58 山村ドルガの不穏な夜
「《山鳴り亭》って、こっちで合ってます?」
「もう少し先を行ったところを下るとありますよ」
村自体は大きくはないが、山村というだけあって、山肌を削って高低差を利用して建てられている。そのため、初めて訪れる者には少しわかりづらい村だった。
一方で、どの建物からも谷間のアルセリア川を見渡すことができ、景色は抜群だ。
この村から源流まではまだ距離はある。
それでも十分にこの村も神聖な雰囲気を感じられた
「ありがとうございます。探してみます」
すれ違がった住民に聞き、宿を探す。
「この村、あまり人が出歩いていないよね?」
「だね。もうすぐ夜になるからかなと思ったけど、人が少ないのかも」
(ミリスの言う通り、人口はそれほど多くなさそう)
そんなこんなで、僕とケイトとミリスは、本日の宿《山鳴り亭》に到着した。
外観は民家のような造りで、かろうじて看板は立っているものの、宿のようには見えなかった。
「こんにちわー」
扉を開けて挨拶をすると、一人の女性が現れた。
「いらっしゃいませ。お客さまですね。2組目なんて今日は珍しい日だわ。こちらへどうぞ」
手作り感のある小さな受付に案内された。
「3名なのですが、2部屋でお願いできますか?」
「1人部屋が7,000ゼニー、2人部屋で1人当たり3,000ゼニーとなります」
(おっ、それなりにするんだな。ご飯代は含まれているのだろうか……)
僕たちはお金を支払い、この村について尋ねた。
「ところで、僕たちアルセリア川の源流に行きたいんですが、どう行けばいいですか?」
「源流ですか?別のお客さんにも同じこと聞かれたけど、この村の大通りをそのまま進むと山道になります。その途中で川へ下る分かれ道がありますので、そこを進めば源流方面へ迎えますよ。ただ、人ひとりが通れるぐらいの細い山道なので、気をつけてくださいね」
「そうなのですね。よく分かりました。助かります」
「あっ、そうでした、夕食はもう少ししたら準備します。あと朝食は、明日の朝に声をかけていただいたら準備しますので」
「はい、分かりました」
一旦、それぞれに部屋で休憩することにした。
◇
「もしかしてこれは貴重なひとり時間では?」
僕は、バッグに入れていた書籍『武道の心得集』を取り出した。
この世界では、本は貴重なものであって、普通の家には置いていない。
裕福な家庭や貴族の家、冒険者協会のような施設で見かける程度である。
この『武道の心得集』については、武闘家でSランクに到達した伝説的な人物へのインタビューをもとにまとめられた本らしい。
多少の脚色はあるそうだが、基本的には実話だという。
目次を見るだけでも興味深く、次のような構成となっていた。
(目次)
第1章 はじめに
第2章 武闘家を志す
第3章 冒険者と放浪記
第4章 48の技
第5章 武闘家とは結局何だったのか
第6章 終わりに
(気になるのは、やはり48の技だよね)
第4章を開く。
そこには、一つひとつのスキルについて、どのような効果があり、伝説の武闘家がどのように評価していたのかが記されていた。
48の技
・身体強化:武闘家の基本。全ての始まり。まずはこれを極めよ。
・気配察知:敵を知る者は死なず。見えぬ敵を見つける技。
・以心伝心:仲間の考えを感じ取る。熟練者ほど言葉が不要になる。
・鉄壁:身体を硬化させ、一撃を耐え抜く。
・瞬歩:一瞬で間合いを詰める移動技。
・見切り:相手の攻撃を予測し回避する。
・連撃:一撃ではなく流れで勝つための技。
・威圧:己の気をぶつけ、相手の動きを鈍らせる。
・闘気纏い:全身へ闘気を巡らせ、攻守を強化する。
・心眼:目に頼らず本質を見る。
――などが紹介されていた。
(なるほど……)
どれも武闘家らしいスキルばかりだ。
一方で、《循環遮断》のような技は見当たらない。
(やっぱり僕のスキルは少し特殊なのかな)
さらに読み進めると、武闘家の考え方についての記述も多かった。
『技は武器ではない。己を知るための道具である』
『強者とは勝つ者ではない。成長し続ける者である』
『技を覚えるな。理を学べ』
そんな言葉が並んでいる。
(なんか前世の自己啓発本みたいだな……)
思わず苦笑する。
それでも、読んでいて不思議と面白かった。
僕はペラペラとページをめくり、最後に第5章を開いた。
そこには、大きな文字でこう書かれていた。
「武闘家とは、己の可能性を信じ続ける者である」
その下には、伝説の武闘家の言葉が続いていた。
『剣士は剣を極める。魔法使いは魔法を極める。だが武闘家には決まった形がない』
『だからこそ、自分で考え、自分だけの戦い方を作らねばならない』
『真似から始まってもよい。だが最後は己だけの武を持て』
(なるほど……そういうことか)
僕は思わず本を閉じた。
剣士のように剣を振るわけでもない。
魔法使いのように派手な魔法を撃つわけでもない。
だけど僕には、《臨床検査》がある。
《生命反応感知》も、《循環遮断》も、《エリア臨床検査》もある。
それらをどう使うのか。
どんな戦い方を作るのか。
それは、僕自身が決めることなのだろう。
(だったら僕は、僕らしく戦えばいいか)
敵を見つける。
分析する。
弱点を見つける。
仲間へ伝える。
そして勝つ。
それも立派な武なのかもしれない。
コンコン。
「ノア! ご飯できたみたいだよ!」
ケイトの声が聞こえた。
(次はお腹を満たす番か)
僕は本をバッグへ戻し、部屋を後にした。
◇
「「かんぱーい」」
料理の内容は、この村の周辺で取れる食材を活用した家庭料理だった。
「うちは、小さな宿なのでね。こんなものしか出せませんが、楽しんでいただければ」
「いえいえ、ありがとうございます」
並んだ料理は、《山鳥と根菜の煮込み》、《川魚の塩焼き》、《山菜の酢漬け》、《木の実を練り込んだ黒パン》、それから《ヤギ乳を使った白チーズ》だった。
さらに小さな器には、《蕎麦の実に似た穀物を炊いたもの》が盛られている。
(フィーネとはまた違うな……)
フィーネの料理は、乳製品や小麦、川魚を活かした穏やかな味だった。
一方で、ドルガの料理はもっと山の味が強い。
香草の香り。
燻した肉の風味。
少し酸味のある山菜。
どれも素朴だが、身体が温まる味だった。
「この煮込み、美味しいね」
ケイトがスプーンを動かしながら言った。
「うん。山鳥、柔らかい」
ミリスも頷く。
僕も一口食べてみる。
(これは……いいな)
山鳥の肉は少し弾力があるが、よく煮込まれていて食べやすい。
根菜の甘みと、香草のほろ苦さがよく合っている。
(料理図鑑にも追加だな)
そんな中、食事を楽しんでいると、別のテーブルにも料理が並び始めた。
カツ、カツ、カツ……。
その足音は、ちょうどそのテーブルのあたりで止まり、椅子を引く音と共に、一人の女性が腰を下ろした。
「女将さん、地酒はありますか?」
「はい。《ミズノカミ》という、ドルガ村で作っているお酒があります。一合でよろしいですか?」
「ぜひお願いします。あと、枝豆もお願いします」
「枝豆ですね。お待ちください」
僕の位置からは後ろ姿しか見えないその女性は、長身の長髪で、どこか貴族のようなしっかりした話し方をしていた。
(ソロの女冒険者だろうか。こんな村までわざわざ一人で来るのは、手だれに違いない)
興味津々で凝視していると――
ドカッ。
「イタッ!」
ミリスが僕の足を蹴った。
じっと睨んでいる。
ケイトもどこか冷たい視線を向けていた。
(えっ、僕なんかした?)
「で、ノアー。明日はどうするのー?」
「あっ、うん。そうだね、悪い悪い……」
(いや、別に悪くないはずなんだけど)
「まず道具屋に行って、少し情報収集しよう。どうやら、想定していた状況とは違うことが起きている気がするんだ」
「そんな雰囲気よね。支部長の無茶ぶり、今回はかなりハズレだわ」
「ノアのせい」
「えっ?」
「ミリス、その可能性は否定できないけど、さすがにノアが可哀想よ」
(ミリスの当たりも強いけど、ケイトのそれもフォローになっていない気がする……)
「ごめんなさい、ノア」
(もちろん許すけどもさ)
「それでノア。何か具体的に気になることがあるの?」
ケイトが尋ねた。
「いや、まだ確信はないんだけど、村の人も山がおかしいと言っていたし、僕の方でも《生命反応感知》を使ったんだ」
「どうだったの?」
「本来なら、山にはもっと小動物や虫、鳥の反応があるはずなんだ。でも、この村に近づくほど反応が減っていた」
「……普通じゃないわね」
「うん。それにモンスターの反応も何かおかしい感じがして」
ミリスもさじを止めた。
「クリアスライムが関係しているかは分からない。でも、源流付近で良くない何かが起きている気がする」
「依頼をやめて戻るわけにもいかないし、行くには行くで良いのよね?」
ケイトの問いかけに、ミリスも返事を待っている。
「もちろんさ。アルセリアのこれからがかかった依頼だからね。まずは一度、源流へ行ってみよう。それで、状況を見て判断する」
「OK。そうしましょう。とにかく、備えは重要そうね」
「僕もしっかり寝ることにするー」
「ミリスは、いつもしっかり寝てるでしょ」
「えっ? 僕そんなことないよ。昨日だって七時間しか寝てないよ」
(ミリスさん、それは十分な睡眠時間なのでは? と僕は思うよ)
「とにかく、明日もよろしく!」
「「うん!」」
僕たちは食事を終え、それぞれの部屋へ戻ることにした。
コツ、コツ、コツ、コツ……。
「また明日。おやすみなさい」
「おやすみー」
「おやすみ」
一方で、食堂では――
「……」
「ヒック」
「ヒック」
「すみませーん、女将さーん。熱燗もできますかー? 二合で」
「はいはい、ただいまー」
女剣士は、自分のペースで相変わらず酒を楽しんでいた。
完全に自分の世界に入っているようだ。
髪は青みの強い紺色。
瞳は澄んだ青。
動きやすそうな白のブラウスに、首元には小さな宝石のついた首飾りを下げている。
黒いスカートに黒いニーハイ、足元にはしっかりした冒険者用のブーツ履いていた。
腰には細身の剣が一本見える。
服装だけを見れば上品だが、酔いのせいで姿勢は少し崩れていた。
彼女の名前は、リュシア・アークライト。
異国から来た、旅の剣士だった。
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