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55 記録の旅

「いや、違うと思う。いわゆる武闘家の固有スキルである《以心伝心》に近いのではないかと考えた」


「《以心伝心》ですか?」


「そうだ。別名で阿吽の呼吸とも言うらしい。熟練した武闘家になると、戦闘中に仲間が何をしようとしているのか、直感的に分かるようになるスキルだ。だから、連携がかなりうまく進む」


「確かに、それっぽいですね。レインさんがそのスキルを覚えたってことですか?」


「いや、覚えてはいない。念のためスキルツリーも確認したが、見当たらなかった」


「なるほど……どういうことなんだろう」


「整理すると、《以心伝心》はスキルを持つ本人が相手の意図を読み取るものだ。だが今回の件は、ノア君の方に何かしらのスキルが発現しかけたのではないかと考えた」


「僕の方に、ですか?」


「そうだ。《以心伝心》の逆。つまり、相手に自分の考えやビジョンを伝えることができる能力ではないかとね」


「あっ、そういうことですか!」


確かに、レインさんが付与魔法をかけている時、僕は頭の中でずっと考えていた。


魔力がテオくん本人ではなく、頭の中の寄生虫へ届くように。


寄生虫だけを弱めるように。


そんなイメージを、必死に描いていた気がする。


「状況は理解しました。ただ、僕、新たなスキルは取得していないんですよね……」


「そうか。なら、スキルを得るためのヒントのようなものかもしれないな」


(これは研究しがいがありそうだ)


もし本当にできるようになれば、僕の《臨床検査》はもっと活きてくる。


僕たちは冒険者協会まで戻ってきた。


夜も遅いので、この日は解散となる。

明日は遠征の準備をして、協会集合だ。


(源流へ向かうのは、僕とケイトとミリス。果たしてどんな冒険が待っているのか)



「おはよう、ノア」


ミリスは、まだ眠そうな顔をしていた。


そして、しばらくして――


「おはよう、ミリス、ノア。待った?」


ケイトがやってきた。


「いえ、僕らも今さっき来たところです」


まず僕たちは、馬小屋で馬を借りることにした。


今回向かうアルセリア川の源流は、意外と遠い。


源流に近い村までは、徒歩なら4、5日。

馬なら2日ほどで着くらしい。


「ケイトやミリスは、いつも馬を使うの?」


「徒歩の方が多いかな。馬の方が早いし、疲れない。荷物も持てるから便利なんだけど、それなりにお金もかかるからね」


ちなみに、ミリスは一人では馬に乗れないらしく、ケイトの後ろに乗る予定だ。


「相場はいくらくらい?」


「1日5,000ゼニーくらいかな。だから7日借りれば35,000ゼニー。報酬がけっこう飛ぶよね?」


(確かに、意外と高い……)


「ちなみに、買うとなるといくらくらい?」


「買う!? まぁ、Aランク冒険者とかなら普通に持ってると思うけど、冒険者が乗るような馬なら100万ゼニーくらいかな。貴族用なら200万ゼニーくらいはすると思うよ」


「ひぇー……」


(あれ? 実家には軽く100頭はいたと思うけど……)


僕たちは2頭の馬を7日間借りた。


「7万ゼニー……。これ、クリアスライム一匹じゃ足りなくなった」


「ははは。確かにそうだね。たくさん捕まえて帰ろうかね」


「うん。僕も頑張るよ」


前向きな2人に救われる。


必要な買い出しを済ませ、僕たちは街の西門から外へ出た。


アルセリアに来た時は東門からだったので、今度は新しい門、新しい道だ。


それだけで、少し胸が躍る。



(アルセリアを出てどのくらい経っただろうか)


「そろそろ一度休憩しようか」


「そうだね」


「うん」


今回の源流までの道のりでは、2つの村を通る予定だ。


1つは農村フィーネ。

ここでは宿泊が目的である。


もう1つは山村ドルガ。

源流へ向かうための拠点となる村で、ここで馬を降り、徒歩での山登りへ移行する予定だ。


「この地図で言うと、最初の村フィーネがここで、僕たちはこの辺だよね?」


「おそらく、そうじゃないかなー……」


「僕もそんな気がするよ……」


(ん? この2人、もしかして地図が読めないのか?)


「ええっと、いつもはザックが担当してた?」


「そう! そこはザック担当だからね」


「うんうん」


(これは思わぬ伏兵か?)


「じゃあ、ワタクシが責任を持って地図を管理します、お姉さまがた」


「よろしくたのむ、ノア」


「頼りになるのね、ノア」


(そういう感じね)


休憩を終え、僕たちはフィーネへ向かう。


相変わらずの田園風景で、広大な畑が続いている。

時折、畑ではなく、牛や羊を飼う牧場も見えた。


セレノアというこの国は、他国から辺境国家と言われる。


確かに、そうかもしれないと思う場面はところどころにある。

一方で、こののどかさは、この国の魅力でもあった。


モンスターとも遭遇せず、安全な旅路。


過度なことを望まなければ、それなりに穏やかな生活を送れる国なのだろう。


そうこうしているうちに、日も傾きかけて、僕たちは、いよいよ最初の村フィーネに到着した。



フィーネは、思っていた以上に整った村だった。


村の中心を流れる細い川は、まるで村の背骨のようにまっすぐ伸びている。

その両側には石畳の道があり、家々は川に沿うように並んでいた。


家の多くは低い石造りで、屋根は深い緑色に統一されている。

窓辺には小さな花鉢が置かれ、夕暮れの風に白や黄色の花が揺れていた。


川にはいくつもの小さな橋がかかっている。


橋といっても大きなものではなく、大人が3人並べばいっぱいになるくらいの幅だ。


けれど、その橋の上から見下ろす水は驚くほど澄んでいて、小さな魚が流れに逆らうように泳いでいるのが見えた。


「綺麗な村だね」


ケイトがぽつりと言った。


「うん。水の音がずっと聞こえる」


ミリスも、どこか眠そうな顔のまま頷く。


確かに、この村には常に水の音があった。


さらさらと流れる川の音。

水車がゆっくり回る音。

どこかの家で桶に水を汲む音。


アルセリアのような賑やかさはない。


けれど、人の暮らしが静かに積み重なっている感じがした。


道の脇では、年配の女性が野菜を洗っていた。

近くの水路から引いた水で、泥のついた葉物野菜を丁寧にすすいでいる。


少し離れた場所では、子どもたちが小さな木の船を川に浮かべて遊んでいた。

船は水車の手前でくるりと回り、また流れに乗って下っていく。


(川と一緒に生きている村、か……)


僕は自然とそう思った。


アルセリアでは、川は生活を支える大きなインフラだった。


けれどこの村では、もっと近い。

川が生活のすぐ隣にある。


水を使い、魚をとり、粉を挽き、風呂を沸かし、畑へ戻す。


その循環が、村全体に染み込んでいるようだった。


「2人はこの村に来たことあるの?」


「いや、初めて。ミリスは?」


「うん、僕も初めて。でも、この村のシチューは美味しいって聞いた。あと、お風呂があるって、アルセリアの宿のお姉さんが言ってた」


「おっ! さすがミリス、情報収集ばっちりだな」


「もちろん。任せて」


(ミリスは予習するタイプか。でも冒険というより旅行気分だな……)


僕たちは、この村唯一の宿《川のせせらぎ亭》を見つけ、一泊することにした。


アルセリア川に面した、こぢんまりとしているが雰囲気の良い宿だ。


ここまで来ると、川幅はかなり狭くなっている。


夕食まではまだ時間があったため、荷物を置いたあと、再び村を散策することにした。


見つけたのは住民向けの小さな道具屋。

店内には、日常生活で使う道具が並んでいる。


「ここ入ろうよ!」


言われるがまま。

僕は流れに身をまかせた。


この土地で取れる素材で作られたものが多い。

少ないながらも、お土産品らしき木工細工や手芸品も並んでいる。


「ノア。私、これ欲しいなぁ」


「僕も欲しい」


(おいおい、修学旅行生じゃないか)


「これですか? いいですけど、なんで僕が払う流れに……」


「「ありがと」」


(まぁ、いいか)


まんざらでもない自分がいた。


「それはフィーネのミサンガだよ。装着すると防御力と魔法防御力が少しだけ上昇する品さ」


店員の説明はよどみなかった。


(ちゃんと効果もあるわけね、ほんとかな……)


ちなみに、あとでニ人に付けてもらい魔力の流れを見たら確かに流れの量がわずかに濃くなっていた。


そして僕はというと、自分用にスケッチブックと八色絵の具もこっそり購入した。


(これから色々な場所を訪れるだろうし、これで記録していこうと思ってね)


だいぶ涼しく、そして暗くなってきた頃。

歩いていると、村の共同浴場へ到着した。


「フィーネの湯か。そのままじゃないか」


ハハハハハ。

ククククク。


「寄るよね?」


「もちろん!」


「うん!」


扉を開けると、目の前には大きなカウンター。


そこには村人と思われる年配の女性が二人、受付を担当していた。


「いくらですか?」


「一人300ゼニーだよ」


「はい」


「男性は左、女性は右の扉から入ってね。どうぞごゆっくり」


僕らは男女に分かれて、しばし別々の時間を過ごした。



男湯はこんな感じだった。


湯船は大きくはないが、10人は同時に入れる。

身体を洗う場所も10人分ほどあり、木の桶と石鹸が置いてある。

換気もしっかりされていて、窓を開けられる。

壁には、大きなアルセリア川と街を描いた絵。

脱衣所は小さいが、きちんと整頓されていた。


(この形は、スラムで作る理想形かもしれない……)


風呂から上がった僕は、受付の女性と話をした。


「このお風呂の管理って、村の人たちで行っているんですか?」


「そうだよ。村で運営してるんだ。村人は基本タダで、外から来たお客さんだけ有料だね」


「お湯は川の水を沸かしているんですか?」


「そうさ。薪を燃やしてお湯を沸かして、それを湯船に流してる。使ったお湯は別の場所に溜めておいて、畑の肥料作りなんかに使うんだ」


「へぇ……」


「ちなみに石鹸も村で手作りだよ。灰なんかを使って作ってるから、肥料作りにも使いやすいってわけさ」


(なるほど。これは良い循環かもしれない)


「それ以外に、何か工夫しているところはありますか?」


「変なことを聞く坊やだね。まぁいいけど、例えば窯の熱を使ってピザを焼いてるよ」


「ピザ……」


「この村では牧畜も盛んだからね。チーズや牛乳なんかの乳製品も豊富なのさ。ピザは絶品だよ」


(そういえば、この世界に来てからピザを食べていない。というか、この世界にあることすら知らなかった)


(食べたい……)


「ありがとうございました! とても勉強になります」


「どういたしまして」


副業である風呂屋としての情報収集も、抜かりなく終えた。


「ノア、お待たせ」


ケイトとミリスも、風呂から上がったようだ。


(石鹸の香りか……ふむふむ)


「じゃあ、宿でご飯にしようか?」


「だね」


「賛成」



「はい、お待たせ。まずはエール3つ。で、この村の名物フィーネピザね。あとは《クリームシチュー》と《燻製ベーコン》、《石窯焼き黒パン》だね。それから《川魚の香草蒸し》もあるよ」


「すごい、豪華ですね」


「そうかい? この村を堪能しておくれ」


「はい! ありがとうございます」


旅の醍醐味とも言える時間が始まった。


僕は一品ずつしっかり吟味して味わう。それが自然と図鑑に残されていく。


「私はこの中だと、やっぱりピザが好きかな」


「えっ、僕はシチュー。そこにパンをつけて食べるのが好き」


ケイトとミリスも満足しているようだった。


(よしよし、順調に料理図鑑も埋まっているな)


食事を終えたあとは、明日に備えて早めの就寝となった。


僕は自身の部屋の窓辺に座り、今日見たフィーネ村の景色をスケッチブックへ描き留めることにした。


川沿いの石畳。

緑色の屋根。

水車。

夕暮れの橋。


描きながら、ふと思う。


(こうして、旅の景色を記録していくのも悪くないな……)


(天の声)

《独自クエスト『世界の街と村』が設定されました》


ーーーーーー

クエスト名:世界の街と村

達成目標:世界中の街や村を訪れ、その風景を描き記録にとどめる。

達成ボーナス:書籍《世界の街と村》が出版され、全世界の本棚に置かれる。

内容:この世界には、多種多様な街や村が存在する。巨大な城壁都市、川と共に生きる水辺の街、山岳地帯の集落、草原を旅する遊牧民の村、滅びかけた廃村――その一つひとつに、人々の暮らしと文化が息づいている。本クエストでは、各地を実際に訪れ、その土地の風景、建物、人々の営み、食文化、産業、自然環境などをスケッチや文章として記録することを目的とする。記録は後世へ残る貴重な資料となり、やがて世界を知るための書物《世界の街と村》としてまとめられるだろう。

ーーーーーー


(また変なクエストが増えた……)


けれど、不思議と嫌な気はしなかった。


明日は、どんな景色が待っているのだろうか。


挿絵(By みてみん)

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