19 薬草づくり
「はい、お待ち」
宿の女将が持ってきたのは、朝採れたばかりの鶏卵の目玉焼きとベーコン。
それに葉物の野菜、果物はりんごが丸ごと一個。
ライ麦パンは薄く切られていて、好みに応じて目玉焼きやベーコンを挟んで食べることもできる。
レムナ村の宿の朝ごはんは、思っていたよりずっと悪くない。
いや、むしろ十分すぎるくらいだ。
「りんごを丸ごとかじるのか……」
転生前の日本ではあまりしない食べ方だが、これはこれで特別感があって悪くない。
今日は少し遅めに起きたせいか、食堂には僕以外誰もいなかった。
昨日の冒険者の三人組は、もう狩りにでも出かけたのだろう。
「ご馳走様でした」
小さく告げて、食器をカウンターへ運ぶ。
「片付けまでありがとね!で、今日はお昼ごはんはいるかい?」
「はい、お願いできますか。道具屋に行ってから戻ってくるので、そのときに」
そんなわけで、朝食を終えた僕は、そのまま道具屋へ向かった。
◇
「ガチャッ」
ドアを開ける。
「おはようございます!」
「……ミーナ! お客さんだ、よろしく」
「はーい」
トコトコトコ、と軽やかな足音。
二階から勢いよく駆け下りてきて、顔を出したのはミーナだった。
「あっ、ノア。おはよう! 薬草づくりね」
「うん、そう。トマスさんは?」
「奥で準備してる。おじいちゃん!ノアだけど、そっち行けばいいー?」
「そうだなー、こっちに来るように伝えてくれ!」
「ってことみたい」
僕は、道具屋の奥にある作業部屋へ足を踏み入れた。
◇
――空気が違う。
店先とは、まるで別世界だった。
細長く奥へ伸びる作業部屋。
壁沿いには乾燥棚が何段にも並び、束ねられた薬草が整然と吊るされている。色の違いが、そのまま乾燥の進み具合を示していた。
乾いた草の香り。
わずかに混じる樹脂と水の匂い。
水場の近くには、昨夜採取したレムナ草のカゴが積み重なり、葉はまだしっとりと水分を含んでいる。
中央の大きな作業台には、秤、ナイフ、すり鉢、ガラス器具が整然と並んでいた。
その前に立つトマスは、すでに手を動かしている。
「ノア君、では薬草づくりを始めようか」
「はい、お願いします」
◇
「まずは選別だ」
トマスはカゴからレムナ草を一束取り出す。
「採ってきた草は、そのままじゃ使えん。状態の良いものと悪いものを分ける」
作業台に並べられたレムナ草を、一つずつ確認していく。
「見てみろ。葉の張り、色、傷の有無。ここで八割決まる」
「……はい」
(やっぱり、ここでも“見極め”か)
僕は自然と視線を向けて、小さく唱える。
「…植物検査」
――水分量:適正
――色調:良
――弾力:高
――光量:弱
――総合評価:A
表示が浮かぶ。
(……分かる)
迷わず、良質な個体だけを脇へ寄せる。
「ほう、いい手つきだな」
「なんとなく、ですけど……」
「その“なんとなく”が一番大事だ」
トマスは頷き、次の工程へ進む。
「次は洗浄だ」
水場へ移動し、レムナ草を軽く水にくぐらせる。
「泥や虫を落とす。ただし、強くこするな。葉を傷めると成分が抜ける」
静かに水を揺らしながら、汚れを落としていく。
(確かに……水分量が変わる)
ほんのわずかに表示が揺れるのが見えた。
「その次は切り分けだ」
作業台に戻り、ナイフで茎と葉を整える。
「乾燥しやすくするためだ。均一に切ることで、仕上がりも揃う」
トマスの動きは正確で、同じ長さに揃えられていく。
僕も見よう見まねで続く。
「そして、乾燥」
棚に並べられた網の上に、切り分けたレムナ草を広げていく。
「重ならないように並べろ。風通しが命だ」
窓から入る風が、わずかに草を揺らす。
「乾燥の具合で薬の質が変わる。早すぎてもダメ、遅すぎてもダメだ」
(時間……も要素か)
「最後に、調整だ」
乾燥した草をすり鉢に入れ、軽く砕く。
「そのまま使う場合もあるが、こうして加工することで扱いやすくなる」
ゴリ、ゴリ、と音が響く。
粉末にするわけではなく、あくまで形を残したまま細かくしていく。
「これで完成だ」
トマスは一つの薬草を手に取り、軽く頷いた。
「穏やかだが、確実に効く。これがレムナ草の薬だ」
「……すごい」
(採るだけじゃない。作ることで、初めて“薬”になるんだ)
僕は、自分の手元の薬草を見つめた。
スキル植物検査は自動で状態を表示した。
――有効成分:安定
――品質:高
ーー効能:・・・・・
(……これ、かなりいいんじゃないか?)
◇
「よし、ノア君もやってみろ」
「はい」
僕は、自分で選んだレムナ草を手に取る。
選別。
洗浄。
切り分け。
乾燥。
一つひとつ、確かめるように進めていく。
(これは……こうする方がいい)
無意識のうちに、手の動きが洗練されていく。
――有効成分:安定
ーー効能:・・・・・
――強さ:初級
(いける)
最後に、軽く砕いて整える。
静かに、ひとつの薬草が完成した。
「……できました」
トマスがそれを受け取り、しばらく見つめる。
「……これは」
ほんのわずかに目が細くなる。
「いい出来だな。初めてにしては、出来すぎだ」
「本当ですか?」
「ああ。少なくとも、そこらの連中よりは上だ」
トマスはそう言って、軽く頷いた。
そのときだった。
(天の声)
《クエスト「薬草採取(初級)」を達成しました》
《報酬:スキル《薬草の極意1》を取得しました》
「……!」
僕は思わず息を呑む。
(達成……したのか)
手の中にある薬草を見つめる。
(これが……結果か)
静かに、実感が湧いてきた。
「あの……」
ふと、疑問が浮かぶ。
「これって、持ち歩くときは小さな袋に分けておく感じでいいんですよね?」
「ああ、それでいい」
トマスは頷いた。
「湿気を避けるために、布袋か紙袋に入れるのが基本だ。まとめて入れると劣化が早くなるからな」
「なるほど……」
(ちゃんと保存も大事なんだな)
僕はふと、棚の奥に並ぶ大きな瓶へ目を向けた。
「ちなみに……あの棚の大きな瓶に入ってるのって、全部薬草なんですか?」
「ああ、そうだ」
トマスは振り返りながら答える。
「乾燥の段階ごとに分けてあるものもあれば、加工済みのものもある。使いやすいように保管してるだけだ」
色とりどりの草が詰まった瓶が、整然と並んでいる。
(なんか……紅茶屋さんみたいだな)
ふと、そんな感想が浮かんだ。
◇
「せっかくだ。少し使い方も教えておこうか……覚えておくと良い」
「はい」
「基本は二つ。貼るか、飲むかだ」
「飲むんですか?」
「ああ。軽く砕いて湯に入れれば、薬湯になる。体の内側から効く」
すり鉢で軽く砕きながら、トマスは続ける。
「逆に、傷や打撲ならそのまま当てる。皮膚からも成分は入る」
「へえ……」
(貼るだけじゃなくて、飲むこともできるのか)
「どちらにしても同じだ。回復を促す成分を体に取り入れる。それだけの話だ」
シンプルだが、本質だった。
そして、トマスは一本の薬草を手に取る。
「この世界の薬草は、大まかに言えば“効能”と“強さ”で分かれる」
「強さ……ですか?」
「ああ。回復の度合いだな。レムナ草は初級だ。穏やかだが安定している」
別の瓶から取り出した草を見せる。
「これはもう少し強い。だが扱いが難しい。効きが強い分、体に負担もかかる」
「へえ……」
「つまり、強ければいいってものでもない。状況に応じて使い分けるんだ」
(薬と同じだ……)
僕は自然とそう感じていた。
「そして、例外もある」
トマスが少し声を落とす。
「エリクサーって聞いたことはあるか?」
「え、あの……全部治るっていう?」
(ゲームで聞いた言葉)
「ああ。それだ」
トマスはゆっくり頷く。
「どんな傷も、病も、毒も治すとされる薬だ。だがな……」
「だがな?」
「普通は作れん。特殊な素材と、特別なスキルが必要だ。見たことがあるやつもほとんどいない」
「そんなものが……」
どこか遠い話のようだった。
「この世界には魔法もある」
トマスは続ける。
「治療魔法もな」
「じゃあ、薬草はいらないんじゃ……?」
「そうでもない」
即座に否定された。
「魔法は誰でも使えるわけじゃない。素質がいるし、使い手も限られる」
少し間を置く。
「例えば、この村に魔法使いはいない」
「……確かに」
「だからこそ、薬草の役割は大きい。誰でも使えるし、備えておける。道具屋の価値とも言える」
トマスは軽く笑った。
「そして冒険者なら、必ず薬草は持ち歩く。命綱みたいなもんだ」
(なるほど……)
戦うためだけじゃない。
生きるための準備なんだ。
トマスはふと、僕の方を見る。
「もしかしたら、だが」
「?」
「ノア君なら、いろんな薬草を作れるかもしれんな」
「え?」
「さっきの手つき……ただ者じゃない」
トマスは静かに言う。
「スキルを磨けば、もっと精度は上がる。だが、それ以上に大事なのは――」
「大事なのは……?」
「素材だ」
はっきりとした声だった。
「どんなに腕が良くても、材料が悪ければ意味がない。逆に、良い素材があれば、それだけで価値が上がる」
(素材……)
僕の脳裏に、あの月夜のレムナ草が浮かぶ。
「だからか」
トマスは続ける。
「いい薬を作りたいなら、“いい植物を見つけること”だ」
静かな言葉だったが、重みがあった。
(見つける……か)
僕は、自分の手を見る。
そして思い出す。
あのとき見えた、“違い”を。
(もしかして――)
胸の奥で、小さく何かが動いた。
◇
僕はトマスにお礼を言い、道具屋を後にした。
そして、宿屋に戻る前に――
武器屋に立ち寄り、モンスターについて情報を集めることにした。
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