44 冒険者協会からの指名依頼
「やはり、北区の川の水は綺麗だな……」
セーラ邸を出たあと、川の様子を見ながら、そのまま川沿いを南へ歩いていた。
街を南北に流れるこのアルセリア川は、川幅が20メートル近くある。
そこまで大きな川ではない。
一方で、水は一年を通して枯れることがなく、この街の発展にとって重要な生活基盤となっていた。
川の両岸には石材を用いた土手が築かれており、上流で大水になっても、街の中で氾濫することはない。
そして、この川は街の生活用水としても重要な役割を担っている。
北区では、井戸から汲み上げた地下水を飲料水などに使っている。
それに加えて、街の最北端から石材と木材で作られた上水路が引かれ、その水も各家庭で生活用水として利用されていた。
一方、下水は通路脇の側溝を通り、中央区付近で川へ流れ込む仕組みになっている。
ただし、糞尿については、各家庭の庭に掘った穴へ埋めるのが一般的なようだった。
中央区になると、北区のような上水路は、広場に面して建つ教会にしか通っていない。
それ以外の建物では、井戸が生活用水の中心となっている。
下水については北区と同様、側溝を経て川へ流れ込む。
そして糞尿は、各建物ごとにトイレがないため、公衆トイレからまとめて下水とともに川へ流れ出る仕組みだった。
南区も基本は中央区と同じだ。
井戸水による生活用水の確保と、公衆トイレの共同利用。
ただし、最終的にはやはり川へ流れ込む。
さらにスラムのある地域では、井戸水を使う者もいる一方で、川の水や池の水を何らかの形で使っている者も少なくないようだった。
これは、僕が独自に聞き込みをして調べた、この街の水事情である。
そして、これこそが今回の寄生虫が広まる要因の一つになっていると考えられた。
◇
「なんかちょうだい……」
スラムに到着すると、昨日と同じように物乞いの子どもたちが集まってきた。
胸を締めつけられるような感覚を覚えながらも、僕は目的であるリノのもとへ急ぐ。
《生命反応感知》を使い、反応のある場所へ向かうと、そこにはリノが座っていた。
昨日とほぼ同じ場所だ。
「リノちゃん。おはよう」
「あっ、ノアさん」
昨日よりも、また少し良くなっているように見えた。
顔色もそうだが、目の焦点が昨日より定まっている。
「もしかして、目は昨日より見えるようになった?」
「そうなの。今日はなぜかよく見えるの。ご飯を食べたからかな?」
「そうかもしれないね。ちゃんと食べられたんだね?」
「うん。ノアさんのおかげだよ。ありがと」
(でも、まだ根本解決には至っていないよな……)
「そういえば、猫ちゃん、帰れた?」
「うん。ちゃんと家へ帰れて、元気になったよ」
「良かったぁー」
リノは嬉しそうに微笑んだ。
元気いっぱいの笑顔ではない。
それでも、笑顔が戻ったことに、僕は少し安心した。
だが、問題はここからである。
このスラムには課題が山積みだ。
特に早急な対応が必要なのは、子どもたちに寄生している可能性のある寄生虫の駆除。
そして時間はかかるが、水と食べ物の問題。
さらに、居住環境と清潔を保つ仕組みも必要だ。
その先には、この街全体の衛生環境という大きな問題もある。
リノ一人を助けるだけなら、僕でも何とかできる気がする。
だが、それだけでは問題は解決しない。
(やはり、仕組みとして作っていく必要がある……)
僕の頭の中では、《浄化の水筒》と《浴場の年間パス》という言葉が引っかかっていた。
何より、僕のサブ職業は《風呂屋》だ。
そこに、ちょっとした運命のようなものを感じている。
(やはり、やるべきことは……)
リノに連れられて、少しだけスラムの中を歩く。
非常に多くの子どもたちが、子どもだけで暮らしていた。
もちろん、親と共に暮らしている子どももいる。
(ここに至った事情は、それぞれ違うのだろう……)
「リノちゃん?」
「なあに?」
「ん……いや、何でもないんだ……」
「うん……」
僕は何かを言いかけて、言い出せなかった。
(このまま、まずはリノだけ連れ出すことが良いのではとも……)
とりあえずリノに、再び手持ちの食べ物を渡す。
そして僕は一度、戻ることにした。
何ができるのかを相談するために。
◇
ギィー。
扉を開けて、冒険者協会アルセリア支部の建物へ入る。
酒場スペースでは、何人かの冒険者が座り、談笑していた。
僕はカウンターへ向かい、まずは初依頼《迷い猫の捜索》の報告を行った。
「お疲れ様でした、ノアさん。初依頼はどうでしたか?」
「はい。何とか無事に終えることができました」
「それは良かったです。Fランク依頼ですからね。そこまで難しくはなかったかもしれませんが」
「いえいえ。正直、協会からの依頼がこんなに大変なのかと思いました」
「えっ、そうですか? まあ、そういう時もあるかもしれませんね……」
受付嬢は少し困惑していた。
「それで、ノアさん。新しい依頼を受けますか? いくつかご提案もできますが」
「いえ、ちょっと気になることがあって、相談したいと思っていたんです」
「はぁ、何でしょうか?」
「実は……」
僕は、今回の依頼で発覚した寄生虫に関する出来事を説明した。
ミルクちゃんの症状。
スラムで出会ったリノの状態。
南区の環境。
そして、この街全体の衛生環境へ与える影響。
思いつく限りを、できるだけ整理して伝えた。
「なるほど……。正直、私の範疇を越える話のようです。一度、支部長に相談してみます」
「分かりました。よろしくお願いします」
少しの間、酒場スペースで休憩していると、先ほどの受付嬢が戻ってきた。
「ノアさん。少しよろしいですか?」
「あっ、はい」
カウンターへ向かう。
「結論から申しますと、支部長も悩まれていました。非常に大きな問題であり、解決すべき課題だとおっしゃっていました」
「はい……」
「ただ、問題が大きすぎます。冒険者協会が単独で主催するのではなく、街が主導し、そのうえで冒険者協会へ依頼を出すという流れでなければ、活動資金を組めないとのことでした」
(なんだか、すごく大事になりそうな……)
「支部長から、まずは街の責任者へ伝えるそうです。その一方で、並行して、より詳しい実態調査を行う必要があるとのことでした」
「はい……」
「そこで、ノアさんに指名依頼をお願いしたいそうです」
「へっ!?」
(この展開は予想していなかった……)
「実は、二つあります。聞いていただけますか?」
(これは、断れないやつでは……)
「どのような内容でしょうか」
「依頼としては、一つは調査依頼。もう一つは救済依頼です」
ゴクリ。
「調査依頼については、今回の寄生虫がどこまで広がっているのかを調べていただくものです。北区、中央区、南区の感染源となり得る動物の寄生虫保有状況。それに加えて、南区・スラムに住む人々の寄生虫保有状況も調べてほしいとのことです」
「僕のスキルが必要、ということですね」
「はい。ノアさんのスキルがなければ難しい依頼だと思います。詳しくはこちらの依頼書をご確認ください」
ーーーーーー
依頼名:寄生虫保有調査
達成目標:
・北区、中央区、南区の動物の寄生虫保有状況を調べて報告する。
・南区・スラムに住まう住民の寄生虫保有状況を調べて報告する。
達成ボーナス:支部長からの信頼度が上がる、十万ゼニー
内容:スラム地区にて、寄生虫感染が疑われる住民や動物が多数確認された。特に野良猫、野良犬、ネズミなどを介した感染拡大の可能性が高く、街全体の衛生問題へ発展する恐れがある。本依頼では、北区・中央区・南区それぞれにおける動物の寄生虫保有状況、水場や生活環境との関連、さらに南区住民の感染実態について調査・報告を行うこと。調査結果は、今後の衛生対策および救済活動の基礎資料として扱われる。危険地域への立ち入りには十分注意されたし。アルセリア冒険者協会支部
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「もう一つの救済依頼ですが、スラムで寄生虫症により重症となっている人を、治癒師と付与術師と一緒に助けるという内容です」
「治癒師と付与術師……」
「はい。この支部にも治癒師と付与術師の冒険者がいますので、その方々とチームを組んでいただきます。二人には支部側から声をかけます。準備が整い次第、改めてご連絡します」
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依頼名:寄生虫症患者の回復
達成目標:南区・スラムに住まう住民のうち、寄生虫症で重症となっている者を救う。
達成ボーナス:支部長からの信頼度が上がる、三十万ゼニー
内容:南区およびスラム地区にて、寄生虫感染による重症患者が複数確認されている。特に栄養不足の子どもや負傷者を中心に、腹痛、衰弱、視力低下、発熱などの深刻な症状が広がっており、早急な対応が必要と判断された。本依頼では、治癒師・付与術師と協力し、重症患者の発見、症状の確認、応急処置、栄養支援、衛生指導などを行い、可能な限り命を救うことを目的とする。なお、感染拡大防止のため、水や食料の管理、生活環境への配慮も重要となる。アルセリア冒険者協会支部
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(なんか、すごいことになってきた……)
(大丈夫だろうか、僕……)
「分かりました。では、とりあえず今の二つの依頼は、お受けする方向で手続きをお願いします」
「ありがとうございます。では、手続きを進めます」
想像を斜め上にいく展開となり、僕の中では不安が少し勝っている。
ただ、リノやスラムで暮らす子どもたちのことを考えれば、やるべき仕事だ。
(これまた、忙しくなるな……)
そして僕は今日こそは共同浴場へ寄り、改めて考えることにした。
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