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76 鉱山都市グランベル

「ノア君、しっかり捕まっていてくださいね。落ちても途中で捕まえるとかできないので」


「それは……」


僕とリュシア、そしてラグナは、ドワーフたちが暮らす鉱山都市グランベルへ向かっていた。

もちろん、ラグナの背中に乗ってだ。


事の発端は共同浴場の建設だった。



ニューセリアでは、住民総出で共同浴場づくりが始まっていた。


住民説明会の翌日から、多くの人が手伝いに来てくれたのだ。


「俺は薪を集めてくる!」


「じゃあ私は石運びだね」


「水路掘りは任せろ」


「掃除なら私でもできるよ」


次々と仕事が決まっていく。


あのスラムで暮らしていた人たちとは思えないほど、皆の表情は明るかった。


もちろん大変な仕事だ。

だが、自分たちの街を作るという実感がある。

それが何より大きいのだろう。


リノとマルも元気だった。


「私、石鹸作る!」


「僕、パン焼く!」


二人はすでに将来の夢を語っている。


その様子を見ながら、僕は少しだけ安心していた。


ニューセリアは大丈夫だ。

僕がいなくても、きっと前へ進んでいく。


そんな予感があった。



しかし。


共同浴場建設は思わぬところで止まった。


「耐火粘土がない」


ガンズの一言だった。


「耐火粘土?」


「そうだ」


ガンズは地面の土を手に取る。


「普通の土で釜を作ると、高温で割れる」


「そんなに違うんですか?」


「違う」


即答だった。


「風呂屋の釜は街の心臓だ」


「心臓……」


「そうだ」


ガンズは頷く。


「湯を沸かす」


「パンを焼く」


「薬草を乾燥させる」


「燻製も作る」


「全部、釜だ」


確かにそうだ。


共同浴場は風呂だけではない。


熱を生み出す施設でもある。


そしてその熱が、様々な仕事や産業を生み出していく。


「だから妥協できない」


ガンズは真剣だった。


「良い釜を作るには良い土が必要だ」



そして。


その土があるのが、鉱山都市グランベルだった。


「俺の弟がいる」


ガンズが言った。


「窯職人だ」


「弟さんですか」


「ああ。腕は良い。ただ、性格は難ありだ」


「兄貴にだけは言われたくないと思いますよ」


僕が言うと、ガンズは豪快に笑った。


「ガハハハハ!」


その場にいたドラムも頷いている。


「確かにな」


(ドラムさんまで……)


ガンズは少し不満そうだった。



問題は距離だった。


馬車なら往復で数日。

その間、共同浴場建設は完全に止まってしまう。


そんな時だった。


「飛べばいいんじゃない?」


エールを常時装備しているか、その時も片手にエールを持ちながらリュシアが言った。


「飛ぶ?」


「そう」


「誰が?」


「ラグナ」


当然のように言う。


ラグナは大きなため息をついている。


「嫌な予感しかしないのだが」


「いいじゃない」


「良くない」


「どうせ暇なんだし。みんな困っているみたいだし」


「お前が酒を飲みに来たせいでな」


「細かいことは気にしない」


「気にしろ」


そんなやり取りの結果。

僕が行くことになった。



そして今。


僕はラグナの背中にいる。


「しかし、本当に速いですね……」


眼下には森が広がる。

川が流れている。

街が見える。


それらがどんどん後ろへ流れていった。


「当たり前だ」


ラグナが鼻を鳴らす。


「誰が乗せてやっていると思っている」


「紅翼竜ラグナ様ですね」


「うむ」


満足そうだった。


(意外と単純だ)



空の旅は不思議だった。


風が気持ちいい。

雲が近い。

そして何より景色が違う。


前世でも飛行機には乗ったことがある。


だが窓越しではない。

生身で空を飛ぶ感覚は全く別物だった。


「高い……」


思わず呟く。


「怖いか?」


リュシアが笑う。


「少しだけ」


「正直でよろしい」


「リュシアさんは怖くないんですか?」


「最初は怖かった」


意外だった。


「でも慣れる」


「慣れるものなんですね」


「慣れる」


ラグナが補足する。


「ただし初めて乗った時、こいつは気絶した」


「ラグナ!」


リュシアが真っ赤になる。


「言うな!」


「事実だ」


「それは若い頃の話!」


「今も変わらん」


「変わった!」


二人のやり取りに思わず笑ってしまった。



しばらくすると、景色が変わり始めた。


森が減る。

岩山が増える。

地面の色も変わる。


赤茶色だ。


「あれ?」


僕は気付いた。


「木が少ないですね」


「そうだ」


リュシアが答える。


「昔はもっとあったらしい」


「でも鉱山開発と鍛冶で使う薪で減った」


「なるほど」


燃料問題だ。


ニューセリアでもいずれ考えなければならない。



さらに進む。


すると。

山肌に無数の穴が見えてきた。


「あれは?」


「坑道だ」


ラグナが答える。


「鉱石を掘る穴だな」


近付くにつれて、その数の多さに驚いた。


一つや二つではない。

何十。

いや何百かもしれない。


まるで巨大な蟻の巣だった。



さらに。


カン。

カン。

カン。


金属を打つ音が聞こえてくる。


風に乗って届いてくるのだ。


「すごい……」


思わず見入ってしまう。


アルセリアとは全く違う。

フィーネ村とも違う。

ドルガ村とも違う。


そこには鉱石と火で生きる人々の世界があった。



やがて街が見えた。


石造りの建物。

巨大な煙突。

あちこちから立ち上る白い煙。

広場には鉱石を積んだ荷車。


筋骨隆々のドワーフたち。


人間もいる。

獣人もいる。


様々な種族が働いていた。


「これがグランベル……」


僕は息を呑む。


「気に入ったか?」


リュシアが笑う。


「はい」


素直に頷いた。


「すごい街です」


「だろう?」


「私も好きなんだ」


「酒が美味いからですか?」


「もちろん」


即答だった。



ラグナが高度を下げ始める。


「降りるぞ」


「はい!」


僕は慌ててしがみつく。


地面が近付く。


建物が大きくなる。


人が見える。


そしてーー


「竜だ!」


「紅翼竜だぞ!」


「リュシアだ!」


街の人々が騒ぎ始めた。


どうやら有名人らしい。


「また来たのか」


「酒だろ」


「絶対酒だ」


そんな声まで聞こえてくる。


「信用されてませんね」


僕が言う。


「愛されていると言ってくれ」


リュシアは胸を張った。


違う気がする。



ドォォォン!


大きな風圧とともに、ラグナが着地した。


砂埃が舞い、周囲の人々がこちらを見る。


僕はゆっくりと地面へ降りて、改めて街を見上げた。


ここがガンズの故郷。

そして、耐火粘土の街。


鉱山都市グランベル。


「この街に、ガンズの弟がいるのか……」


(どんな人なんだろう)


期待と少しの不安の両方を抱えながら、僕は街の中心へ視線を向けた。


新たな出会いと、新たな学びが待っている。


そんな予感がしていた。

読んでいただきありがとうございます!

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次回もよろしくお願いします。

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