03 パンデミック
「あれから、何日経っただろうか……」
最初はインフルエンザの一種か何かと思われていたそれは、瞬く間に感染を広げていった。
世界ではすでに数千人の死者が出ており、ついに日本でも死者が報告され始めている。
人々には行動制限がかかり、一部の業種では計画的な休業が始まった。
テレビでは、都会の人々が一斉にマスクを着けて歩く様子が、まるで映画のワンシーンのように映し出されている。
米国やヨーロッパの大手製薬企業は、すでにワクチン開発に乗り出したらしい。
一方で、日本はいつものように出遅れ、メディアがそれを煽り立てていた。
誰もが、情報不足で不安と不満を抱えていた。
「これから、どうなるんだろうか・・・」
現場の医療者である私にとっては、とにかく目の前の患者に必死であって、臨床検査に必死である。
自院でも新たなウイルス感染症の患者が次々と増え、臨床検査のオーダーは途切れることがない。
かつての平和な午後が、何十年も昔のことだったように感じられる。
「このままじゃ……受け入れを止めることも考えないと、医療側がもたないんじゃないか…」
そう考えていた矢先、同僚が新しい情報を持ってきた。
「東京で、発熱患者の受け入れを拒否する医療機関が出たらしいよ」
「……やっぱりか」
予想通りだった。
現場にいれば、誰もが一度は考える。
もし、自分が診療所の院長だったらーーきっと同じことを思うだろう。
それほどまでに、現場は逼迫していた。
◇
夕方。
ようやく終わりが見え始めたころ。
発熱患者の検査結果を確認していると、ふと違和感を覚えた。
(……なんだ、この上がり方)
見慣れたパターンとは、どこか違う。
「……報告しておくか」
そう思ったものの、手は止まる。
この時間帯のドクターコールは、相手を苛立たせることが多い。それに、疲れも限界だった。
「……明日でもいいか」
結局、電話はかけなかった。
そのまま帰宅する。
◇
――そして、翌日。
「あっ、田中くん。おはよ」
「おはようございます」
「そういえばさ、昨日最後に検査してた患者さん、いたでしょ。
あのあと一度帰宅したんだけど、夜になって急変して、そのまま亡くなったらしいよ」
「……え?」
頭に浮かんだのは、あの検査値の違和感。
もちろん、最終的な判断は担当医が行っている。自分に責任があるわけではない。
――それでも。
(あのとき、伝えていれば……)
胸の奥が、重くなる。
「もしかして……ちゃんと報告していれば、違ったのか……?」
普段は自分をドライな人間だと思っていた。だが、想像以上に引きずっている。
「……何か、できたはずだ」
感染症外来の担当になるまでは、半ば義務的に検査をこなしていた。
だが、今回は違う。
必死に、真面目に、臨床検査に向き合っていた。
――だからこそ。
急に、力が抜けた。
何かが崩れたような。あるいは、何かがほどけてしまったような。
そんな感覚。
◇
気づけば、夕方。
勤務終了の時間だった。
「……とにかく、今日は帰って寝よう」
そう思うしかなかった。




