17 月夜のレムナ草
北の出口付近には、たいまつが焚かれ、村の男たちが集まっていた。
背中にはカゴを背負い、それぞれが鎌やナイフを腰につけている。
昼間は大半が農夫なのだろう。
だが、体格は良く、農業がれっきとした肉体労働であることを感じさせる。
それこそ、夜道でこの一団に出くわしたら、違う意味で悲鳴を上げかねない――そんな迫力があった。
その中で、少し雰囲気の違う一団がいる。
冒険者たちだ。
彼らは、このレムナ草採取の護衛を担っている。
村の男たちとは違い、しっかりと武器や防具で身を固めていた。
昨日、宿で聞いた話では、モンスターもほとんど出ず、平和な護衛任務らしい。
だが、それでも装備に抜かりはないようだった。
「けっこう人数が多いんですね」
僕はトマスへ尋ねた。
「そうだろう。何せレムナ草は、この時期だけの村の特産品でな。質の高い薬草になる。いわば稼ぎ時ってやつだな」
「どんなふうに生えてるんですか?」
「そりゃあ、他の植物と同じように生えてるさ」
(あっ、そうなんだ)
もっとこう、特別な光景を想像していたが、意外と普通らしい。
(モンスターさえ気をつければ、案外簡単そうかもな)
「トマスさん、今日もよろしくお願いします!」
「ああ、よろしくな!」
村の男たちがトマスに挨拶をしていく。
どうやらトマスは、この採取隊の中心人物らしい。
(そりゃそうか。道具屋だし、薬草にも詳しいもんな)
「ノア君、群生地までの道のりは、私の近くにいれば危ないことはないと思うから、あまり離れないでくれよ」
「はい、そうします」
(日中のぷるぷるモンスターのこともあるし、もちろん離れるつもりはない)
「では皆さん、行きましょうか!冒険者の皆さんも、どうぞよろしくお願いします!」
トマスの声を合図に、一団は夜の森へと入っていった。
◇
夜の森は、昼間とはまるで別の顔を見せていた。
木々は黒い影となって空を覆い、月明かりが道を照らしている。
一方で開けた場所なら、今夜はたいまつがなくても歩けそうなくらい明るい。
「ざく、ざく、ざく」
規則的に響く一団の足音。
「今日は静かな夜だな……」
誰かが小さく呟く。
その一方で、男たちが話しながら歩く声もよく聞こえてくる。
一団は、ゆっくりと森の奥へ進んでいった。
虫の声すらあまり聞こえない。
風も、ほとんどない。
葉の擦れる音もしない。
ただただ、月明かりだけが異様に明るい。
(……季節限定か)
レムナ草の採取が、この時期だけの特別な仕事であることを、ひしひしと感じていた。
◇
「着いたぞ!」
一時間近く歩いただろうか。
途中、狭い道や藪を抜け、川も一度渡った。
そして、たどり着いたのが――レムナ草の群生地だった。
かなり開けた場所で、月明かりのせいか驚くほど明るい。
ただ、道順を一度で覚えるのは難しそうだ。
「ではまず、たいまつを等間隔に立ててくれ!」
男たちは、丈の低い植物が生えている広場と森の境目に、たいまつを配置していく。
まるで結界でも張るように、群生地を囲っていた。
その間、冒険者たちは森の方へ目を向け、不審な動きや音がないか警戒している。
「よし、いいだろう!」
相変わらず、トマスが号令をかける。
やはり、この採取隊のリーダーは彼で間違いなさそうだ。
「では、採取を始めてくれ!」
男たちはそれぞれ散っていき、群生地の中で採取を始めた。
「ノア君。では、我々もレムナ草を採ろうか」
「はい!」
足元を見渡す。
そこには、一面にレムナ草と思われる植物が広がっていた。
淡い緑の葉。
そして、月明かりを受けて青白く浮かび上がる葉脈。
「……すごい」
思わず息を呑む。
まるで、地面に星が散りばめられているみたいだった。
夜に採取するのには、こういう意味があったのかと思った。
「見た目でも何となく分かるとは思うが、ちゃんと状態を見て選ぶんだぞ」
トマスがしゃがみ込みながら言う。
「若くて張りのある葉。色が濃くて、葉脈の光がはっきりしているものがいい。逆に、しおれていたり、光が弱いものはダメだ」
「なるほど……」
僕も同じように膝をつき、目の前のレムナ草へ手を伸ばす。
(見極める、か……。検査みたいだな)
その瞬間だった。
――視界の奥で、何かがほどけた。
今までただの“草”だったものが、急に別の意味を持ちはじめる。
葉の水分量。
葉そのものの色。
指先で感じる弾力。
そして、葉脈に宿る光の強さ。
それらが、バラバラではなく――
ひとつの指標として、重なり合う。
(……これって)
頭で考える前に、感覚が理解していた。
――薬草ポテンシャル。
言葉にすればそう呼べる“何か”が、目の前のレムナ草一つひとつに浮かび上がってくる。
「……え?」
思わず声が漏れる。
別の株に視線を移す。
――水分量:やや低
――色調:鈍い
――弾力:弱
――光量:低
――総合評価:D
さらに別の株。
――水分量:適正
――色調:良
――弾力:高
――光量:強
――総合評価:A
「……っ!」
確信に変わる。
(これ……分かる……!)
感覚的に。
だが確実に、“質”が見えている。
そのとき――
どこからともなく、声が響いた。
(天の声)
《スキル《薬草ポテンシャル検査》を獲得しました》
「……え?」
思わず手が止まる。
(今の……何?)
だが、考えるよりも先に、体が動いていた。
目の前のレムナ草の“質”が、手に取るように分かる。
良いもの。
そうでないもの。
その違いが、はっきりと線を引くように浮かび上がる。
(選べる……!)
僕は静かに息を整え、手を動かし始めた。
葉の張りを見る。
光の強さを見る。
そして“見えている情報”に従って、迷いなく摘み取る。
ざく、ざく、と。
一定のリズムで、良質なレムナ草だけがカゴに積まれていった。
無駄がない。
迷いがない。
そして――速い。
「……ほう」
少し離れた場所から、トマスがその様子を見ていた。
「ノア君、ずいぶん手際がいいな」
「あ、いえ……なんとなく分かるというか……」
「なんとなく、でそれは大したもんだ」
トマスが近づき、僕のカゴを覗き込む。
「これは……全部、上物だな」
「そうなんですか?」
「ああ。普通はここまで揃わない。どうしても混じるものだ」
トマスは一株手に取り、月明かりにかざした。
「見てみろ。この葉脈の光。均一で、濁りがない。乾燥させたときの効きも安定する」
「へえ……」
(やっぱり、ちゃんと差があるんだな。僕には光のスジだけでなく、指標と数値も見える)
僕は改めて足元の群生地を見渡した。
さっきまで“ただの草”にしか見えなかったものが、今は違う。
良いもの。
そうでないもの。
その差が、はっきりと分かる。
(これ……すごいかもしれない)
手は止まらない。
選ぶ。
摘む。
積む。
その繰り返し。
気づけば、周囲の誰よりもカゴが埋まり始めていた。
「おい、あの坊主、早くないか?」
「ほんとだな……もう半分以上いってるぞ」
村の男たちがざわつく。
だが、僕は気にしない。
ただ淡々と、“最適なものだけ”を選び続ける。
(無駄に採らなくていい。いいものだけでいい)
その感覚は、どこか懐かしかった。
――質を見極める。
――必要なものだけを選ぶ。
ーー良いと悪いが判断を分ける。
それはきっと、前の世界で身につけた感覚だ。
「ノア君」
トマスが、少しだけ真剣な声で呼びかける。
「君、そのやり方……誰に習った?」
「え?」
僕は手を止める。
「いや、その……特に誰かに教わったわけじゃ……」
「……そうか」
トマスはそれ以上、追及しなかった。
だが、その目は明らかに興味を帯びていた。
そして、僕は小さく呟く。
「これは……面白いな」
月明かりの下、静かな採取は続いていく。
その中で、ただ一人――
“質”を見極めながら草を選び続ける少年の姿が、確実に周囲の目を引き始めていた。
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