。


「すごい……」


ミリスが呟く。


「本当にできてきたね」


ケイトも頷く。


リノとマルは、もう何度目か分からない質問をしている。


「もう入れる?」


「まだだ」


ガンズが即答する。


「じゃあ、あとどれくらい?」


「まだだ」


「全部まだじゃん!」


マルが頬を膨らませる。


住民たちが笑った。



夕方。


ついに試験の火入れを行うことになった。

もちろん、本格稼働ではない。


まずは弱い火で釜を慣らす。

急に強い火を入れれば、粘土やレンガが割れる可能性があるからだ。


「釜も生き物だ」


ゴルドが言った。


「急に走らせるな」


「ゆっくり起こす」


ガンズも頷く。


「最初の火は大事だ」


住民たちが集まる。


誰も大声を出さない。

さっきまで騒いでいたリノとマルですら、真剣な顔をしていた。



炉の中に薪が入れられる。


ガンズが火を点けた。


ボッ。


小さな火が生まれる。

それが少しずつ薪へ移る。


パチ。


パチ。


火の粉が弾ける。

煙が上がる。


だが、浴場の中へ流れ込まない。


煙は煙道を通り、煙突へ向かう。


そして。


すうっと空へ抜けていった。


「煙がちゃんと出てる!」


リノが小さく叫ぶ。


「よし」


ガンズが頷いた。


「悪くない」


「煙の色もいい」


ゴルドが呟く。


「空気が通っている」



しばらくすると、浴槽の底がじんわりと温まり始めた。


まだ水は冷たい。


だが《臨床検査》で見ると、熱の流れが分かる。


火から生まれた熱。


煙道を通り、石へ移り、水へ伝わっていく。


(これは……循環だ)


水の循環。

魔力の循環。

そして熱の循環。


これまで学んできたものが、また一つ繋がった。


「《臨床検査》」


熱の流れは、まるで赤い川のように見えた。


炉から煙道へ。

煙道から浴槽へ。

浴槽から水へ。


やがて水面がわずかに揺れる。


ゆらり。

ゆらり。


そして。


ふわっ。


ほんの少しだけ、湯気が立った。



「出た!」


リノが叫んだ。


「湯気だ!」


マルも飛び跳ねる。


「お湯だー!」


まだ入れるほど熱くはない。


それでも、住民たちから歓声が上がった。


「本当に温まった……」


「すごいな」


「風呂ができるんだ」


その声を聞いた時、胸の奥が熱くなった。


ただの湯気だ。


けれど、その湯気はニューセリアにとって特別だった。


清潔。

休息。

仕事。

交流。

未来。


その全部が、この湯気の先にある。



ガンズが釜を見つめる。


ゴルドも隣に立つ。


しばらく沈黙していた二人は、ほとんど同時に頷いた。


「動いたな」


ガンズが言う。


「ああ」


ゴルドが答える。


「街の心臓だ」


その言葉に、僕は深く頷いた。


街の心臓。


まさにその通りだった。


この釜が動けば、湯が生まれる。

湯が生まれれば、人が集まる。

人が集まれば、仕事が生まれる。


そして、街が動き出す。



その時だった。


(天の声)

《スキル《風呂釜づくり》の理解度が上昇しました》

《スキル「熱循環」を取得しました》


僕は湯気の向こうに、これからのニューセリアの姿を見た気がした。



その夜。


試験火入れが終わり、住民たちが少しずつ帰っていく。


ドラムが僕たちの元へやって来た。


「見事だったな」


「ありがとうございます」


「これで浴場の完成も見えてきた」


ドラムはそう言ってから、ゴルドを見た。


「それで、例の話だが」


ゴルドの目が鋭くなる。


「銀鉱脈か」


「そうだ」


空気が少し変わった。


風呂釜は動き出した。


なら次は――

地下に眠る銀だ。


ゴルドはニヤリと笑う。


「ようやく本題だな」


僕は思わず苦笑した。


(いや、僕としては風呂釜の方が本題だったんだけど……)


こうして、ニューセリアの街づくりは一区切りを迎えた。


そして次の課題。


銀鉱脈の調査が、静かに始まろうとしていた。

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次回もよろしくお願いします。

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