76 鉱山都市グランベル
「ノア君、しっかり捕まっていてくださいね。落ちても途中で捕まえるとかできないので」
「それは……」
僕とリュシア、そしてラグナは、ドワーフたちが暮らす鉱山都市グランベルへ向かっていた。
もちろん、ラグナの背中に乗ってだ。
事の発端は共同浴場の建設だった。
◇
ニューセリアでは、住民総出で共同浴場づくりが始まっていた。
住民説明会の翌日から、多くの人が手伝いに来てくれたのだ。
「俺は薪を集めてくる!」
「じゃあ私は石運びだね」
「水路掘りは任せろ」
「掃除なら私でもできるよ」
次々と仕事が決まっていく。
あのスラムで暮らしていた人たちとは思えないほど、皆の表情は明るかった。
もちろん大変な仕事だ。
だが、自分たちの街を作るという実感がある。
それが何より大きいのだろう。
リノとマルも元気だった。
「私、石鹸作る!」
「僕、パン焼く!」
二人はすでに将来の夢を語っている。
その様子を見ながら、僕は少しだけ安心していた。
ニューセリアは大丈夫だ。
僕がいなくても、きっと前へ進んでいく。
そんな予感があった。
◇
しかし。
共同浴場建設は思わぬところで止まった。
「耐火粘土がない」
ガンズの一言だった。
「耐火粘土?」
「そうだ」
ガンズは地面の土を手に取る。
「普通の土で釜を作ると、高温で割れる」
「そんなに違うんですか?」
「違う」
即答だった。
「風呂屋の釜は街の心臓だ」
「心臓……」
「そうだ」
ガンズは頷く。
「湯を沸かす」
「パンを焼く」
「薬草を乾燥させる」
「燻製も作る」
「全部、釜だ」
確かにそうだ。
共同浴場は風呂だけではない。
熱を生み出す施設でもある。
そしてその熱が、様々な仕事や産業を生み出していく。
「だから妥協できない」
ガンズは真剣だった。
「良い釜を作るには良い土が必要だ」
◇
そして。
その土があるのが、鉱山都市グランベルだった。
「俺の弟がいる」
ガンズが言った。
「窯職人だ」
「弟さんですか」
「ああ。腕は良い。ただ、性格は難ありだ」
「兄貴にだけは言われたくないと思いますよ」
僕が言うと、ガンズは豪快に笑った。
「ガハハハハ!」
その場にいたドラムも頷いている。
「確かにな」
(ドラムさんまで……)
ガンズは少し不満そうだった。
◇
問題は距離だった。
馬車なら往復で数日。
その間、共同浴場建設は完全に止まってしまう。
そんな時だった。
「飛べばいいんじゃない?」
エールを常時装備しているか、その時も片手にエールを持ちながらリュシアが言った。
「飛ぶ?」
「そう」
「誰が?」
「ラグナ」
当然のように言う。
ラグナは大きなため息をついている。
「嫌な予感しかしないのだが」
「いいじゃない」
「良くない」
「どうせ暇なんだし。みんな困っているみたいだし」
「お前が酒を飲みに来たせいでな」
「細かいことは気にしない」
「気にしろ」
そんなやり取りの結果。
僕が行くことになった。
◇
そして今。
僕はラグナの背中にいる。
「しかし、本当に速いですね……」
眼下には森が広がる。
川が流れている。
街が見える。
それらがどんどん後ろへ流れていった。
「当たり前だ」
ラグナが鼻を鳴らす。
「誰が乗せてやっていると思っている」
「紅翼竜ラグナ様ですね」
「うむ」
満足そうだった。
(意外と単純だ)
◇
空の旅は不思議だった。
風が気持ちいい。
雲が近い。
そして何より景色が違う。
前世でも飛行機には乗ったことがある。
だが窓越しではない。
生身で空を飛ぶ感覚は全く別物だった。
「高い……」
思わず呟く。
「怖いか?」
リュシアが笑う。
「少しだけ」
「正直でよろしい」
「リュシアさんは怖くないんですか?」
「最初は怖かった」
意外だった。
「でも慣れる」
「慣れるものなんですね」
「慣れる」
ラグナが補足する。
「ただし初めて乗った時、こいつは気絶した」
「ラグナ!」
リュシアが真っ赤になる。
「言うな!」
「事実だ」
「それは若い頃の話!」
「今も変わらん」
「変わった!」
二人のやり取りに思わず笑ってしまった。
◇
しばらくすると、景色が変わり始めた。
森が減る。
岩山が増える。
地面の色も変わる。
赤茶色だ。
「あれ?」
僕は気付いた。
「木が少ないですね」
「そうだ」
リュシアが答える。
「昔はもっとあったらしい」
「でも鉱山開発と鍛冶で使う薪で減った」
「なるほど」
燃料問題だ。
ニューセリアでもいずれ考えなければならない。
◇
さらに進む。
すると。
山肌に無数の穴が見えてきた。
「あれは?」
「坑道だ」
ラグナが答える。
「鉱石を掘る穴だな」
近付くにつれて、その数の多さに驚いた。
一つや二つではない。
何十。
いや何百かもしれない。
まるで巨大な蟻の巣だった。
◇
さらに。
カン。
カン。
カン。
金属を打つ音が聞こえてくる。
風に乗って届いてくるのだ。
「すごい……」
思わず見入ってしまう。
アルセリアとは全く違う。
フィーネ村とも違う。
ドルガ村とも違う。
そこには鉱石と火で生きる人々の世界があった。
◇
やがて街が見えた。
石造りの建物。
巨大な煙突。
あちこちから立ち上る白い煙。
広場には鉱石を積んだ荷車。
筋骨隆々のドワーフたち。
人間もいる。
獣人もいる。
様々な種族が働いていた。
「これがグランベル……」
僕は息を呑む。
「気に入ったか?」
リュシアが笑う。
「はい」
素直に頷いた。
「すごい街です」
「だろう?」
「私も好きなんだ」
「酒が美味いからですか?」
「もちろん」
即答だった。
◇
ラグナが高度を下げ始める。
「降りるぞ」
「はい!」
僕は慌ててしがみつく。
地面が近付く。
建物が大きくなる。
人が見える。
そしてーー
「竜だ!」
「紅翼竜だぞ!」
「リュシアだ!」
街の人々が騒ぎ始めた。
どうやら有名人らしい。
「また来たのか」
「酒だろ」
「絶対酒だ」
そんな声まで聞こえてくる。
「信用されてませんね」
僕が言う。
「愛されていると言ってくれ」
リュシアは胸を張った。
違う気がする。
◇
ドォォォン!
大きな風圧とともに、ラグナが着地した。
砂埃が舞い、周囲の人々がこちらを見る。
僕はゆっくりと地面へ降りて、改めて街を見上げた。
ここがガンズの故郷。
そして、耐火粘土の街。
鉱山都市グランベル。
「この街に、ガンズの弟がいるのか……」
(どんな人なんだろう)
期待と少しの不安の両方を抱えながら、僕は街の中心へ視線を向けた。
新たな出会いと、新たな学びが待っている。
そんな予感がしていた。
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