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45 浴場という打ち手

「いらっしゃいませ!」


僕は、ずっと気になっていた共同浴場へ、ようやく来ることができた。


アルセリアの共同浴場は、中央区の川沿いに建てられている。


石造りの大きな建物で、外壁には大きな煙突が何本も立っていた。

入口の横には、薪を積んだ荷車が止まり、作業員たちが汗だくで木材を運んでいる。


まだ日中だからか、人はまばらなその施設は、どこか特別感を漂わせていた。


入り口を通り、受付らしき場所。


「おう、坊主。初めてか?」


「はい。これ、お願いします」


「なんだ、年間パスじゃねぇか。高級客か!」


男は冗談っぽく笑いながら、パスを確認した。


「昼間は空いてるから、好きに使ってくれ。朝と夜は混むからな。あと、深夜はあまりおすすめしねぇ」


「深夜ですか?」


「おうよ。俺らも管理はしてるが、酒、賭博、喧嘩、女と、まあ色々あるんだよ」


(受付がそれを言っていいのか……。まあ、別の意味で気にはなるけど)


夜の共同浴場は、別の顔を持つらしい。



「思ったより、かなり広いな……」


廊下の先、正面には「男」「女」と書かれた看板が立っている。

さらに奥へ進めるようになっており、おそらくその先が男女別々の浴場へつながっているのだろう。


そこまでの廊下の左右には、パン屋と酒場スペースがあり、休憩している住民が何人もいた。


さらに驚くことに、床屋と、その隣には診療所のような施設まであった。


(そういうことか……)


この施設は、アルセリア住民にとっての憩いの場であり、同時に衛生拠点でもあるのだ。


まずは脱線せず、まっすぐと浴場へ向かう。


脱衣所で服を脱ぎ、扉を開けて浴場へ入ると、別の空間が広がっていた。


「おー天井が高い」


中央には大きな湯船が鎮座し、20人から30人は入れそうだ。


大量のお湯が張られ、周囲にはいくつかの石像が立っている。

ローマ帝国の浴場を彷彿とさせる、かなり立派な風呂と言える。


壁際には蛇口が見える。

身体を洗うためのものだろう。


僕はこの世界で、風呂へ入るための作法があるのかは知らない。

だが、僕はいつものように、まずは身体を洗うことから始めた。


「ん、これはなんだ?」


桶の中に、少し灰色がかった塊が入っていた。


「石鹸だよ」


近くにいた男が教えてくれた。


「油と灰で作ったもんだ。お貴族様が使うような香りのいいもんじゃねぇが、ちゃんときれいになるぞ」


(灰汁石鹸というやつか……)


前世の知識と結びつく。


確かに、化学物質を使って作る大量生産の石鹸には慣れていた。

だが、こうした自然に近い方法で作る石鹸があるとも聞いたことがある。


僕は試してみる。


ゴシゴシ。

ゴシゴシ。


「うーん……」


泡立ちは、正直そこまで良くない。

だが、汚れは落ちているようだ。


(水だけよりは、はるかに良い)


この石鹸なら、環境への負荷も少なそうだ。

川への影響も抑えられるかもしれない。


加えて、この石鹸を使った手洗い文化が普及すれば――


(これは、化けるのでは?)


その瞬間だった。


(天の声)

《スキル《灰汁石鹸づくり》を獲得しました》


(サブ職業《風呂屋》の効用か)



「はぁぁぁぁ……」


思わず声が漏れる。


気持ちいい。


ここ一年ほど、森での生活を続けてきた。

川で水浴びをした日もあれば、身体を拭くだけの日もあった。


(やっぱり、お湯に浸かるのは違うなぁ……)


改めて周囲を見る。


子ども。

大人。

少し柄の悪そうな男。

年配の人。


皆が湯船に浸かり、どこか穏やかな顔をしている。


清潔な水。

身体を洗う習慣。

散髪や洗濯。

傷の洗浄。


(やはり風呂は、衛生インフラだな)


そういう意味でも、この仕組みをしっかりと理解し、横展開できれば大きい。

そう感じている自分がいた。



(さてさて、風呂上がりの一杯は……)


コーヒー牛乳、というのが前世での定番かもしれない。


だが、僕は牛乳派だ。


そんなわけで、施設内のパン屋で牛乳を買うことにした。


「牛乳と、そこのパンをください」


「あいよ。300ゼニーね」


牛乳を一気に飲み干し、パンをかじりながら、店員の女性に尋ねる。


「あの、この浴場のお湯って、どうやって沸かしてるんですか?」


「ん? 変なこと聞くね。もちろん窯だよ」


女性は外を指差した。


「煙突が立ってるだろ。地下に大きな窯があって、そこで薪を燃やすのさ。だから薪は欠かせない。もちろん、水もだけどね」


「ずっと燃やしてるんですか?」


「いや、ずっとじゃないはずだよ。この浴場の清掃は昼頃に行うから、その時は窯も休んでるはずだね」


「なるほど……」


「ちなみに、ここにあるパンも、その窯の熱を使って焼いてるんだけどね」


「あっ、そうなんですか! お湯を作るだけではなく、パン作りも一緒に行っているんですね」


「そうさ。一石二鳥だろ?」


(確かに、一石二鳥だ)


身体を清潔にすることと、パンを焼くこと。


二つが同時にできるというのは大きい。


最初にこの仕組みを考えた人は、かなり賢い人だったのだろう。


「確かにすごいですね」


「そうだろ?」


女性店員は、かなり得意げだった。


もう少し風呂の構造を理解する必要がある。


家庭ごとに作るのはやはりハードルが高い。

しかし、スラムに一つ共同浴場を作る、というのはありかもしれない。


問題は――


水。

薪。

排水。

そして、維持管理する人。


これらをどうするか。正直、課題は色々ある。

それでも、可能性を感じている。


(風呂づくりの研究)


(窯が休んでいる昼時にもう一度訪れてみよう)



今日はまだ活動をする。

共同浴場を出て向かったのは北区である。


新たな依頼《寄生虫保有調査》。


北区、中央区、南区と、それぞれの地区を調べる必要があるのだが、まずは夜になるまでの時間を使って、北区を調べることにした。


「生命反応感知」


北区のマップが表示され、生物の反応が浮かび上がる。


この街には、いくつかの動物が住んでいのだ。


猫。

犬。

馬。

牛。

ヤギ。

そしてネズミ。


猫や犬は、ペットの場合もあれば野良の場合もある。


牛やヤギは家畜として飼われている。

主な目的は、牛乳を搾り、チーズやバターなどへ加工することだ。


馬は主に荷車を引くためのものだが、冒険者や衛兵が移動手段として持っている場合もある。


そして、ネズミは害獣である。


北区は裕福な住民の住まいが中心ということもあり、猫や犬のペットはいるものの、野良は少ない。

牛やヤギといった家畜については、この地区にはほとんどいない。


馬については、馬車を所有している者はいるが、大抵は中央区の馬小屋へ預けているため、北区で飼っていることは少ないようだった。


そうした意味では、北区の調査はそれほど難しくなかった。


室内飼いの猫については、ほぼ寄生虫の反応なし。

散歩や番犬として外を歩くことがある犬にも、反応はなかった。


一方、数は少ないが、北区に住む野良猫の一部には寄生虫の反応が見られた。

これはネズミを媒介してではないかと予想している。


そして、問題のネズミ。


そもそも《生命反応感知》を使うと、北区にも相当数のネズミが生息していることが分かった。


(うう……)


大きな下水道のような設備は、この街にはない。

ただ、ネズミは道路脇の側溝などを通っていろんな場所を行き来しているようだった。


そして問題は、それらのネズミの多くには寄生虫の反応があったことだ。


(やっぱりか……)


そのネズミが家の中に侵入しているかまでは、まだ分からない。

しかし、飼い猫や飼い犬が本能的にネズミを捕まえ、そこから寄生虫に感染する可能性は十分に考えられた。


リスクが高いことは間違いない。


(これは、レポートしないといけない案件だ)


(中央区と南区はもっとひどいに違いない・・・)



ピコン。


宿へ戻る途中、冒険者カードが淡く光り、かすかに震えた。

メッセージが届いたらしい。


取り出して確認すると――


――冒険者協会アルセリア支部より。


《明日正午。スラム救済チーム顔合わせを行う。参加されたし》


「始まるのか……」


僕は小さく呟いた。


スラムの救済。そして――この街の衛生問題。


(治癒師と付与術師とのチーム活動をすることになる……)


(どんな人たちなんだろう……)


少しワクワクしている。

読んでいただきありがとうございます!

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次回もよろしくお願いします。

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