62 クリアスライムの長のお仕事
紅翼竜ラグナに続いてクリアスライムの長まで登場するという、まるで怪獣大決戦のような状況に、僕は驚きっぱなしだった。
巨大なクリアスライム――プラムは、ぷるんと身体を揺らしながら僕たちを見下ろした。
「なんじゃ。ちっちゃい人間もおるんか」
ぷるぷる。
その巨大な瞳が僕を見つめる。
「ふむ……おっ、変な魔力を持つ人間じゃな」
「変な魔力?」
思わず聞き返した。
するとラグナも興味を示したように首を傾げる。
「プラムよ。お前には分かるのか?」
「もちろんじゃ」
プラムは当然のように答えた。
「この坊主の魔力の流れは、人間というよりもワシらクリアスライムに近い」
「へっ!?」
僕は思わず変な声を上げた。
「どういうこと、ノア?」
ミリスが慌てて聞いてくる。
「いや、僕が知るわけないよ。むしろ僕が聞きたいです」
「まぁ、ノアならそういうこともあるか」
ケイトは妙に納得した顔をしている。
「どういう意味!?」
「なんとなく」
「なんとなくで納得しないで!」
ケイトは肩をすくめた。
プラムはそんなやり取りを見ながら、のんびりと続ける。
「まぁ、変わったユニークスキルでも持っておるんじゃろう。ワシにはどうでもよいことじゃ」
(気になること言っておいて興味ないのかよ……)
僕は思わず心の中で突っ込んだ。
◇
「それはそうと、古き友ラグナよ」
プラムが巨大な身体を向ける。
「まだ浄化の途中だったのだが、よかったのか?」
「ラグナー」
リュシアがじとっとした目を向けた。
「そうだったな……」
ラグナは少し気まずそうに視線を逸らした。
「では、お願いするとしよう」
「うむ」
プラムは静かに頷く。
そして――。
「《超浄化》」
その瞬間だった。
淡い青白い光がプラムの身体から溢れ出す。
光は水のように流れ、ラグナの全身を包み込んだ。
「おお……」
僕は思わず声を漏らした。
先ほどの戦闘で負った傷が、みるみる塞がっていく。
砕けた鱗。
裂けた皮膚。
翼の付け根の傷。
その全てが回復していく。
生命力ゲージも一気に満タンへ戻った。
だが、それ以上に僕が驚いたのは別の部分だった。
《臨床検査》で見える魔力の流れ。
先ほどまでラグナの体内を巡っていた禍々しい黒ずみが、少しずつ消えていく。
荒れ狂う濁流のようだった流れが、巨大な大河のような穏やかな流れへ変化していくのだ。
それと同時にプラムの中へ青白い流れが流れ込んでいき、プラムの中で消失した。
(これは……)
(回復魔法じゃない)
(循環そのものを正常化している?)
僕は思わず見入ってしまった。
「回復した……」
「すごい……」
ケイトとミリスも驚いている。
ラグナはゆっくり身体を起こした。
「すまんな、プラム。いつも世話になっておる」
「気にするな」
プラムは穏やかに答えた。
「長い付き合いじゃからの」
◇
「ラグナさんは定期的にここへ来ているんですか?」
僕は素朴な疑問を口にした。
「おう」
ラグナは大きく頷く。
「だいたい半世紀に一度くらいのペースでな」
(半世紀って五十年だよな……)
「プラムに余分な魔力を落としてもらっておる」
「あっ」
僕は思わず声を上げた。
「ドルガ村の人が言っていた五十年ごとの異変って……」
「おそらく我が原因だな」
ラグナは悪びれもなく言った。
「おい」
リュシアが睨む。
「少しは申し訳なさそうにしなさい」
「すまん」
「謝るの早っ!」
ミリスが吹き出した。
◇
ラグナは少し真面目な顔になった。
「我ら竜族は膨大な魔力を抱えて生きている」
(それは見れば分かる)
「だがな、その魔力も無限ではない」
「無限じゃないんですか?」
「生物には、それぞれ保持できる魔力量の限界がある」
今度はリュシアが説明を引き継いだ。
「竜族は他の生物より遥かに大きな器を持っている。でも限界は存在する」
「それは超えたら何がまずいのですか?」
僕が尋ねる。
リュシアは静かに答えた。
「暴走する」
その言葉に空気が少し重くなった。
「暴走した先にあるもの。それがモンスターだ」
「えっ……」
ケイトが目を見開く。
「つまり、モンスターって……」
「ああ」
リュシアは頷いた。
「魔力が限界を超えた生物の成れの果てだ」
僕たちは言葉を失った。
動物がモンスターになる。
それは理解できる。
だが――。
「人間も……ですか?」
僕は恐る恐る尋ねた。
「ああ」
リュシアは迷いなく答えた。
「人間も例外じゃない」
静寂が落ちる。
衝撃だった。
モンスターとは別の生き物ではない。
元は同じ生命なのだ。
「だからラグナはこうして定期的に浄化を受けている」
「なるほど……」
僕は小さく呟いた。
「《浄化》というのは、余分な魔力を解放するスキルなんですね」
「簡単に言えばそうだな」
リュシアは頷く。
「魔力を適正な量まで戻す技だ」
僕の頭の中では、すでに別の思考が始まっていた。
(循環を整える)
(余剰な魔力を除去する)
(その魔力は一体どこに?)
完全に研究対象だった。
「でも、それなら――」
ミリスが手を挙げた。
「《浄化》を使えば、モンスターを全部元に戻せるのかな?」
思わぬ発見をしたようなミリスだった。
だが、プラムはゆっくり首を横に振る。
「そう簡単な話ではないのぉ」
「違うの?」
「まず、《浄化》を使える者が少なすぎる」
プラムは滝壺の周囲にいるクリアスライムたちへ視線を向けた。
「《浄化》を扱えるのは、クリアスライムだけなんじゃ」
「そうなんだ……」
ケイトも驚いている。
「それに」
今度はリュシアが補足した。
「モンスター化が進みすぎると、浄化だけでは戻らなくなる」
「戻らない?」
「理性が消え、身体そのものが変質してしまうんだ」
「つまり……」
「手遅れということだ」
空気が少し重くなった。
僕たちは普段、モンスターを倒している。
だが、そのモンスターたちも元は普通の生き物だったのかもしれない。
「だからこそ、暴走する前に循環を整えることが大事なんじゃ」
プラムが言った。
「ワシらは世界中を旅しておるわけではない。じゃが、水を清め、魔力を整え、この土地の循環を保つ。それがワシらの役目じゃ」
僕は思わず滝壺を見渡した。
透明なクリアスライムたち。
彼らはただ水辺に住む珍しいモンスターではなかった。
この土地の自然環境そのものを支える存在だったのだ。
(すごいな……)
(アルセリアに絶対必要じゃないか)
研究者としても。
風呂屋としても。
街づくりを考える立場としても。
欲しい。
とても欲しい。
◇
「さて」
リュシアが立ち上がった。
「私たちもそろそろ行くか」
「うむ」
ラグナも翼を広げる。
その動きだけで周囲に風が巻き起こった。
「もう行くんですか?」
僕が尋ねる。
「放浪者だからな」
リュシアは笑った。
「同じ場所に長く留まる性格じゃない」
「それに我も退屈は嫌いだ」
「お前の場合は少し落ち着け」
「むぅ」
ラグナが不満そうな顔をした。
「そうだ」
リュシアが何か思いついたように言う。
「せっかくだし、フレンド登録しておこうか?」
「えっ!?」
思わず声が出た。
まさかそんな提案が来るとは思わなかった。
「いいんですか?」
「もちろん」
リュシアは笑う。
「ラグナが迷惑をかけたしな」
「おい」
ラグナが抗議する。
「我は迷惑などかけておらんぞ」
リュシアは無言でラグナを見る。
ラグナは視線を逸らした。
「……」
「……」
「ククククク」
ミリスが吹き出した。
「やっぱり怒られてる」
「怒られてるね」
ケイトも頷く。
こうして僕のフレンドリストに、新たな名前が加わった。
リュシア・アークライト。
異国から来た元竜騎士。
そして――紅翼竜ラグナ。
なんだかとんでもない知り合いができてしまった気がする。
◇
結局、今回の異変の原因はラグナだった。
正確には、ラグナが放出していた膨大な魔力。
その影響で周辺の動物たちは恐れをなし、山から逃げ出していた。
一部の生物は魔力の影響を受け、モンスター化していたらしい。
だから生命反応が減っていた。
だからモンスターが増えていた。
全ての説明がついた。
ドルガ村周辺は、もともとクリアスライムが生息する特別な土地だった。
《浄化》の影響もあり、本来はモンスターが少ない。
その代わり、魚や鳥、小動物たちが豊かに暮らしている。
そんな自然豊かな場所だったのだ。
◇
「では、またどこかでな」
リュシアはラグナの背へ飛び乗った。
「次は街を燃やさないでね」
「だから燃やしておらん!」
「今回はね」
「今回はってなんだ!」
ラグナが抗議する。
だが、そのやり取りはどこか楽しそうだった。
次の瞬間。
バサァァァァッ!!
巨大な翼が広がる。
轟風。
飛沫。
そして紅翼竜は空へ舞い上がった。
あっという間に小さくなり、雲の向こうへ消えていく。
「行っちゃったね」
ミリスが呟く。
「すごい人たちだったね」
ケイトも頷いた。
僕も同感だった。
だが――。
まだ、僕たちの依頼は終わっていない。
むしろ、ここからが本番だった。
僕はゆっくりとプラムへ向き直る。
「で、クリアスライムの長であられますプラムさん」
「うむ?」
巨大なスライムがこちらを見る。
「一つ、お願いがあるのですが……」
「なんじゃ?」
僕は大きく息を吸った。
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