77 ドワーフの兄弟
「では、私は少し用事を済ませてくる」
グランベルに降り立つなり、リュシアさんはそう言った。
「用事ですか?」
「うむ」
リュシアさんは真面目な顔で頷く。
「この街の酒場事情を確認しなければならない」
「それ、用事なんですか?」
「大事な用事だ」
そう言うと、リュシアさんは迷いなく通りの奥へ歩いていった。
「……行っちゃった」
ラグナは街外れの広場で待機することになった。
さすがに紅翼竜が街中を歩けば大騒ぎになるからだ。
というわけで、僕は一人でガンズさんの弟を探すことになった。
◇
鉱山都市グランベル。
改めて歩いてみると、アルセリアとはまるで違う街だった。
道は石畳。
建物は分厚い石造り。
あちこちに煙突があり、白い煙が空へ伸びている。
カン、カン、カン。
金属を打つ音が絶えず響いていた。
まず入ったのは道具屋だった。
壁には大小さまざまなツルハシ。
ランタン。
鉱石を入れる革袋。
頑丈そうな手袋。
見慣れない道具ばかりで、つい目を奪われる。
「坊主、何を探してる?」
店主のドワーフが声をかけてきた。
「窯職人を探しているんです。ガンズさんの弟さんらしいのですが」
「ああ、あいつか」
店主は笑った。
「なら酒場にいるんじゃねぇか?」
「酒場ですか?」
「仕事してなければな」
(仕事してなければ……)
少し不安になった。
◇
次に武器屋へ向かった。
こちらもすごかった。
剣。
斧。
槍。
短剣。
だが、アルセリアの武器屋とは雰囲気が違う。
装飾よりも実用性。
頑丈さ。
重さ。
まさに鉱山の街の武器だった。
そして、一角には銀色に輝く武器が並んでいた。
「これ、銀ですか?」
「そうだ」
店主が答える。
「最近よく売れる」
「最近?」
「鉱山に死霊系の魔物が出るようになってな」
「死霊系……」
「銀が効くんだ」
僕は思わず目を細めた。
銀鉱石。
ニューセリア近くの川底で見つけた反応を思い出す。
(やっぱり銀は重要なんだ)
店主にもガンズさんの弟のことを聞いたが、答えは同じだった。
「酒場だろうな」
◇
冒険者ギルドにも立ち寄った。
掲示板には鉱山らしい依頼が並んでいる。
坑道調査。
鉱夫の護衛。
落盤現場の復旧。
魔物討伐。
その中に、気になる依頼があった。
――第七坑道、死霊系魔物の調査。
(ここでも死霊系か……)
受付の人にも尋ねる。
「ガンズさんの弟さんを探しているんですが」
「窯職人のゴルドさんですね」
「ゴルドさん」
ようやく名前が分かった。
「たぶん酒場です」
「やっぱり……」
受付の人は苦笑した。
「仕事は腕利きなんですけどね」
「腕利きなんですね」
「はい。窯と炉に関しては、グランベルでも一、二を争います」
それは心強い。
問題は、酒場にいることくらいだ。
◇
最後に酒場へ向かった。
扉を開ける。
中は昼間から賑わっていた。
ドワーフたちがエールを片手に笑っている。
鉱夫らしき人たち。
鍛冶師。
冒険者。
煙と酒と焼いた肉の匂いが混ざり合っている。
そして。
いた。
「いやー、やっぱりグランベルのエールは良いな!」
リュシアさんだった。
完全に馴染んでいる。
しかもその隣には、分厚い髭を持つドワーフが座っていた。
背は低い。
だが肩幅が広い。
目つきは鋭い。
腕は丸太のように太い。
「ノア君、遅かったな」
「ここにいたんですか!」
思わず声が出た。
「探しましたよ!」
「街見物になって良かっただろう?」
「そういう問題ですか?」
リュシアさんは悪びれない。
隣のドワーフがこちらを見た。
「お前がノアか」
「はい」
「ガンズの兄貴から話は聞いてる」
「あなたがゴルドさんですか?」
「ああ」
ゴルドさんはエールを置いた。
「ガンズの弟、ゴルドだ」
◇
ゴルドさんは見た目こそガンズさんに似ていた。
だが雰囲気は少し違う。
ガンズさんが豪快な親方なら、ゴルドさんは無口な職人という感じだ。
「兄貴は元気か?」
「はい。ニューセリアで建物を作っています」
「そうか」
ゴルドさんは少し笑った。
「あの兄貴が街づくりか」
「意外ですか?」
「いや」
ゴルドさんは首を振る。
「昔からそういう奴だった」
「え?」
「自分では石工だの大工だの言ってるがな」
「本当は、場所を作るのが好きなんだ」
「場所を作る?」
「人が集まる場所だ」
僕は少し驚いた。
それは、まさに僕が共同浴場で作ろうとしているものだった。
「兄貴は昔から無茶ばかりだった」
ゴルドさんは懐かしそうに言う。
「でも、石を見る目だけは本物だった」
◇
僕は共同浴場の話をした。
ニューセリア。
スラムから移ってきた人たち。
井戸。
水船。
トイレ。
肥溜め。
そして共同浴場。
「それで耐火粘土が必要なんです」
「なるほど」
ゴルドさんは頷いた。
「風呂の釜か」
「はい」
「なら良い土がいる」
「やっぱり普通の土では駄目ですか?」
「駄目だな」
即答だった。
「高温に耐えられん」
「火を入れた瞬間は平気でも、何度も使えば割れる」
「釜は一回作って終わりじゃない」
「毎日使うもんだ」
その言葉に重みがあった。
職人の言葉だった。
「耐火粘土ならある」
「本当ですか?」
「ああ」
ゴルドさんは軽く頷く。
「好きなだけ持っていけ」
「いいんですか!?」
「兄貴の仕事だろ」
それだけで十分らしい。
「ありがとうございます!」
僕は深く頭を下げた。
◇
話はそこで終わるはずだった。
だが、ゴルドさんの視線が僕へ向く。
「ところで」
「はい?」
「銀鉱脈を見つけたってのは本当か?」
「えっ?」
僕はリュシアさんを見る。
リュシアさんはエールを飲みながら目を逸らした。
「言ったんですね」
「少しだけな」
「全部じゃない」
たぶん全部言っている。
僕は諦めて説明した。
アルセリア川の川底。
《鉱石解析》で見えた銀鉱石。
高純度。
さらに奥へ続く反応。
ゴルドさんの目が変わった。
さっきまでの酒飲みの顔ではない。
完全に職人の顔だった。
「掘らせろ」
「えっ?」
「その銀鉱脈、俺に掘らせろ」
「いや、まだ本当に鉱脈かどうかも……」
「匂いがする」
「匂い?」
「面白い仕事の匂いだ」
ゴルドさんはニヤリと笑った。
◇
「それに、今のグランベルには銀がいる」
「死霊系の魔物ですか?」
僕が尋ねると、ゴルドさんは少し驚いた顔をした。
「もう聞いたか」
「街を回っている時に」
「なら話が早い」
ゴルドさんは声を低くした。
「最近、第七坑道に死霊系の魔物が出るようになった」
「原因は?」
「分からん」
「ただ、普通の武器が効きにくい」
「銀なら効くんですか?」
「ああ」
「銀は死霊を断つ」
ファンタジーらしい話だ。
だが、この世界では現実なのだろう。
「銀武器を作るには銀がいる」
「そして銀は足りていない」
ゴルドさんは僕を真っ直ぐ見た。
「お前の見つけた銀鉱脈が本物なら、グランベルにもニューセリアにも価値がある」
ニューセリアにも。
その言葉が胸に残った。
◇
「まずは耐火粘土だ」
ゴルドさんは立ち上がる。
「兄貴の釜を先に作れ」
「銀の話はその後だ」
「いいんですか?」
「銀は逃げん」
その言葉に、ガンズさんと同じものを感じた。
やはり兄弟だ。
「明日の朝、粘土場へ案内する」
「ありがとうございます」
「今日は飲め」
「僕は十三歳です」
「そうか」
ゴルドさんは少し考えた。
「なら肉を食え」
リュシアさんが笑う。
「良い店だぞ、ノア君」
「だから最初からここに連れてきてくださいよ……」
僕がそう言うと、リュシアさんもゴルドさんも大笑いした。
◇
グランベルの夜は、アルセリアとは違う熱を持っていた。
炉の熱。
酒場の熱。
職人たちの熱。
そして、地下深くに眠る鉱脈の熱。
僕は焼いた肉を食べながら、明日のことを考えていた。
耐火粘土。
共同浴場の釜。
そして銀鉱脈。
ニューセリアの未来が、また少し大きく動き始めている気がした。
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