35 冒険者協会への訪問
ぐぅー。
お腹が鳴った。
気づけば、すでに昼を過ぎている。
太陽はすっかり頭の上だった。
「……まずは腹ごしらえだな」
僕は、昨日釣ったイトウを思い出す。
あの大きさだ。
このまま放っておけば、腐って大惨事になる未来しか見えない。
せっかくなら、美味しく食べたい。
そう思い、持ち込み食材を調理してくれる店を探すことにした。
◇
広場に面している飲食店は、大きく三つ。
一つ目。
格式高そうなレストラン。
赤い絨毯。
磨き上げられた窓。
客の身なりも、見るからに裕福そうだ。
昼食時を少し過ぎているにもかかわらず、店内にはまだ客が残っている。
(人気店なんだろうな……。でも、持ち込みは断られそう)
二つ目。
大衆食堂。
客はまばらで、地域密着型という雰囲気。
入りやすさは抜群だ。
融通も利きそうではある。
ただ――
(最高の食材を、“最高の料理”にしてくれるかは微妙……)
そして三つ目。
店頭には、シェフと思われる男の大きな立て看板。
両手を大きく広げ、
「いらっしゃい!」
と、今にも飛び出してきそうな勢いだ。
少しふくよかな体型。
白い割烹着のような服。
(これ、絶対どこかで見たことあるやつだ……)
妙な既視感があった。
中々に悩ましい三択である。
(確実に美味いのは一つ目。でも断られそう。二つ目は安定。なら――)
僕は、三つ目の店へ入ることにした。
◇
「いらっしゃいませ! ようこそ割烹どーみんへ!」
(なるほど、そういう感じのお店ね)
店内に入るなり、威勢のいい声が飛んできた。
「一名なんですが、食材持ち込みでも料理してもらえたりしますか?」
「持ち込みですか……。ちょっと店長に聞いてきますので、少々お待ちください」
しばらくすると、白い割烹着を着た、少しふくよかな男が現れた。
「お待たせしました。お客さん、食材持ち込みですか?」
「はい」
「うちは基本、そういうのやってないんですよ。目の前が市場ですからね。自分の目で食材を選んで仕入れてるんです」
(やっぱり難しいか。別の店にするか……)
そう思った、そのとき。
「ちなみに、お客さん。どんな食材なんです?」
「ええっと、魚なんですけど……これです」
ドカッ。
僕はカバンからイトウを取り出し、机の上へ置いた。
「ひぇえええっ!?」
男の目が見開かれる。
「こ、これ……イトウじゃないですか!?」
「あっ、そんな名前でしたね」
「これをどこで!?」
「昨日、川で釣ったんです。けっこう大きいですよね」
「けっこうどころじゃありませんよ!!」
男は急に真顔になった。
「……なるほど。事情は分かりました」
そして、胸に手を当てる。
「私、ドン・ドーミンの名にかけて、このイトウを最高の料理へ仕上げましょう」
(あれっ、急にOKになった)
「いいんですか? じゃあお願いします」
「もちろんです。お客様は、この食材の価値をご存じないようですので、申し上げますと――」
ここから、軽く十五分ほどの“イトウ講座”が始まった。
なお、長いので詳細は省略する。
とにかく、
・イトウは非常に貴重
・サイズが大きいほど価値が高い
・鮮度も重要
・昨日釣った程度なら全く問題なし
・むしろ奇跡レベル
……という話だった。
「では、これからイトウのフルコースを準備いたします!」
「あっ、もし良かったらなんですが……」
僕は少しだけ遠慮がちに言った。
「昼は軽めに食べられる料理にして、夜にフルコースをいただく……みたいなことって可能ですか?」
「……なるほど!」
ドン・ドーミンは、腕を組んで頷いた。
「確かに、その方が良いですね。しかも、このサイズだと一人では食べ切れません。二、三人で食べるのが理想でしょう」
「助かります」
「ではまず、昼食用の一皿をお作りします。少々お待ちください!」
「お願いします!」
その瞬間。
(天の声)
《独自クエスト『幻のイトウ料理を食べる』が設定されました》
「また来た!」
突然のクエスト出現である。
(いや、これ普通に今日達成されるやつでは?)
そう思いつつ、内容を確認する。
「クエスト閲覧」
ーーーーーー
現在進行中のクエスト
□ ワイルドボアを狩る
□ 世界の野菜図鑑
□ 世界の料理図鑑
□ 世界の生き物図鑑
□ 幻のイトウ料理を食べる
ーーーーーー
「『幻のイトウ料理を食べる』っと」
ポチッ。
ーーーーーー
クエスト名:幻のイトウ料理を食べる
達成目標:仲間たちとイトウ料理のフルコースを食べる。
達成ボーナス:
・料理をしたシェフの評判が国中に広がる
・一緒に食べた人間との関係が最高に良くなる
内容:
幻の淡水魚とも呼ばれるイトウ。そのフルコースには、魚の大きさと鮮度が重要となる。その味は至高であり、食すことは誰もが羨む最高級の贅沢である。国賓をもてなす料理としても相応しい。
ーーーーーー
「なんだこのボーナス……!」
思わず声に出た。
関係性が最高に良くなる。
しかも、シェフにまで効果がある。
(思わぬ魚を釣ったな……)
だが同時に、別の問題が浮上した。
(……誰を誘えばいいんだ?)
父上と母上を急いで呼ぶわけにもいかない。
そういう意味では、確かに“クエスト”だった。
◇
しばらく考えていると、料理が運ばれてきた。
「イトウの香草グリルサンドです」
「おおー!」
「イトウは身が厚く、火を入れても崩れにくいのでグリルに最適なんです。香草と岩塩で炙り、地元野菜と一緒にパンへ挟みました。ソースは柑橘系果実とオリーブオイルを合わせています」
説明を聞くと、なぜかさらに美味そうに感じる。
「野菜スープもどうぞ」
「ありがとうございます」
僕は大きく口を開け、そのまま頬張った。
パクッ。
「……うまい!」
シェフは満足そうに頷き、厨房へ戻っていく。
(やっぱり食材の質って大事なんだな……)
サーモンより白く透明感のある身。
ほろりと崩れる柔らかさ。
脂が温かいパンへ染み込み、柑橘ソースが後味を軽くしている。
サンドという手軽な料理なのに、妙に上品さが残っていた。
それが、イトウという魚なのだろう。
「ご馳走さまでした」
僕は代金を支払い、夜に再び訪れることを伝えた。
料理は500ゼニーだったが、普通に食べたら2000ゼニー以上とのことだった。
(イトウ様様だな)
そんなわけで目的地の冒険者協会へ向かうこととした。
◇
冒険者協会の建物は石造りで、この広場では教会の次に歴史を感じる建物だった。
正面の扉は重厚そうで、見るからに古い。
遠目に見ていた限りでは、人の出入りはそこまで多くないようだ。
(日中だからかな……)
初めての場所には、少し勇気がいる。
僕は小さく気合いを入れ、扉を開けた。
ガチャ――ギィー……
「(小声)おじゃましま……」
予想に反して、中はかなり静かだった。
左手には受付カウンター。
職員らしき人が数人。
右手には食事兼酒場スペースがあり、ガタイのいい男たちが2、3人昼間からエールを飲んでいる。
そして正面には、大きな円柱型の柱と掲示板。
そこ一面に、無数の紙が貼られていた。
(これが……クエスト掲示板か)
一気に“冒険者感”が増した。
「すみません」
僕は受付へ声をかける。
「はい、なんでしょうか。……あれ? 冒険者の方ではなさそうですね」
「はい。初めて来たんですが……」
「冒険者希望の方ですか? よろしければ、ご説明しましょうか?」
「ぜひお願いします」
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