60 紅翼竜ラグナ
ザバァァァァァン!!
滝が割れた。
轟音とともに大量の水飛沫が舞い上がる。
そこから現れたのは、紅色の鱗に覆われた巨大な生物だった。
鋭い爪。
太い尻尾。
巨大な翼。
そして黄金とも深紅とも見える双眸。
大きさは二十メートル近い。
これまで見てきたどのモンスターとも比較にならない存在感だった。
「えっ……うそでしょ……」
ケイトが声を漏らす。
「赤竜……」
ミリスも青ざめていた。
僕自身も言葉が出ない。
ただ、本能だけが叫んでいた。
逃げろ。
関わるな。
勝てる相手じゃない。
それでも――。
ここで逃げるわけにはいかなかった。
「ケイト!」
「……うん」
「ミリス!」
「分かってる」
二人は武器を構える。
「行くよ!」
「了解!」
「うん!」
僕はすぐにスキルを発動した。
「エリア臨床検査!」
ボワン。
生命力ゲージが現れる。
そして――。
「えっ……?」
「どうしたの?」
「生命力ゲージが青い……」
これまで見たことがない色だった。
赤でもない。
黄色でもない。
緑でもない。
深い青。
しかも、その長さが異常だった。
(なんだこれ……)
(倒せる相手なのか?)
◇
ヒュン!!
ケイトの矢が飛ぶ。
カンッ!!
硬い音が響いた。
矢は鱗に弾かれ、地面へ落ちる。
「硬っ!?」
「ミリス!」
「ウォーターランス!」
ゴォォォォォッ!!
水の槍が赤竜へ突き刺さる。
ドォン!!
水蒸気が上がった。
鱗の一部がわずかに削れる。
「効いてる!」
「水属性は有効みたい」
だが生命力ゲージはほとんど減っていなかった。
赤竜は首を少し傾げる。
まるで「面白いな」。
そう言っているようだった。
◇
「臨床検査!」
体内の青白い魔力が見える。
いや――。
これは流れじゃない。
奔流だ。
巨大な川が身体の中を流れているようだった。
フォレストウルフが小川なら、グレイディアは川。
目の前の赤竜は大河。いや、滝そのものだった。
(どこかにあるはずだ……)
必死に見る。
首。
胸。
翼。
脚。
腹。
そして見つけた。
「首元!」
「右翼!」
「胸!」
「了解!」
「任せて!」
僕は更に《循環遮断改》を放つ。
ピシッ!!
ピシッ!!
ピシッ!!
複数の滞りが生まれた。
ケイトの矢。
ミリスの魔法。
赤竜の生命力ゲージがわずかに減った。
「よし!」
「通じる!」
だが次の瞬間。
赤竜の魔力が急激に変化した。
胸。
喉。
口。
そこへ膨大な魔力が集まり始める。
(まずい!!)
「伏せろぉぉぉぉ!!」
ドゴォォォォォォン!!
火炎ブレスだった。
岩が砕ける。
木々が焼ける。
熱風が吹き荒れる。
全員が地面へ飛び込んだ。
あと一瞬遅ければ終わっていた。
「はぁ……」
「今のはやばい……」
「死ぬかと思った……」
生命力ゲージは赤色。
僕も、ケイトも、ミリスも。
(直接受けたわけでもないのに……)
「ポーション!」
ドルガ村で買ったポーションを取り出す。
三人で飲み干す。
生命力は緑へ戻った。
だが魔力は戻らない。
「ミリス、あと何発いける?」
「ウォーターランスなら二発……いや、一発を全力で撃つ方がいいかも」
「分かった」
◇
赤竜は本格的に動き始めた。
爪、尻尾、そして翼。
一撃一撃が災害だった。
ドゴォォン!!
岩場が吹き飛ぶ。
ザァァァン!!
尻尾が川面を割る。
「ケイト!」
「っ!」
ギリギリで回避。だが脇腹を掠めた。
生命力ゲージは黄色に変わる。
ミリスも魔力切れ寸前。
僕は頭痛が酷い。
それでも見る必要がある。
(見ろ)
(もっと見ろ)
(必ずある)
青白い流れを追い続ける。
そして――。
見つけた。
右翼の付け根。
巨大な魔力の奔流の中で、ただ一箇所だけ流れが大きく歪んでいた。
(ここだ!!)
(ケイト!)
(そこだ!)
(その場所を斬って!)
強く念じた。その瞬間だった。
「えっ……?」
ケイトが目を見開く。
「どうしたの?」
「今、一瞬……見えた」
「何?」
「青白い流れ」
今度はミリスも驚く。
「僕も見えた」
「えっ?」
「翼の付け根だよね?」
僕は息を呑んだ。
二人とも同じ場所を見ている。
僕が見ている世界を。
その瞬間。
頭の奥が熱くなる。
視界が揺れる。
そして――。
青白い光が僕から伸びた。
一本。
二本。
それはケイトとミリスへ繋がっていく。
まるで三人の意識が一本の糸で結ばれたようだった。
僕が見る。
二人も見る。
僕が気付く。
二人も気付く。
同じ景色。
同じ弱点。
同じ勝機。
(天の声)
《スキル《ビジョン連携》を取得しました》
《それに伴い、連携攻撃スキル《蒼穹の連環》を取得しました》
その瞬間。
頭の中へ知識が流れ込んできた。
《蒼穹の連環》ーー
視界を共有した仲間と共に放つ連携攻撃。
魔力介入。物理破壊。魔法貫通。
三つの力を一つの流れへ繋げる技。
(今なら届く……)
◇
「ケイト」
「うん」
「ミリス」
「任せて」
説明はいらなかった。
三人とも同じものを見ていた。
「今だ!!」
まず僕。
《循環遮断改》!
ピシィィィィッ!!
青白い奔流へ介入する。
滞りが生まれる。
だが今回は違う。
三人を繋ぐ光が、その一点へ収束していく。
《蒼穹の連環》
ゴォォォォォッ!!
三人の魔力が共鳴した。
僕の役割は魔力への直接介入。
流れを乱し。
弱点を作る。
次はケイト。
「強撃!!」
ドォォォォォン!!
全身全霊を込めた一撃。
魔力を失った部分へ剣が叩き込まれる。
鱗が砕ける。
肉が裂ける。
そして最後。
ミリス。
「これで終わりです!!」
「ウォーターランス!!」
ギュォォォォォッ!!
圧縮された水槍が、ケイトの作った傷口へ突き刺さる。
魔法による貫通。
内部へ直接叩き込まれた。
その瞬間だった。
ブチィィィィッ!!
今まで聞いたことのない音が響く。
赤竜の右翼を流れていた魔力循環が完全に断ち切られた。
「グォォォォォッ!?」
初めて赤竜が大きく動揺する。
右翼が止まる。
完全循環遮断。
巨体を支えていた飛行能力が失われる。
バキバキバキィィィッ!!
翼の付け根から嫌な音が響く。
「グガァァァァァァァッ!!」
赤竜が絶叫した。
巨体が大きく傾く。
そして――。
ザバァァァァァァン!!
滝壺へ落下した。
巨大な水柱が上がる。
◇
静寂。
誰も動かなかった。
「やった……?」
ケイトが呟く。
「勝ったの……?」
ミリスも信じられない顔をしている。
僕は生命力ゲージを確認した。
青。
まだ残っている。
だが大きく減っていた。
「まだ生きてる……でも……」
動かない。
十秒。
二十秒。
三十秒。
「もしかして……」
その時だった。
ドクン。
生命力ゲージが脈打つ。
ドクン。
ドクン。
「まずい」
滝壺の水面が盛り上がる。
ゴォォォォォォォッ!!
膨大な魔力。
今までの比ではない。
ザバァァァァァン!!
赤竜が再び姿を現した。
だが。
今度は違った。
瞳。
魔力。
圧力。
全てが別物だった。
いや。
今までの戦いは、本当に遊びだったのだと理解してしまった。
「嘘でしょ……」
「今まで本気じゃなかったの……?」
僕も理解する。
(あれは……)
(本気だ)
赤竜がゆっくりと翼を広げる。
周囲の空気が震える。
その時だった。
凛とした女性の声が、滝の轟音を切り裂いた。
「ラグナッ!」
赤竜の動きが止まる。
霧の向こうから、一人の女性が歩いてきた。
青みがかった紺色の髪。
長身。
腰には一本の剣。
昨夜、《山鳴り亭》で見かけた女剣士だった。
「そこまでだ」
赤竜は彼女を見る。
そして――。
初めて口を開いた。
「……来たか」
「「「えっ?」」」
竜が喋った。
そして、その竜を止めたのは昨夜の酒好きの女剣士だった。
滝の轟音の中。
僕たちは、ただ呆然とその二人を見つめることしかできなかった。
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