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78 耐火粘土とドワーフを運ぶ


翌朝。


グランベルの朝は早かった。


まだ日が昇りきる前から、街のあちこちで金属を打つ音が響いている。


カン。カン。カン。


鍛冶場の槌音。

鉱山へ向かう荷車の音。

煙突から立ち上る白い煙。


火と鉄の街らしい目覚めだった。



「おっ、起きたか」


酒場兼宿屋の食堂へ降りると、すでにゴルドが座っていた。


「おはようございます。ここでご飯食べるんですか?」


「いつもここだ。朝飯食ったら出るぞ」


「はい」


テーブルを見る。

そこには見慣れない料理が並んでいた。


黒っぽいパン。

厚切りの燻製肉。

黄色いチーズ。

そして具だくさんのスープ。


「これがグランベルの朝食ですか?」


「そうだ」


ゴルドが頷く。


「まずは石焼きパンだ」


僕はパンを手に取った。


固い。


思わず顔をしかめる。


「固いですね」


「外だけだ」


ゴルドに言われて割る。


バキッ。


すると中は意外なほど柔らかかった。


「おおっ」


「熱した石板で焼くからな」


なるほど。

外は保存性を高めるためか。


次は燻製肉。


塩気が強い。

だが美味しい。


「しょっぱいですね」



「鉱夫は汗をかく」


ゴルドの答えは簡潔だった。

確かに理にかなっている。


最後はチーズ。


薄く切ってパンに乗せる。

するとリュシアが言った。


「違う違う」


「え?」


ゴルドは慣れた手つきで石板を持ってくる。


その上へチーズを置く。


じゅううう。


チーズが溶け始めた。


「おお……」


「溶岩チーズだ」


ゴルドが言う。


パンへ絡めて食べる。


美味しい。

とても美味しい。


「これは反則ですね」


「だろう?」


リュシアは朝から上機嫌だった。


「酒が欲しくなる」


「朝です」


「関係ない」


「関係ないな」


リュシアとゴルドの圧力。


(僕は関係あると思うんだけど)



朝食を終えると、ゴルドは工房へ案内してくれた。


街の中心から少し離れた場所。

巨大な煙突が三本立っている。


「すごい……」


思わず声が漏れる。


工房というより工場だった。



中へ入ると熱気が凄い。


まず目に入ったのは窯だった。


一つではない。

三つもある。


「全部違うんですか?」


僕が尋ねる。


「ああ」


ゴルドは一つ目を指差した。


「陶器窯だ」


皿。

コップ。

甕。

壺。


日用品が並んでいる。


「食器用の窯だな」



次は二つ目。


「これは?」


「タイル窯」


中には四角い板が大量に並んでいた。


「建物の床や壁に使う」


「へぇ」


よく見ると色も様々だった。


白。

青。

緑。

赤。


「色付きなんですね」


「鉱石を混ぜる」


ゴルドは説明してくれる。


青は銅鉱石。

赤は鉄鉱石。

白は石灰。

緑は特殊な鉱石。


焼くと色が変わるらしい。


(面白い……)


そして最後。


最も大きな窯。


「これが耐火窯だ」


ゴルドの声も少し真剣になる。


「兄貴が欲しいのはこの技術だな」


「共同浴場の釜ですか」


「そうだ」


「高温に耐えるための土と焼き方が必要になる」


僕は巨大な窯を見上げた。


(これが街の心臓を作る技術か)



その後、ゴルドは粘土を見せてくれた。


赤い土。

白い土。

黒い土。

粘り気の強い土。

さらさらした土。


驚くほど違う。


「全部土ですよね?」


「全部土だ」


ゴルドは頷く。


「だが全部違う」


僕は思わずスキルを使った。


「《鉱石解析》」


視界が変わる。

すると土の中にも違いが見えた。


鉱物。

粘土。

砂。

水分。

魔力。


構成が全く違う。


「なるほど……」


思わず呟く。


その瞬間だった。


(天の声)

《スキル《土壌解析》を取得しました》

《農業・陶器・建築との連携が可能になります》


(やっぱりか)


最近はもう驚かない。



「どうした?」


ゴルドが聞く。


「土の違いが見えるようになりました」


「は?」


「スキルです」


「……」


ゴルドは少し考えーー


「便利だな」


それだけだった。


ドワーフは細かいことを気にしないらしい。



そのまま陶器づくりも見せてもらう。


粘土をこねる。

形を作る。

乾燥させる。

焼く。


それだけだが、見ていて飽きない。


「ただの土が器になるんですね」


「火が変える」


ゴルドが言う。


短い言葉だった。


だが妙に印象に残った。


しばらくすると別の棚へ案内された。


そこには完成した陶器が並んでいる。


白い皿。

茶色い壺。

青い器。

緑色の花瓶。


思わず目を見張った。


「色が付いてるんですね」


「当然だ」


ゴルドは頷く。


「土だけじゃない」


そう言うと、小さな袋を見せてくれた。


中には色の付いた粉末が入っている。


「これは銅鉱石」


緑色。


「これは鉄鉱石」


赤茶色。


「これは石灰」


白。


「焼く前に塗る」


「すると色が変わる」


「へぇ……」


僕は感心した。


まるで絵の具だ。


さらに別の棚。

そこには模様の入った器が並んでいた。


花。

鳥。

山。

川。


さまざまだ。


「これはどうやって作るんですか?」


「削る」

「描く」

「貼る」


ゴルドは順番に説明してくれる。


粘土が柔らかいうちに模様を彫る。

色の違う粘土を貼り付ける。

顔料で絵を描く。

そして焼く。


「つまり焼く前なら何でもできる」


「なるほど」



僕の視線が、壁際の四角い板へ向いた。


「これがタイルですか」


「そうだ」


ゴルドが答える。


タイルは陶器よりも厚く、丈夫そうだった。

しかも色とりどりだ。


青。

緑。

白。

赤。

黒。


まるで宝石箱のようだった。


「これで床や壁を作る」


「綺麗ですね」


「ドワーフはこういうの好きだからな」


ゴルドは少し誇らしそうだった。


「ゴルドさん」


「なんだ」


「このタイルを使って、風呂の壁に絵って作れますか?」


「絵?」


「はい」


僕はスケッチブックを取り出した。


簡単なラフを描く。


川。

街。

山。

そして、クリアスライム。


ゴルドはしばらく黙って見ていた。


そして。


「できるな」


「本当ですか!?」


「ああ」


「ただ今のままではタイルが大きすぎるので、もう少し小さい指の先ぐらいの大きさのものが必要か」


「そんなのできるのんですか?」


「これまで作っていないが、まぁできるだろう。やってみるか?」


「はい、ぜひ!」


僕の中で、共同浴場の完成図が、今までよりずっと鮮明になった。


ただ身体を洗う場所ではない。

街の象徴になる場所。

住民たちの思い出が残る場所。


そんな風呂屋が作れるかもしれない。


(やっぱり来て良かったな)


僕は色鮮やかなタイルを見ながら、そう思った。



昼を過ぎて、いよいよ本題。

耐火粘土の採取である。


グランベル郊外。

岩山の中腹。


そこには赤茶色の地層が露出していた。


「ここだ」


ゴルドが言う。


「これが耐火粘土だ」


僕は触ってみる。


普通の土にしか見えない。


しかし《土壌解析》では全く違って見えた。


ーーーーーーーーーー名称:耐火粘土耐熱性:高加工適性:高用途:窯・炉・耐火レンガーーーーーーーーーー


(すごい)


これが共同浴場を支える土。



結局、採取した粘土は大量だった。


荷車何台分もある。


「これ全部運ぶんですか?」


「全部だ」


ゴルドは当然のように言う。


「街1つ支える風呂の釜を作るのなら当然だろう」


(確かに……)



そして。

運搬担当。


ラグナである。


「土運びのために竜を使うとはな……」


ラグナは心底呆れていた。


「すみません」


「謝るなら乗るな」


「それは困ります」


「だろうな」


結局手伝ってくれる辺り、優しい。



帰りの空。


ゴルドも一緒にニューセリアに行くことになり、僕はゴルドの隣に座っていた。


「そういえば」


僕は尋ねる。


「ドワーフってどれくらいいるんですか?」


「少ない」


ゴルドは即答した。


「人族の方が圧倒的に多い」


そこから種族の話になった。


人族。

ドワーフ。

獣人。

エルフ。

竜人。


知らない話ばかりだった。


この世界はまだまだ広い。



夕方。


ニューセリアが見えてきた。


長屋。

水路。

浄化池。


少しずつ街らしくなってきている。


「帰ってきたな」


僕は自然と笑顔になった。



ラグナが降下する。


住民たちが騒ぎ始めた。


「また竜だ!」


「今度はドワーフもいる!」


「なんだあれ!」



リノとマルが駆けてくる。


「おかえりー!」


「お土産はー!」


「まずそれなの?」


思わず笑ってしまう。


そしてーー


ガンズが現れた。


ゴルドを見る。


ゴルドも見る。


沈黙。


数秒。


「おう」


「おう」


終わりだった。


(もっと何かないんですか!?)


僕だけが心の中で叫ぶ。


しかし二人は笑っていた。


職人同士。

兄弟同士。


それだけで十分なのだろう。


ゴルドは大量の耐火粘土を見上げる。


「兄貴」


「あ?」


「釜作るぞ」


ガンズがニヤリと笑った。


「待ってた」


共同浴場。


その心臓となる風呂釜づくりが、いよいよ始まろうとしていた。


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次回もよろしくお願いします。

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