52 まさかの旅立ち?
外はすっかり暗くなっていて、冒険者協会の酒場スペースは冒険者たちで賑わっていた。
「あっ、どうも」
剣士ザック、弓使いケイト、魔法使いミリスのパーティも、依頼後の打ち上げをしていた。
「ノア、なんか面白い人たちと一緒にいるね。フェルミナとレインさんと組んでたの?」
ケイトが尋ねた。
「あっ、はい」
ちらっとフェルミナとレインを見る。
フェルミナはケイトに対して少し怪訝そうな表情を浮かべ、レインはいつも通り落ち着いた様子だった。
「ノア、あなたケイトと知り合いだったの?」
フェルミナが質問する。
「あっ、はい」
(なんだ、この二人……犬猿の仲みたいな空気を感じるぞ……)
「ええっと……」
「おい、二人とも。ノア君が困っているじゃないか。ライバル視するのは良いが、ノア君を巻き込まないでくれ」
(ありがとう、レインさん)
二人はどうやら冒険者になった時期が近く、同期のような関係らしい。
もちろん仲は悪くないのだが、お互いを強くライバル視している。
何かあるたびに周囲が仲裁へ入る間柄だ。
僕とフェルミナ、レインの三人は、ザックたちの隣のテーブルへ座り、一緒に打ち上げをすることになった。
「ノアは、フェルミナさんとレインさんと、どんな依頼を受けてたの?」
ミリスが興味津々に聞いてきた。
ザックはあまり興味なさそうにエールを飲んでいるが、ケイトはこちらを凝視し、どんな答えが返ってくるか待っているようだった。
「今回は指名依頼があってね。支部長から、三人で組むように指示があったんだ」
「指名依頼!?」
ザックもエールを机へ置き、驚きを見せる。
ミリスとケイトも同じく目を丸くした。
「そうなんだ。スラムで広がっている寄生虫を駆除する依頼で、住民を治療する内容だったんだよ。だから、治癒師のフェルミナさんと、付与術師のレインさんとパーティを組んだってわけ」
「なるほどね。支部長も面白い人選するわね」
フェルミナの言葉に、ザックとミリスも頷いた。
「で、依頼は終わったの?」
「うん。一応って感じかな。寄生虫は思った以上に広がっていて、とりあえず緊急性の高い部分だけ対処したんだ。だから、引き続き対応することになった」
「そっかー。なんか忙しそうね」
「……」
フェルミナとミリスは、少し残念そうな表情を浮かべている。
「ケイト、何かあるわけ?」
フェルミナが尋ねた。
「いや、ノアをうちのパーティに誘おうって話をしてたのよ」
(えっ――あっ、そっか。そんな話あったの忘れてた……)
「それで、次はいつ空く?」
ミリスがこちらをじっと見つめながら尋ねる。
「あっ、うん。明日は調査もあるし、その後もまた支部長から指名依頼が入りそうな感じで……」
「ノアのばか……」
突然のミリスの発言。
(えぇ!? そんなこと言われても……)
「まぁまぁ、ミリス。ノアが困ってるじゃない。ノアだって、支部長の依頼は断れないでしょ」
さすがにフェルミナもフォローを入れた。
「そだね。わかった。ごめんノア」
(ふぅ……)
「なんだ、ノア君も意外とすみに置けないんだな」
「レインさんまで……」
ワハハハハハ。
ククククク。
フフフフフ。
たわいのない会話は、時間が過ぎるのも早い。
気づけば、かなり良い時間になっていた。
ミリスはすでにうとうとし始めていて、ケイトが送っていくらしい。
ザックは「家庭の時間だ」と言って、少し早めに帰っていった。
その後、フェルミナとレインも宿へ戻ることになった。
「あっ、そうだった。まだフレンド登録してなかったわね。しておきましょう」
フェルミナが言った。
「スラムの寄生虫の件、おそらくまだ続くでしょうし」
「はい、ぜひお願いします。レインさんも、いいですか?」
「もちろんだ。次もよろしく頼む」
(これでフレンド登録が二人……。
というか、ミリスとケイトにも聞くの忘れてた。あっ、あとザックも……)
(まぁ、明日また協会で会えるか。その時にしよう)
僕たちは協会を後にし、それぞれの宿へ帰って行った。
◇
チュンチュン。
チュンチュン。
「今日も良い天気だなぁ」
宿の窓から広場を眺めながら、朝の空気を吸う。
支度を済ませ、一階の食堂で朝食をとると、僕は早速スラムへ向かった。
◇
「おはよう、リノちゃん。変わりはなかった?」
「うん、元気!」
「マルも元気!」
(二人とも生命力ゲージは緑色……寄生虫反応もなさそうだ)
リノの視力も回復している。
経過は順調だったため、僕は昨日まで赤表示だった25人の住民を順番に見て回った。
ただ、25人全員が緑色かと思っていたが、黄色表示になっている人もいた。
寄生虫自体は駆除されているようだったので、原因は別にあるということだ。
目の下のクマ。
細い腕。
減少した筋肉量。
さらに、時々頭痛もあるらしい。
おそらく、栄養失調状態だ。
(やはり、スラムの食糧問題の解決が必要だな……)
「《エリア臨床検査》!」
スラム全体の生命力ゲージは、昨日から大きく変化していた。
それは、僕とフェルミナ、レインの三人の活動成果でもある。
緑色:38人 → 48人
黄色:140人 → 154人
赤色:25人 → 1人
ただ、昨日帰る時点では赤色はゼロになっていたのだ。
つまり、その後に重症化した人がいるということ。
さらに、緑から黄色へ移行した人も少なくないという事実だった。
(緑ゲージの人たちにも、寄生虫駆除は必要か)
(スラムの残りの感染者、それに中央区や北区の保有者まで含めると……)
寄生虫を駆逐するためには、新たな策が必要と言える。
もっと手軽で、自分たち自身でもできる方法がないかと感じていた。
◇
続いて僕は、スラムと南区全体の水質調査へ移行する。
スラムの住民たちは、主に三つの井戸と、川、そして池の水を利用している可能性があった。
僕はまず、目の前の池へ左手をかざし、《微生物検査》のスキルを発動した。
「なんだこれは!」
スキルを使った瞬間、左手をかざした周辺一メートル四方が真っ赤に染まる。
しかも、チカチカと点滅していた。
それは、一つ一つの微生物がミクロレベルで動いている証だった。
(これって、もしかして大腸菌の一種では?)
前世の記憶が蘇る。
人や動物の糞尿が混じった水には大腸菌が検出される。
それは汚染の指標だった。
ただ、大腸菌そのものの危険性よりも、糞便由来の病原菌、ウイルス、寄生虫が存在するリスクが高いことを意味している。
(やはり池の水は危険だな)
リノ曰く、池の水は飲み水はもちろん、食材や食器洗いにも使っていないらしい。
(ひとまず、このまま使用禁止を徹底する必要がありそうだな)
(でも、ずっと禁止するわけにもいかない。浄化する仕組みか……)
その後、リノに頼んで、スラム住民が利用する三つの井戸へ案内してもらう。
「ノアさん、ここだよ」
「ありがとう」
一つ目の井戸は、池の南側に位置していた。
利用者はそこまで多くないらしい。
ただ、「井戸水は安全」という認識はスラムでも根強く、飲み水として使う人もいるとのことだった。
チャプン。
桶を井戸へ落とし、引き上げる。
比較的深い井戸らしく、かなり力が必要だった。
見た目は透明ーー
だが、それだけでは安全かどうかは分からない。
わずかに臭いもある。
「《微生物検査》!」
ブワン。
桶の中の水には、池ほどではないが、赤い小さな点が確認できた。
(やはりか……)
池の南側という位置から考えて、池の水が地中へ浸透している可能性が高い。
さらに、周囲へ放置された汚染物質の影響もあるのだろう。
◇
続いて、比較的多くの住民が利用する、池の北側の井戸。
こちらは南側より深さが浅い。
それもあってか――
微生物反応は、さらに強かった。
◇
最後の井戸を調べる。
池から離れている代わりに、川と共同トイレに近かった。
そして、ここでも、やはり強い反応が出た。
(全部の井戸が汚染されてるじゃないか……)
改めて、スラム環境の過酷さを痛感した。
このままでは、いくら寄生虫を駆除しても、また感染する。
あるいは、別の病気が流行する可能性も高い。
住民移動。
水の浄化。
綺麗な水の供給。
頭の中で、いくつもの案が巡っていく。
(どうする……?)
ピコン!
その時、冒険者カードが光った。
フェルミナからのメッセージだ。
『スラムの指定依頼が出たので、打ち合わせしましょう。正午空いてる? レインはOK取れた』
(ナイスタイミングじゃないか)
(その時に、スラムの現状を相談しよう。あと、赤色ゲージの住民一名の対応も)
僕はリノとマルへ、「井戸水も飲まないように」と伝え、自分が持っていた飲み物とパンを全部渡した。
(早くどうにかしないと……)
◇
「お待たせしました!」
正午を少し回った頃、僕は遅れて冒険者協会二階の会議室へ到着した。
「遅いぞ、ノア。君待ちだ」
「すみません」
「まぁまぁ、ノアのことだから、依頼関連でしょう」
「あっ、はい。ちょっと色々と深刻なことが分かりまして……」
「そうなの?」
ドラム、フェルミナ、レインが息を呑む。
「スラムなんですが……」
僕は、水質調査の結果を説明した。
そして、対策案として三つを提案した。
住民移動。
浄化設備。
上水路整備。
「そうか……これはかなり深刻だな」
ドラムはすぐに理解した。
住民移動を行う場合、アルセリアの壁内には空き地がほとんどない。
つまり、現状では壁の外へ移住してもらう必要があるということを。
「報告ありがとう、ノア。提案の三つ、どれも素晴らしいと思う。もちろん課題はあるが――」
ゴクリ。
……
……
……
「全部だな」
「んっ?」
「それは、どういう意味でしょうか?」
レインが聞き返した。
「全部だ。三つとも、やる必要がある」
「……」
確かに、僕もフェルミナもレインも、心のどこかではそう思っていた。
だが、現実的にはどれか一つに絞るものだと考えていたのだ。
(これが……支部長というものなのか)
「住民移動については、街側との交渉が必要だ。そこは俺が動く。
問題は、浄化設備と上水路整備だが――」
ドラムは、こちらを見た。
「ノア。これはお前に頼みたい」
「へっ? 僕ですか?」
「そうだ。実はな、『浄化』について、一つアイデアがあるんだ」
(なんか、支部長……悪い顔してるな)
「この街を流れる川の源流付近に、《クリアスライム》っていうモンスターが生息している」
「なるほど!」
レインが先に気づいた。
「クリアスライムは特殊個体でな。《浄化》スキルを持っているんだ」
「ということは、クリアスライムを利用して水を浄化するんですね!」
フェルミナも理解した。
「そういうことだ。上手くいくかは分からん。だが、成功すれば、この街は変わる」
(確かに……水問題が一気に解決し得る。でも、どうやってそのスライムを?)
「まぁ、とにかくそういうわけだ。ノア、あとは色々任せた」
「へっ!?」
「私たちは何をすれば良いですか?」
レインが尋ねる。
「レインとフェルミナは、俺と一緒に住民移動を手伝ってくれ。
ノアの調査結果だと、スラムにはまだ体調不良の住民が大勢いるんだろ?」
「はい」
「なら、お前たちの付与魔法による鎮静と、治癒魔法による回復は必須だ」
「そうですね。分かりました」
「そんなわけで、ノア。改めてよろしくな! 明日には旅立てるよう準備しておいてくれ」
「へっ!?」
(てっきり、三人で行く流れだと思ってたんだけど!?)
◇
会議が終わり、僕は少し放心状態になっていた。
「まぁ、ノア君。これも一つの経験だよ。レベルアップ間違いないさ」
「そうね。ノアなら大丈夫だと思うわ。何かあったらメッセージちょうだい」
(急に二人の先輩に突き放された気がする……どうなるんだろ僕……)
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