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77 ドワーフの兄弟

「では、私は少し用事を済ませてくる」


グランベルに降り立つなり、リュシアさんはそう言った。


「用事ですか?」


「うむ」


リュシアさんは真面目な顔で頷く。


「この街の酒場事情を確認しなければならない」


「それ、用事なんですか?」


「大事な用事だ」


そう言うと、リュシアさんは迷いなく通りの奥へ歩いていった。


「……行っちゃった」


ラグナは街外れの広場で待機することになった。


さすがに紅翼竜が街中を歩けば大騒ぎになるからだ。


というわけで、僕は一人でガンズさんの弟を探すことになった。



鉱山都市グランベル。


改めて歩いてみると、アルセリアとはまるで違う街だった。


道は石畳。

建物は分厚い石造り。

あちこちに煙突があり、白い煙が空へ伸びている。


カン、カン、カン。


金属を打つ音が絶えず響いていた。


まず入ったのは道具屋だった。


壁には大小さまざまなツルハシ。

ランタン。

鉱石を入れる革袋。

頑丈そうな手袋。


見慣れない道具ばかりで、つい目を奪われる。


「坊主、何を探してる?」


店主のドワーフが声をかけてきた。


「窯職人を探しているんです。ガンズさんの弟さんらしいのですが」


「ああ、あいつか」


店主は笑った。


「なら酒場にいるんじゃねぇか?」


「酒場ですか?」


「仕事してなければな」


(仕事してなければ……)


少し不安になった。



次に武器屋へ向かった。


こちらもすごかった。


剣。

斧。

槍。

短剣。


だが、アルセリアの武器屋とは雰囲気が違う。


装飾よりも実用性。


頑丈さ。

重さ。


まさに鉱山の街の武器だった。


そして、一角には銀色に輝く武器が並んでいた。


「これ、銀ですか?」


「そうだ」


店主が答える。


「最近よく売れる」


「最近?」


「鉱山に死霊系の魔物が出るようになってな」


「死霊系……」


「銀が効くんだ」


僕は思わず目を細めた。


銀鉱石。


ニューセリア近くの川底で見つけた反応を思い出す。


(やっぱり銀は重要なんだ)


店主にもガンズさんの弟のことを聞いたが、答えは同じだった。


「酒場だろうな」



冒険者ギルドにも立ち寄った。


掲示板には鉱山らしい依頼が並んでいる。


坑道調査。

鉱夫の護衛。

落盤現場の復旧。

魔物討伐。


その中に、気になる依頼があった。


――第七坑道、死霊系魔物の調査。


(ここでも死霊系か……)


受付の人にも尋ねる。


「ガンズさんの弟さんを探しているんですが」


「窯職人のゴルドさんですね」


「ゴルドさん」


ようやく名前が分かった。


「たぶん酒場です」


「やっぱり……」


受付の人は苦笑した。


「仕事は腕利きなんですけどね」


「腕利きなんですね」


「はい。窯と炉に関しては、グランベルでも一、二を争います」


それは心強い。


問題は、酒場にいることくらいだ。



最後に酒場へ向かった。


扉を開ける。


中は昼間から賑わっていた。


ドワーフたちがエールを片手に笑っている。


鉱夫らしき人たち。


鍛冶師。

冒険者。


煙と酒と焼いた肉の匂いが混ざり合っている。


そして。


いた。


「いやー、やっぱりグランベルのエールは良いな!」


リュシアさんだった。


完全に馴染んでいる。

しかもその隣には、分厚い髭を持つドワーフが座っていた。


背は低い。

だが肩幅が広い。

目つきは鋭い。

腕は丸太のように太い。


「ノア君、遅かったな」


「ここにいたんですか!」


思わず声が出た。


「探しましたよ!」


「街見物になって良かっただろう?」


「そういう問題ですか?」


リュシアさんは悪びれない。


隣のドワーフがこちらを見た。


「お前がノアか」


「はい」


「ガンズの兄貴から話は聞いてる」


「あなたがゴルドさんですか?」


「ああ」


ゴルドさんはエールを置いた。


「ガンズの弟、ゴルドだ」



ゴルドさんは見た目こそガンズさんに似ていた。


だが雰囲気は少し違う。


ガンズさんが豪快な親方なら、ゴルドさんは無口な職人という感じだ。


「兄貴は元気か?」


「はい。ニューセリアで建物を作っています」


「そうか」


ゴルドさんは少し笑った。


「あの兄貴が街づくりか」


「意外ですか?」


「いや」


ゴルドさんは首を振る。


「昔からそういう奴だった」


「え?」


「自分では石工だの大工だの言ってるがな」


「本当は、場所を作るのが好きなんだ」


「場所を作る?」


「人が集まる場所だ」


僕は少し驚いた。


それは、まさに僕が共同浴場で作ろうとしているものだった。


「兄貴は昔から無茶ばかりだった」


ゴルドさんは懐かしそうに言う。


「でも、石を見る目だけは本物だった」



僕は共同浴場の話をした。


ニューセリア。


スラムから移ってきた人たち。


井戸。

水船。

トイレ。

肥溜め。


そして共同浴場。


「それで耐火粘土が必要なんです」


「なるほど」


ゴルドさんは頷いた。


「風呂の釜か」


「はい」


「なら良い土がいる」


「やっぱり普通の土では駄目ですか?」


「駄目だな」


即答だった。


「高温に耐えられん」


「火を入れた瞬間は平気でも、何度も使えば割れる」


「釜は一回作って終わりじゃない」


「毎日使うもんだ」


その言葉に重みがあった。

職人の言葉だった。


「耐火粘土ならある」


「本当ですか?」


「ああ」


ゴルドさんは軽く頷く。


「好きなだけ持っていけ」


「いいんですか!?」


「兄貴の仕事だろ」


それだけで十分らしい。


「ありがとうございます!」


僕は深く頭を下げた。



話はそこで終わるはずだった。


だが、ゴルドさんの視線が僕へ向く。


「ところで」


「はい?」


「銀鉱脈を見つけたってのは本当か?」


「えっ?」


僕はリュシアさんを見る。


リュシアさんはエールを飲みながら目を逸らした。


「言ったんですね」


「少しだけな」


「全部じゃない」


たぶん全部言っている。


僕は諦めて説明した。


アルセリア川の川底。


《鉱石解析》で見えた銀鉱石。


高純度。


さらに奥へ続く反応。


ゴルドさんの目が変わった。


さっきまでの酒飲みの顔ではない。


完全に職人の顔だった。


「掘らせろ」


「えっ?」


「その銀鉱脈、俺に掘らせろ」


「いや、まだ本当に鉱脈かどうかも……」


「匂いがする」


「匂い?」


「面白い仕事の匂いだ」


ゴルドさんはニヤリと笑った。



「それに、今のグランベルには銀がいる」


「死霊系の魔物ですか?」


僕が尋ねると、ゴルドさんは少し驚いた顔をした。


「もう聞いたか」


「街を回っている時に」


「なら話が早い」


ゴルドさんは声を低くした。


「最近、第七坑道に死霊系の魔物が出るようになった」


「原因は?」


「分からん」


「ただ、普通の武器が効きにくい」


「銀なら効くんですか?」


「ああ」


「銀は死霊を断つ」


ファンタジーらしい話だ。


だが、この世界では現実なのだろう。


「銀武器を作るには銀がいる」


「そして銀は足りていない」


ゴルドさんは僕を真っ直ぐ見た。


「お前の見つけた銀鉱脈が本物なら、グランベルにもニューセリアにも価値がある」


ニューセリアにも。


その言葉が胸に残った。



「まずは耐火粘土だ」


ゴルドさんは立ち上がる。


「兄貴の釜を先に作れ」


「銀の話はその後だ」


「いいんですか?」


「銀は逃げん」


その言葉に、ガンズさんと同じものを感じた。


やはり兄弟だ。


「明日の朝、粘土場へ案内する」


「ありがとうございます」


「今日は飲め」


「僕は十三歳です」


「そうか」


ゴルドさんは少し考えた。


「なら肉を食え」


リュシアさんが笑う。


「良い店だぞ、ノア君」


「だから最初からここに連れてきてくださいよ……」


僕がそう言うと、リュシアさんもゴルドさんも大笑いした。



グランベルの夜は、アルセリアとは違う熱を持っていた。


炉の熱。

酒場の熱。

職人たちの熱。


そして、地下深くに眠る鉱脈の熱。


僕は焼いた肉を食べながら、明日のことを考えていた。


耐火粘土。

共同浴場の釜。

そして銀鉱脈。


ニューセリアの未来が、また少し大きく動き始めている気がした。


読んでいただきありがとうございます!

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次回もよろしくお願いします。

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