43 循環遮断
「リノちゃん。これ、置いていくから」
リノは目を丸くした。
ただ、視界はやはりぼやけているようだった。
「パンと干し肉とお水。無理に動かなくていいから。今日はちゃんと食べて、水も飲んで、ゆっくりすること」
「え……?」
「あと、できれば池の水には近づかないで」
リノは静かに頷いた。
「明日、また来るからね」
「……ほんと?」
「うん」
リノは少しだけ、安心したような表情を見せた。
僕は白猫のミルクちゃんだけを連れて、北区の依頼者のもとへ向かった。
◇
ミルクちゃんは、リノほどではないが、少し弱っているように見えた。
バックの中からタオルを出して、苦しくないようにタオルに包む。
そして、前に抱き抱えるようにして歩いた。
途中、南区や中央区の住民から視線を感じたが、特に気にすることなく北区の邸宅へ向かう。
コンコン。
扉を叩くと、今朝と同じように執事のモーズが現れた。
「どうぞ、ノア様。こちらへお願いします」
僕はモーズに続いた。
「失礼します、セーラ様。ノア様が参られました」
ガチャ。
「ミルクちゃぁぁん!」
セーラが抱きつこうとして――
僕はそれを止めた。
「待ってください!」
セーラの動きが止まる。
僕は、ミルクちゃんを見つけた場所が南区のスラムであったこと、寄生虫の可能性、感染のリスク、そしてミルクちゃん自身も弱っていることを説明した。
セーラは驚きながらも、最後まで黙って聞いてくれた。
「で、ノアさん。寄生虫というのは、どういうことなのですか?」
「もう少ししっかりと調べる必要がありますが、ミルクちゃんには寄生虫が寄生していて、それが原因で弱っている可能性が高いです」
セーラは黙って聞いている。
「なので、もう一度きちんと検査をしたいのですが、よろしいですか?」
「もちろんよ。モーズ、ベッドを用意して」
「はい、ただいま」
僕はミルクちゃんをベッドに寝かせ、スキルを使った。
「寄生異物検査」
(やっぱり……)
ミルクのお腹の中には、無数の線状の何かが動いている。
(寄生虫だ。しかも、一匹どころじゃない……)
寄生虫の種類までは分からない。
だが、そこにいることだけは間違いなかった。
この状況を打開するためには、寄生虫を駆除する必要がある。
しかし、僕の持つスキルは《臨床検査》。
魔力の流れを読み取る力だ。
これまでは観測系のスキルへと派生し、様々な役割を果たしてきた。
けれど、今回求められているのは、それとはまったく違う。
これは、まさしくstage2ーー介入系。
冒険者として《武闘家》という職業を設定したことで現れた、stage2介入系のカテゴリー。
まだスキルとして表出していない。
それでも、何かできる気がしていた。
(寄生虫の魔力だけに意識を絞る)
(流れを読み取る)
(そして、その流れに干渉する)
まずは、寄生虫にもモンスターと同じように、流れの滞りーーつまり弱点の部分があるはずだ。
そこを見つける。
そして、干渉する。
イメージはできていた。
「弱点視認」
一匹の寄生虫に意識を集中する。
すると、流れの滞りと思われる箇所が見えた。
そこへ、力を加えるイメージ。
(流れが、断ち切られるように……)
ブチッ!
ギャァァァーー!
白猫ミルクが、自身のお腹の中で大きな音がしたため、思わず叫んだ。
「ひぃぃぃっ!」
つられるように、セーラも悲鳴を上げる。
「ノアさん!今のは何の音!?ミルクちゃんは大丈夫なの!?」
「すみません、少し静かにお願いします。大丈夫なはずです」
少し強めに言ってしまい、すぐに反省した。
けれど、セーラもなんとか平静を取り戻す。
それは間違いなく、何かが切れる音だった。
だが、同時に確かな手応えでもあった。
僕は再び、その寄生虫の流れを読み取る。
魔力の流れが、先ほどの滞りの部分を境に完全に断ち切れていた。
そして、寄生虫の魔力は徐々に弱まっていく。
(いけた)
心の中でガッツポーズをしている自分がいた。
「セーラさん。やはり、かなり多くの寄生虫に侵されているようです。
ただ、僕のスキルで駆除できるかもしれません。
試してもよろしいですか?」
セーラは少し考えた末、静かに頷いた。
何とも言えない表情だった。
「それでは、続けます」
僕は二匹目の寄生虫に意識を集中する。
同じように流れを読み取り、滞りを探す。
そして、そこを切るように念じる。
ブチっ!
「はっ……!」
二回目でも、やはり驚く。
だが、先程まではない。
僕の中で、それが確信へ変わっていた。
(これなら……)
結局、約一時間近く集中し続けた。
魔力の流れを断ち切った寄生虫の数は、15匹を超えた。
そして、すべての対応が終わった。
(天の声)
《介入系スキル《循環遮断》を獲得しました》
「終わりました」
「ノアさん……。ミルクちゃんは大丈夫なのよね?」
「はい、僕のスキル《臨床検査》で見る限りは、魔力の流れに大きな滞りはありません。ひとまず問題ないと思います」
緊張の糸が切れたのか、セーラはその場に座り込んでしまった。
(介入系……)
(ついに、魔力の流れへ干渉できるようになったのか……)
僕は、本当の意味で新たなステージに立ったような気がした。
ここからは、状態を見るだけではない。
その先へのアプローチが存在する。
「セーラさん。とりあえず、ミルクちゃんは今日はこのまま安静にさせてください。
明日、また見に来たいと思います」
「分わかったわ。ありがとう」
「それと、セーラさん。もう一つあります」
「へっ!?なによ。何があるの?」
「今回の寄生虫ですが、おそらく人間にも寄生するタイプです。
つまり、ミルクちゃんと濃厚に接触しているセーラさんも、検査を受けた方がいいと思います」
「え……?」
……
「私にも……虫が?」
「可能性はあります。どうされますか?」
「……分かりました。断る理由はないわね、お願いします」
僕は、セーラさんにも《寄生異物検査》を行った。
その結果、ごく微弱な反応が確認された。
(これは……寄生虫の卵みたいなものか?)
「セーラさん、どうやら何かしら反応があります。もしかしたら寄生虫の卵のようなものが体内にあるかもしれません」
「へっ!?どうしたら……」
「心配しすぎなくて大丈夫です。僕が知る限り、大人で、普段から栄養をしっかり摂っていて、免疫力が高ければ、すぐに問題になる可能性は低いはずです。まずは様子を見ましょう」
「それでいいの?本当に?」
「そうですね。僕はしばらくはこの街に滞在するので、時々お伺いしてもいいですか?」
「もちろんよ。ぜひお願いしたいわ」
「分かりました」
これで、ひとまず一区切りついた。
セーラさんも疲れたようで、少し顔がやつれている。
ペットという存在が、人間にとってここまで大切なものになり得るのだと、改めて驚かされた。
そして何よりも、この街に潜む大きな課題が明るみに出たと言える。
すでに、北区の富裕層にも寄生虫の脅威が及んでいる。
もちろん、富裕層については急を要しないかもしれないかもしれないが、南区はどうだろうか。
スラムはすぐにでも対処が必要な課題だ。
明日、改めてミルクちゃんをみる。
その後、スラムに住むリノを訪ねて、冒険者協会へ報告しよう。
何かしら対策を考えてくれるのではないか。
僕は、そんな期待を抱いた。
今日はとても疲れたので、宿へ帰ることにした。
(それにしても今日も公共浴場に行けなかったなぁ……)
◇
「ギャァァァー!」
セーラの絶叫に、モーズは急いで駆けつけた。
ミルクのトイレには、白い細長い虫の死骸が大量にあった。
どうやら、糞便とともにすべて出たようだ。
一方のミルクちゃんは、ピンピンとしている。
むしろ、いつも以上に調子が良いようで、食事もしっかり食べ、部屋の中を走り回っていた。
目の輝きも、毛並みも、すっかり元通りだった。
コン、コン、コン。
「おはようございます!ノアですー」
僕は、依頼者であるセーラの家へやってきた。
モーズに案内され、ミルクちゃんのトイレが設置してある地下へ向かう。
「おはようございます、セーラさん」
「ノアさん、これは何?」
「あっ、出たようですね。よかった!」
「へっ、もしかしてこれが寄生虫なの?」
「そうです。これでミルクちゃんはもう大丈夫だと思いますよ。よかったですね」
「あっ、そうなの。なんだ、本当よかったわぁ……」
セーラは一安心した様子だった。
モーゼも、セーラの様子を見て、別の意味で安堵していた。
「すみません、念の為、この寄生虫をスキルで読み取っていいですか?」
「もちろんよ。お好きにどうぞ」
僕は、この寄生虫の正体をしっかりと記録しておきたかった。
そこで、死骸を最後に観察する。
世界の生き物図鑑へ記録されたその虫は「猫回中」という名前だった。
「では、セーラさん。忘れないうちに報酬を……」
「あっ、そうね。もちろんだわ」
「いつもの部屋へお願い」
僕たち3人は階段を上がり、応接室へ戻った。
「ノアさん。こちらが今回の報酬よ」
セーラはそう言って、机の上を示す。
「依頼書にあったと思うけど、私のコレクションから一つ、お好きなのを選んでちょうだい」
(なるほど、どれにするかな……)
「あっ、そうよね。モーゼ、ノアさんにそれぞれ説明を差し上げて」
「はい、ただいま」
机の上には、3つのものが置かれていた。
「1つ目は、古書です。武道の心得集でございます。ノア様は職業が武闘家とも伺っておりますので、きっとお役に立つかと」
(えっ、普通にこれほしい。というか必需品では?)
「2つ目は、浄化の水筒です。この水筒は魔道具でして、ある程度の汚れた水であれば、浄化して飲み水に変えることができます」
(これもほしい。普通にお金を出してでも買うレベルだ)
「で最後の3つ目は、魔道の耳飾りです。意中の女性への贈り物として最適ですし、身に付けると魔力の底上げが可能で、戦力向上にも役立つ品でございます」
(うっ……セーラさん。もしかして、僕の女性関係を何か聞いてます?)
「よく分かりました。正直どれも欲しいのですが、1つを選ぶということですので……」
(本当に悩む。どうしよう。どうしよう……)
「ノアさん。どうされます?」
「じゃあ、2つ目の「浄化の水筒」にします……」
(あっ、言ってしまった……)
「分かりました。では、こちらの「浄化の水筒」を、ノアさんへの報酬として差し上げます」
「あっ、ちなみに、1つお願いなのですが……」
「はい、なんでしょう?」
「武道の心得集ですが、少し間、貸していただくことはできないでしょうか?」
「ハハハハハ。もちろん良いですよわ。ノアさんも、なかなか頭が回るのね」
「恐縮です」
「あと、今回ですが、ミルクちゃんを探して連れてきてもらっただけでなく、寄生虫という脅威から救っていただいたこともあります。
別の贈り物も準備していますわ。モーゼ!」
「はい、セーラ様」
机の上に、一枚の券と一通の紹介状が置かれた。
「この券は、街の川沿いにある共同浴場の年間パスよ。少なくとも一年はこの街にいるのでしょう?でしたら、このパスがあれば浴場は使い放題になるわ」
(ようやく、お風呂に入れるのか……)
長い道のりだったと僕は少し感動していた。
「そして、こちらの紹介状。私のサインだから大したものでもないけれど、この街で何か困ったことがあれば、見せてみなさい。ある程度は融通が利くはずよ」
(うーん、使い道はまだよく分からない。ただ、セーラさんはおそらくただ者ではないことだけは分かった)
「とりあえず、以上かしらね。そのほか、何かあります?」
「いえ、大丈夫です。また定期的に、お身体の様子を見にお伺いします」
「そうね。お待ちしてるわ」
「モーゼさんも、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
僕は依頼者であるセーラさんの家を後にし、南区へ向かった。
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