75 釜という名の心臓
「で、場所はどこにする?」
ガンズが腕を組みながら尋ねた。
僕はスケッチブックを広げる。
共同浴場の設計図。
井戸。
浴場。
湯を沸かす釜。
排水路。
沈殿池。
浄化池。
そして川へ戻る水路。
昨日の夜、何度も描き直した図だった。
「できれば、ここが良いと思っています」
僕はニューセリアの中央に近い場所を指差した。
長屋からも近く、井戸からも遠くない。
さらに排水路を伸ばせば、浄化池へつなげられる。
「悪くないな」
ガンズが地面を見渡す。
「井戸も近い。水路も引ける。長屋からも歩ける」
「はい」
僕は頷いた。
「共同浴場は、ただ身体を洗う場所じゃなくて、ニューセリアの象徴にしたいんです」
「象徴?」
「はい」
「みんなが集まって、疲れを癒して、会話をする場所です」
「ふむ」
ガンズは少し考え込んだ。
「つまり、街の中心か」
「そうです」
「風呂屋なのに大げさだな」
「風呂は大事なんです」
僕は真剣に答えた。
ガンズは一瞬だけ黙り、それから豪快に笑った。
「ガハハハ! 分かった。なら中心に作るか」
◇
「で、問題は釜だ」
ガンズが地面に線を引く。
「浴場そのものより、こっちの方が大事だ」
「釜ですか?」
「ああ」
ガンズはしゃがみ込み、土を掴んだ。
「湯を沸かすには火がいる。火を使うには釜がいる。釜を作るには、熱に強い土と石がいる」
「なるほど……」
「それに薪だ」
ガンズは続ける。
「湯を毎日沸かすなら、かなりの薪がいるぞ」
「確かに」
「燃料の管理を間違えると、あっという間に森が減る」
「それは困りますね」
「だから薪だけじゃなく、炭も考えても良い」
「炭……」
僕はドルガ村を思い出した。
林業。
炭づくり。
山村の暮らし。
(ここでドルガ村とも繋がるのか)
ガンズは図を描く。
「釜には煙突もいる」
「煙突?」
「煙を外へ逃がす道だ」
「それがないと浴場の中が煙だらけになる」
「それは困ります」
「それに煙突は火の勢いにも関わる」
「火の勢い?」
「空気の流れだ」
ガンズは手で風の流れを示した。
「火は空気を食う。よく燃やすには、空気の入り口と煙の出口を考えないといけない」
(すごいな……)
僕は思わず感心した。
釜づくりは、ただ石を積むだけではない。
熱。
空気。
煙。
燃料。
全部が関係している。
「思ったより科学ですね」
僕が呟くと、ガンズが鼻を鳴らした。
「科学?なんだそれは。職人をなめるなよ」
「すみません」
「だが、そういう見方は嫌いじゃない」
ガンズはニヤリと笑った。
◇
「浴槽の大きさはどうする?」
「大きめにしたいです」
僕は即答した。
「住民だけじゃなく、将来的には旅人や冒険者も使えるようにしたいので」
「金を取るのか?」
「住民は安く、外から来る人には少し高めでも良いと思います」
「なるほどな」
ガンズは頷く。
「外から人を呼ぶ施設にもするわけか」
「はい」
「あと、浴槽の壁に絵を入れたいんです」
「絵?」
ガンズが眉をひそめた。
「風呂に絵か?」
「はい」
僕はスケッチブックに簡単な絵を描く。
アルセリア川。
ニューセリアの街並み。
クリアスライム。
遠くに山。
「タイルみたいな小さな石や陶片を組み合わせて、壁に絵を作れませんか?」
「教会などの壁に描かれるモザイクのあれか」
ガンズは興味深そうに図を覗き込んだ。
「できなくはない」
「本当ですか?」
「ああ。ただ手間はかかるな」
「それでもやりたいです」
「理由は?」
「楽しいからです」
僕は即答した。
ガンズは一瞬黙り、それから笑った。
「いい理由だ」
「風呂は気持ちいい場所だ。なら見た目も楽しい方がいい」
「そうなんです!」
リノやマルが見たら、きっと喜ぶ。
ルル、ナギ、コロを描いてもいいかもしれない。
クリアスライムのモザイクアート。
想像しただけで、少し楽しくなった。
◇
「そういえば石鹸はどうする?」
ガンズが尋ねた。
「無料で置きたいです」
「無料?」
「はい」
「身体を清潔にすることが目的なので、無料にしたいんです」
「金はどうする?」
「外から来た人向けに、お土産用の石鹸を売ります」
「お土産?」
「はい」
僕は小さな石鹸を想像する。
香り付きの石鹸。
薬草入りの石鹸。
ニューセリアの印を押した石鹸。
「浴場で使う石鹸は無料」
「でも、持ち帰りたい人には販売する」
「なるほどな」
ガンズが感心したように頷く。
「衛生と商売を両立するわけか」
「できればですが、どうですかね」
「面白いんじゃないか」
「石鹸づくりも住民の仕事になると思います」
そう言うと、近くで聞いていたリノが反応した。
「私、石鹸作りたい!」
「僕も!」
マルも手を挙げる。
「じゃあ、今度一緒に作ってみようか」
「やったー!」
二人は飛び跳ねて喜んだ。
◇
「休憩所も欲しいのですが」
僕はさらに図を描き足した。
「風呂上がりに涼む場所です。水を飲んだり、話したりできる場所」
「ほう」
「それと、本棚も置きたいです」
「本棚?」
ガンズが首を傾げた。
「風呂屋に本か?」
「はい」
「子どもたちが文字を覚えたり、大人が知識を得たりできる場所にしたいんです」
「……お前、本当に風呂屋を作っているのか?」
「作ってますけど……」
「そうか?」
「作ってます……と思います笑」
そこへ、どこからともなくユージンが現れた。
「本棚ですか!?」
「うわっ」
思わず声が出た。
「ユージンさん、いつからそこに?」
「本棚という言葉が聞こえたところからです」
「最初からじゃないですか?」
ユージンは目を輝かせている。
「私の本を置きましょう」
「いや、それはちょっと……」
「大丈夫です。厳選します」
「厳選しても難しいそうなんですよ……」
「では初級植物学、発酵入門、薬草図鑑、地質と鉱石の基礎、あとエール醸造の歴史を――」
「やっぱり……」
ガンズが即座に止めた。
ユージンは少し残念そうだった。
しかし、ユージンが来たことで話はさらに広がった。
「釜を作るなら、熱を無駄にしてはいけません」
「やっぱりそう思います?」
僕が尋ねる。
「もちろんです!」
ユージンは力強く頷いた。
「パンを焼けますし、薬草を乾燥できます。果物を乾燥させれば保存食にもなります」
(さすが、ユージン)
「魚や肉を燻製にすることもできますしね」
「燻製?」
リノが首を傾げた。
「煙で食べ物を長持ちさせる方法です」
ユージンが嬉しそうに説明する。
「美味しいんですか?」
マルが聞く。
「美味しいですよ」
「食べたい!」
「僕も!」
話がどんどん広がっていく。
「つまり」
ガンズが図面を見ながら言う。
「浴場の釜」
「パン窯」
「乾燥室」
「燻製小屋」
「休憩所」
「本棚」
「石鹸工房」
皆が、一瞬無言になる。
「……増えたな」
「増えましたね……」
僕は苦笑した。
でも悪い増え方ではない。
人が集まる。
仕事が生まれる。
食べ物が作られる。
知識が広がる。
共同浴場は、ただの風呂では終わらない。
ニューセリアの中心施設になる。
そんな予感がした。
◇
そして夕方。
住民説明会を開くことになった。
集まった住民たちは、少し不安そうで、少し期待している顔をしていた。
ドラムが前に立つ。
「今日はノアから話がある」
僕は一歩前へ出た。
「ニューセリアに共同浴場を作ります」
その瞬間、ざわめきが起きた。
「風呂?」
「ここに?」
「そんなものまで作るのか?」
僕は頷いた。
「身体を洗う場所です」
「病気を減らすためにも役立ちます」
「でも、それだけじゃありません」
僕は図を広げた。
「浴場には釜を作ります」
「その熱でパンを焼きます」
「薬草を乾かします」
「魚や肉を燻製にします」
「果物を干して保存食にもできます」
ざわめきが大きくなる。
「パンも?」
「保存食も?」
「仕事になるのか?」
「なります」
僕は答えた。
「水を運ぶ人」
「薪を集める人」
「石鹸を作る人」
「掃除をする人」
「パンを焼く人」
「薬草を乾かす人」
「仕事はいくつもあります」
住民たちの表情が変わった。
ただ住む場所を与えられるだけではない。
ここで働く。
ここで暮らす。
ここで街を作る。
そんな実感が、少しずつ広がっていくのが分かった。
「私、石鹸!」
リノが手を挙げる。
「僕、パン!」
マルも元気よく叫ぶ。
住民たちが笑った。
「じゃあ俺は薪割りでもするか」
「私は掃除ならできるよ」
「薬草を干すなら手伝える」
声が次々と上がる。
僕は胸が熱くなった。
(これだ)
(街は建物だけじゃない。人が役割を持って動き出して、初めて街になるんだ)
◇
説明会が終わる頃には、空は赤く染まっていた。
ガンズが地面に描いた設計図を眺めている。
「風呂屋一つで、随分と大きな話になったな」
「そうですね」
「でも、これが作りたかったんです」
「風呂をか?」
「いいえ」
僕はニューセリアを見渡した。
「人が集まる場所です」
ガンズは少しだけ黙った。
そして笑う。
「なら、気合い入れて作らんとな」
その時だった。
(天の声)
《スキル《風呂釜づくり》を取得しました》
(おお……)
僕は思わず空を見上げた。
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