74 風呂屋の設計図
「こう?」
リノが石桶の前で手を洗う。
「そうそう」
「石鹸も使ってみて」
「おおー!」
横ではマルも泡立った石鹸を見て喜んでいた。
「なんか気持ちいい!」
「でしょ?」
僕は笑った。
子どもたちは順応が早い。
その様子を見ていた大人たちも少しずつ真似を始める。
「子どもがやるなら俺もやるか」
「そうだな」
新天地ニューセリアのトイレの利用はすこぶる順調で、用を足した後の手洗いもするようになってきた。
少しずつだが、変化は始まっている。
(仕組みを作るだけじゃ駄目、使ってもらって初めて意味があるよね)
街づくりの難しさを改めて感じていた。
その後、僕は肥溜めへ向かった。
昨日設置したばかりだったが、野晒しではなく、屋根と壁もある施設として、作られている。
1つ目の甕には、すでに少しだけ中身が入っている。
試しにスキルを使う。
「《発酵解析》!」
ーーーーーーーーーー
発酵進行度:4%
品質予測:良
完成予測:59日
ーーーーーーーーーー
「まぁ、それはまだですよねー」
「当然です」
後ろから声がして、振り返るとユージンだった。
今日も大量の本を抱えている。
「発酵は時間をかけるものです。でも、私も完成が楽しみです」
ユージンは嬉しそうに頷いている。
二か月後には、ニューセリア初の肥料ができる予定だ。
これにより、農作物の生産も捗るはずだ。
「今のうちに、土地を開墾して畑を作りましょう。植える野菜も考えないといけませんね」
「そうですよね。ちなみに、この地域では、大豆や小麦などは育てることはできないんですか?」
「なるほど、確かにこの地域は少し気温が低めなんですよね。育てられないことはありませんが、ほとんどやっていないと思います。ただ、今回の肥料がうまくできれば、十分に育つと思います」
「おおー、それは嬉しいです。大豆があると面白いものが作れるんです」
「なんですか?大豆から作るんですか!とても興味があります」
「ちょっとね笑」
(詳しい作り方までは分からない。でも、《発酵解析》を得た今なら、きっと再現できるはずだ)
そんな期待をしている。
◇
ユージンには、もう1つお願いしたいことがあった。
それが、浄化池のミズクサだ。
「これですね」
ユージンは池の縁にしゃがみ込んだ。
「面白い植物です」
「増やせそうですか?」
僕が尋ねる。
「十分可能です」
ユージンは根を観察する。
「根から新しい株を出すタイプですね。たぶん、株分けもできます」
「本当ですか?」
「はい」
ユージンは頷いた。
「むしろこの池だけではもったいないです」
「どういうことですか?」
「浄化池以外でもこのミズクサを育てましょう」
ユージンは地面へ図を描き始めた。
「まずはこの浄化池で増やして、増えてきたら、別の池にも植えます」
ふむふむ。
「あっ、ついでなので、別の植物も植えましょうか。例えば、薬草とかも」
「薬草!?自然じゃなくて育てられるんですか?」
「もちろんです。環境が整えば、ちゃんと育てられます」
(すごい……)
「あとは、少し時間はかかりますが、果樹も植えれば、食料として良いですね」
「果樹!!是非お願いします」
「それと、花を植えれば、虫も集まって、例えば計画的に蜜蜂を呼び寄せて蜂蜜という手もあります」
(さすが学者だな……)
「生態系が豊かになりますよ」
僕は感心した。
「じゃあ植物関係はユージンさんに任せても良いですか?」
「はい、もちろんです!」
ユージンは満面の笑みだった。
どうやらやる気は十分らしい。
(安心だ)
◇
昼頃。
今度はガンズの元へ向かった。
ドワーフの職人は今日も忙しそうに建物を建てている。
「ガンズさん、お疲れ様です」
「おう!今日は何の依頼だ?」
「ははは。わかります?」
「また何か思いついたのだろ、そんなのは顔を見ればわかる」
僕は苦笑した。
「実は、共同浴場を作りたいんです」
「ガハハハハ。やっぱり来たか」
「わかります?」
「もちろんだ」
ガンズは笑っている。
僕はスケッチブックを広げ、ガンズへ見せた。
共同浴場の企画案だ。
井戸の水ー湯を沸かす釜ー浴槽ー沈澱池ー浄化池ー水路ー川。
「なるほど」
ガンズは頷く。
「たしかに風呂屋だな。ただ、アルセリアにある共同浴場とは違い、排水に2つの池をかませるのか」
「はい」
「排水をそのまま川に流すと影響が大きいので、間に浄化を入れます」
僕は続ける。
「それと、お風呂そのものだけじゃなく、住民が集まる場所にしたいんです」
「ふむ」
「住民が会話を交わす場所。そして、一日の疲れを癒す場所です」
ガンズは腕を組む。
「そして、清潔を保つことにつながります」
「なるほどな」
ガンズはスケッチブックを眺めながら頷いた。
「井戸もある。水船もある。浄化池もある。そしてトイレも作った」
「確かに、次は風呂だな」
「ありがとうございます!」
「そうだ、釜を作るんだったよな?」
「はい」
「その熱を捨てるのはもったいないから、別のことにも使ってはどうだ?」
「別のことですか?」
「そうだ。例えば、アルセリアの入浴施設では釜の熱を使ってパンを焼いている」
「あっ、そうでした!それ採用です!」
「うむ。あとは、熱で空気が乾燥するので、色んなものを干すのにも使える」
「干すですか?」
「そうだ。例えば、薬草だろ。あとは、魚や肉だって干せる」
(あっ!)
その瞬間、僕の頭の中でいくつもの線が繋がった。
共同浴場。
パン屋。
保存食。
薬草加工。
(セカンドジョブ風呂屋。いよいよ本領発揮か)
夕暮れのニューセリアを眺めながら、僕はそう実感していた。
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