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19 薬草づくり

「はい、お待ち」


宿の女将が持ってきたのは、朝採れたばかりの鶏卵の目玉焼きとベーコン。

それに葉物の野菜、果物はりんごが丸ごと一個。


ライ麦パンは薄く切られていて、好みに応じて目玉焼きやベーコンを挟んで食べることもできる。


レムナ村の宿の朝ごはんは、思っていたよりずっと悪くない。

いや、むしろ十分すぎるくらいだ。


「りんごを丸ごとかじるのか……」


転生前の日本ではあまりしない食べ方だが、これはこれで特別感があって悪くない。


今日は少し遅めに起きたせいか、食堂には僕以外誰もいなかった。

昨日の冒険者の三人組は、もう狩りにでも出かけたのだろう。


「ご馳走様でした」


小さく告げて、食器をカウンターへ運ぶ。


「片付けまでありがとね!で、今日はお昼ごはんはいるかい?」


「はい、お願いできますか。道具屋に行ってから戻ってくるので、そのときに」


そんなわけで、朝食を終えた僕は、そのまま道具屋へ向かった。



「ガチャッ」


ドアを開ける。


「おはようございます!」


「……ミーナ! お客さんだ、よろしく」


「はーい」


トコトコトコ、と軽やかな足音。

二階から勢いよく駆け下りてきて、顔を出したのはミーナだった。


「あっ、ノア。おはよう! 薬草づくりね」


「うん、そう。トマスさんは?」


「奥で準備してる。おじいちゃん!ノアだけど、そっち行けばいいー?」


「そうだなー、こっちに来るように伝えてくれ!」


「ってことみたい」


僕は、道具屋の奥にある作業部屋へ足を踏み入れた。



――空気が違う。


店先とは、まるで別世界だった。


細長く奥へ伸びる作業部屋。

壁沿いには乾燥棚が何段にも並び、束ねられた薬草が整然と吊るされている。色の違いが、そのまま乾燥の進み具合を示していた。


乾いた草の香り。

わずかに混じる樹脂と水の匂い。


水場の近くには、昨夜採取したレムナ草のカゴが積み重なり、葉はまだしっとりと水分を含んでいる。


中央の大きな作業台には、秤、ナイフ、すり鉢、ガラス器具が整然と並んでいた。


その前に立つトマスは、すでに手を動かしている。


「ノア君、では薬草づくりを始めようか」


「はい、お願いします」



「まずは選別だ」


トマスはカゴからレムナ草を一束取り出す。


「採ってきた草は、そのままじゃ使えん。状態の良いものと悪いものを分ける」


作業台に並べられたレムナ草を、一つずつ確認していく。


「見てみろ。葉の張り、色、傷の有無。ここで八割決まる」


「……はい」


(やっぱり、ここでも“見極め”か)


僕は自然と視線を向けて、小さく唱える。


「…植物検査」


――水分量:適正

――色調:良

――弾力:高

――光量:弱

――総合評価:A


表示が浮かぶ。


(……分かる)


迷わず、良質な個体だけを脇へ寄せる。


「ほう、いい手つきだな」


「なんとなく、ですけど……」


「その“なんとなく”が一番大事だ」


トマスは頷き、次の工程へ進む。


「次は洗浄だ」


水場へ移動し、レムナ草を軽く水にくぐらせる。


「泥や虫を落とす。ただし、強くこするな。葉を傷めると成分が抜ける」


静かに水を揺らしながら、汚れを落としていく。


(確かに……水分量が変わる)


ほんのわずかに表示が揺れるのが見えた。


「その次は切り分けだ」


作業台に戻り、ナイフで茎と葉を整える。


「乾燥しやすくするためだ。均一に切ることで、仕上がりも揃う」


トマスの動きは正確で、同じ長さに揃えられていく。

僕も見よう見まねで続く。


「そして、乾燥」


棚に並べられた網の上に、切り分けたレムナ草を広げていく。


「重ならないように並べろ。風通しが命だ」


窓から入る風が、わずかに草を揺らす。


「乾燥の具合で薬の質が変わる。早すぎてもダメ、遅すぎてもダメだ」


(時間……も要素か)


「最後に、調整だ」


乾燥した草をすり鉢に入れ、軽く砕く。


「そのまま使う場合もあるが、こうして加工することで扱いやすくなる」


ゴリ、ゴリ、と音が響く。

粉末にするわけではなく、あくまで形を残したまま細かくしていく。


「これで完成だ」


トマスは一つの薬草を手に取り、軽く頷いた。


「穏やかだが、確実に効く。これがレムナ草の薬だ」


「……すごい」


(採るだけじゃない。作ることで、初めて“薬”になるんだ)


僕は、自分の手元の薬草を見つめた。

スキル植物検査は自動で状態を表示した。


――有効成分:安定

――品質:高


ーー効能:・・・・・


(……これ、かなりいいんじゃないか?)



「よし、ノア君もやってみろ」


「はい」


僕は、自分で選んだレムナ草を手に取る。


選別。

洗浄。

切り分け。

乾燥。


一つひとつ、確かめるように進めていく。


(これは……こうする方がいい)


無意識のうちに、手の動きが洗練されていく。


――有効成分:安定


ーー効能:・・・・・

――強さ:初級


(いける)


最後に、軽く砕いて整える。


静かに、ひとつの薬草が完成した。


「……できました」


トマスがそれを受け取り、しばらく見つめる。


「……これは」


ほんのわずかに目が細くなる。


「いい出来だな。初めてにしては、出来すぎだ」


「本当ですか?」


「ああ。少なくとも、そこらの連中よりは上だ」


トマスはそう言って、軽く頷いた。


そのときだった。


(天の声)

《クエスト「薬草採取(初級)」を達成しました》

《報酬:スキル《薬草の極意1》を取得しました》


「……!」


僕は思わず息を呑む。


(達成……したのか)


手の中にある薬草を見つめる。


(これが……結果か)


静かに、実感が湧いてきた。


「あの……」


ふと、疑問が浮かぶ。


「これって、持ち歩くときは小さな袋に分けておく感じでいいんですよね?」


「ああ、それでいい」


トマスは頷いた。


「湿気を避けるために、布袋か紙袋に入れるのが基本だ。まとめて入れると劣化が早くなるからな」


「なるほど……」


(ちゃんと保存も大事なんだな)


僕はふと、棚の奥に並ぶ大きな瓶へ目を向けた。


「ちなみに……あの棚の大きな瓶に入ってるのって、全部薬草なんですか?」


「ああ、そうだ」


トマスは振り返りながら答える。


「乾燥の段階ごとに分けてあるものもあれば、加工済みのものもある。使いやすいように保管してるだけだ」


色とりどりの草が詰まった瓶が、整然と並んでいる。


(なんか……紅茶屋さんみたいだな)


ふと、そんな感想が浮かんだ。



「せっかくだ。少し使い方も教えておこうか……覚えておくと良い」


「はい」


「基本は二つ。貼るか、飲むかだ」


「飲むんですか?」


「ああ。軽く砕いて湯に入れれば、薬湯になる。体の内側から効く」


すり鉢で軽く砕きながら、トマスは続ける。


「逆に、傷や打撲ならそのまま当てる。皮膚からも成分は入る」


「へえ……」


(貼るだけじゃなくて、飲むこともできるのか)


「どちらにしても同じだ。回復を促す成分を体に取り入れる。それだけの話だ」


シンプルだが、本質だった。


そして、トマスは一本の薬草を手に取る。


「この世界の薬草は、大まかに言えば“効能”と“強さ”で分かれる」


「強さ……ですか?」


「ああ。回復の度合いだな。レムナ草は初級だ。穏やかだが安定している」


別の瓶から取り出した草を見せる。


「これはもう少し強い。だが扱いが難しい。効きが強い分、体に負担もかかる」


「へえ……」


「つまり、強ければいいってものでもない。状況に応じて使い分けるんだ」


(薬と同じだ……)


僕は自然とそう感じていた。


「そして、例外もある」


トマスが少し声を落とす。


「エリクサーって聞いたことはあるか?」


「え、あの……全部治るっていう?」


(ゲームで聞いた言葉)


「ああ。それだ」


トマスはゆっくり頷く。


「どんな傷も、病も、毒も治すとされる薬だ。だがな……」


「だがな?」


「普通は作れん。特殊な素材と、特別なスキルが必要だ。見たことがあるやつもほとんどいない」


「そんなものが……」


どこか遠い話のようだった。


「この世界には魔法もある」


トマスは続ける。


「治療魔法もな」


「じゃあ、薬草はいらないんじゃ……?」


「そうでもない」


即座に否定された。


「魔法は誰でも使えるわけじゃない。素質がいるし、使い手も限られる」


少し間を置く。


「例えば、この村に魔法使いはいない」


「……確かに」


「だからこそ、薬草の役割は大きい。誰でも使えるし、備えておける。道具屋の価値とも言える」


トマスは軽く笑った。


「そして冒険者なら、必ず薬草は持ち歩く。命綱みたいなもんだ」


(なるほど……)


戦うためだけじゃない。

生きるための準備なんだ。


トマスはふと、僕の方を見る。


「もしかしたら、だが」


「?」


「ノア君なら、いろんな薬草を作れるかもしれんな」


「え?」


「さっきの手つき……ただ者じゃない」


トマスは静かに言う。


「スキルを磨けば、もっと精度は上がる。だが、それ以上に大事なのは――」


「大事なのは……?」


「素材だ」


はっきりとした声だった。


「どんなに腕が良くても、材料が悪ければ意味がない。逆に、良い素材があれば、それだけで価値が上がる」


(素材……)


僕の脳裏に、あの月夜のレムナ草が浮かぶ。


「だからか」


トマスは続ける。


「いい薬を作りたいなら、“いい植物を見つけること”だ」


静かな言葉だったが、重みがあった。


(見つける……か)


僕は、自分の手を見る。


そして思い出す。

あのとき見えた、“違い”を。


(もしかして――)


胸の奥で、小さく何かが動いた。



僕はトマスにお礼を言い、道具屋を後にした。


そして、宿屋に戻る前に――

武器屋に立ち寄り、モンスターについて情報を集めることにした。

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次回もよろしくお願いします。

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