30 隔離と感情の狭間
「どこの家ですか?」
僕は、血を吐いた村人はもう助からないと分かっていながらも、そのもとへ駆けつけた。
その村人は、モンスターの攻撃で左腕を負傷していた。
切り傷は悪化し、腫れがひどい。
薬草をペースト状にして患部へ貼り、包帯で固定されているが、その上からでも異常な腫れが分かる。
全身は黄色く変色し、手足や首には黒ずみが広がりつつあった。
発疹は黒く変わり、出血しているようにも見える。
目は黄色や充血を通り越し、黒に近い濁りを帯びていた。
誰の目にも、重篤だと分かる状態だった。
「皆さん、触らないでください」
その場にいた村人たちへ、僕は指示を出す。
僕自身も距離を保ち、左手をかざした。
「微生物検査!」
体内は、無数の微細な粒子でギチギチに埋め尽くされていた。
今にも破裂しそうな密度だ。
「臨床検査!」
魔力の流れについては、完全に止まっていた。
非常に弱く薄い反応は見られるものの、それはすでに死人のそれに近かった。
(……もう間に合わない)
この状況を正しく理解できる人間は、この村には僕しかいない。
医師はもともとこの世界では貴重な存在で、治療といえば魔法使い。
このレムナ村では、薬草が主な治療手段だ。
(どう説明すればいい……)
そのとき――
「ノア君。どういう状況だ?」
トマスが到着した。
「かなり……厳しいです」
「……そうか」
見た目だけでも、十分に理解できる状態だった。
「ノア君の見立てを教えてくれ。スキルで見たのだろう?」
「はい……」
僕は、スキルで確認した内容と、そこから導いた結論を伝えた。
この村人は、助からない。その可能性が極めて高いことを。
トマスは静かに頷いた。
「彼の家族には申し訳ないが……助からないな」
トマスの言葉には、迷いがなかった。
そして続ける。
「おそらく彼は――
モンスターから受けた傷をきっかけに、何かに感染した」
村人たちがざわつく。
「いわゆる“伝染病”だ。聞いたことはあるだろう」
(……伝染病)
その言葉なら、この世界でも通じるのか。
「どう感染するかは分からない。だが、広がっているのは確かだ」
誰もが息を呑んでいた。
「先日の戦いで怪我をした者、あるいは症状がある者は――
健康な者と分けて生活する必要がある」
そして、僕を見る。
「そうだろう、ノア君」
「あ……はい」
咄嗟に頷く。
トマスの説明は的を得ていた。
村人からの信頼がないと、こんな風には話せない。
ましては話せたとしても、村人たちも納得しないだろう。
(いまの僕にはまだできない……)
◇
その後、僕はトマスと話し合った。
感染拡大を防ぐために、何をすべきかだ。
前世の記憶が、鮮明に蘇る。
接触の制限。
隔離。
道具の洗浄。
身体の清潔保持。
食事の分離。
出した答えは、トマスを通じて、村人へ伝えること。
そして、徹底した隔離を進めることだった。
「トマスさん……お願いします」
「もちろんだ。やろう」
その一言で、流れが決まった。
「家族に触れるなって言うのか!」
「閉じ込めるつもりか!」
「恩人でも、それはやりすぎだ!」
と、隔離はすぐには進まなかったが、これも当然の反発だった。
それでもやらなければ、全員が危険になる。
理屈と感情がぶつかる。
正しさと優しさが、対立する。
◇
トマスの言葉と村での信頼によって、少しずつ隔離は進んでいき、全ての隔離が完了した頃には、日が暮れていた。
隔離された人数は、村人の三分の一。
大仕事であると言えた。
そして、重症者は五人。
いずれも、モンスターから直接傷を負った者たちだ。
それ以外の感染者は、薬草と栄養でなんとか持ちこたえていた。
だが――
重症者は、一人、また一人と亡くなっていった。
◇
「ドサッ」
その音で、全てが止まった。
「……トマスさん!」
ついに、トマスも倒れた。
彼もまた、傷を負っていた。
自身の薬草の知識により、早急な処置がされ、進行は抑えられていた。
しかしながら、それも限界だった。
「ミーナ……トマスさんにも隔離が必要だ」
「そんなのヤダっ!」
即答だった。
「そうじゃないとミーナまで……」
「……」
沈黙。
そしてトマスが静かに話す。
「ミーナやーー
これは必要なことだ。これ以上、感染を広げてはいけない」
「でも……」
「お前なら、分かるな」
その言葉で、ミーナは何も言えなくなった。
◇
看病は、感染症の知識がある僕が引き受ける。
ただ、この村ではできることは限られている。
栄養。
薬草。
休息。
それだけだった。
(治せない……)
何度も思った。
《臨床検査》は、観る力だ。
治す力ではない。
(僕に力があれば……)
それでも、手を止めるわけにはいかない。
目の前の命に向き合うしかなかった。
◇
数日後。
新規感染は減少していた。
対策は、確かに効果を出していた。
軽症者は回復に向かう。
村にも、少しずつ日常が戻り始めていた。
だが――
重症者は、戻らない。
トマスを除く五人は、皆同じように亡くなった。
そして――
「おじいちゃん……」
「トマスさん……」
トマスもまた、他の重症者と同様に息を引き取った。
ただ――
彼の最期は、他の者と少し違っていた。
激しい吐血も、黒色化もない。
静かに、穏やかで、まるで眠るように息を引き取った。
最初の初期治療が功を奏したのか、トマス自身の精神力がそうさせたのかはわからない。
ただ、その顔をはとても穏やかで安らいでいて、すぐにでも起き上がり、笑い声が聞こえてきそうだった。
「ノア……」
「……」
「おじいちゃん、死んじゃった……」
「……」
僕には返す言葉がなかった。
ただただ、ミーナを見つめるだけしかできなかった。
「おじいちゃんも……助けてほしかったな……」
その一言が、胸に突き刺さる。
(……僕は結局、無力だった)
一体何をやっていたのか。
一番助けたい人を助けられなかった。
助けて欲しいという声に答えられなかった。
「僕は……」
その先は、言葉にならなかった。
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