67 ニューセリア
「おはよう!」
翌朝。
僕たちはスラムへ向かい、リノとマルと合流した。
「荷物は大丈夫?」
「うん!」
「もともとそんなに持ってないから」
二人は笑う。
確かに、大きな荷物はほとんどなかった。
長年住み慣れた場所を離れる寂しさはあるだろう。
それでも、その表情には新しい生活への期待の方が大きく見えた。
◇
スラムの住民たちは順番に列を作り、新天地へ向かっていた。
その様子を街の人々が遠巻きに見守っている。
歓迎している者。
複雑そうな顔をしている者。
無関心な者。
反応はさまざまだった。
僕たちはアルセリアの東門を抜ける。
振り返ると、高い城壁と石造りの街並みが見えた。
見慣れた景色だ。
それなのに、少しだけ寂しく感じた。
「どうしたの?」
ミリスが尋ねる。
「いや、なんでもない」
僕は首を振った。
そして南へ向かう。
もっと遠い場所を想像していたが、実際にはそうでもなかった。
歩いて三十分ほど。
道は草が刈られ、しっかり踏み固められている。
最近整備されたばかりなのが分かった。
◇
そして到着した。
広大な空き地。
その中に点々と並ぶ仮設住宅。
周囲を囲む城壁はない。
あるのは簡易的な木柵だけだった。
まだ街というより開拓地に近い。
それでも、人が暮らす場所として形になり始めている。
(すごいな……)
僕が源流へ行っている間にここまで整備したのだ。
相当な突貫工事だったはずだ。
(かなり腕のいい大工がいるんだろうな)
僕は思わず感心した。
◇
入口には簡易受付が設置されていた。
とはいっても、青空の下に机と椅子が置かれているだけだ。
役人が一人座っている。
どこか前世のアウトドアイベントの受付を思い出す。
僕たちはリノとマルの名前を伝え、新居を探すことにした。
仮設住宅は長屋形式だった。
現在完成しているのは二棟。
一棟につき10世帯。合計20世帯分。
一世帯4人としても80人程度しか住めない。
スラム住民は約200百人。
まだまだ足りなかった。
どうやら完成した棟から順番に移住を進めるらしい。
リノとマルは真っ先に希望を出していたようだ。
◇
「ノアさん、あの建物かも」
「あっ、本当だ。たぶんあれだ」
受付から5分ほど歩くと、その長屋へたどり着いた。
入口の脇には立て札の代わりに「17」と番号が書かれている。
「17番だっけ?」
「うん、そう!」
「ここだー!」
「思ったよりすぐ分かったわね」
「うん」
ケイトとミリスも頷く。
ガラガラ。
引き戸を開ける。
「わーー!」
「すごー!」
ぴょんぴょん。
ぴょんぴょん。
リノとマルが飛び跳ねる。
そしてなぜかスライムたちも飛び跳ねている。
(なんでお前たちまで喜んでるんだ……)
元々のスラムの住居の多くは、木材や板をつなぎ合わせて、かろうじて形を保っているだけだった。
雨風はしのげる。
だが、住環境と呼べるものではない。
それに比べると、この新居は別世界だった。
平らな床。
しっかりした壁。
窓もある。
もちろん天井に穴はなく、ネズミが入り込む隙間もない。
普通のアルセリア市民なら不満もあるかもしれない。
それでもスラムの住民にとっては、十分すぎるほど立派な家だった。
「ありがとう、ノアさん。これで安心して眠れるよ」
「ありがとっ!」
「いや、僕は何もしてないんだけどね」
そう言うと、二人は顔を見合わせた。
「どうしたの?」
ケイトが尋ねる。
「ちょっと私たちには広すぎて……」
「うん……」
「あっ、それなら簡単よ」
ケイトが言った。
「ノアも住めばいいのよ」
「えっ!?」
突然の提案だった。
リノとマルは目を輝かせてこちらを見ている。
(確かに、それなら安心だろうけど……)
(僕は冒険者だし、ずっとここにいるわけでもないしな)
「そうしたいのは山々だけど、新天地の目的はスラムの人たちの住まいを確保することだからね」
「まぁ、それもそうか」
ケイトは肩をすくめた。
リノとマルは少し残念そうだった。
「でも、ドラムさんには聞いてみるよ」
その言葉に二人の表情が明るくなった。
◇
「まずは井戸を探そう」
「うん!」
「了解!」
ぴょんぴょん。
ぴょんぴょん。
リノとマル、そしてルルが走り出す。
ナギは相変わらず僕の頭の上。
コロは周囲を警戒しながら歩いていた。
◇
「ないねー」
「ないねー」
僕も首を傾げた。
(おかしいな)
(こういう場所で最優先なのは水のはずなのに)
僕たちは入口付近にいた役人へ尋ねた。
「あの、井戸はどこですか?」
「えっ!? あっ、井戸ですか。まだないんです」
「ないんですか!?」
思わず声が大きくなる。
「どうやって生活用水を確保するんですか?」
「それは池です。あそこに池があるでしょう? あそこで水を汲んで使ってください」
(不可能じゃないけど……)
驚いた。
「ちなみに、トイレはどこにあります?」
「あちらです」
見ると、長屋のすぐ隣に小さな建物があった。
(まずは確認してみるか)
◇
池のほとりには炊事場もなく、本当にただの池だった。
「《水質解析》」
ーーーーーーーーーー
場所:新天地の池(仮称)
・透明度:C
・魔力含有:C
・微生物:C
・有毒性:C
総合評価:C
ーーーーーーーーーー
「どうだった?」
ケイトが尋ねる。
「やっぱり水質はあまり良くないね」
「汚染されているほどじゃないけど、飲み水としては不安がある」
「どうするの?」
ミリスが尋ねる。
「ひとまず、ルルたちに浄化をお願いしよう」
「そうだね」
「ルル、ナギ、コロ」
「プギュ!」
「ぷゅ〜」
「……ぷゅ」
3匹は勢いよく池へ飛び込んだ。
ルルは泳ぎ回る。
ナギは水面にぷかぷか浮いている。
コロは一箇所に留まり、黙々と浄化している。
(やっぱり三者三様だな)
◇
「池は任せるとして……次はトイレだな」
「見に行く?」
ミリスが尋ねる。
「うん」
僕たちは共同トイレへ向かった。
◇
「なるほど……こういう仕組みか」
個室が三つ。
扉付き。
最低限のプライバシーは確保されている。
僕は内部を確認した。
「まだ誰も使ってないみたいだけど、下の穴に溜める方式だよね?」
「普通じゃないの?」
ミリスが首を傾げる。
「普通だけど……」
(このままだと、いつか限界が来る)
(地下水への影響も心配だ)
その時、フィーネ村で見た光景を思い出した。
「そうか……」
「何か分かったの?」
「肥溜めだ」
「えっ?」
「ちゃんと発酵させれば肥料になる」
ケイトとミリスが微妙な顔をした。
「あっ、うん……」
「よく分からないけど、ノアが言うなら……」
「僕はやるけど、さっきご飯食べたばっかり……」
「ごめん」
◇
そんな、新天地との最初の出会いだった。
この場所には、まだ正式な名前がない。
だから僕は、期待を込めて心の中でそう呼ぶことにした。
(新しいアルセリア――)
(ニューセリア、だな)
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