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63 プラムの小さな弟子

「実は、あなたたちにアルセリアへ来ていただきたいんです」


滝の轟音の中。

プラムの目が、ゆっくりと細められた。


「ほう」


巨大なクリアスライムは静かに身体を揺らす。


「まずは話を聞こうではないか」


「はい」


僕は深呼吸をした。


そして、アルセリアの現状について説明を始めた。


寄生虫病の問題。

水質汚染。

スラム街の衛生環境。

そして、僕が進めている風呂屋の計画。

人々の暮らしを少しでも良くしたいという思い。


できるだけ分かりやすく伝えた。


プラムは途中で口を挟むこともなく、静かに話を聞いていた。

そして全てを聞き終えると、ゆっくりと口を開いた。


「……なるほど」


ぷるん。


身体がわずかに揺れる。


「確かに深刻な状況のようじゃな」


少し間を置いて続ける。


「人間にとっては、だが」


「……」


僕は黙って次の言葉を待った。


「お主たち人間が勝手に招いた問題でもあるように思える」


プラムの声は責めるようなものではない。

ただ事実を述べているだけだった。


「それについてはどう考えておるんじゃ?」


僕は頷いた。


「おっしゃる通りです」


ケイトとミリスも驚いたようにこちらを見る。


「衛生環境が悪化したのは、人間が集まり、暮らしを便利にしようとした結果です」


「うむ」


「森を切り開き、川の流れを変え、土地を利用してきました」


プラムは静かに聞いている。


「でも、人間は悪意を持ってそれをしたわけではありません」


僕は続ける。


「人間は一人では生きられない生き物です。外敵から身を守るために集まり、家族や仲間と共に暮らし、より安全に生きるために街を作ってきました」


「その結果が今のアルセリアです」


プラムは黙ったままだ。

だから僕はさらに続けた。


「プラムさん」


「うむ」


「僕は今日、初めて《浄化》という力を見ました」


滝壺に集まるクリアスライムたちを見る。


「寄生虫の問題も、水質汚染の問題も、人間が作った問題です」


「うむ」


「でも、人間だけでは解決できない問題もあります」


僕はアルセリアの方向へ視線を向けた。


「病気で苦しむ人がいます」


「汚れた水を飲まなければならない人もいます」


「子どもたちもいます」


プラムは静かに聞いている。


「僕は医者じゃありませんし、治療魔法も使えません。でも、検査をして原因を見つけることはできます」


《臨床検査》。


《生命反応感知》。


僕にできること。


「そして今、一つの答えを見つけました」


「ほう?」


「それがクリアスライムです」


周囲にいる透明なスライムたちを見渡す。


「皆さんの力があれば、アルセリアはもっと住みやすい街になると思うんです」


「人間だけじゃなくて、川の魚も、森の動物も、もっと生きやすくなると思うんです。だからお願いです」


僕は深く頭を下げた。


「僕たちに力を貸してください」



しばらく沈黙が続いた。

滝の音だけが響いている。


やがてプラムが口を開いた。


「うむ。ノアと言ったか」


「はい」


「アルセリア川は、ある意味ワシそのものでもある」


「えっ?」


「源流で生まれた水は、やがて川となり街へ流れる」


「その流れはワシらクリアスライムの生命とも繋がっておる」


プラムはゆっくりと続けた。


「だから下流で何が起きているのかも、ある程度は分かる」


「そうだったんですか!?」


ミリスが驚く。


「川の魚が減ったことも、水辺の植物が弱っておることも、知っておった」


「なら、どうして……」


ケイトが尋ねる。


プラムは穏やかに答えた。


「ワシらは人間とは時間の流れ方が違う。10年も100年も大差ない。そのうち自然に戻ると思っておった」


なるほど。


クリアスライムからすれば数十年など誤差なのだ。


「じゃが」


プラムは僕を見る。


「お主は違う」


「え?」


「良くしようとしておる。しかも人間だけではなく、この土地全体をじゃ」


プラムは少し楽しそうだった。


「それなら断る理由もない」


「それでは……!」


「うむ」


僕は思わず拳を握った。

成功だ。


だが。


「ただし」


プラムが続ける。


「さすがにワシが行くわけにはいかん」


「ですよね」


僕も苦笑した。


ラグナ級の巨大スライムが街へ来たら大騒ぎになる。


「そこでじゃ」


プラムが身体を揺らす。


「三匹ほど若い者を付けよう」


「若い者?」


「弟子たちじゃ」



「ルル、ナギ、コロ」


プラムが呼ぶ。

すると三匹のクリアスライムが前へ出てきた。


一匹目は落ち着きなく飛び跳ねている。


「プギュ!」


二匹目は大きな欠伸をしていた。


「ぷゅ〜……」


三匹目は静かにこちらを見ている。


「……ぷゅ」


「個性強そうだね」


ケイトが呟く。


「うん」


ミリスも頷く。


「なんか、ノアが増えたみたい」


「どういう意味!?」


「冒険が好きそう」


「まだ何もしてないよね!?」


二人が笑う。


プラムもどこか楽しそうだった。


「こやつら三匹は《浄化》を扱える」


「それに、それぞれユニークスキルも持っておる」


「ユニークスキル?」


「まだ未熟じゃがな」


プラムは三匹を見る。


「経験を積ませたい」


そして僕へ視線を向けた。


「ノアよ」


「はい」


「しばらくの間、こやつらを色々な場所へ連れて行ってやってくれ」


「多くのものを見て、多くのものを感じて。一人前のクリアスライムにならねばならんのでな」


僕は大きく頷いた。


「もちろんです!」


「よろしくね、ルル、ナギ、コロ!」


「プギュ!」


「ぷゅ〜」


「……ぷゅ」


言葉は通じない。


それでも三匹は、よろしくと言っているように見えた。


「なんか一気に賑やかになったね」


ミリスが笑う。


「帰り道も退屈しなさそう」


ケイトも頷いた。



こうして、この旅の目的は達成された。

そして、今回の異変の原因はラグナだった。


正確には、ラグナが放出していた膨大な魔力。


その影響で動物たちは山から逃げ出し、一部の生物はモンスター化していた。


だから生命反応が減っていた。

だからモンスターが増えていた。


全ての説明がついた。


ドルガ村周辺は、本来クリアスライムによって守られている土地だった。


《浄化》によって環境が整えられ、魚や鳥、小動物たちが豊かに暮らしている。


そんな特別な場所だったのだ。



「では、気をつけて帰るのじゃぞ」


プラムが言う。


「はい!」


「ありがとうございました!」


「お世話になりました!」


僕たちは頭を下げる。


そしてルル、ナギ、コロを連れて源流を後にした。



遠ざかるノアたちの背中を、プラムは静かに見つめていた。


「それにしても……」


ぷるりと身体を揺らす。


「不思議な少年じゃったな」


どこか懐かしい。


遠い昔に出会った


千年近く前。


まだこの世界が今とは違う姿だった頃。


共に旅をした一人の人間。


「ユウジよ……」


その名を口にすると、プラムは少しだけ寂しそうに笑った。


「まさか、お主の弟子ということはあるまいな」


滝の轟音だけが静かに響いていた。


読んでいただきありがとうございます!

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次回もよろしくお願いします。

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