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03 パンデミック

「あれから、何日経っただろうか……」


最初はインフルエンザの一種か何かと思われていたそれは、瞬く間に感染を広げていった。


世界ではすでに数千人の死者が出ており、ついに日本でも死者が報告され始めている。


人々には行動制限がかかり、一部の業種では計画的な休業が始まった。

テレビでは、都会の人々が一斉にマスクを着けて歩く様子が、まるで映画のワンシーンのように映し出されている。


米国やヨーロッパの大手製薬企業は、すでにワクチン開発に乗り出したらしい。

一方で、日本はいつものように出遅れ、メディアがそれを煽り立てていた。


誰もが、情報不足で不安と不満を抱えていた。


「これから、どうなるんだろうか・・・」


現場の医療者である私にとっては、とにかく目の前の患者に必死であって、臨床検査に必死である。


自院でも新たなウイルス感染症の患者が次々と増え、臨床検査のオーダーは途切れることがない。


かつての平和な午後が、何十年も昔のことだったように感じられる。


「このままじゃ……受け入れを止めることも考えないと、医療側がもたないんじゃないか…」


そう考えていた矢先、同僚が新しい情報を持ってきた。


「東京で、発熱患者の受け入れを拒否する医療機関が出たらしいよ」


「……やっぱりか」


予想通りだった。


現場にいれば、誰もが一度は考える。

もし、自分が診療所の院長だったらーーきっと同じことを思うだろう。


それほどまでに、現場は逼迫していた。



夕方。

ようやく終わりが見え始めたころ。


発熱患者の検査結果を確認していると、ふと違和感を覚えた。


(……なんだ、この上がり方)


見慣れたパターンとは、どこか違う。


「……報告しておくか」


そう思ったものの、手は止まる。


この時間帯のドクターコールは、相手を苛立たせることが多い。それに、疲れも限界だった。


「……明日でもいいか」


結局、電話はかけなかった。


そのまま帰宅する。



――そして、翌日。


「あっ、田中くん。おはよ」


「おはようございます」


「そういえばさ、昨日最後に検査してた患者さん、いたでしょ。

あのあと一度帰宅したんだけど、夜になって急変して、そのまま亡くなったらしいよ」


「……え?」


頭に浮かんだのは、あの検査値の違和感。


もちろん、最終的な判断は担当医が行っている。自分に責任があるわけではない。


――それでも。


(あのとき、伝えていれば……)


胸の奥が、重くなる。


「もしかして……ちゃんと報告していれば、違ったのか……?」


普段は自分をドライな人間だと思っていた。だが、想像以上に引きずっている。


「……何か、できたはずだ」


感染症外来の担当になるまでは、半ば義務的に検査をこなしていた。


だが、今回は違う。

必死に、真面目に、臨床検査に向き合っていた。


――だからこそ。


急に、力が抜けた。


何かが崩れたような。あるいは、何かがほどけてしまったような。


そんな感覚。



気づけば、夕方。


勤務終了の時間だった。


「……とにかく、今日は帰って寝よう」


そう思うしかなかった。


挿絵(By みてみん)

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