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65 未来への設計図

「おはようございます。朝食はこちらに用意してます。何かあったらお声がけくださいね」


「ありがとうございます」


ドルガ村《山鳴り亭》での朝。

今日はいよいよアルセリアへ帰る日だった。


「それにしても、昨日は驚くことばかりだったわね」


朝食を食べながらケイトが言う。


「まさか竜がいるとは思わなかったし、その竜が冒険者とコンビを組んで旅をしているなんて」


「世界って広いよね」


ミリスも頷く。


「それにクリアスライムの長までいたし」


「そうそう」


僕も頷いた。


そして少し悩んでいたことを二人へ話す。


「実はさ、ルルたちのことで考えていたんだ」


「ルルたち?」


「プラムさんからは色々な場所へ連れて行って経験を積ませてほしいって頼まれてるよね」


「そうね」


「でもアルセリアの浄化システムに組み込んじゃったら、ずっと同じ場所にいることになる」


ミリスも気づいたようだった。


「それじゃ修行にならないね」


「そうなんだ」


僕は頷く。


「できれば街も良くしたいし、プラムさんとの約束も守りたい」


「難しいわね」


ケイトが腕を組む。

その時だった。


「何かお困りですか?」


女将さんがやって来た。



クリアスライムの話になる。


「この村には昔からたくさんいたんですか?」


僕が尋ねる。


「そうねぇ」


女将は懐かしそうに笑う。


「私が子どもの頃なんて、川でクリアスライムを追いかけて遊んでいたくらいよ」


「そんなにいたんですか」


「今でもいるけど、源流の方が多いわね」


「増えたり減ったりは?」


女将も首を傾げる。


「気が付いたら増えているし、気が付いたら減っているし。ただ……」


「ただ?」


「男の子が棒で叩いで分裂して2つになったとかはあったような……」


(おいおい、それは流石にできないよ……)


僕は少し考え込んだ。


「リュシアさんに聞いてみる?」


ケイトが提案する。


「フレンド登録したんだし」


「それがいいと思う」


ミリスも賛成した。


「そうだね。帰りながら聞いてみよう」



こうして僕たちは源流のある山村ドルガを後にした。


短い滞在だったが、得たものは大きかった。


紅翼竜ラグナ。

元竜騎士リュシア。

クリアスライムの長プラム。

そしてルル、ナギ、コロ。


それらはいずれも、アルセリアの未来を変えるかもしれない出会いだった。



その日の夕方。

僕たちはフィーネへ到着した。


「ようやく半分ね」


「あと少しだ」


「今日はここで泊まろう」


三人でそう決める。


夕食まで少し時間があった。

僕はルルたちを連れて川へ向かった。



「さてと」


ルルは相変わらず元気だ。

ナギは眠そうだ。

コロは無言で周囲を見ている。


「まずは水質調査かな」


僕はスキルを発動する。


「《水質解析》」


ーーーーーーーーーー

場所:フィーネ村

・透明度:A

・魔力含有:C

・微生物:D

・有毒性:D


総合評価:A

ーーーーーーーーーー


「やっぱり綺麗だな」


アルセリアよりかなり良い。

ただ、源流ほどではない。そんな印象だった。


「じゃあ下流は?」


僕は移動する。再びスキルを発動した。


「《水質解析》」


ーーーーーーーーーー

場所:フィーネ村下流

・透明度:A

・魔力含有:C

・微生物:C

・有毒性:D


総合評価:A

ーーーーーーーーーー


「ん?」


僕は首を傾げた。


(思ったより悪くなってないな)


生活排水が流れているはずだったが、大きく悪化していない。


(何かあるのかな……)



しばらく歩くと、僕は村外れに見慣れない施設を見つけた。


木で囲われた区画に独特の匂い。


「なんだろう?」


僕が近付くと、畑仕事をしていた老人が笑った。


「珍しいかい?」


「はい」


「それは肥溜めだよ」


「肥溜め?」


僕は思わず聞き返した。


「人や家畜の糞尿を集める場所じゃよ」


「ええっ!?」


だが、それだけでは終わらなかった。


「溜めるだけじゃないんだ」


老人は続ける。


「落ち葉や藁と混ぜて発酵させるんだ」


「発酵ですか?」


「そうだよ」


僕は興味を持った。


「発酵すると何が起きるんです?」


「熱が出る」


「熱?」


老人は当たり前のように言った。


僕は思わず肥溜めへ視線を向ける。


《臨床検査》


すると内部で魔力がゆっくりと拡散しているのが見えた。


濃く偏っていた魔力が、時間をかけて均一になっている。


まるで循環遮断の逆だった。


(なるほど……)


(発酵とは、魔力を拡散して安定化させる現象で、熱を発するのか)


さらに気になった僕はスキルを発動する。


《寄生異物検査》


(反応がない?)


何度確認しても同じだった。


寄生虫の卵も。

幼虫も。


何も検出されなかった。


「もしかして、寄生虫も死ぬんですか?」


老人は頷いた。


「そうだよ。よくわかったね。昔の人が経験で見つけたんだろうな」


老人は感心したように頷いた。


「ちゃんと発酵させれば病気にもなりにくいわけですね」


(すごい……)


前世なら衛生学の世界だ。

だがこの世界では生活の知恵として受け継がれている。


「そして肥料になる」


老人は畑を指差した。


「肥料がある畑とない畑じゃ、収穫量は三倍近く違うんだぞ」


「三倍!?」


思わず声が出た。


「村人の常識だな」


老人は笑った。



その後、僕は共同浴場へ向かった。


ここは以前、フィーネへ来た時にも利用した場所だ。

その時も排水を工夫している話は聞いた。

だが、今回はもう少し詳しく知りたかった。


「また来たのか」


管理人が笑う。


「はい」


僕は頷いた。


「前回聞いた排水の話を、もう少し詳しく教えてほしくて」


管理人は嬉しそうだった。

こういう話を聞きたがる客は珍しいらしい。



浴場の裏へ案内され、最初は紹介されたのは「沈殿池」だった。


「ここで大きな汚れを沈める場所なんだ」


「で次の池が「植物池」。ここでは植物が水を綺麗にしてくれる」


「植物がですか?」


「そうだ」


「この植物、なんて名前なんですか?」


僕は植物池に生えている細長い葉の植物を指差した。


「ミズクサだな」


管理人は答えた。


「えっ、ミズクサ?」


「まっ正式な名前は知らんのだ。わるい笑。昔からそう呼ん出るだけでな」


僕は興味を持ち、その植物に向かってスキルを発動した。


「《臨床検査》」


植物の中に流れる魔力が可視化され、非常にゆっくりと流れている。

その中え、根っこの部分にたくさんの魔力が集まっているのが見えた。


「すみません、この植物って根っこに何か特徴があるんですか?」


「おーよくわかったな。根っこにはいくつものコブがあってな、そこが水を綺麗にしていると言われているんだ」


(なるほど……)


僕は根元をよく観察する。


すると根の周囲には微細な魔力がチカチカとしていた。


「もしかして……」


「《微生物検査》!」


(これは……)


無数の微生物たちが根の周囲に住み着いているのがわかった。

植物が水を浄化しているのではない。


植物が微生物の住処を作り、その微生物が汚れを分解しているのだ。


(植物と微生物の共同作業か)


これは面白い発見だった。


「お願いがあります」


僕は管理人へ向き直った。


「なんだ?」


「このミズクサを少し分けていただけませんか?」


「草をか?」


「はい」


「アルセリアで試してみたいんです」


管理人は少し驚いた顔をして、すぐに笑っていた。


「そんなもんで良ければいくらでも持っていけ」


「本当ですか!?」


「ただし条件がある」


僕は姿勢を正した。


「なんでしょうか?」


「うまくいったら教えてくれ」


管理人は笑う。


「フィーネの知恵が役に立つなら嬉しいからな」



さらに管理人は別の話をしてくれた。


「実はな、この浄化池がうまく動くのにはもう一つ理由があるんだ」


「理由ですか?」


「そう、それは石鹸だ」


僕は思わず反応した。


「石鹸?」


「うちは昔から灰汁石鹸しか使わん」


「やっぱりそうなんですね」


管理人は頷いた。


「変な石鹸を使うと池の調子が悪くなる」


「池の調子?」


「植物も元気がなくなるし、水の色も濁る」


ふむふむ。


「で、汚れを落とすための石鹸が、今度は川を汚してしまうという悪循環だな。

だから石鹸選びも大事なんだよ」


(なるほど……)


僕の頭の中で繋がった。

汚れを落とすだけでは駄目だということ。

その後の循環まで考えなければならないことが


「そういえば」


管理人が不思議そうな顔をする。


「お前さん、石鹸に詳しいな」


「あっ、実は少しだけ作れるんです」


「ほう」


「でも量産はしたことがなくて」


管理人は笑った。


「量産したいのか」


「はい」


「街で使いたいと思っていて」


管理人は腕を組んだ。


「それなら作り方より段取りを覚えた方がいい」


「段取り?」


管理人は浴場の裏にある倉庫を見せてくれた。

そこには大量の木灰が保管されていた。


さらに獣脂の樽。

乾燥させた薬草。

完成した石鹸。


「石鹸作りは冬にまとめてやるんだ」


「まとめてですか?」


「村人総出だな」


管理人は笑う。


「木灰を集める者。油を集める者。薬草を集める者。形を整える者。保管する者」


(確かに……)


「全部役割分担なんだよ」


(分業……)


前世の工場と同じ考え方だった。


「一人で作るんじゃない。村全体で作るんだ」


その言葉は妙に心に響いた。



最後に紹介されたのは、川へ続く小川だった。

綺麗になった水が流れている。


川へ合流する頃には、最初に調べた上流の水とほとんど変わらない状態になっていた。


(すごい……)


この村には、クリアスライムはいない。

それでもしっかりと浄化ができているのだった。


(そうか……)


僕は考える。


風呂屋も。

石鹸も。

浄化池も。

全部一人でやろうとしていた。


でも違う。


街づくりは一人ではできない。

仲間が必要だ。

役割が必要だ。

仕組みが必要だ。



僕は深く頭を下げてお礼を言った。


「ありがとうございます!」


こうして僕は、ミズクサの株を手に入れ、幾つかの学びを得た。


(天の声)

《スキル《入浴排水の浄化》を取得しました》

《スキル《糞便の活かし方》を取得しました》

《スキル《石鹸の量産》を取得しました》



僕は川辺へ腰を下ろし、スケッチブックを開く。


風呂屋。

浄化池。

ミズクサ。

クリアスライム。

堆肥場。

農作物。

そして街。


一本一本の線が繋がっていく。


(クリアスライムだけに頼る必要はない……)


(人間の知恵もあるし、自然の力もある……)


(全部組み合わせればいいんだ……)


ルルが覗き込む。


「プギュ?」


僕は笑った。


「未来予想図だよ」


「……ぷゅ?」


コロも負けずと覗き込んでくる。

ちなみにナギは疲れたのか、僕の肩の上で器用に寝ている。


「アルセリアをもっと良い街にするためのね」


夕暮れの川面が赤く染まっていた。

僕の頭の中では、新しいアルセリアの姿が少しずつ形になり始めている。


(アルセリアに必要なのは、一つの奇跡ではない。循環する仕組みだったんだな……と)

読んでいただきありがとうございます!

今回にて、第3章「冒険者と源流」は終了となります。

次回からは、第4章「アルセリア再生」を予定しております。次回もよろしくお願いします。


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