80 銀鉱脈
翌朝。
共同浴場には、まだ昨日の余韻が残っていた。
煙突から立ち上った最初の湯気。
住民たちの歓声。
そして、新しい街が動き出したという実感。
だが、今日の僕たちは別の場所へ向かっていた。
あの日、銀鉱石を見つけた場所。
◇
「ようやく本題だな」
ゴルドが上機嫌で言った。
背中には既に採掘用の道具が括り付けられている。
「まだ銀鉱脈と決まったわけではありませんよ」
僕が言うとーー
「いや、決まっている」
即答だった。
「なんでですか」
「勘だ」
「それは根拠になりません」
「職人の勘は根拠だ」
横でガンズがため息を吐く。
「始まったな」
ドラムも苦笑していた。
◇
やがて例の場所へ到着する。
川幅はそれなりに広い。
水の流れも速い。
一見すると、どこにでもある川だ。
だが僕は既に感じている。この川の下に眠る微かな反応を。
「ミリスお願い」
「任せて」
ミリスは嬉しそうに杖を構えた。
最近、水魔法を披露する機会が増えている気がする。
「《ウォータースプリット》」
ザバーーーーン!!
轟音と共に川が割れた。
左右へ押し分けられた水が壁のように立ち上がる。
何度見ても異様な光景だった。
「やっぱりお前の魔法はおかしい」
ガンズが呟く。
「褒め言葉だね」
ミリスは満足そうだった。
◇
露出した川底へ降りる。
僕は岩盤へ手を当てた。
「《鉱石探査》」
視界の奥に無数の光が浮かび上がる。
前回よりも鮮明だ。
川底。
岩盤の下。
さらにその奥。
銀色の反応が連なっている。
「あります」
僕は断言した。
「《鉱石解析》」
ーーーーーーーーーー
名称:銀鉱石
純度:高
埋蔵量:不明
ーーーーーーーーーー
「やっぱり銀だ」
ゴルドがニヤリと笑う。
「しかも質が良さそうだ」
ドラムも感心したように頷く。
「これだけでも十分な発見だな」
◇
だが僕は違和感を覚えていた。
銀鉱石の反応だけではない。
その奥。
さらに深い場所に、妙な空白がある。
「ん?」
僕は眉をひそめた。
「どうした?」
ガンズが尋ねる。
「何か変なんです」
再び探査する。
銀。
銀。
銀。
銀。
その先。
突然反応が消える場所がある。
まるで巨大な空洞のように。
「地下に空間があります」
「空間?」
「はい」
僕は地面を指差した。
「かなり広いです」
◇
ゴルドの目が変わった。
職人ではなく、鉱夫の目だった。
「自然洞窟か」
「それとも地下水脈か」
ドラムが言う。
しかしゴルドは首を振った。
「違うかもしれん」
「どういうことだ?」
「この辺りでも、昔は鉱物を掘ったりしていたと聞いたことがある」
ゴルドは川底を見回した。
「もし銀があるなら、昔の誰かが掘っていても不思議じゃない」
「つまり?」
「古い坑道だ」
その言葉に全員が黙った。
◇
「確認するか」
ガンズが前へ出る。
土魔法の使い手である彼なら、地形そのものを動かせる。
「川の流れを少し変える」
「そんなことできるんですか?」
僕が驚くとーー
「ドワーフを誰だと思っている」
ガンズは鼻を鳴らした。
◇
両手を地面へ、魔力が広がる。
ゴゴゴゴゴ……
鈍い音が響いた。
川底の岩盤が盛り上がる。
土が動く。
石が組み変わる。
やがて川の流れの一部が迂回し始めた。
「すごい……」
思わず見入る。
僕が水脈を探し、ミリスが川を割り、ガンズが地形を変える。
みんな得意分野が違う。
だからこそ面白い。
◇
しばらくして、川底の奥に隠れていた岩壁が姿を現した。
その時だった。
「おい」
最初に気付いたのはゴルドだった。
「見ろ」
全員の視線が集まる。
岩壁の一部。
そこだけが不自然に削られていた。
自然にできた形ではない。
誰かが掘った跡だ。
「まさか……」
僕は近付く。
土を払い落とす。
さらに岩を退ける。
すると。
ぽっかりと口を開けた穴が現れた。
人が一人通れるほどの大きさ。
その先には闇が続いている。
◇
「坑道だな」
ゴルドが呟いた。
その声には興奮が混じっていた。
「間違いない」
ガンズも頷く。
「しかもかなり古い」
「アルセリア地下銀鉱山……」
僕は思わず呟いた。
誰が掘ったのか。
いつ作られたのか。
なぜ放棄されたのか。
何も分からない。
だが一つだけ分かることがある。
ここには銀がある。
そして、まだ誰も知らない何かも。
◇
「入るか?」
ゴルドが笑う。
今にも飛び込みそうな勢いだ。
だが僕は違和感を覚えていた。
「待ってください」
「どうした?」
ドラムが振り返る。
僕は目を閉じた。
「《生命反応感知》」
静寂。周囲の魚。鳥。小動物。
それらの反応が見える。
だが。
地下の坑道の奥。
さらに深く。
ポツン。
反応。
さらに。
ポツン。
ポツン。
ポツン。
数が増えていく。
僕は思わず息を呑んだ。
◇
「います」
「何がだ?」
ドラムの声が低くなる。
「分かりません」
僕は正直に答えた。
「ただ……」
坑道の闇を見つめる。
「人ではありません」
空気が変わった。
ゴルドは笑っている。
ガンズはため息を吐く。
ドラムは剣の柄へ手を添えた。
ミリスだけが少し楽しそうだった。
◇
坑道の奥は暗く静かだ。
だが確かに何かがいる。
銀鉱脈の先に広がる未知の地下世界。
そこには、まだ誰も知らない秘密が眠っているのかもしれなかった。
僕は無意識に唾を飲み込む。
(これは本当に、銀鉱脈だけの話じゃないかもしれない)
アルセリア地下銀鉱山。
その発見は、新たな冒険の始まりだった。
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