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57 生命反応の消える山

「ケイトとミリスの戦い、すごかったんだけど……あれでもCランクなの?」


フォレストウルフの素材を回収しながら、僕は素直に尋ねた。


「あっ、それね。実は上がったんだなー」


ケイトは少し得意げに笑う。


「僕たち、Bランクになったんだよ」


ミリスも、こくりと頷いた。


(そりゃあそうだよね。あんな動き、普通できない)


「僕のことをチートとか言うけど、ケイトの弓と剣の切り替えも反則だと思うし、ミリスの水魔法の威力も相当だよ」


「へへへ、そうかな」


ミリスは嬉しそうだった。


「まぁ、私たちも日々クエストをこなしてるからね。気づいたら古参ってやつかな」


アルセリア支部にはSランク冒険者はいない。

つまり、Aランクが最上位で、その次がBランクだ。


二人の腕が確かなのは、さっきの戦いでよく分かった。


「僕も負けてられないなぁ……」


「でもノアって、冒険者になったばかりでしょ?」


「うん。数日前だったかな。色々ありすぎて、もう分からなくなってきた」


「……」


ケイトとミリスが顔を見合わせる。


「とにかく、最初の連携としては悪くなかったね」


「うん。楽しかった」


(ミリスさん、楽しいって……でも連携ってリズム感あるよな)


そんな会話をしながら、僕たちは再び山道を進み始めた。


アルセリア川はさらに細くなり、流れは強くなっていく。

道も少しずつ険しくなり、土よりも岩の割合が増えてきた。


空気は冷たい。

木々は高く、枝が空を覆っている。


フィーネまでの穏やかな街道とは、まるで別の世界だった。


「……ん?」


ふと、僕は足を止めた。


「どうしたの?」


「また反応がある」


「モンスター?」


「たぶん。でも、さっきとは違う」


僕は《生命反応感知》を広げる。


白い反応がいくつか。

ただし、動きが小さい。


地面にいるもの。

木の上にいるもの。

そして――空中を不規則に移動するもの。


「虫っぽい」


「虫系モンスターか……」


ケイトの表情が少し引き締まる。


「虫、苦手?」


「好きな人いる?」


「僕も好きじゃない」


ミリスが淡々と同意した。


その直後。


ブブブブブ……。


低く嫌な羽音が、森の奥から聞こえてきた。


「来る!」


茂みの奥から飛び出してきたのは、大人の拳ほどもある巨大な蜂だった。


黒と黄色の縞模様。

鋭く尖った針。

羽ばたきのたびに、空気が震える。


「ニードルホーネットか!」


ケイトが弓を構える。


数は4匹。


いや――


「上にもいる! 合計7匹!」


「了解!」


ケイトが矢を放つ。


ヒュン!


一匹の羽を射抜く。


ブンッ、と大きく軌道を乱した蜂が地面へ落ちる。


「ミリス、左上!」


「ウォーターボール!」


水球が空中に出現し、左上の2匹へ向かって飛ぶ。


ドパァン!


水球が弾け、蜂たちの羽が濡れた。


羽音が鈍る。


(なるほど、虫の羽には水が効くのか)


だが、残る数匹が一気に接近してくる。


「毒針来る! ケイト、右!」


「了解!」


ケイトは弓を背に回し、剣を抜いた。


細い針のような一撃を剣で弾く。


カンッ!


硬い音が響いた。


「ノア、どこ狙う!?」


僕は《臨床検査》を重ねる。


ニードルホーネットの体内に、青白い魔力の流れが浮かび上がる。


虫は獣型モンスターよりも流れが細かい。

だが、逆に単純でもあった。


羽。

腹部。

毒針。


流れが集中している場所がはっきりしている。


「羽の付け根! それと腹の後ろ!」


「分かった!」


ケイトの剣が羽の付け根を斬る。


ギチッ!


羽ばたきが止まり、一匹が落ちた。


「ミリス、腹の後ろ!」


「ウォーターアロー!」


水の矢が蜂の腹部を貫く。


ブチッ、と嫌な音がして、ニードルホーネットが地面へ落ちた。


(いける)


獣型とは違う。

虫は生命力そのものは強くない。


ただ、数が多く、毒が厄介だ。


「右後ろ! 針!」


「っ!」


ミリスが身をかがめる。

その頭上を毒針がかすめた。


「危なかった……」


「ウォーターボールで羽を濡らして! 動きが鈍る!」


「うん!」


ミリスが連続で水球を放つ。


ドパァン!

ドパァン!


水しぶきが空中に広がり、ニードルホーネットの羽を濡らしていく。


速度が落ちたところを、ケイトが弓で撃ち抜く。


ヒュン!

ヒュン!


「ノア、次!」


「上、2匹! 片方は毒針準備!」


「分かった!」


ケイトは迷わず毒針を構えた個体を狙った。


ミリスはもう一方へ《ウォーターアロー》を放つ。


2匹が同時に落ちる。


最後の1匹が逃げようとした。


だが、僕には見えていた。


羽の付け根へ向かう青白い流れ。


「ミリス、羽!」


「ウォーターアロー!」


水の矢が羽を打ち抜く。


最後のニードルホーネットも地面へ落ちた。


森に再び静けさが戻る。


「……虫は嫌だね」


ケイトが小さく息を吐いた。


「うん。羽音が嫌」


ミリスも頷く。


「でも、今のはよかったと思う」


「何が?」


「ノアの指示が短くなった」


ケイトが言った。


「さっきは“右前脚と首元”みたいに細かかったけど、今は“羽”“腹”“針”で分かった」


「あ……」


言われて気づく。


確かに、僕の指示は少しずつ短くなっていた。


二人も、それを自然に理解して動いてくれている。


(これが、連携が深まるってことなのか)


僕たちはニードルホーネットの針を回収し、再び山道へ戻った。



それからしばらくは、モンスターの気配はなかった。


ただ、妙に静かだった。


鳥の声が少ない。

虫の音も、森にしては弱い。


川の音だけが、やけに大きく聞こえる。


「なんか、静かだね」


ミリスがぽつりと言った。


「うん。私も思ってた」


ケイトも周囲を見回す。


僕は《生命反応感知》を軽く広げてみた。


(やっぱり……少ない)


小動物の反応が、明らかに少ない。

フィーネ周辺では、虫や鳥、小さな獣の反応があちこちにあった。


だが、この辺りは違う。


まったくいないわけではない。

でも、山の豊かさに比べて、生命反応が薄い。


(何かから逃げている……?)


そう考えた時だった。


ドドドドドッ――。


地面を揺らすような音が、前方から聞こえてきた。


「今度は何!?」


「獣系! 大きい!」


僕は即座に叫ぶ。


道の先にある岩陰から、巨大な猪型モンスターが飛び出してきた。


全身に岩のような外皮を持ち、額からは太い牙が伸びている。


「ロックボア!」


ケイトが弓を構える。


「硬いやつ?」


「かなり硬い!」


ロックボアは、こちらを見るなり突進してきた。


速い。


大きい。


そして、一直線。


「左右に避けて!」


僕たちはすぐに散る。


ロックボアが通った場所の地面が削れ、石が砕けた。


(直撃したらまずい)


「ミリス!」


「ウォーターボール!」


巨大な水球がロックボアへ向かう。


ドゴォッ!


だが、ロックボアは少し体勢を崩しただけだった。


「硬すぎ!」


「表面じゃ効きにくい!」


僕は《臨床検査》を使う。


ロックボアの体内を、青白い魔力の流れが太く巡っていた。


フォレストウルフよりも流れが重い。


硬い外皮の下で、魔力が鎧のように循環している。


(これは……普通に攻撃しても通りにくいわけだ)


滞りは――


(右前脚の付け根)


そこだけ、流れがわずかに淀んでいる。


「右前脚の付け根!」


「狙う!」


ケイトが矢を放つ。


ヒュン!


だが、矢は外皮に弾かれた。


「弾かれた!」


「なら、先に流れを乱す!」


僕は左手をかざす。


「循環遮断!」


ピシッ!


右前脚の付け根に、追加の滞りを作る。


だが、ロックボアの魔力は太い。

完全には乱れない。


(強い……!)


もう一度。


「循環遮断!」


ピシッ!


さらにもう一つ。


青白い流れが、少しずつ歪む。


ロックボアの右前脚がわずかに沈んだ。


「今! 右前脚!」


「了解!」


ケイトは弓を捨てるように背へ回し、剣を抜いて踏み込む。


ザンッ!


外皮の隙間へ剣が入った。


「ミリス、同じ場所!」


「ウォーターランス!」


圧縮された水槍が一直線に飛ぶ。


ゴォォッ!


右前脚の付け根へ直撃。


ロックボアの巨体が大きく傾いた。


「倒れる!」


僕が叫ぶ。


ケイトは即座に後ろへ跳ぶ。


ズズンッ!


ロックボアが横倒しになった。


しかし、まだ動いている。


「首の下! 流れが集まってる!」


「そこね!」


ケイトが走る。


だが、ロックボアが暴れ、牙を振り回す。


(危ない!)


「ケイト、下がって! ミリス、顔の前!」


「ウォーターボール!」


水球がロックボアの顔面へ直撃する。


一瞬、視界を奪う。


その隙に、僕は首の下へ《循環遮断改》を重ねた。


ピシッ。

ピシッ。


青白い流れに、複数の滞りが生まれる。


「今!」


「はぁっ!」


ケイトの剣が首の下を斬り裂く。


ズバァッ!


魔力の流れが大きく乱れる。


「ウォーターランス!」


ミリスの水槍が、同じ場所へ突き刺さった。


ドォォン!


ロックボアの巨体がびくりと震え、そのまま動かなくなった。


「……倒せた」


僕は大きく息を吐いた。


「今のも、連携だね」


ミリスが嬉しそうに言う。


ケイトは剣を納めながら、こちらを見た。


「ノアって、敵を弱くしてるの?」


「正確には、魔力の流れに滞りを作ってるかな」


「なるほど。だから、そこを攻撃すると通りやすいのね」


「たぶん」


「たぶん多いなぁ」


ケイトが笑う。


「でも、実際に効いてる。なら十分」


そう言われて、少しだけ胸が軽くなった。


僕のスキルは、敵を一撃で倒す力ではない。


でも、仲間がいれば違う。


僕が見つけ、作り、伝える。

ケイトが斬る。

ミリスが撃ち抜く。


少しずつ、戦い方が形になってきていた。



ロックボアの素材を回収し終える頃には、日が傾き始めていた。


「そろそろドルガ村が近いはず」


ケイトが地図を覗き込む。


「たぶん、この先の坂を越えたあたりだね」


僕が地図を確認して答える。


「ノア、地図も読める。便利」


「また便利って言った」


「褒めてる」


「本当に?」


そんなやり取りをしながら、最後の坂を越える。


すると、木々の間から山村が見えた。


ドルガ村。


斜面に沿って、木造の家々が並んでいる。

煙突からは細い煙が上がり、村の奥には大きな薪置き場が見えた。


山村らしく、家々の壁には干した山菜や獣の毛皮が吊るされている。


ただ――


どこか、空気が重かった。


村人の数は少ない。

外に出ている者も、どこか疲れた顔をしている。


犬の鳴き声もない。

鶏の声も聞こえない。


「……静かだね」


ミリスが言った。


「うん」


僕は小さく頷く。


静かすぎる。


村の入口に立っていた男が、こちらに気づいた。


「旅人か?」


「はい。アルセリアから来ました。源流へ向かう予定です」


そう言うと、男の顔色が少し変わった。


「源流へ?」


「はい。クリアスライムの調査と確保の依頼で」


男はしばらく黙った。


そして、低い声で言った。


「……最近、山がおかしいんだ」


「おかしい?」


「動物が減った。川魚も見なくなった。夜になると、山の奥から変な音がする」


僕たちは顔を見合わせる。


「クリアスライムは?」


ケイトが尋ねる。


「昔は、この辺りでも普通に見かけた。だが、ここ最近は誰も見ていない」


(やっぱり……)


生命反応が少ない理由。


モンスターが下りてきている理由。


山の奥に、何かがある。


そんな気がした。


「今日はもう遅い。泊まるなら《山鳴り亭》へ行くといい」


「ありがとうございます」


僕たちは男に礼を言い、村の中へ入った。


歩きながら、僕はそっと《生命反応感知》を使った。


村の中には、人の反応がある。

家畜の反応も少し。


だが、村の背後に広がる山へ意識を向けると――


反応が薄い。


薄すぎる。


まるで、そこだけ生き物が避けているようだった。


そしてさらに奥。


ほんの一瞬だけ。


大きな反応が、揺らいだ気がした。


(……なんだ?)


僕は思わず山を見上げる。


夕暮れの山は、黒い影のようにそびえていた。


明日、僕たちはあの奥へ向かう。


その事実が、少しだけ重く感じられた。

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