50 臨床検査への期待値
「次はあの建物です」
僕たち三人は、《エリア臨床検査》で把握した、生命力ゲージが赤色の住民のもとを順番に回っていた。
体内の寄生虫を駆除する方法は、すでに流れができている。
《臨床検査》で状態を確認する。
付与魔法で対象を鎮静化する。
《循環遮断》で寄生虫の魔力を断つ。
最後に治癒魔法で生命力を回復させる。
この流れができたことで、処置はかなりスムーズに進んだ。
その過程で、いくつかの新たな発見もあった。
一つ目は、付与術師の魔法が、人の身体にどのように影響するかだ。
付与術師が使う付与魔法は、人やモンスターに対して、攻撃力、防御力、素早さ、意識・賢さ、魔法攻撃力、魔法防御力のいずれか、あるいは複数を指定して影響を与える。
それは基本的に、一時的な増強、または減弱である。
今回の寄生虫駆除の流れの中では、主に「意識・賢さ」への減弱系付与魔法を使った。
これによって、魔法を受けた者は眠りはしないまでも、一時的に鎮静状態になった。
では、それを《臨床検査》で観測するとどう見えるのか。
付与魔法が唱えられると、術師の手から対象者へ青白い魔力が流れ込む。
そして、魔法を受けた人の魔力の総量が一時的に増える。
だが、流し込まれた魔力は、もともとの魔力と交わり、頭以外の部分へ少しずつ流れ始めていく。
頭部を流れる魔力は完全にゼロになるわけではない。
ただ、通常よりも薄まっている。
その結果、対象者の意識や判断力が穏やかに抑えられる。
これが、「意識・賢さ」に対する減弱効果の仕組みなのだと判断した。
他にも、攻撃力なら腕へ魔力が集まり、防御力なら全身の皮膚へ魔力が広がり、素早さなら足へ魔力が集まる。
そうした変化も見えていた。
つまり、付与術師は自身の魔力を他者へ流し込むことで、魔力の量と循環に影響を与えている。
これが、今回の観察から分かったことだった。
一方で、付与術師は通常、どれだけの魔力を流し込んでいるかを意識しているわけではないらしい。
そのため、どの程度の魔力を流し込むと、どれほどの効果が出るのかまでは把握していない。
そういう意味でも、《臨床検査》と組み合わせることで、細かな調整が可能になる。
これは、魔力の無駄遣いを避けられるという大きなメリットだ。
もし緊迫したモンスター戦であれば、誰に、何秒間、どれだけ魔力を流し込めば、最も効率よく能力を増減させられるのか。
それが分かる可能性がある。
二つ目は、治癒魔法である。
治癒師が行う治癒魔法は、人に対して生命力を回復させる。
そして、その回復量は、魔法をかけている時間に左右されると思われていた。
そこへ《臨床検査》で魔力の流れを捉え、見える化した。
今回の場合、主に赤ゲージの住民を中心に寄生虫の駆除を試みた。
その後に治癒魔法をかけることで、生命力ゲージは見事に緑へ回復した。
その原理は、付与魔法と似ていた。
術者の魔力が、対象者へ流れ込む。
そして、流れ込んだ魔力は全身へ行き渡る。
時には、自動的に傷のある部分へ集まっていった。
魔力の色は白く輝き、細胞が活性化されているように見える。
まるで、自然治癒力を高めているようだった。
そして、重要なのは生命力ゲージとのリンクである。
生命力には、人それぞれ上限がある。
そのため、上限までしか回復しない。
つまり、上限に達したあとも魔力を流し続ければ、無駄に魔力を消費することになる。
加えて、まだ実験はしていないが、過度に魔力を流し込みすぎることで、別の不調や病を引き起こすリスクもあるかもしれない。
そういう意味でも、付与魔法と同様に、《臨床検査》で状態を捉えながら回復することには大きな意味がある。
魔力の無駄遣いを確実に避けられるからだ。
この二つの事実から、《臨床検査》という一見不遇に思われたスキルは、戦闘支援系の冒険者をさらに支援するスキルだと分かった。
生命力ゲージを可視化できること。
魔力の流れを観測できること。
その二つを持つ僕は、今回の救済依頼はもちろん、モンスター討伐依頼においても、チームを組むことで大きな可能性を発揮できるはずだと感じている。
(僕って、まだ色々とやれることがありそうだ……)
再び、自信を持つことができた経験だった。
◇
「これで最後ね」
「ああ、なかなか大変だったな」
フェルミナとレインは、一息ついた。
僕も大きな疲労を感じている。
だが、それ以上に大きな達成感があった。
「フェルミナさん、レインさん。今日は本当にありがとうございました!」
「えっ? なに、改まって」
フェルミナが答える。
「一人では到底できない内容だったので、本当に感謝しているんです。魔法やスキルについても、とても勉強になりましたし」
「ノア君。君もとても頑張っていた。やはり、ノア君の能力があってこその活動だったと思うよ」
レインは穏やかに言う。
「付与魔法についても、また一つ高みに近づいた感じがしたしね」
レインは、新たな可能性を自分の中にも見出しているようだった。
(よかった……)
「ノア。とりあえず、今日はこれで終わりでいいのよね?」
フェルミナが汗を拭きながら尋ねる。
「はい。大丈夫だと思います。危険な状態にあった方は、全員対応済みです。要注意の方はまだいますが、今日すぐにどうこうなる状態ではないと思います」
僕は一度息を整える。
「依頼《寄生虫症患者の回復》としては、完了と呼べるのではないかと思います。念のため、明日、僕が見て回りますが」
「OK。じゃあ、一度協会支部へ戻ろうか」
「はい」
僕たち三人は、中央区へ向かって歩き出した。
◇
《臨床検査》というこのスキルは、前世でいう臨床検査の概念に極めて近いものだと、僕は感じていた。
人間の身体を調べる手段は、前世では血液、便、尿、心電図、MRIなど、さまざまだった。
この異世界でも、原理や手段は違えど、このスキルを使えば同じように身体の状態を見える化できる。
そしてそれは、人の命を救うための重要なツールになる。
一方で、この世界では、医療という考え方が一般市民レベルでは非常に乏しい。
だからこそ、やるべきことはたくさんある。
「ところで、フェルミナさんはセカンドジョブって何をやっているんですか?」
「大工よ」
「えっ!?」
僕とレインは思わず声を上げた。
「何? なんかおかしいところあった?」
フェルミナは素で答えていたようで、何が驚く部分だったのか理解していないようだった。
「いやっ、全然、大工は良いと思います。ただ、フェルミナさんの見た目とあまりにもかけ離れていたので、想像していませんでした」
「私もだ」
「レインまで? そうなのかなー。まぁ、言われてみればそうかもしれないか。もともと私は田舎の出で、姉妹の中では一番上だったからね。モノづくりは私の仕事だったのよ」
「そうだったんですね。であれば納得です」
(驚いた……)
「ちなみにレインさんは、セカンドジョブは何をやっているんですか?」
「私か? パン屋だ」
「へっ!?」
今度は、僕とフェルミナが声を上げた。
「何よ。レインも想像の斜め上を行ってるじゃない!」
(僕もそう思う)
「んっ、そうか? パンって美味しいじゃないか」
(んっ、レインさんって実は天然なのか?)
「そうですね。パンって美味しいと思うんですけど、ライ麦から作るパンって、少し硬くて酸っぱさがありますよね」
僕は率直な感想を述べた。
「そうなんだよ。それが良いんだよなー」
(この人、あれだけ頭が回るのに、やっぱり天然か……?)
「そういうノアは、セカンドジョブは何なのよ?」
「えっ、言ってませんでしたっけ? 僕は風呂屋ですけど?」
「ふぇ!?」
フェルミナとレインは変な声を上げた。
「何なのよ、このチームは」
フェルミナは、つい本音を漏らした。
(僕も同意見です)
「まぁ、セカンドジョブなんてものは、そんなものだろう」
(これまた冷静モードになったレインパイセン)
今日は、美味しいエールが飲めそうだと感じていた。
◇
「ただいまー!」
勢いよく扉を開けるフェルミナ。
酒場スペースの冒険者たちが、一斉にこちらを振り向いた。
(フェルミナさん、声大きいです……)
「じゃあ、依頼報告と行きますかね」
「そうだな」
「はい、そうしましょう」
僕たちは受付嬢に、今回の成果を報告することにした。
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