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62 クリアスライムの長のお仕事

紅翼竜ラグナに続いてクリアスライムの長まで登場するという、まるで怪獣大決戦のような状況に、僕は驚きっぱなしだった。


巨大なクリアスライム――プラムは、ぷるんと身体を揺らしながら僕たちを見下ろした。


「なんじゃ。ちっちゃい人間もおるんか」


ぷるぷる。


その巨大な瞳が僕を見つめる。


「ふむ……おっ、変な魔力を持つ人間じゃな」


「変な魔力?」


思わず聞き返した。


するとラグナも興味を示したように首を傾げる。


「プラムよ。お前には分かるのか?」


「もちろんじゃ」


プラムは当然のように答えた。


「この坊主の魔力の流れは、人間というよりもワシらクリアスライムに近い」


「へっ!?」


僕は思わず変な声を上げた。


「どういうこと、ノア?」


ミリスが慌てて聞いてくる。


「いや、僕が知るわけないよ。むしろ僕が聞きたいです」


「まぁ、ノアならそういうこともあるか」


ケイトは妙に納得した顔をしている。


「どういう意味!?」


「なんとなく」


「なんとなくで納得しないで!」


ケイトは肩をすくめた。


プラムはそんなやり取りを見ながら、のんびりと続ける。


「まぁ、変わったユニークスキルでも持っておるんじゃろう。ワシにはどうでもよいことじゃ」


(気になること言っておいて興味ないのかよ……)


僕は思わず心の中で突っ込んだ。



「それはそうと、古き友ラグナよ」


プラムが巨大な身体を向ける。


「まだ浄化の途中だったのだが、よかったのか?」


「ラグナー」


リュシアがじとっとした目を向けた。


「そうだったな……」


ラグナは少し気まずそうに視線を逸らした。


「では、お願いするとしよう」


「うむ」


プラムは静かに頷く。


そして――。


「《超浄化》」


その瞬間だった。


淡い青白い光がプラムの身体から溢れ出す。


光は水のように流れ、ラグナの全身を包み込んだ。


「おお……」


僕は思わず声を漏らした。


先ほどの戦闘で負った傷が、みるみる塞がっていく。


砕けた鱗。

裂けた皮膚。

翼の付け根の傷。


その全てが回復していく。


生命力ゲージも一気に満タンへ戻った。


だが、それ以上に僕が驚いたのは別の部分だった。


《臨床検査》で見える魔力の流れ。


先ほどまでラグナの体内を巡っていた禍々しい黒ずみが、少しずつ消えていく。


荒れ狂う濁流のようだった流れが、巨大な大河のような穏やかな流れへ変化していくのだ。


それと同時にプラムの中へ青白い流れが流れ込んでいき、プラムの中で消失した。


(これは……)


(回復魔法じゃない)


(循環そのものを正常化している?)


僕は思わず見入ってしまった。


「回復した……」


「すごい……」


ケイトとミリスも驚いている。


ラグナはゆっくり身体を起こした。


「すまんな、プラム。いつも世話になっておる」


「気にするな」


プラムは穏やかに答えた。


「長い付き合いじゃからの」



「ラグナさんは定期的にここへ来ているんですか?」


僕は素朴な疑問を口にした。


「おう」


ラグナは大きく頷く。


「だいたい半世紀に一度くらいのペースでな」


(半世紀って五十年だよな……)


「プラムに余分な魔力を落としてもらっておる」


「あっ」


僕は思わず声を上げた。


「ドルガ村の人が言っていた五十年ごとの異変って……」


「おそらく我が原因だな」


ラグナは悪びれもなく言った。


「おい」


リュシアが睨む。


「少しは申し訳なさそうにしなさい」


「すまん」


「謝るの早っ!」


ミリスが吹き出した。



ラグナは少し真面目な顔になった。


「我ら竜族は膨大な魔力を抱えて生きている」


(それは見れば分かる)


「だがな、その魔力も無限ではない」


「無限じゃないんですか?」


「生物には、それぞれ保持できる魔力量の限界がある」


今度はリュシアが説明を引き継いだ。


「竜族は他の生物より遥かに大きな器を持っている。でも限界は存在する」


「それは超えたら何がまずいのですか?」


僕が尋ねる。


リュシアは静かに答えた。


「暴走する」


その言葉に空気が少し重くなった。


「暴走した先にあるもの。それがモンスターだ」


「えっ……」


ケイトが目を見開く。


「つまり、モンスターって……」


「ああ」


リュシアは頷いた。


「魔力が限界を超えた生物の成れの果てだ」


僕たちは言葉を失った。


動物がモンスターになる。


それは理解できる。


だが――。


「人間も……ですか?」


僕は恐る恐る尋ねた。


「ああ」


リュシアは迷いなく答えた。


「人間も例外じゃない」


静寂が落ちる。


衝撃だった。


モンスターとは別の生き物ではない。

元は同じ生命なのだ。


「だからラグナはこうして定期的に浄化を受けている」


「なるほど……」


僕は小さく呟いた。


「《浄化》というのは、余分な魔力を解放するスキルなんですね」


「簡単に言えばそうだな」


リュシアは頷く。


「魔力を適正な量まで戻す技だ」


僕の頭の中では、すでに別の思考が始まっていた。


(循環を整える)


(余剰な魔力を除去する)


(その魔力は一体どこに?)


完全に研究対象だった。



「でも、それなら――」


ミリスが手を挙げた。


「《浄化》を使えば、モンスターを全部元に戻せるのかな?」


思わぬ発見をしたようなミリスだった。

だが、プラムはゆっくり首を横に振る。


「そう簡単な話ではないのぉ」


「違うの?」


「まず、《浄化》を使える者が少なすぎる」


プラムは滝壺の周囲にいるクリアスライムたちへ視線を向けた。


「《浄化》を扱えるのは、クリアスライムだけなんじゃ」


「そうなんだ……」


ケイトも驚いている。


「それに」


今度はリュシアが補足した。


「モンスター化が進みすぎると、浄化だけでは戻らなくなる」


「戻らない?」


「理性が消え、身体そのものが変質してしまうんだ」


「つまり……」


「手遅れということだ」


空気が少し重くなった。


僕たちは普段、モンスターを倒している。


だが、そのモンスターたちも元は普通の生き物だったのかもしれない。


「だからこそ、暴走する前に循環を整えることが大事なんじゃ」


プラムが言った。


「ワシらは世界中を旅しておるわけではない。じゃが、水を清め、魔力を整え、この土地の循環を保つ。それがワシらの役目じゃ」


僕は思わず滝壺を見渡した。


透明なクリアスライムたち。

彼らはただ水辺に住む珍しいモンスターではなかった。

この土地の自然環境そのものを支える存在だったのだ。


(すごいな……)


(アルセリアに絶対必要じゃないか)


研究者としても。

風呂屋としても。

街づくりを考える立場としても。


欲しい。


とても欲しい。



「さて」


リュシアが立ち上がった。


「私たちもそろそろ行くか」


「うむ」


ラグナも翼を広げる。

その動きだけで周囲に風が巻き起こった。


「もう行くんですか?」


僕が尋ねる。


「放浪者だからな」


リュシアは笑った。


「同じ場所に長く留まる性格じゃない」


「それに我も退屈は嫌いだ」


「お前の場合は少し落ち着け」


「むぅ」


ラグナが不満そうな顔をした。


「そうだ」


リュシアが何か思いついたように言う。


「せっかくだし、フレンド登録しておこうか?」


「えっ!?」


思わず声が出た。


まさかそんな提案が来るとは思わなかった。


「いいんですか?」


「もちろん」


リュシアは笑う。


「ラグナが迷惑をかけたしな」


「おい」


ラグナが抗議する。


「我は迷惑などかけておらんぞ」


リュシアは無言でラグナを見る。

ラグナは視線を逸らした。


「……」


「……」


「ククククク」


ミリスが吹き出した。


「やっぱり怒られてる」


「怒られてるね」


ケイトも頷く。


こうして僕のフレンドリストに、新たな名前が加わった。


リュシア・アークライト。


異国から来た元竜騎士。

そして――紅翼竜ラグナ。


なんだかとんでもない知り合いができてしまった気がする。



結局、今回の異変の原因はラグナだった。


正確には、ラグナが放出していた膨大な魔力。

その影響で周辺の動物たちは恐れをなし、山から逃げ出していた。

一部の生物は魔力の影響を受け、モンスター化していたらしい。


だから生命反応が減っていた。

だからモンスターが増えていた。


全ての説明がついた。


ドルガ村周辺は、もともとクリアスライムが生息する特別な土地だった。

《浄化》の影響もあり、本来はモンスターが少ない。

その代わり、魚や鳥、小動物たちが豊かに暮らしている。


そんな自然豊かな場所だったのだ。



「では、またどこかでな」


リュシアはラグナの背へ飛び乗った。


「次は街を燃やさないでね」


「だから燃やしておらん!」


「今回はね」


「今回はってなんだ!」


ラグナが抗議する。


だが、そのやり取りはどこか楽しそうだった。


次の瞬間。


バサァァァァッ!!


巨大な翼が広がる。


轟風。

飛沫。


そして紅翼竜は空へ舞い上がった。


あっという間に小さくなり、雲の向こうへ消えていく。


「行っちゃったね」


ミリスが呟く。


「すごい人たちだったね」


ケイトも頷いた。

僕も同感だった。


だが――。


まだ、僕たちの依頼は終わっていない。

むしろ、ここからが本番だった。


僕はゆっくりとプラムへ向き直る。


「で、クリアスライムの長であられますプラムさん」


「うむ?」


巨大なスライムがこちらを見る。


「一つ、お願いがあるのですが……」


「なんじゃ?」


僕は大きく息を吸った。


読んでいただきありがとうございます!

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次回もよろしくお願いします。

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