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73 肥溜めから生まれる魔法

「まずは、発酵槽を作ります」


「ほう」


ノアたち一行は、トイレから少し離れた肥溜め設置予定地に来ていた。

ガンズは真剣な顔で図面を眺めている。


「思ったより本格的だな。肥溜めと言うから、畑の近くに適当な穴を掘って、そこに溜めるのかと思っていたぞ」


「ただの穴では駄目なんです。ちゃんと発酵させたいので」


「発酵、発酵って言うがな」


ガンズが首を傾げる。


「結局、発酵って何なんだ?」


その質問に、僕は少し考え込んだ。


前世の知識なら説明できる。

だが、この世界の言葉で説明するのは意外と難しい。


「エールってありますよね?」


「ああ」


「あとワインも」


「あるな」


「これらは発酵して作られます」


「つまり酒というか」


「いや、酒だけじゃありません」


僕は首を振る。


「たとえば、チーズも発酵で作ります」


ガンズは腕を組んだ。


「酒もチーズもか……」


「はい。全部発酵なんです」


その時だった。


「その話なら、私も混ぜてもらえませんか?」


後ろから女性の声が聞こえた。


振り返る。


そこには一人の女性冒険者が立っていた。


茶色の髪を後ろで束ねている。

丸眼鏡。

大きな鞄。


そして鞄からは大量の本が飛び出していた。


どう見ても学者だ。


「待たせたな、ノア」


聞き覚えのある声は、ドラムだった。


「ドラムさん、もしかしてその方は……」


「ああ。助っ人だ」


ドラムは女性を指差した。


「冒険者で植物周りの学者をしているユージンだ」


「ユージンです。よろしくお願いします」


ユージンは丁寧に頭を下げた。


「植物や食べ物、それに発酵について研究しています」


「おお……!」


僕は思わず声を上げた。

まさに今、一番欲しかった人材だった。


「学者ユージンか。名前だけは聞いたことがあるな。本ばかり読んでる変人だとか」


ガンズは呟く。


「失礼ですね。否定できませんけど」


「だろうな」


ドラムとガンズが笑う。


どうやらユージンもガンズもお互い噂ベースで知っていたらしい。



「それで発酵の話ですが」


ユージンは目を輝かせた。


「私、ずっと気になっていたんです」


「エールも」


「ワインも」


「チーズも」


「そして、肥溜めなどから作る堆肥も」


僕は思わず笑った。


「全部、発酵ですね?」


「はい」


ユージンは即答した。


「でも説明できないんです」


少し悔しそうな表情になる。


「職人さん達は経験で作れるのです。でも、なぜそうなるのかは分からない」


「そうなんですね」


僕も頷き、言葉を発する。


「ただ、僕はその理由が分かるんです。スキルのおかげですけど」


「えっ!?」


ユージンの目が大きく開かれる。


「全部、微生物の仕業なんです」


一瞬、その場が静かになった。


「微生物……?」


ユージンが呟く。


「はい。目には見えない小さな生き物です」


「やっぱり!」


ユージンは思わず叫んだ。


「私も同じ仮説だったんです!」


「なんと!?」


今度は僕が驚いた。


「それを独力でたどり着いたんですか?」


「ええ」


「証明はできませんでしたけど」


二人とも勢いよく握手した。


その様子を見ていたケイトとミリスは、呆れたように顔を見合わせている。


「何か始まったけど……」

「始まったね……」


いつもの光景を見るような目だった。



「ガンズさん、ここに大きめの(かめ)を8つ設置できますか?」


「それは構わんが、その甕が発酵槽ということか?」


「そうです」


僕は頷く。


「等間隔で設置して、1週間ごとに次の甕に貯めていきます」


皆が頷く。


「およそ2ヶ月ほど密閉し、発酵させる予定です」


ユージンが興味津々に目を輝かせている。


「2ヶ月ほど経てば有害な寄生虫や病気の原因となるような菌も死滅するはずです。

そして、元々の鼻をつくような匂いも変わります」


「変わる?」


ガンズが聞き返した。


「代わりに、土のような匂いになります」


「なるほど……」


「それで肥料になるんですね」


ユージンは感心したように呟いた。


「はい、ただ、濃すぎると植物にとっては良くないこともありますので、水で薄めながら使う予定です」


「なるほど、これはおもしろい」


ユージンは必死にメモをとっている。


一方ガンズは、必要な作業を理解したのか、すでに施工の段取りを考え始めている。



僕は、その場でしゃがみ土を手に取った。


それは、枯れ葉や枝が細かく砕かれた、柔らかさを持つしっとりした土だった。


「《微生物検査》!」


視界が変わる。


土の中、落ち葉の表面、藁の隙間には、無数の青白い光がチカチカと輝く。

それは、微生物と呼ばれるものであった。


ただ、今日は少し違った。


それぞれの役割が見える。

分解するもの。

熱を生み出すもの。

別の微生物へ栄養を渡すもの。

それらが順番に働いているようだった。


(そうか……発酵も流れなんだ)


(微生物たちが順番に役割を引き継いでいる)


その瞬間、頭の中で何かが繋がった。


(天の声)

《スキル《発酵解析》を取得しました》


「きた!」


思わず声が出てしまった


「どうしました!?」


ユージンが食い付く。


「いや、すみません。新しいスキルを覚えたみたいで……」


「新しいスキル!?」


ユージンの目が丸くなる。


僕は早速、発動した。


「《発酵解析》!」


ーーーーーーーーーー

発酵進行度:100%

品質予測:普通

完成予測:0日(完)

ーーーーーーーーーー


「なるほど……」


僕は手の中の土を見る。


「これも昔は生きた葉や木だった。それが微生物によって分解されて、今の土になったんだ」


「うわぁ……。それ、歴史を変えるスキルですよ」


ユージンが感嘆の声を漏らした。


「大げさじゃない?」


ケイトが言う。


「いえ」


ユージンは真剣だった。


「全然大げさじゃありません」


「エールも、ワインも、チーズも、肥料も。今までは経験と勘で作られていました。

でも、それが全部管理できるようになるかもしれないんです」


(確かに)


「で、もしかしたらまだこの世界にはない、発酵から生まれる食べ物や飲み物が新しく生まれる可能性があります」

読んでいただきありがとうございます!

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次回もよろしくお願いします。

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