66 帰還報告そして新天地
「着いたー!」
「濃すぎる旅だったわ……」
「さすがに疲れた……」
僕たち三人と三匹は、冒険者協会の扉を開けた。
見慣れた受付。
見慣れた掲示板。
酒場スペースから聞こえる賑やかな笑い声。
数日ぶりのはずなのに、なんだかとても懐かしく感じる。
「お疲れ様でした、ノアさん!」
受付嬢がいつもの笑顔で迎えてくれた。
「依頼の報告なんですが、どうすればいいですか?」
「今日はもう遅いので、明日の午前中はいかがでしょうか? 支部長にもお伝えしておきますね」
「分かりました。では、また明日伺います」
受付を終えると、僕は二人へ振り返った。
「というわけで、今日は一旦解散にしようか」
「そうね。また明日」
「よろしく」
ケイトとミリスは手を振り、それぞれ宿へ向かっていった。
◇
僕はルル、ナギ、コロを連れて酒場スペースの隅の席へ腰を下ろした。
一杯だけエールを頼む。
源流から戻ったばかりの身体には、冷たいエールが心地よかった。
その時だった。
「おい、聞いたか?」
隣の席の冒険者が話している。
「いよいよスラムの大移動が始まるらしいぞ」
「聞いた聞いた。支部長だけじゃなくて街も本腰を入れるらしいな」
(ドラムさん、もうそこまで進めていたのか)
僕は思わず耳を傾けた。
「移動先は壁の外なんだろ?」
「ああ。一時的な仮設住宅って話だ」
「でもそのまま外に住んでもらう案もあるとかないとか……」
「なんだって……?」
思わず声が漏れた。
冒険者たちがこちらを見る。
「おい坊主、聞き耳立てるなよ」
「あっ、すみません」
「まぁ噂だ。気にするな」
そう言うと、二人は別の話題へ移っていった。
(壁の外か……)
(思っていたより話が大きくなっているな)
僕はエールを飲み干した。
明日の報告会で詳しく聞く必要がありそうだった。
◇
翌朝。
チュンチュン。
鳥の鳴き声で目が覚める。
窓を開けると、朝の冷たい空気が部屋へ流れ込んできた。
そして――。
「プギュ」
「ぷゅ〜」
「……ぷゅ」
三匹のスライムが僕のベッドを占領していた。
「なんでみんなそこで寝るんだよ……」
少しだけ狭くなった寝床を見て苦笑する。
着替えを済ませ、朝食を食べると僕は冒険者協会へ向かった。
◇
「おはようございます!」
アルセリア支部の2階の会議室。
すでに、メンバーが揃っていた。
(あっ、また僕が一番最後か。すみません……)
「じゃあ、始めるか」
支部長のドラムの声掛けで報告会が開始された。
今回の報告会の参加メンバーは、源流へ向かった僕とケイトとミリス。
そして、スラムの寄生虫駆除で一緒に活動した、レインとフェルミナも同席している。
「というわけで、ノア。源流へのクリアスライム確保の依頼の報告を頼む。すでに、隣にスライムがいるので成功であることはもう分かっているが」
「はい。僕たちは……」
源流までの道中での出来事、そして源流でのリュシア、ラグナ、プラムとの出会い、ルル、ナギ、コロが一緒に帰ってきた経緯を話した。
そして、帰り道にて構想した新たな公衆浴場についても、プレゼンテーションを行った。
「なるほど、ノア君。とても大変な旅だったようだね。そして、しっかりとスライム達も連れて帰ってくるという目的も達成されている。素晴らしい。それにしても、深掘りしたい点がたくさんあるんだが……」
レインからのコメントだった。
「まぁそうなんだが、時間も限られているので、個別の質問は後にして、まずは今回の成果であるクリアスライムの運用とスラムの方針を考えたいと思うのだがどうかね」
ドラムが、至極まっとうな交通整理を行った。
「そうですね」
参加者全員が頷いた。
「僕からは、先ほどお話しした通りです」
僕はルルたちを見る。
「ルルとナギとコロについては、クリアスライムの長であるプラムとの約束もあります。なので、ずっと浄化の役目で留まらせるのは違うと思っています。彼ら3匹にお願いする部分はあるとしても、それだけに頼らない仕組みを作りたいです」
「まぁ、そうよね。そもそもアルセリア川の守り神との約束がを破るなんと、何が起こるかわからないし、私も反対だわ」
フェルミナは、治癒師でもあり信仰心は強く、曲がったことが好きではないようだ。
「私もそう思います」
レインも賛同した。
「クリアスライム達には、短期的な水の浄化はお願いするとして、ノア君が提案したフィーネ村の水循環の仕組みを参考に、新しい仕組みを作るのが良いと思います」
「私たちも基本的にノアに賛成よね。ミリス?」
「うん。僕はノアの考えに賛成」
「うむ、分かった。では、その方向で進めよう」
ドラムは大きく頷いた。
「その上で、明日からのスラムの大移動の指揮はレインに頼みたいんだが、どうだ?」
「はい、もちろんです。しっかり務めたいと思います」
レインは付与術師であり、人たちをまとめ上げ、鼓舞するリーダーとしては適任だった。
「フェルミナは、救護担当の取りまとめを頼む。かなり大掛かりな取り組みだから、怪我なども当然想定されるからな」
「はい、わかりました」
◇
「で、ノアには……」
「あっ、すみません。その前にひとつ聞いてもいいですか?」
僕は、気になっていたことを尋ねた。
「少し噂に聞いたのですが、スラムの人たちの移動先は壁の外なんですよね?」
「そうだ」
「で、その後ですが、現在の南区のスラムの浄化が終わったら、南区に戻ってもらうという理解で良いですか?」
「……それか」
ドラムが困ったような顔をする。
「実は、それはまだ検討中なんだ」
「ん!?」
(やっぱり……)
皆が、ドラムの顔を見た。
「ドラムさん、それは少し話が違うのでは?」
レインは真顔で尋ねる。
「実はな……」
ドラムは大きく息を吐いた。
「街には、もともとスラムをどうにかしたいと考えていた有力な商人がいてな。そのまま壁の外で暮らしてもらえばいいのではという意見が出た」
「そんな……」
「乱暴すぎます」
フェルミが眉をひそめた。
「だから反対している」
街を囲う壁はモンスターや盗賊などから住民を守るためのものだ。
いくら平和な地域だとしても、スラムの人たちだけを外へ追いやるのは話が違う。
「街の有力者たちにも言い分はある。簡単な話じゃない」
(それは理解できるけど……)
「引き続き交渉したいと思っている」
◇
僕は少し考えていた。
約200人のスラムに住む人たち。
街側にとっても、お互いにメリットがある仕組みづくりができないか。
「ちなみに、移住先の場所はどこなんですか?」
僕はドラムに尋ねた。
「街のすぐ近くだ。東の門を出て、南へ少し下った開けた場所だな」
(南……)
「近くに池があって、そこは生活用水にも使えるらしい。すでに先行隊が仮設住宅を建て始めている」
僕は嫌な予感がした。
「……それは、あまりよくない気がします」
「どういうこと?」
ミリスが首を傾げる。
会議室の視線が僕へ集まった。
「南側は水質が良くない可能性が高いんです」
皆が真剣な表情になる。
「現在のスラムもそうですが、アルセリアという街は川や地下水に良くない影響を与えているようです。それで、水は北から南へ流れているので、南側はどうしても水質が悪化しやすいと思うんです」
「言っていることは分かる……」
ドラムが苦しそうに答えた。
「それが決定事項なら仕方ありません。ですが、その代わりにアルセリア全体の水やトイレ事情を改善しないと、また同じ問題が起こります」
「水も、土地も、仕組みも変えないといけないということだな」
レインがゆっくり頷いた。
「それができれば、南側でも問題なく住めると思います」
しばらくの沈黙の後、ドラムが口を開いた。
「そうだな。分かった。また街の連中とも相談してみよう」
「はい、よろしくおねがします」
「それともうひとつ、ドラムさん」
「なんだ?」
「僕も、スラムの人たちが新たに住む場所の整備に加わりたいのですか?」
ドラムの顔を見ると少し考えている。
「ノアには、クリアスライム達と今のスラムの浄化を頼もうと思っていた」
(そうだろう)
「例えばだが、同時並行もできるか?それなら問題ない」
「大丈夫です。スラムの浄化と新天地の整備、両方やります」
「よし、分かった」
ドラムは大きく頷いた。
「ケイトとミリスはどうする?」
「僕は、ノアと行動する!」
「じゃあ、私も」
2人は迷わなかった。
「そうだ、ノア」
ドラムが思い出したように言う。
「さっきの報告にあったが、池を浄化する植物の話だ。一人紹介したい人物がいる」
「どなたですか?」
「冒険者なんだが、セカンドジョブが学者でな。植物の研究だったらそいつが一番詳しい」
「ぜひ、ご紹介お願いします。植物をどう植えて、どう増やすか研究したいと思っていたんです」
「分かった。声をかけておこう」
「ありがとうございます」
「で、あともう一人」
ドラムは意味深な笑みを浮かべた。
(なんだろう……)
「今回の新天地の開拓には、冒険者で建物の建築や設計、それこそ壁づくりのエキスパートも参加する予定だ。なので明日以降にでも紹介したいと思う」
「それは、ぜひお願いしたいです」
「まぁ、少しだけ変わった人間だがそれは気にするな」
(ん?どういう意味なんだろう……)
◇
こうして源流調査の依頼は正式に完了した。
僕たちは、ドラムを会議室に残し、受付で達成報酬の30万ゼニーを受け取った。
一階の酒場スペースへ移動する。
レインからはリュシアと紅翼竜ラグナについて、フェルミナからは浄化の仕組みや、魔力とモンスターの関係について、質問攻めにあったが、それはそれで楽しい時間だった。
話は尽きることなく、夜も更けていく。
明日はリノとマルにも会う。
そして、一緒に南の新天地へ向かう。
家づくりーー
いや、街づくりと言ってもいいかもしれない。
それが、いよいよ始める。
(ちょっと、わくわくするなぁ)
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