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67 ニューセリア

「おはよう!」


翌朝。


僕たちはスラムへ向かい、リノとマルと合流した。


「荷物は大丈夫?」


「うん!」


「もともとそんなに持ってないから」


二人は笑う。


確かに、大きな荷物はほとんどなかった。

長年住み慣れた場所を離れる寂しさはあるだろう。


それでも、その表情には新しい生活への期待の方が大きく見えた。



スラムの住民たちは順番に列を作り、新天地へ向かっていた。


その様子を街の人々が遠巻きに見守っている。


歓迎している者。

複雑そうな顔をしている者。

無関心な者。


反応はさまざまだった。


僕たちはアルセリアの東門を抜ける。

振り返ると、高い城壁と石造りの街並みが見えた。

見慣れた景色だ。


それなのに、少しだけ寂しく感じた。


「どうしたの?」


ミリスが尋ねる。


「いや、なんでもない」


僕は首を振った。

そして南へ向かう。


もっと遠い場所を想像していたが、実際にはそうでもなかった。


歩いて三十分ほど。


道は草が刈られ、しっかり踏み固められている。

最近整備されたばかりなのが分かった。



そして到着した。


広大な空き地。

その中に点々と並ぶ仮設住宅。

周囲を囲む城壁はない。

あるのは簡易的な木柵だけだった。


まだ街というより開拓地に近い。


それでも、人が暮らす場所として形になり始めている。


(すごいな……)


僕が源流へ行っている間にここまで整備したのだ。

相当な突貫工事だったはずだ。


(かなり腕のいい大工がいるんだろうな)


僕は思わず感心した。



入口には簡易受付が設置されていた。

とはいっても、青空の下に机と椅子が置かれているだけだ。


役人が一人座っている。


どこか前世のアウトドアイベントの受付を思い出す。


僕たちはリノとマルの名前を伝え、新居を探すことにした。


仮設住宅は長屋形式だった。


現在完成しているのは二棟。

一棟につき10世帯。合計20世帯分。

一世帯4人としても80人程度しか住めない。

スラム住民は約200百人。


まだまだ足りなかった。


どうやら完成した棟から順番に移住を進めるらしい。

リノとマルは真っ先に希望を出していたようだ。



「ノアさん、あの建物かも」


「あっ、本当だ。たぶんあれだ」


受付から5分ほど歩くと、その長屋へたどり着いた。


入口の脇には立て札の代わりに「17」と番号が書かれている。


「17番だっけ?」


「うん、そう!」


「ここだー!」


「思ったよりすぐ分かったわね」


「うん」


ケイトとミリスも頷く。


ガラガラ。


引き戸を開ける。


「わーー!」


「すごー!」


ぴょんぴょん。


ぴょんぴょん。


リノとマルが飛び跳ねる。

そしてなぜかスライムたちも飛び跳ねている。


(なんでお前たちまで喜んでるんだ……)


元々のスラムの住居の多くは、木材や板をつなぎ合わせて、かろうじて形を保っているだけだった。


雨風はしのげる。

だが、住環境と呼べるものではない。


それに比べると、この新居は別世界だった。


平らな床。

しっかりした壁。

窓もある。

もちろん天井に穴はなく、ネズミが入り込む隙間もない。


普通のアルセリア市民なら不満もあるかもしれない。

それでもスラムの住民にとっては、十分すぎるほど立派な家だった。


「ありがとう、ノアさん。これで安心して眠れるよ」


「ありがとっ!」


「いや、僕は何もしてないんだけどね」


そう言うと、二人は顔を見合わせた。


「どうしたの?」


ケイトが尋ねる。


「ちょっと私たちには広すぎて……」


「うん……」


「あっ、それなら簡単よ」


ケイトが言った。


「ノアも住めばいいのよ」


「えっ!?」


突然の提案だった。


リノとマルは目を輝かせてこちらを見ている。


(確かに、それなら安心だろうけど……)

(僕は冒険者だし、ずっとここにいるわけでもないしな)


「そうしたいのは山々だけど、新天地の目的はスラムの人たちの住まいを確保することだからね」


「まぁ、それもそうか」


ケイトは肩をすくめた。

リノとマルは少し残念そうだった。


「でも、ドラムさんには聞いてみるよ」


その言葉に二人の表情が明るくなった。



「まずは井戸を探そう」


「うん!」


「了解!」


ぴょんぴょん。


ぴょんぴょん。


リノとマル、そしてルルが走り出す。

ナギは相変わらず僕の頭の上。

コロは周囲を警戒しながら歩いていた。



「ないねー」


「ないねー」


僕も首を傾げた。


(おかしいな)


(こういう場所で最優先なのは水のはずなのに)


僕たちは入口付近にいた役人へ尋ねた。


「あの、井戸はどこですか?」


「えっ!? あっ、井戸ですか。まだないんです」


「ないんですか!?」


思わず声が大きくなる。


「どうやって生活用水を確保するんですか?」


「それは池です。あそこに池があるでしょう? あそこで水を汲んで使ってください」


(不可能じゃないけど……)


驚いた。


「ちなみに、トイレはどこにあります?」


「あちらです」


見ると、長屋のすぐ隣に小さな建物があった。


(まずは確認してみるか)



池のほとりには炊事場もなく、本当にただの池だった。


「《水質解析》」


ーーーーーーーーーー

場所:新天地の池(仮称)


・透明度:C

・魔力含有:C

・微生物:C

・有毒性:C


総合評価:C

ーーーーーーーーーー


「どうだった?」


ケイトが尋ねる。


「やっぱり水質はあまり良くないね」


「汚染されているほどじゃないけど、飲み水としては不安がある」


「どうするの?」


ミリスが尋ねる。


「ひとまず、ルルたちに浄化をお願いしよう」


「そうだね」


「ルル、ナギ、コロ」


「プギュ!」


「ぷゅ〜」


「……ぷゅ」


3匹は勢いよく池へ飛び込んだ。


ルルは泳ぎ回る。

ナギは水面にぷかぷか浮いている。

コロは一箇所に留まり、黙々と浄化している。


(やっぱり三者三様だな)



「池は任せるとして……次はトイレだな」


「見に行く?」


ミリスが尋ねる。


「うん」


僕たちは共同トイレへ向かった。



「なるほど……こういう仕組みか」


個室が三つ。

扉付き。


最低限のプライバシーは確保されている。


僕は内部を確認した。


「まだ誰も使ってないみたいだけど、下の穴に溜める方式だよね?」


「普通じゃないの?」


ミリスが首を傾げる。


「普通だけど……」


(このままだと、いつか限界が来る)

(地下水への影響も心配だ)


その時、フィーネ村で見た光景を思い出した。


「そうか……」


「何か分かったの?」


「肥溜めだ」


「えっ?」


「ちゃんと発酵させれば肥料になる」


ケイトとミリスが微妙な顔をした。


「あっ、うん……」


「よく分からないけど、ノアが言うなら……」


「僕はやるけど、さっきご飯食べたばっかり……」


「ごめん」



そんな、新天地との最初の出会いだった。


この場所には、まだ正式な名前がない。

だから僕は、期待を込めて心の中でそう呼ぶことにした。


(新しいアルセリア――)

(ニューセリア、だな)

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