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59 源流に棲むもの

窓を開けると、外は濃い霧だった。


「下の川まで見下ろせる最高の景色なのに、真っ白だ……」


今日はいよいよ源流へ向かう日だ。


これから朝食だが、その前に念のためスキルを使ってみる。


「生命反応感知!」


ポワン。


マップを見る。


だが、昨日よりもさらに生命反応が少なくなったように感じた。


(やっぱり、おかしいな……)


朝食の席で、ケイトとミリスと食事をしながら、女将さんに源流について聞いてみる。


「ここ一週間くらいだろうかね。山の様子がおかしいんだよ」


女将さんは、困ったように眉を寄せた。


動物をまったく見かけなくなり、漁師も山へ入らなくなったらしい。


確かに、不穏な状況と言っていい。



食事を終えた僕たちは、ドルガ村唯一の道具屋を訪ねる。


「いらっしゃい。今日は何をお探しで?」


「実は、アルセリアから来まして、クリアスライムを探しているんです。源流へ行こうと思うのですが、何か情報はありますか?」


「クリアスライムですか。確かに、ここ一週間くらい見ませんね。彼らは普通ならこの辺りの川でも見かけるスライムですよ。何より、水が腐らなくなるから色々と重宝されるんです」


「それはすごいですね。襲ってきたりはしないんですか?」


「ないない。至って穏やかなモンスターですよ。むしろモンスターというより、精霊の一種なのかもと思うくらいです」


ケイトとミリスは顔を見合わせて驚いている。


「ノア。これなら、アルセリアも助かるんじゃない?」


「そうだね。ぜひともご協力たまわりたい」


「うんうん」


ミリスも頷く。


「それで、店主さん。源流についてなんですが……」


「んー、源流ですか。あそこは神の聖域とされていますからね。村の人間も神事の時くらいしか行かないんですよ。ダイダラボッチを見たとか、大きな光を見たとか、大きな尻尾を見たとか、色々と逸話はありますし」


(なんか、きな臭いな……)


「この一週間、動物たちがいなくなってるという話はどうです?」


「確かにそうなんです。虫や魚も見ないんですよ。あとは、山鳴りもしますしね」


「何か心当たりはないですか?」


「ないことはないんですが、親父や祖父に昔聞いた話では、五十年に一度くらい、こういったことがあるらしいんです。なので、私自身はあまり心配していないんです」


(なるほど、定期的にあるなら、地震みたいな一種の自然現象なのかもしれないな……)


「ありがとうございます。あっ、あとポーションは置いてありますか?」


「もちろんありますよ。いくつご入用です?」


「ケイト、どうする? 5つくらい買っておく?」


「うん、そうだね」


「じゃあ、5つください」


「まいどあり」


その横で、ミリスが棚をじっと見ていた。


「ノア。僕、このミサンガ欲しい」


(フィーネでも同じようなもの買ったよね……)


「しょうがないなぁ。一つで良いよね?」


「二つ。ケイトの分も」


「しめて、2100ゼニーです」


「どうぞ」


(ミリスさんも、おねだりが上手になったようで……)


「ケイト! ノアに買ってもらったよ。つけよー」


「うん、そうだね。ありがと、ノア」


(まぁ、喜んでいるならいいか)



村を出ると、整備されていた道はすぐに山道へと変わった。


道幅は細く、霧がかかっているため足元も見えづらい。

踏み外せば、谷底へ真っ逆さまもあり得そうだ。


「なんか、昨日よりもっと静かだね。朝だからかな?」


「ミリスもそう思う? やっぱり変だよね」


平和といえば平和なのかもしれない。

だが、鳥の声も虫の音も聞こえない。


うっすらと白く視界を覆う霧だけが、ゆっくりと流れている。


「そろそろ、川への分かれ道に着いても良さそうだけど」


ケイトがつぶやく。


「ケイト、ミリス。一度止まって!モンスターの反応だ」


「OK!」


「うん」


山特有の膝丈ほどの草が立ち並ぶ中、山側から何かが近づいてきた。


「来る!」


ガサッ。


ガサガサッ。


飛び出してきたのは、蛇型のモンスターだった。


全長は二メートルほど。

青灰色の鱗を持ち、身体には波紋のような模様が浮かんでいる。


「リップルスネークね」


「うん」


ケイトとミリスは、戦ったことがあるようだった。


「二人とも、あと2匹いる。草むらの中だよ」


「了解」


ケイトは剣を抜いた。

ミリスも杖を構える。

僕は《臨床検査》を発動した。


すると、目の前のリップルスネークの身体を巡る青白い魔力の流れが見えてくる。


蛇のように細長い身体の中を、川のように魔力が循環していた。


(あった)


頭の付け根。

青白い流れが渦を巻くように滞っている場所。


「ケイト! 首の後ろ!」


「了解!」


ケイトが一気に踏み込む。


ザシュッ!


剣が滞りを正確に斬り裂いた。


その瞬間――


ギャアアアッ!!


リップルスネークが大きくのけぞった。


傷自体は深くない。

だが、青白い魔力の流れが激しく乱れている。


(やっぱりだ!)


「もう一つ! 胴体中央!」


「任せて!」


ケイトは止まらない。

身体を回転させ、そのまま二撃目を放つ。


ズバァッ!!


二つ目の滞りが断ち切られた。


ブツッ。


魔力の流れの一部が完全に途切れる。

リップルスネークはその場で硬直し、そのまま地面へ崩れ落ちた。


「倒した!?」


「うん! 生命力ゲージが消えた!」


「なにそれ、便利すぎるでしょ!」


ケイトが笑う。


だが、戦いはまだ終わっていなかった。


左の草むらから2匹目が飛び出す。


「ミリス!」


「うん!」


ミリスが杖を前へ突き出した。


「ウォーターボール!」


バシャァァッ!!


巨大な水球がリップルスネークへ直撃する。

蛇は吹き飛ばされる。

だが、まだ生きていた。


(今度は……)


《臨床検査》を重ねる。


すると首元の少し下に、異様に濃い魔力の塊が見えた。


「ケイト! 首の下!」


「そこね!」


ザシュッ!


切り裂かれた瞬間――


ブシャァッ!!


紫色の液体が噴き出した。


「うわっ!?」


ケイトは慌てて飛び退く。


液体が地面へ落ちる。


ジュウウウッ……。


草が溶けた。


「毒!?」


「そう。そこが毒袋みたい!」


「先に言ってよ!」


「今見つけたんだって!」


「それを先に言うって言うの!」


(仲良いな……)


そんなことを考えている間に、ミリスが追撃に入った。


「ウォーターアロー!」


ズドッ!!


水の矢が、首元の滞りへ突き刺さる。


青白い魔力の流れが一気に乱れた。


リップルスネークは力なく倒れる。


2匹目撃破。


「残り1匹!」


しかし、その3匹目は僕たちに向かってこなかった。


シュルシュルと身体を丸める。


そして――


ブシュッ!!


口から白い霧を吐き出した。


「えっ!?」


周囲の霧と混ざり、一気に視界が悪くなる。


「これが厄介なのよ!」


ケイトが叫ぶ。


「リップルスネークは霧に紛れる!」


確かに視界は真っ白だった。


だが――


僕には関係ない。


「生命反応感知!」


ポワン。


白いマップが展開する。


霧の中でも、生命反応は隠せない。


(いた)


蛇は右側へ回り込んでいる。

狙いはミリス。


「ミリス! 右後ろ二メートル!」


「えっ!?」


ミリスが反射的に振り返る。

その瞬間、リップルスネークが飛び出した。


だが――


「ウォーターボール!」


ドゴォォッ!!


至近距離から放たれた水球が、蛇を正面から吹き飛ばした。


岩へ叩きつけられる。


「今!」


僕は再び《臨床検査》を重ねた。


(頭の後ろ!)


「ケイト!」


「見えなくても分かる!」


ザシュッ!!


一撃。


ギャアッ!


「もう一つ、腹部!」


「了解!」


ズバァッ!!


二つ目の滞りを斬り裂く。


ブツッ。


青白い魔力の流れが途切れた。


リップルスネークはそのまま地面へ崩れ落ちる。


静寂。


霧だけがゆっくり流れていた。


「終わったね」


ミリスが息を吐く。


「思ったより強くなかったかな」


「いや、ノアがいたからよ」


ケイトは剣を納めながら言った。


「普通なら霧の中で居場所なんて分からないし、弱点も知らないまま戦うの」


「そうなの?」


「そうなの」


「なるほど……」


そんな手応えを感じながら、僕たちは再び源流へ向けて歩き始めた。



「ここだね、最初の分岐点」


「みたいだね。看板の左矢印は、川って書いてある」


「じゃあ、左だね」


僕たち三人は一本道を進む。


すでに一人が通るのがやっとの道で、左右がどうなっているかは白い霧でよく分からない。


一方で、《生命反応感知》の反応は相変わらず減っていく一方だった。


「川の音が聞こえる」


「ほんとだ」


少し歩くと、霧が晴れた。


目の前には、アルセリア川の渓流が広がっている。

ここからは川沿いの道というより、岩で縁取られた川岸を登っていく形になる。

ちょっとしたクライミングだ。


川を覗き込むと、水は驚くほど澄んでいた。

川底の石まで見える。


だが――


生命の気配がない。


魚もいない。

虫もいない。


何かがおかしい。


「んっ」


「どうしたの、ノア?」


ケイトとミリスが警戒する。


「少し先に6頭いる」


「モンスターなの?」


「たぶんそうだね。ん? いや、6頭じゃないな……もっといる」


「……」


「戦うしかなさそうね」


「任せて」


「向こうも気づいてるようだけど、ゆっくり近づいて遠距離攻撃から始めよう」


「そうだね」


「了解」


ケイトは弓を構え、ミリスは杖を握った。


僕も《臨床検査》を重ねる。


やがて、岩陰の向こうに姿が見えた。


鹿だった。


いや、ただの鹿ではない。


二メートル近い体高。


立派な角。


灰色の体毛。


「グレイディアだね」


ミリスが呟く。


「本来は大人しいモンスターなんだけど……」


言葉の途中で、ケイトが顔をしかめた。


「様子がおかしい」


確かにそうだった。


群れは10頭近くいる。

だが草を食べているわけではない。

全員が落ち着きなく周囲を見回し、地面を蹄で掻いている。

怯えているようにも見えた。


そして。


一頭がこちらを見た。


ギロッ。


赤い目だった。


「来る!」


その瞬間。


群れ全体が突撃してきた。


ドドドドドドドッ!!


地面が揺れる。


「ミリス!」


「うん!」


「先頭集団!」


「ウォーターランス!」


ゴォォォォッ!!


圧縮された水槍が先頭のグレイディアへ直撃した。


一頭が吹き飛ぶ。


だが、群れは止まらない。


後続が続く。


「ケイト! 一番右!」


「了解!」


ヒュン!


放たれた矢が、グレイディアの肩を射抜く。


しかし――


「硬い!」


「魔力で強化されてる!」


僕は《臨床検査》を集中させた。


青白い魔力の流れが見える。


全身を巡る循環。


そして――


首。


胸。


右前脚。


いくつもの滞りが見えた。


(多い!)


フォレストウルフより明らかに大きい。


「ケイト! 首の付け根!」


「了解!」


ヒュン!


矢が飛ぶ。


ズドッ!


滞りへ命中。


すると、グレイディアの身体が大きくよろめいた。


「効いた!」


「次は胸!」


ヒュン!


ズドッ!


二つ目の滞り。


青白い流れが大きく乱れる。


グレイディアが転倒した。


「ミリス!」


「ウォーターアロー!」


三本の水矢。


ズドドドッ!!


頭部へ命中。


生命力ゲージが消えた。


「1頭!」


だが、群れは止まらない。


左右へ展開する。


囲もうとしている。


「左3頭!」


「右4頭!」


「正面2頭!」


僕はほぼ反射的に叫んでいた。


「ミリス! 左を牽制!」


「ウォーターボール!」


ドゴォッ!!


水球が左側のグレイディアを吹き飛ばす。


「ケイト! 正面!」


「任せて!」


今度は弓ではない。


剣を抜く。


疾走。


ザシュッ!


首元の滞り。


ズバァッ!


胸の滞り。


2箇所を連続で斬り裂く。


グレイディアはその場で崩れ落ちた。


(速い!)


ケイトの動きも、明らかに昨日より冴えている。


いや。僕の指示を信じて、迷わず踏み込めているのだ。


「次、右前脚!」


「了解!」


「腹部!」


「了解!」


もはや説明は不要だった。


ケイトは指示された場所を正確に斬り裂く。

ミリスはそこへ魔法を叩き込む。

僕は滞りを探し続ける。


気づけば三人とも、同じ流れで動いていた。


「ノア!」


「左肩!」


「了解!」


ヒュン!


ズドッ!


ケイトの矢が刺さる。


グレイディアが体勢を崩す。


そこへ――


「ウォーターランス!」


ドォォォン!!


水槍が貫いた。

残るは3頭。


だが。その時だった。


ドォォォォォォォォォォン!!!


山全体が震えた。


岩が揺れる。

川面が波打つ。

耳をつんざくような「咆哮」。


僕たちは動きを止めた。


グレイディアたちも止まった。


全員が同じ方向を見る。


源流。

さらに上流。

山の奥。


そこから響いている。


「な、何……?」


ミリスが震えた声を出した。


次の瞬間。


残っていたグレイディアたちは一斉に逃げ出した。


戦うことも忘れたように。

ただひたすら、山を下っていく。


ドドドドドドドッ!!


あっという間に姿が消えた。


静寂。


誰も口を開けない。


そして僕は、無意識に《生命反応感知》を発動していた。


ポワン。


マップが広がる。


その瞬間。


背筋が凍った。


さっきまで大量にあった生命反応が――


消えていた。


「おかしい……」


「どうしたの?」


ケイトが尋ねる。


僕は源流の方向を見た。


「生命反応が……ない」


「え?」


「何?」


冷たい風が吹き抜けた。



グレイディアとの戦闘後、僕たちは一切のモンスターと遭遇しなかった。


いや、モンスターどころではない。


鳥もいない。

虫もいない。

小動物の気配すらない。


山全体から生命が消えたような静けさだった。


「なんか……気味悪いね」


ミリスが小さく呟く。

ケイトも無言のまま周囲を警戒していた。


そして――


森が開けた。


「何ここ……?」


「滝……?」


目の前に広がっていたのは、巨大な滝と広大な滝壺だった。


圧倒的な水量。


落差は50メートル以上あるだろうか。


轟音を立てて流れ落ちる水は白い飛沫となり、離れた場所にいる僕たちの頬まで濡らしている。


周囲には濃密な水の魔力が漂い、まるで神殿の中にでもいるような神聖さがあった。


「ここが……アルセリア川の源流」


「そうだよね」


「うん」


本来なら、感動してもおかしくないほどの景色だった。


だが、誰一人として喜ぶことはできなかった。


この場所には何かがいる。

理由は分からない。

それでも三人とも、本能的にそう感じていた。


(これが虫の知らせってやつなのか……?)


僕はゆっくり息を吐く。

そして恐る恐るスキルを発動した。


「生命反応感知」


ポワン。


半透明の地図が目の前に広がる。


その瞬間だった。


「っ……!」


地図の中央。

滝の方向。


そこに、これまで見たこともない巨大な生命反応が表示された。


フォレストウルフなど比較にならない。

グレイディアの群れよりも大きい。

スラム全体の生命反応にも匹敵するほどの存在感。


それが、一つだけ表示されていた。


「どうしたの?」


ケイトが尋ねる。


僕は答えず、さらにスキルを重ねた。


「臨床検査」


ボワン。


今度は青白い魔力の流れが浮かび上がる。


そして僕は、息を呑んだ。


「えっ……」


「な、何?」


「どうしたの、ノア?」


滝の奥。


そこにあったのは、生き物の魔力とは思えないほど巨大な流れだった。


青白い魔力が、炎のように揺らいでいる。


まるで滝の裏で、巨大な焚き火が燃えているかのようだった。


いや。

違う。


それは確かに生きていた。


ドクン。


ドクン。


巨大な心臓が脈打つように、魔力が循環している。


そして――


ギロリ。


滝の奥。


暗闇の奥。


二つの瞳が開いた。


黄金色。


いや――深紅。


その眼は、真っ直ぐこちらを見ていた。


圧倒的な威圧感。

まるで格の違う存在を前にしたような感覚。


巨大な生命反応が、ゆっくりと動き出す。


一歩。


また一歩。


滝の裏側から、こちらへ近づいてくる。


「……」


ケイトは剣の柄を握り締めた。

ミリスも無意識に杖を構えている。


誰も言葉を発しない。

発することができなかった。


そして僕だけが理解していた。


その存在が、これまで出会ったどんな生物とも違うことを。


(あれが……)


(源流に棲むもの――)


轟音を響かせる滝の向こうで、巨大な影がゆっくりと姿を現そうとしていた。


読んでいただきありがとうございます!

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次回もよろしくお願いします。

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