78 耐火粘土とドワーフを運ぶ
翌朝。
グランベルの朝は早かった。
まだ日が昇りきる前から、街のあちこちで金属を打つ音が響いている。
カン。カン。カン。
鍛冶場の槌音。
鉱山へ向かう荷車の音。
煙突から立ち上る白い煙。
火と鉄の街らしい目覚めだった。
◇
「おっ、起きたか」
酒場兼宿屋の食堂へ降りると、すでにゴルドが座っていた。
「おはようございます。ここでご飯食べるんですか?」
「いつもここだ。朝飯食ったら出るぞ」
「はい」
テーブルを見る。
そこには見慣れない料理が並んでいた。
黒っぽいパン。
厚切りの燻製肉。
黄色いチーズ。
そして具だくさんのスープ。
「これがグランベルの朝食ですか?」
「そうだ」
ゴルドが頷く。
「まずは石焼きパンだ」
僕はパンを手に取った。
固い。
思わず顔をしかめる。
「固いですね」
「外だけだ」
ゴルドに言われて割る。
バキッ。
すると中は意外なほど柔らかかった。
「おおっ」
「熱した石板で焼くからな」
なるほど。
外は保存性を高めるためか。
次は燻製肉。
塩気が強い。
だが美味しい。
「しょっぱいですね」
「鉱夫は汗をかく」
ゴルドの答えは簡潔だった。
確かに理にかなっている。
最後はチーズ。
薄く切ってパンに乗せる。
するとリュシアが言った。
「違う違う」
「え?」
ゴルドは慣れた手つきで石板を持ってくる。
その上へチーズを置く。
じゅううう。
チーズが溶け始めた。
「おお……」
「溶岩チーズだ」
ゴルドが言う。
パンへ絡めて食べる。
美味しい。
とても美味しい。
「これは反則ですね」
「だろう?」
リュシアは朝から上機嫌だった。
「酒が欲しくなる」
「朝です」
「関係ない」
「関係ないな」
リュシアとゴルドの圧力。
(僕は関係あると思うんだけど)
◇
朝食を終えると、ゴルドは工房へ案内してくれた。
街の中心から少し離れた場所。
巨大な煙突が三本立っている。
「すごい……」
思わず声が漏れる。
工房というより工場だった。
◇
中へ入ると熱気が凄い。
まず目に入ったのは窯だった。
一つではない。
三つもある。
「全部違うんですか?」
僕が尋ねる。
「ああ」
ゴルドは一つ目を指差した。
「陶器窯だ」
皿。
コップ。
甕。
壺。
日用品が並んでいる。
「食器用の窯だな」
◇
次は二つ目。
「これは?」
「タイル窯」
中には四角い板が大量に並んでいた。
「建物の床や壁に使う」
「へぇ」
よく見ると色も様々だった。
白。
青。
緑。
赤。
「色付きなんですね」
「鉱石を混ぜる」
ゴルドは説明してくれる。
青は銅鉱石。
赤は鉄鉱石。
白は石灰。
緑は特殊な鉱石。
焼くと色が変わるらしい。
(面白い……)
◇
そして最後。
最も大きな窯。
「これが耐火窯だ」
ゴルドの声も少し真剣になる。
「兄貴が欲しいのはこの技術だな」
「共同浴場の釜ですか」
「そうだ」
「高温に耐えるための土と焼き方が必要になる」
僕は巨大な窯を見上げた。
(これが街の心臓を作る技術か)
◇
その後、ゴルドは粘土を見せてくれた。
赤い土。
白い土。
黒い土。
粘り気の強い土。
さらさらした土。
驚くほど違う。
「全部土ですよね?」
「全部土だ」
ゴルドは頷く。
「だが全部違う」
僕は思わずスキルを使った。
「《鉱石解析》」
視界が変わる。
すると土の中にも違いが見えた。
鉱物。
粘土。
砂。
水分。
魔力。
構成が全く違う。
「なるほど……」
思わず呟く。
その瞬間だった。
(天の声)
《スキル《土壌解析》を取得しました》
《農業・陶器・建築との連携が可能になります》
(やっぱりか)
最近はもう驚かない。
◇
「どうした?」
ゴルドが聞く。
「土の違いが見えるようになりました」
「は?」
「スキルです」
「……」
ゴルドは少し考えーー
「便利だな」
それだけだった。
ドワーフは細かいことを気にしないらしい。
◇
そのまま陶器づくりも見せてもらう。
粘土をこねる。
形を作る。
乾燥させる。
焼く。
それだけだが、見ていて飽きない。
「ただの土が器になるんですね」
「火が変える」
ゴルドが言う。
短い言葉だった。
だが妙に印象に残った。
しばらくすると別の棚へ案内された。
そこには完成した陶器が並んでいる。
白い皿。
茶色い壺。
青い器。
緑色の花瓶。
思わず目を見張った。
「色が付いてるんですね」
「当然だ」
ゴルドは頷く。
「土だけじゃない」
そう言うと、小さな袋を見せてくれた。
中には色の付いた粉末が入っている。
「これは銅鉱石」
緑色。
「これは鉄鉱石」
赤茶色。
「これは石灰」
白。
「焼く前に塗る」
「すると色が変わる」
「へぇ……」
僕は感心した。
まるで絵の具だ。
さらに別の棚。
そこには模様の入った器が並んでいた。
花。
鳥。
山。
川。
さまざまだ。
「これはどうやって作るんですか?」
「削る」
「描く」
「貼る」
ゴルドは順番に説明してくれる。
粘土が柔らかいうちに模様を彫る。
色の違う粘土を貼り付ける。
顔料で絵を描く。
そして焼く。
「つまり焼く前なら何でもできる」
「なるほど」
◇
僕の視線が、壁際の四角い板へ向いた。
「これがタイルですか」
「そうだ」
ゴルドが答える。
タイルは陶器よりも厚く、丈夫そうだった。
しかも色とりどりだ。
青。
緑。
白。
赤。
黒。
まるで宝石箱のようだった。
「これで床や壁を作る」
「綺麗ですね」
「ドワーフはこういうの好きだからな」
ゴルドは少し誇らしそうだった。
「ゴルドさん」
「なんだ」
「このタイルを使って、風呂の壁に絵って作れますか?」
「絵?」
「はい」
僕はスケッチブックを取り出した。
簡単なラフを描く。
川。
街。
山。
そして、クリアスライム。
ゴルドはしばらく黙って見ていた。
そして。
「できるな」
「本当ですか!?」
「ああ」
「ただ今のままではタイルが大きすぎるので、もう少し小さい指の先ぐらいの大きさのものが必要か」
「そんなのできるのんですか?」
「これまで作っていないが、まぁできるだろう。やってみるか?」
「はい、ぜひ!」
僕の中で、共同浴場の完成図が、今までよりずっと鮮明になった。
ただ身体を洗う場所ではない。
街の象徴になる場所。
住民たちの思い出が残る場所。
そんな風呂屋が作れるかもしれない。
(やっぱり来て良かったな)
僕は色鮮やかなタイルを見ながら、そう思った。
◇
昼を過ぎて、いよいよ本題。
耐火粘土の採取である。
グランベル郊外。
岩山の中腹。
そこには赤茶色の地層が露出していた。
「ここだ」
ゴルドが言う。
「これが耐火粘土だ」
僕は触ってみる。
普通の土にしか見えない。
しかし《土壌解析》では全く違って見えた。
ーーーーーーーーーー名称:耐火粘土耐熱性:高加工適性:高用途:窯・炉・耐火レンガーーーーーーーーーー
(すごい)
これが共同浴場を支える土。
◇
結局、採取した粘土は大量だった。
荷車何台分もある。
「これ全部運ぶんですか?」
「全部だ」
ゴルドは当然のように言う。
「街1つ支える風呂の釜を作るのなら当然だろう」
(確かに……)
◇
そして。
運搬担当。
ラグナである。
「土運びのために竜を使うとはな……」
ラグナは心底呆れていた。
「すみません」
「謝るなら乗るな」
「それは困ります」
「だろうな」
結局手伝ってくれる辺り、優しい。
◇
帰りの空。
ゴルドも一緒にニューセリアに行くことになり、僕はゴルドの隣に座っていた。
「そういえば」
僕は尋ねる。
「ドワーフってどれくらいいるんですか?」
「少ない」
ゴルドは即答した。
「人族の方が圧倒的に多い」
そこから種族の話になった。
人族。
ドワーフ。
獣人。
エルフ。
竜人。
知らない話ばかりだった。
この世界はまだまだ広い。
◇
夕方。
ニューセリアが見えてきた。
長屋。
水路。
浄化池。
少しずつ街らしくなってきている。
「帰ってきたな」
僕は自然と笑顔になった。
◇
ラグナが降下する。
住民たちが騒ぎ始めた。
「また竜だ!」
「今度はドワーフもいる!」
「なんだあれ!」
◇
リノとマルが駆けてくる。
「おかえりー!」
「お土産はー!」
「まずそれなの?」
思わず笑ってしまう。
そしてーー
ガンズが現れた。
ゴルドを見る。
ゴルドも見る。
沈黙。
数秒。
「おう」
「おう」
終わりだった。
(もっと何かないんですか!?)
僕だけが心の中で叫ぶ。
しかし二人は笑っていた。
職人同士。
兄弟同士。
それだけで十分なのだろう。
ゴルドは大量の耐火粘土を見上げる。
「兄貴」
「あ?」
「釜作るぞ」
ガンズがニヤリと笑った。
「待ってた」
共同浴場。
その心臓となる風呂釜づくりが、いよいよ始まろうとしていた。
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