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16 モンスターと火打石

「間違いない……」


見た目こそ、ゲームで見たものとは少し違う。

だがーーあれは、間違いなくモンスターだった。


ぷるぷると揺れる、透き通った物体。

手足はないが、微妙に形を変えながら動いている。

そのたびに、体がぷるん、と波打つ。


宇宙空間に浮かぶ水の塊ーーそんなイメージが近い。

だが、それが地面の上に居座っているのだから、どうにも不気味だ。


「これは……逃げるべきか、いや、戦うべきか」


正直、敵意は感じない。

……が、だからといって油断していい理由にはならない。


何せ、今の僕が強いのか弱いのか、それすら分からないのだ。

というか、そもそもモンスターと戦ったことがない。


ーーつまり、ほぼ最弱。


「うん、ここは戦略的撤退だね」


即決だった。


僕は相手を刺激しないよう、そっとその場を離れることにした。


「そーっと……そーっと……」


ぷるぷるした物体は、特に動く様子を見せない。


よし、いける。


僕は後ずさりし、5メートルほど離れた瞬間ーー


「ダッシュ!」


一気に駆け出した。


そのまま空き地まで全力疾走。


間違いなく、これまでの人生で最速の逃げ足だった。


「ふー……完勝だな」


もちろん、徒競走の話だ。

戦闘としてではない。


だが、妙な高揚感があった。

生きるか死ぬかとは、こういうことなのかもしれない。


「アドレナリン……」



結局、テント用にちょうどいい木は見つからなかった。


「……よく考えたら、村で試し張りすればよかったのでは?」


一瞬そう思う。


だが、人前でテントを広げるのは、やはり少し恥ずかしい。

うん、やめておこう。


そんなわけで、今日はテントを諦め、火打石で火起こしに挑戦することにした。


火打石の正式な使い方なんて知らない。

だが、イメージはある。


「石と石を打ちつけて火花を出すあれですよね。知ってますよ」


自信満々で小袋を開ける。


中から出てきたのはーー


想像以上にごつごつしたまだら模様の石と、鉄片だった。


「……あれっ?」


想像と違う。


開始一秒で、前提が崩壊した。


改めて、事前準備の大切さを痛感する。

いきなり野宿本番だったら、かなり焦っていただろう。


これまで頭の中で思い描いていたのは、丸くて黒っぽい石を二つ打ち合わせる感じだった。


「丸くないし、そもそも片方は石ですらないのか。フッ」


だが、僕は動じない。この程度のことで。


形状や材質が違っても、やることは打ちつけること。

作業としては変わらないはずだ。


「ふん。シャッ」


「……」


「ふん。シャッ」


微かに火花が散った。


だが、火がつく気配は一切ない。


「ふん。シャッ」

「ふん。シャッ」

「ふん。シャッ」

「ふん。シャッ」


「……」


「なかなかしぶといじゃないか。やれやれだぜ」


「ふん。シャッ」


「……」


「シャッ」

「シャッ」

「シャッ」

「シャッ」


「ふー……今日はこのぐらいで勘弁してやるか」


「……」


「ふん。シャッ」


「どうやら今日は異様に湿度が高いらしい」


――完全敗北である。



川辺でランチボックスを広げる。


「もしかして……さっきのモンスター、何かしてきたのでは……?」


「いや……そうに違いない……」


30分近く考えた末の結論だった。


ーー完全に気のせいである。



「ただいまです」


「おっ、おかえり! 早かったね」


「あっ、はい。ランチボックスありがとうございました」


「あいよ。夕食まではまだ時間があるから、また好きなタイミングで声をかけてな」


「ありがとうございます」


宿屋の自身の部屋に戻る。


あれから何度か火打石を試したが、やはりダメだった。


「……道具屋へ行くか」


観念した。



「いらっしゃい」


「あれっ」


ミーナの声じゃない。


カウンターには、初老の男性が立っていた。


「こんにちは」


「ああ、君がミーナの話してた……えっと」


「ノアです」


「そうそう、ノア君だ。店主のトマスだ、よろしく。

で、レムナ草の採取を見たいんだっけ?」


「はい、できますか?」


「もちろん。せっかくだから、採取の手伝いもしてもらえると助かるな」


「ぜひお願いします」


(これでクエスト達成に近づけそうだ)


「それで、ほかに何かあるかな?」


「あっ、そうなんです。

実は火打石を買ったのはいいんですが、使い方がよく分からなくて……」


「火打石か。だったらミーナに頼むかな。おーい! ミーナ! ちょっと来てくれ」


トマスは建物の奥へ向かって大きな声で呼びかけた。


「ちょっと待って、おじいちゃん! 今行くー」


階段をトコトコと下りてくる音がする。


「お待たせ! あっ、ノアじゃない!」


「う、うん。どうも……」


「ミーナ、ノア君に火打石の使い方を教えてやってくれるか」


「うん、いいよ! っていうか、ノア、使い方知らなかったの?」


「できるかなと思ってたんだけど、意外と難しくて……」


「まあ、確かにね。私もできるようになったのは6歳だったかしら」


(おやまあ、お早いことで。僕は12歳なんですが……)


「先輩、よろしくお願いします!」


(とりあえず、前世だけど社会人歴17年の処世術を見せておく)


「じゃあ、向こうの部屋の暖炉のところで教えてあげるわ。ついてきて」


しっかりと先輩に遅れないようについていく。


トマスは微笑みながら、その様子を眺めていた。

一方でミーナは、自信ありげな歩調でトコトコと歩いている。



(天の声)《スキル《原理の理解向上(生活)》を獲得しました》


「――え?」


一瞬、思考が止まる。


(……原理、理解?)


次の瞬間、頭の中に火花が生まれる仕組みが、するすると流れ込んできた。


石を削って火花を出しているのではない。正確には、鉄片を勢いよく削ることで、細かな金属片が高温になって燃えている。そこに火口となる乾いた繊維や粉があって、ようやく火になる――そんな理屈が、感覚として分かる。


「……なるほど」


思わず、そう漏れた。


どうやらこれは、ただ物の名前を知るだけのスキルじゃない。生活に使う道具や仕組みについて、“なぜそうなるのか”を理解しやすくなる力らしい。


前世でも、僕は職業柄、検査機器や試薬の化学反応の原理を理解した上で使っていた。その感覚と、この世界の生活技術とが、どこかで噛み合ったのかもしれない。


――遅い。

でも、分かる。


「ありがとうございました!」


ミーナ先輩の約一時間のレクチャーにより、僕は火打石の使い方をマスターした。


「これでもう安心ね」


ミーナ先輩は、自分のことのように得意げだ。



「でトマスさん。レムナ草の採取は、次はいつ行きますか?」


「今日行くぞ」


「えっ、もうけっこういい時間ですよ?」


「あっ、そうか。レムナ草の採取は夜なんだ」


「なるほど! そうだったんですね。ちなみに今日、ついて行ってもいいんですか?」


「もちろん。そうだな、北の出口付近で待ち合わせでもいいが、ノア君がよければ用事だけ済ませて、夕方にこの店へ来るといい。夕食を一緒に食べてからそのまま向かう形だな。北の出口付近には村の男たちも大勢おるし、最初から一緒の方が安心じゃないかね」


(なんて気の向く人なんだろう)


「ぜひ、そうさせてください!」


「ミーナ、じゃあ今日の夕飯は3人分で頼む」


ミーナがちらっとこちらを向いた。


「わかったよー! 準備するね!」


「ありがとうございます」



宿屋に戻って用事を済ませ、再び道具屋へ向かった。

にぎやかな夕食の時間を過ごす。


(いよいよクエスト達成できるかな?)

読んでいただきありがとうございます!

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次回もよろしくお願いします。

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